Media Close-up Report 東京オリンピック ラグビーW杯 五輪レガシー 放送・通信・ICT 

4K8K 5G AR/VR AI 新国立競技場 FIFAW杯 メディア評論 国際メディアサービスシステム研究所

新国立競技場 白紙撤回 1550億円 屋根建設中止 破綻 多機能スタジアム 

2018年05月21日 16時11分51秒 | 新国立競技場

新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(2)
総工費「1550億円」 白紙撤回ザハ・ハディド案 破綻した“多機能スタジアム”
疑問山積 新国立競技場見直し “混迷”はまだ続く





新国立競技場の総工費「1550億円」


 「2520億円」の見直し整備計画も、世論の激しい批判を浴びて、ついに白紙撤回に追い込まれた。 
 “迷走”と“混乱”を重ねた上で、ついにザハ・ハディド案は撤回され、新国立競技場の整備計画は振り出しに戻った。

 2015年8月28日、政府は関係閣僚会議を開き、総工費を「1550億円」とする新しい整備計画を決定した。
▽総工費の上限は、「2520億円」に、これまで別枠にしていた工事費の未公表分「131億円」を加えた「2651億円」と比べて、約「1100億」円余り削減して「1550億円」(本体1350億円、周辺整備200億円)とする。
▽未公表分「131億円」は、芝育成システム(16億円)、連絡デッキ(37億円)、インフラ施設移設(18億円)などや組織員会新規要望(50億円) 
▽設計・監理費用は40億円以下(「2520億円」の旧計画では98億円)で、「1550億円」には含めない。
▽基本理念は、「アスリート第一」、「世界最高のユニバーサルデザイン」、「周辺環境等との調和や日本らしさ」。
▽観客席は6万8000程度とする。
▽サッカーのワールドカップも開催できるように、陸上トラック部分に1万2千席を設置し、8万席への増設を可能にする。
▽屋根は観客席の上部のみで「幕」製とする。
▽「キールアーチ」は取りやめる。
▽観客席の冷暖房施設は設置しない。
 観客の熱中症対策として休憩所や救護室を増設する。
▽陸上競技で使用するサブトラックは競技場の近辺に仮設で設置する。
▽総面積は旧計画の22万4500平方メートルから約13%減の19万4500平方メートルに縮小する。
▽VIP席やVIP専用エリアの設置は“最小限”にする。
▽スポーツ博物館や屋外展望通路の設置は取りやめて、地下駐車場も縮小する。
▽競技場は原則として陸上競技、サッカー、ラグビーなどのスポーツ専用の施設とする。但し、イベントでの利用も可能にする。
▽災害時に住民らが避難できる防災機能を整備する。
▽工期は、2020年4月末とする。 2020年1月末を目標とした技術提案を求める。
▽設計・施工業者を公募する際に2020年1月末を目標とした技術提案を求め、審査にあたって、工期を目標内に達成する提案に評価点を与えて優遇し、工期を極力圧縮することに努める。
 ▽財源については、“先送り”をして、多様な財源の確保に努め、具体的な財源負担の在り方は、今後、政府が東京都などと協議を行い、早期に結論を出す。
▽9月初めをめどに、設計から施工を一貫して行う「デザインビルト」方式を採用して、入札方式は「公募型プロポーザル方式」とし、応募の資格要件を課した上で、事業者を「公募」で募集する。


「1000億円」の削減にこだわった安倍首相
 “迷走”を続けた新国立競技場の建設費問題で、世論の激しい批判を収めるには建設費の大幅な削減が必須だった。安倍政権が重視したのは、建設費の「1千億円」を超える削減幅だった。
 新国立競技場整備の責任者を下村博文文部科学相から、遠藤利明五輪担当相へと責任者を交代させ、新たに設けた再検討推進室に予算査定に慣れた財務省や大型公共事業にノウハウのある国土交通省の出身者を集めた。
 まず、最後までこだわっていた可動式屋根の設置は完全にあきらめて、「700億円超」という巨額の建設費が必要で批判を浴びていた長さ400メートル、重さ1万トンの2本の「キールアーチ」の建設を止めた。屋根は観客席上部の固定式屋根のみとなった。これで、屋根の経費は「950億円」から75%削減し「238億円」とし、「700億円超」を削減するなどで、総額「1600億円台」が視野に入った。
 観客席の上部の固定式の屋根は、安価な「幕」製にするとした。
 さらに、述べ床面積を、豪華で広大な広さで批判に強かったVIP専用席やVIPエリアを縮小したり、スポーツ博物館や図書館、屋外展望通路をとり止めたりして前の計画から13%削減した。
 最終段階で、遠藤氏が官邸を訪れた際、資料に記載されていた建設費は「1640億円」と伝えられていたとされている。この案では客席の下から冷風が吹き出す冷房設置の設置が含まれていた。冷房装置は真夏に開催するオリンピックの観客サービスとして、関係者が最後まで設置にこだわった設備である。これを外せば、さらに「100億円」の削減が見込めた。
 「暑さ対策なら『かち割り氷』だってある」。首相は夏の甲子園名物を挙げ、遠藤氏に冷房施設の断念を指示。「首相主導の政治決着」を演出し、1500億円台の「大台」を達成したとされている。
 安倍首相は「約1千億円の削減幅」をアピールして、国民の理解を取り戻す作戦であった。

 しかし、「1550億円」でも、これまでに海外で建設されたオリンピック・スタジアムの建設費に比べて破格に高額である。
 2000シドニー五輪では、収容人数11万人という五輪史上最大のオリンピック・スタジアムを建設したが、総工費は「483億円」(6億9000万豪ドル)、2008北京五輪では、ユニークなデザインで話題を呼んだ「鳥の巣」は、収容人数9万1000人で、「540億円」(4億2300万ドル)2012ロンドン五輪では、収容人数8万人のスタジアムで、「827億円」(4億8000万ポンド)で整備された。
 (当時の為替レートで換算 ロンドン五輪のみ2015年6月の為替レートで換算  出典 毎日新聞 2015年6月25日)
 国内で建設されたスタジアムの建設費に比べても飛びぬけて高額だ。国内で最大のスタジアム、日産スタジアム(横浜スタジアム)は、1997年に完成したが、収容人数は7万2327人で、総工費は「603億円」、資材費や労務費などの物価上昇率を加味しても、新国立競技場の「2.5倍」の建設費は余りにも異常である。現在の物価水準でも、新国立競技場は「1000億円」程度が妥当な水準と指摘する建設専門家も多い。
 はたして、本当に「1550億円」のスタジアムは必要なのだろうか。
 また、削減幅にこだわったことで、基礎工事や周辺工事などで、算定から抜け落ちた経費が浮上したり、労務費や資材費が値上がりするなどして、実際には「1550億円」が更に膨らむ懸念がどうしても残る。
 総工費は「1550億円」の上限は維持できるのだろうか、不安材料は依然として残り、国民の批判が収まるかどうか不透明である。

飛びぬけて高額の建設単価 新国立競技場「1550億円」
 安倍首相の決断で、「2520億円」から「約1100億円」削減して「1550億円」になったと聞くと、かなり建設費が削減されて適切になったと誤解する人が多いが、実はこれは大間違いである。
 大規模な建造物の建設費が適正であるかどうかを全体として把握する最良の手法は、「坪単価」で見るとというのが常識である。
 新国立競技場を他のスタジアムと「坪単価」で比較してみよう。
 新国立競技場は、最終案の「1550億円」(延べ床面積19万4500平方メートル)とザハ・ハディド案を踏襲してゼネコン2社が積算した「3088億円」(延べ床面積22万4500平方メートル)の「坪単価」を計算した。 「1550億円」では、265.5万円、「3088億円」では、なんと453・9万円となった。スタジアム建設の「坪単価」では、唖然とする高額だ。
 現在では国内最大規模の日産スタジアムの「坪単価」は155.7万円、サッカー専用スタジアムとては東アジアで最大規模のさんたまスタジアムは105.5万円、屋根を備えている京セラドーム大阪は122・8万円である。
 可動式屋根や「キール・アーチ」を取り止め、電動式可動席や観客席冷房装置も設置を止めても、「坪単価」は破格の265.5万円、あきれるほどの高額なスタジアムである。
 一体、どんなコスト管理をしたのだろうか?
 「1550億円」やはっぱり納得できない。



再検討に当たっての基本的考え方(案) 再検討のための関係閣僚会議(2015年8月14日)

 新国立競技場は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのシンボルとして、開会式、閉会式、陸上競技、サッカーの競技会場となると共に、2019年に開催されるワールドカップサッカーの競技会場とすることで計画された。またFIFAワールドカップの誘致も視野に入れている。
 さらに、東京の新たな“文化の拠点”にしようと、イベントのコンサートも開催でできるようにする“多機能スタジアム”を目指し、東京五輪開催の“レガシー”(未来への遺産)として次世代に残す目論見だった。
 “多機能スタジアム”は、素晴らしい構想ではあるが、“多機能”を実現しようとすると建設計画への要求水準がとにかく膨れ上がるを忘れてはならない。

2015年8月2日、総額305億円にのぼる茨城県つくば市の総合運動公園計画の賛否を問う住民投票が行われた。開票結果は反対が63,482票(80.88%)、賛成が15,101票(19.2%)、反対派が圧倒、80%を占めた。市原健一市長は白紙撤回も検討する考えを表明した。
 総合運動公園計画は、つくば駅の北8キロの45・6ヘクタールに1万5千席の陸上競技場や体育館といった11スポーツ施設などを今年度から10年間かけて整備するという計画である。
 反対派は、「この事業を進めた場合、用地購入費、建設費、施設管理運営費などの支出によって、将来の財政を圧迫し、高齢者対策、子育て支援、生活環境整備、産業振興など、本来必要な事業が困難になる可能性があります」と訴えた。

 1964年東京オリンピックの時代とは明らかに激変している。住民の意識も一変しているだろう。2020年東京オリンピック・パラリンピックの準備には、その変化を敏感にくみ取る感性が求められている。
 “白紙撤回”され“仕切り直し”された新国立競技場の建設計画、果たして国民の支持は得られるだろうか? 2020東京大会関係者の“時代感覚”がまさに問われている。


(新国立競技場の完成予想図。環境に配慮して高さが当初案より5メートル低い70メートルになった 出典 日本スポーツ振興センター)

まだまだ残されている新国立競技場の問題点
▽ 観客席の“冷房システム”は必須!
 五輪の開催時期は真夏で“酷暑”が想定されるなかで、観客席の“冷房システム”の設置は取りやめられた。「1000億円超」の削減を実現するために、整備費「100億円」とされている“冷房システム”は、最終調整で落とされた。 
 しかし、“冷房システム”は経費節約の対象とする設備ではなく、優先順位の高い設備だろう。 真夏開催の競技大会の場合、選手や観客の熱中症対策が必須である。
 酷暑対策の“ホスピタリティ”は、“冷房システム”だ。
 「開会式」やサッカーなどは、夜間に開催するから不要というのは余りにも“ホスピタリティ”重視の姿勢を欠いていると言わざるを得ない。東京の真夏は、「熱帯夜」が続く。
 安倍首相は「冷却効果が少ないなら、別な形にしてもいい。『かち割り氷』もある」と発言したとされているが、「世界で最高のホスピタリティ」を目指すスタジアムという理念はどこへ行ったのか?
 新国立競技場は50年後、100年後を見据えた「レガシー」(未来への遺産)を目指したのでないか?

▽ 天然芝は維持管理システムが重要!
 天然芝の維持のために必要な“芝生育成補助システム”をどうするのか?
 天然芝の大敵、夏場の高温多湿から芝生を保護するためや、ピッチ上部の可動式“屋根”は設置しなくても観客席の屋根は設置するので日照時間は制約されるので、“芝生育成補助システム”は、必須である。荒れた芝生のピッチは、“スポーツの聖地”に相応しくない。
 「1550億円」の建設計画では、十分な“芝生育成補助システム”が含まれているのだろうか?

▽ “ホスピタリティ施設”の削減は充分か?
 建設経費増の原因となっている広大なエリアを占める「世界水準のホスピタリティ施設」を謳っているVIP専用席、プレアム席やラウンジはどうなっているか。各国のVIPが勢揃いするのは、五輪大会位なもので、通常の大会では、広大なVIP施設は不要だ。
 「世界水準のホスピタリティ施設」を謳うなら、観客席の“冷房システム”の方がはるかに重要だろう。

▽ 未解決 陸上競技場に必須のサブトラック
 世界選手権などの国際的大会や、日本選手権などが開催できる最上位クラスの『第一種』陸上競技場は、は補助競技場(サブトラック)に『全天候舗装』400メートル『第3種』公認競技場が必要』と定められている。しかも『第3種相当』の競技場には400メートルトラックが8レーンが必要だ。この補助競技場がなければ、『第一種』と認められず、主要大会を開催できない。
 旧国立競技場も、併設のサブトラックはなかったが、隣接の東京体育館の付属陸上競技場(1周200メートルが5レーン)と、代々木公園陸上競技場(1周400メートルが8レーン・第三種公認)を事実上のサブトラックとすることで、「第一種」として認定されていた。
 現在「第一種競技場」として認められている「味の素スタジアム」には「西競技場」が、「日産スタジアム」には「日産小机フィールド」が補助競技場として整備されている。補助競技場は、サブトラックとして使用されるだけでなく、単独で陸上競技としても利用されている。
 新国立競技場の整備計画では、当初は、神宮第二球場に常設するとの案があったが、スペースが足りないということでこの計画は立ち消えになり、神宮外苑の軟式野球場に設けることに決まった。しかし、この土地を所有する明治神宮が常設に反対したため仮設として整備し、大会後は取り壊すことで折り合った。
 五輪開催後の新国立競技場のサブトラックどうするのか未だに目途が立っていない。 新国立競技場で国際競技会や公式競技会の開催を目指すならサブトラックの整備は必須となる。
 またサブトラックの整備経費は、当初は「38億円程度」としていたが、当初の見積もりの甘さや旧計画が白紙撤回されたことや建設費の高騰が原因で、仮設で整備しても「100億円」に上るといわれている。恒久施設として整備すれば建設費は「100億円超」は必至である。さらに用地の確保の目途もまったくない。
 五輪開催後にサブトラックが設置できなないのなら、公式の国際競技大会や日本選手権の開催が不可能となり、9レーンの国際標準のトラックなど陸上競技場としての設備は“無用の長物”となる。
 そもそも、新国立競技場を「陸上競技の聖地」とするのは、現状では、不可能なのである。なんともお粗末な整備計画である。 

▽「五輪便乗」 日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟建設 16階建の高層ビルの無駄遣い
 2015年8月10日、参議院予算員会で、新国立競技場の建設問題が取り上げられ、民主党は“白紙撤回”されたにもかかわらず、現在も進められている関連工事の総額が約320億円あるとして、政府を追及した。この中で、問題視したのが、「JSC本部棟・日本青年館新営設計・工事・管理等」業務である。
 政府内で、密かに新国立競技場の建設計画の“白紙撤回”に向けて検討が進められている最中、6月30日に、この建設工事で「165億円」契約が、文科省とJSCで交わされた。「165億円」の内、「47億円」はJSCが負担するが、その財源は、税金とtotoでまかなうとしている。
 計画では、現在の日本青年館の南側にある西テニス場の敷地約6800㎡に、地上16階地下2階、延べ床面積約3万2000平方メートルのビル、「日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟」を新築し、JSC本部の事務機能や日本青年館の宿泊施設・ホールなどの機能を集約した施設を整備する。JSCは、この内、4フロア、6000平方メートル、これまでの1・4倍の面積を使用して、本部機能を移転する計画である。
 2015年6月14日、競争入札で、安藤ハザマが落札、落札額は152億5000万円(予定価格は164億9626万円)だった。
 「日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟」建設は、文科省の新国立競技場整備に関する「予算の上限」をJSCに示した時にすでに「174億円」(内JSC本部関連は28億円)を入れ込んでいる。 膨れ上がる新国立競技場の建設費を“抑制”するために「232億円」は別枠にしたのであろう。
 それにしても「152億5000万円」使って。「日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟」を建設する必要があるかどうか、しっかり検証したのだろうか。 神宮外苑に、新たに1240席の大ホール、客室数約220室のホテルを、税金を投入して建設する必要があるのだろうか? 
 日本青年館は、全国の青年団活動の拠点にするため、「1人1円」の建設資金募金活動を繰り広げ、 大正14年9月に総工費162万円をかけて地上4階地下1階建ての旧日本青年館が完成した。
昭和54年2月には、青年団募金5億円が集められ、政府、経済界、各界の支援を受けて総工費54億円をかけて地上9階地下3階建ての現在の日本青年館が完成した。そして約30年、首都圏には、ホテルやホールの施設は十分に整っている。“時代”は変わっているのである。「五輪便乗」と批判されても止む得ないのではない。新国立競技場の建設計画は白紙撤回して見直したが、「16階建ての高層ビル」は見直しをしなかった。


(新日本青年館・日本スポーツ振興センター本部棟完成予想図 出典 日本青年館ホームページ)


▽ 財源問題深刻 誰が負担する「1550億円」
 旧整備計画では、新国立競技場の建設財源を国、都、スポーツ振興くじtotoなどでまかなう方針だった。
 しかし、2015年5月、下村五輪相が舛添要一都知事に都側の負担分として「500億円」の拠出を要請したが、舛添氏は、「1550億円」の情報開示不足などを理由にが難色を示し、宙に浮いたままとなっている。政府は9月上旬、財源を検討する国と都によるワーキングチーム(WT)を発足。年内に結論を出す方向だが、具体的な議論は始まったばかりで、合意には難航が予想される。
 下村文科相は、新国立競技場のネーミングライツ(命名権)を売却して、約200億円の収入を上げるという目論見を明らかにしたが、ネーミングライツ(命名権)で得られる収入は、味の素スタジアム(調布)で約2億円(年)、日産スタジアム(横浜)で約1億5000万円(年)とされている。
 一体、「200億円」という数字はどこから出てきたのだろうか?

▽ 五輪開催後、新国立競技場を何に使用するのか?
 五輪開催後、新国立競技場は主としてどんな競技を開催する目論見なのか?
 ポイントは、陸上競技場として残すかである。五輪開催後も陸上競技場として機能させて成算があるとのだろうか? 横浜市の「日産スタジアム」、調布市の「味の素スタジアム」、また駒沢オリンピック総合運動場で陸上競技の開催は十分可能だろう。そもそも陸上競技では「6万8000人」のスタジアムは大きすぎて、観客が集められない。
 集客力のあるサッカーを中心にラグビーなどの球技場専用を目指すのがまだ現実的だろう。球技専用にするなら、観客サービスを充実させるために、陸上競技用の9レーンのトラックは取り払い、「ピッチサイド席」を設置するのが適当だろう。 サッカーやラグビーには、9レーンのトラックの空間が“邪魔”になる。さらにサッカーでも「6万8000人」を集客するのはかなりハードルが高い。
 最大の問題は、年間365日の内、スポーツ競技大会で利用されるのはわずか36日、イベント利用で最大12日程度の利用を想定し、残りの300日以上の利用計画が立たないことである。子供スポーツ教室や市民スポーツでの利用を促進するとしているが、「6万8000人」の観客席を備えた巨大スタジアムは子供スポーツ教室や市民スポーツにはまったく不用だろう。
 一体何にこの巨大なスタジアムを使うのだろうか。

▽ 新国立競技場は五輪大会終了後の利用計画を前提にして整備計画策定を
 「6万人」規模の巨大スタジアムの維持は、五輪開催後は絶望的だろう。観客席の縮小や競技場の設備の再整理など改築前提にして、整備計画を策定する方が現実的なのではないか。そのためには、五輪開催後、数十年に渡って、新国立競技場をどう維持していくのか、デッサンを描かなればならない。
 「1550億円」の建設計画で、新国立競技場の“五輪後”の姿は明確に視野に入れているのだろうか。





新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(3) 新デザイン「木と緑のスタジアム」決定 大成建設・梓設計・建築家の隈研吾氏のチーム “赤字”への懸念 巨額の負担を次世代に残すのか? 
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(4) 検証新デザイン 維持管理費・長期修繕費 ライフサイクルコストはどうなる?
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(5) 新国立競技場“迷走” 文科省とJSCに責任 検証委
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(6) 陸上競技の“聖地”は無残にも消えた 新国立競技場はサッカーやラグビーの球技専用スタジアムに
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(7) 新国立競技場に暗雲 破綻寸前日本スポーツ振興センター(JSC)
新国立競技場は“負のレガシー”(負の遺産)になるのか?(1) “迷走”と“混迷”を重ねる新国立競技場 国際公約”ザハ・ハディド案 縮小見直し「2520億円」





“陸上競技”では巨大スタジアムは維持できない
 2020年東京オリンピック・パラリンピックでは開会式、閉会式、サッカーの決勝トーナメントを行うので8万人規模は必要となるだろう。またFIFAワールドカップのメイン会場にするためには“8万人規模”が必須となる。
 しかし、FIFAワールドカップの招致は、これからで何も決まっていない。
 五輪開催後の新国立競技場の利用をどうするかを考えなければならない。巨大な陸上競技場を建設しても、8万人規模の集客が期待できる競技会はないだろう。世界陸上のような大規模な国際大会でも8万人はおろか5万人の集客すら難しく、そもそも招致が実現するかどうかまったく分からない。毎年開催される日本陸上選手権のような国内大会では、わずか1.5万人程度(1日)というのが常識である。8万人のスタジアムは、完全にオーバースペックだ。陸上競技場としてはとても維持できないのは明らかである。
 また、首都圏には、横浜市に日産スタジアム(収容能力:7万2327人)や味の素スタジアム(収容能力:4万9970万人)がすでに整備されている。しかも、公式陸上競技大会には必須のサブトラックを2つのスタジアムとも併設している。新国立競技場ではサブトラックは東京五輪開催時には、仮設で対応し、その後は設置する予定はない。収容能力は8万人と陸上競技場としての規模は日本で最大だが、機能の面では“欠陥”陸上競技場なのである。
 東京五輪を契機に建設するのはいいが、そもそも大規模な陸上競技大会は開催回数が少なく、しかも最近は全日本陸上競技大会など国内の大規模な競技会は地方の陸上競技場で“持ち回り”で開催されている。日本各地にしっかりした陸上競技場が次々に整備されたことが背景にある。
 陸上競技だけでみれば、新国立競技場は“閑古鳥”が鳴くのは必至であろう。

ラグビーは観客動員が期待できない
 2019年開催のラグビー・ワールドカップは、日本が活躍すると観客動員数は期待できるだろう。8万人のスタジアムは満員近くなるかもしれない。
 しかし、新国立競技場の完成は、2019年ラグビー・ワールドカップ“終了後”の2020年4月末で、ラグビー・ワールドカップの開催はできない。なんともお粗末な新国立競技場の整備である。ラグビー・ワールドカップの開催は当分、期待できない。

 かつてラグビーは、日本では、人気のあるスポーツの一つで、旧国立競技場で観客動員数の上位にランクインしている。
 その人気を牽引したのは早稲田大学、慶応大学、明治大学などの大学ラグビーだ。旧国立競技場の観客数の記録には、1964年東京オリンピックや1958年アジア競技大会を除いて下記の試合が並ぶ。

*関東大学ラグビー対抗戦(早稲田大対明治大)(1982年)
入場者数:66,999人
*第22回日本ラグビーフットボール選手権大会決勝(釜石対同志社大)(1985年)
入場者数:64,636人
*関東大学ラグビー対抗戦(早稲田大対慶応大)(1984年)
入場者数:64,001人

 ラグビー・ブームに沸いていた時代には6万人を超える観客動員数を記録していた。しかしそれは過去の話で、2015年2月に行われた日本選手権決勝戦のヤマハ発動機とサントリーの試合の観客数はわずか約1万5千人、2015年1月に行われた全国大学選手権決勝戦の試合の帝京大学と筑波大学の試合では約1万2千人だった。競技場も旧国立競技場では収容能力が大きすぎて使用せず、全国大学選手権は秩父宮ラグビー場、全国大学選手権は味の素スタジアムで開催した。ラグビーの試合で6万人の観客動員数は“夢のまた夢”となってしまっている。通常のラグビーの国内大会の試合であれば、味の素スタジアム(収容能力:約5万人)や秩父宮ラクビー場や花園ラグビー場の規模で十分であろう。8万人のスタジアムはラグビーの開催でも全く不要である。

サッカーは「救世主」になるか
 陸上競技やラグビーに比べて、サッカーは観客動員数が大規模な国際大会だけでなく、常時、継続的に一定規模の観客数が期待できる。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックのサッカー競技やFIFAワールドカップの決勝リーグ戦では8万人クラスの観客動員数は期待できるだろう。
 2012年6月、 さいたまスタジアム2002で行われたFIFAワールドカップ・アジア地区の最終予選、日本・オマーン戦では6万3551人を記録した。同じ6月に日産スタジアムで行われたキリンチャレンジカップ、日本・イラク戦でも約6万3千人だった。
 国内の試合では天皇杯全日本サッカー選手権大会の決勝戦が多くの観客を集めるが、2014年12月に行われたガンバ大阪・モンディオ山形戦では、約4万8千人だった。
 Jリーグの公式戦であれば、2013年に日産スタジアムで行われた横浜マリノス・新潟戦が史上最高の約6万3千人、2006年にさいたまスタジアム2002で行われた浦和レッズ・ガンバ大阪戦は約6万2千人だった。
6万人を超えたのはこれまでに5試合だけである。通常は、1試合当たり約2万人から3万人程度である。
 サッカーでも、現実的に期待できるのは年に何回か6万人規模、仮にJリーグの公式戦を誘致しても、通常は2万人から3万人と想定される。
 しかもサッカーのスタジアムは、首都圏にはすでに十分に完備している。
 横浜市の日産スタジアム(収容能力:7万2327人)、さいたま市のさいたまスタジアム2002(収容能力:6万3700人)、調布市の味の素スタジアム(収容能力:4万9970万人)、いずれも国際クラスの機能を備えた競技場である。
 新国立競技場にJリーグの試合を誘致して定期的に開催すると、安定的な収入源になるが、それでも“8万人”のスタジアムは大きすぎる。 またすでに存在する首都圏のスタジアムへの影響が大きく摩擦は必至だろう。“スポーツの聖地”を目指す新国立競技場が摩擦の原因となるのでは余りにもお粗末である。
 さいたまスタジアム2002は、陸上競技場の機能はなく、イベント・コンサートも開催しない“サッカー専用”スタジアムとして観客への「サービスの充実を図っている。収容能力も6万3700人と、“6万人”クラス観客動員数を念頭に置くとまさに適正規模である。
 サッカー・スタジアムとして考えた場合、“8万人”はいらないし、新たにスタジアムを建設する必要性は感じられない。
 首都圏にはすでに“国際級”のサッカー・スタジアムがすでに十分に完備している。


陸上競技とサッカー・ラグビー兼用スタジアムの欠点
 陸上競技とサッカー・ラグビー兼用スタジアムは、基本的に“欠点”が生じる。
 下記の陸上競技とサッカー・ラグビー兼用スタジアムを見れば一目瞭然、国際基準を満たす陸上競技場には外周に9レーンのトラックを設置しなければならない。さらにトラックの外側にメインスタンドやバックスタンドには走り幅跳びや三段跳びのフィールドなどが設けられるので、球技場のピッチから観客席までは、20メートルから30メートル離れる、またサイドスタンド側だと、トラックはカーブで外側に膨らむので、スタンドとピッチの距離はさらに遠のき、40メートルから50メートルも遠のく。観客席からサッカーやラグビーの選手の動きが遠くなり、観客は熱気と迫力が感じられなくなり、スポーツの醍醐味が薄らいでしまうのである。 サッカー観戦にとっては、陸上競技場の“無駄な空間”が邪魔になるのである。



(出典 味の素スタジアム[東京都調布市])

 さいたまスタジアム2002は、サッカーの専用競技場をキャッチフレーズにし、ピッチサイドにまで観客席の設置している。サッカーファンにとってはゲームの醍醐味が味わえるスタジアムとして好評だ。これに対し、味の素スタジアムでは、サッカー・スタジアムとして使用する時は、トラックに人工芝敷いて“人工芝フィールド”とし、陸上競技のトラックをなくし、サッカーのピッチサイドのようにしている。しかし陸上競技場として使用するには、トラックの上の人工芝をはがさしトラックに戻さなければならない、その作業に少なくとも3日間程度(その逆も同じ)の時間と、人件費がかかり、陸上競技で使用することは極めて稀という状況である。
 これに対し、日産スタジアムは、陸上競技場を前提に建設されたスタジアムで、すべての観客席から、陸上トラックの全周がよく見えるように設計されていて、陸上競技観戦に適したスタジアムである。逆にサッカー観戦に場合は、一部の席からゴールが見えないという欠点もあるという。サッカー専用スタジアムである埼玉スタジアム2002と比較すると、陸上用のトラックなどがそのままピッチとの間あり、幅25~40メートルの“無駄な空間”が広がり観客とって臨場感を味わうには劣っている。
 札幌ドームは、サッカー場と野球場の機能を備えたユニークな屋根付きのスタジアムである。ピッチの天然芝は、ホヴァリングサッカーステージ”と呼ばれる“可動式の巨大な棚”の上にあり、サッカー開催時はこの“棚”でピッチを覆い、野球の開催時では、天然芝は“棚”ごと、移動させドームの外に出す。そして、ピッチには人工芝を設置する。そっくり入れ替えるのである。またサッカーと野球とではグラウンドの形も違うので、観客席は可動式になっていて、それぞれの競技に合わせてスタンドの配置も変えてしまう。まさにハイテクスタジアムである。
 新国立競技場の基本計画では、こうした欠点を克服するために、サッカーやラグビーを開催する際には、陸上競技のトラックの上を覆って、ピッチサイドまでにせり出す電動可動式の観客席を1万5千席を設置する計画だった。陸上競技や開会式、閉会式の開催時には、この観客席をスタンドに下にしまい込む仕組みである。アイデアとしては悪くない。しかし、この計画は新国立競技場の総工費が「3000億円超」に膨れ上がることが明らかになり、工費圧縮を迫られ、可動式ではなく固定式の“仮設席”に変更となった。サッカーやラグビーの試合の開催時には、陸上競技のトラックの上にスタンドを組んで“仮設席”を1万5千席つくり、陸上競技の開催時には“仮設席”を撤去するというものである。苦肉の策である。東京五輪後は、“仮設席”は設置しないとしているので、新国立競技場の収容能力は、約5万5千人、横浜市の日産スタジアム(収容能力:7万2327人)、さいたま市のさいたまスタジアム2002(収容能力:6万3700人)に及ばない。



(出典 日産スタジアム[横浜市])


(出典 さいたまスタジアム[さいたま市])

難題、天然芝
 サッカーの公式試合は、天然芝のピッチで開催することが義務付けられている。
 そこで、大規模な国際試合は国内の試合の開催を目指すサッカー・スタジアムは、膨大な経費をかけて“天然芝”の維持管理を行っている。
 芝は暑さや湿度に弱くて、日本での生育環境は極めて悪く、綿密な維持管理が必要となる。
 サッカースタジアムの場合、1年間のピッチ使用日数は約50日~60日、約一週間に約1回の割合で使用する。芝生は、試合が行われる度に、痛んで部分的にはげたり、元気がなくなり病気になったりする。 試合などで傷んだ芝生を休ませ回復させるために、芝生を、一定期間、プレーに使わない「養生」と呼ぶ期間も設けなければならない。
 また年に2回、夏用の芝と冬用の芝に定期的に全面張り替えが必須である。 この経費が多額で4千万円から1億円近く必要とされている。新国立競技場の場合は、年間で1億5千万円と見込んでいる。
 新国立競技場の場合、スポート大会の開催を年間80日(通常大会44日、大規模大会36日)、イベントを年間12日の開催を想定している。そのそも“8万人”を動員できるスポーツ・イベントが年間92日もあるかという疑問もあるが、仮に92日のスポーツ・イベントを確保して新国立競技場で開催したら“天然芝”はぼろぼろになると懸念が大きい。全面張り替えの他に補修を含めると年数回、芝生の張替えをしないとと耐えきれないかもしれない。芝の張り替え作業の期間や“養生”の期間も見込むと稼働率はかなり低くなる。新国立競技場の場合は芝の張り替え作業に約10日間、芝生養生期間に約40日間、合わせて約50日間を見込んでいる。年間約100日間以上は“天然芝”のピッチは使用できないことになる。
 一方、ドーム型スタジアムの野球場ではこうした問題は起きない。野球場は“人工芝”なのである。
 “天然芝”のピッチが必要なサッカースタジアムの維持管理は大変な労力と経費が必須なのである。



(出典 さいたまスタジアム2002)
スポーツ競技大会では維持不可能
 結論からすると「8万人収容」のスタジアムをスポーツ競技大会では維持できないということである。
 2014年5月の基本計画では、東京五輪開催後はスポーツ競技大会として、通常規模の大会を年間44日、大規模な大会をサッカー20日、ラグビー5日、陸上11日、合計36日の開催を予定し、3億8800万円の収入を得ようとする目論見だ。果たして「8万人」の観客動員が期待できるスポーツ競技大会が「36日」もあるだろうか?
 スポーツ大会では“8万人”クラスの競技場を維持できないのは“常識”である。 関係者からは「五輪後は陸上機能を外し、収益が見込めるプロ野球やJリーグに貸し出すべきだ」という声や「スポーツ競技大会で8万人の競技場を満たすことなんてできない。なんとか頑張って小さめの赤字になればいいんが……」という声が聞こえる。
 スポーツ競技大会だけでは新国立競技場は維持できない、そこでコンサートなどのイベントの開催も行う“多機能スタジアム”にしたらどうかという発想が生まれてくる。


イベント開催に必須の屋根付きスタジアムは挫折
 旧国立競技場は“スポーツの聖地”と言われていた。
 新国立競技場では、更に発展させて“文化の聖地”を目指す、建設計画をまとめる中で関係者の間でのコンセンサスになっていた。一方で東京五輪後、新国立競技場の維持管理は、スポーツ競技大会だけでは賄いきれないので、コンサートや展示会などのイベントの誘致をして、新たな収益源としようとする目論見であった。スポーツ競技大会のスタジアム利用料は、現状では、1日50万円からせいぜい100万円程度、それがイベント利用となると1000万円以上が期待できる。まさに一石二鳥を狙ったのである。
 しかし、新国立競技場でコンサートや展示会、式典などの大型イベントを開催するためには、近隣地域の騒音問題から“屋根”の設置が必須となる。 しかも遮音性のある“屋根”でなければならない。またイベント会場にするには、雨天や降雪、雷などの天候に左右されないように“屋根”が必要である。天候でイベントが中止になれば主催者は大きな損失を背負うことになるからである。
 一方で、晴天の日は、青空の下で陸上競技やサッカー、ラグビーなどを開催しないと観客はスポーツの爽快感を楽しめない。開閉式の“屋根”がどうしても必要にある。
 新国立競技場が建設される神宮の森は、大都会東京の中心エリアに立地していて、とにかくロケーションは抜群である。そのエリアが新たな“文化の聖地”となれば、2020年東京オリンピック・パラリンピックの“レガシー”(未来への遺産)となると期待する声も多かった。
 大会組織委員会の森喜朗会長も「国立競技場を文化の聖地にしようという気持ちだった」と語っている。
 しかし、屋根付きの“多機能”スタジアムの“夢”は消え去った。


「屋根」付きスタジアム 天然芝維持管理は更に大変
 
 そもそも新国立競技場に屋根を建設すると、難題が生れることが分かっていた。“天然芝”の維持管理である。
 “屋根”を設置すると、日照が限られる上に、風通しも悪くなり芝生が“蒸れる”状態になる。「夏場は蒸し風呂のよう」とスタジアムの関係者は証言する。真夏に芝生に水を蒔いても風がないので、蒸発できずに、蒔いた水がお湯になり根をやられてしまうという。
 新国立競技場では、“天然芝”を守るために、さまざま装置を設置する計画だった。

* ハイブリッド換気
 十分な自然通風を得るため、屋根とスタンドの間に大きな開口(開閉機構付)を南北に配置。また芝生面では、大型送風機により3~5m/sの風速を常時安定してつくることができ、かつ新鮮外気の導入により芝生面の湿分を常時排気することができるよう、大型送風機(10台)を導入。
* 芝生張替え
 冬期に寒地型芝と夏期に暖地型芝の張替を導入し、年2回の定期張替えを計画する。1回の張り替え作業に約10日間、芝生養生期間に約40日間、合わせて50日間、年2回とすると約100日間がピッチは使用できない。新国立競技場では年間1億5000万円の芝生予算を経常している。
* 芝生育成補助システム
 「ポップアップ式散水設備」:ピッチ全体にバランスよくかつ小水量での散水が可能。
* 「地中温度制御システム(冷水/温水)」
 地中に埋設された配管に夏期は冷水を通水し地中を冷却、冬期は温水により昇温し、特に盛夏や厳冬期の地中温度環境を改善。
* 「土壌空気交換システム」
 地中温度制御システムと組み合わせた地中温度環境の改善のみならず、地中の酸素供給、湿分除去(排水性能向上)、嫌気性物質除去などの効果により、健全な芝生を育成。
* “屋根”の南面に巨大な透過性ガラスを設置して芝生への日照を確保
 新国立競技場はスタンド部分には固定式の屋根があり、開閉式のグラウンド部分の屋根を開けても、冬季は、日照時間が不足して、“天然芝”の生育環境が保てない。
 この欠点を克服するために、“屋根”部分の南面に約1万平方メートルの巨大な「透過性ガラス」を設置して日照時間を確保する建設計画を策定した。この「南面透過性ガラス」の工事費は2億5千万円、さらに真夏の日差しを遮る「日射遮蔽装置」や「防音装置」の設置費用15億円、あわせて17億5千万が必要としている。
 しかし「透過性ガラス」の維持管理はかなり大変で、清掃費は補修費で毎年19億円、修繕費で毎年6億4千万円かかるとしている。なんと毎年、25億4千万の経費を負担し続けるのである。
  “屋根”付きスタジアムで、“天然芝”を維持するには、これだけの対応が必要になるのである。当然、経費もかさむのは当然である。“多機能スタジアム”を目指す宿命である。



(新国立競技場基本計画 FOP[フィールドオブプレイ] 出典 日本スポーツ振興センター)

「屋根」付きスタジアムでつまずいた大分銀行ドーム
 
 “屋根”付きスタジアムの運営の難しさは、関係者の間ですでに問題になっている。
 開閉式屋根のある大分銀行ドームは、半地下構造となっていることもあって芝の生育が難しい環境にあった。「こけら落とし」となった2001年のJリーグ公式戦・トリニータ対京都パープルサンガ戦では、試合中に剥れた芝生がはねてしまい、芝生の管理が問題視された。その後も芝生の状態は改善されず、2009年にサッカー日本代表の試合が予定されていたが、直前に会場変更された。芝の状態が悪かったためであるとされている。
 また開閉式の屋根もトラブルに悩まされている。
大分の場合は2001年の開設以降、2010年までに屋根の故障が十二回も発生した。2013年11月には屋根が閉じなくなり、約5か月間開けっ放しになり、大分県では四億五千万円をかけて全面改修をした。担当者は「こんなにトラブルが続くとは想像できなかった」と話しているという。



(出典 大分銀行ドーム[大分市])

豊田スタジアム 「屋根」は開けっ放しに
 愛知県豊田市にある豊田スタジアムは、サッカーJリーグ・名古屋グランパスの本拠地、収容能力は4万5千人、サッカー専用スタジアムとしては埼玉スタジアム2002に次いて、日本国内で2番目の大きさを誇る。特徴的なデザインで、全国でも数少ない開閉式屋根のサッカー施設として注目されていた。
スタジアムの所有者は豊田市、運営管理は、株式会社豊田スタジアムが行っている。
 設計は故黒川紀章さんが行い、豊田市が350億円をかけて2001年に建設した。可動式屋根は天幕式(テント)で、雨天時に広げてピッチと客席を覆う。
 2007年11月、屋根の開閉部分に故障が見つかり、1年近くかけて、大修理が行われた。
 これ以降、可動部分に不具合が多く、年間5回前後しか開閉されず、一方で維持費、修理費がかさみスタジアムの経営に重荷になっていた。
豊田市が行った外部監査で、2011年度以降は年間8億円の赤字を計上し続けていることが判明し、「赤字を減らすよう総合的に検討すべきだ」と指摘されていた。
豊田市では、スタジアム施設を維持する修繕費を見積もった結果、15年度から5年間で総額28億円を要し、この内屋根だけで16億円かかることが判明した。また2032年度までに修繕費や施設維持費などに109億円が必要とされ、この内59億円が屋根にかかわる経費という。
 こうした中で、豊田市では、2015年から開閉式屋根を「開けっ放し」にする方針を決定した。
今後、高価な特注の部品交換がかさむためで、市は「費用対効果の観点から維持は困難」と判断した。芝の養生のため閉めたままでなく開けたままにすることにした。当面は撤去はせず、施設の片隅に寄せておくが、今後、屋根の撤去も検討するという。
 豊田スタジアムを本拠地とする名古屋グランパスエイトは、次のようなお知らせを掲載している。
 「豊田スタジアムの開閉式屋根については、豊田市の決定により稼動させないこととなりました。つきましては、2015シーズン以降の豊田スタジアムで行われるホームゲームは、天候に関わらず屋根を開放した状態で開催いたします。
これにより、ピッチに近いスタンド席は雨に濡れる可能性が高くなりますので、雨天などが予想される場合は、雨具をご持参くださいますようお願いいたします。また、雨具につきましては他のお客様の視界と安全確保の理由から傘のご使用はご遠慮いただき、合羽、ポンチョなどのご使用にご協力ください。お客様にはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力の程よろしくお願い申し上げます。」

 開閉式の屋根が設置されているスタジアムは、この他に、ノエビアスタジアム神戸(収容能力 3万4千人)があるが、屋根の維持管理に伴う大きなトラブルは起きていないようである。
 スタジアムの開閉式屋根については、維持管理や修繕費を相当見込まないと運営は難しいのではないか? 多額の経費がかかる屋根の設置については、スタジアム収支を慎重に見極めるべきである。仮に新国立競技場の開閉式屋根の復活させる場合も、その規模は破格に巨大になることを念頭に置かなければならない。



(豊田スタジアム 出典 豊田市)

イベント開催は「救世主」になるのか?
 2014年5月、日本スポーツ振興センター(JSC)は、新国立競技場の建設計画を縮小して、総工費を「1625億円」に圧縮することを明らかにした。それに合わせて、五輪後の「収支見込み」を明らかにした。
 それによると、「興行イベント事業」として、「スポーツ」を年間80日開催して3億8800万円、「文化(コンサート)」を年間12日開催して6億円の収入を見込んでいる。
 しかし、「年間12日、6億円の収入」は新たな疑問を生んでいる。
 そもそも1日、5000万円という破格に高額な利用料が受け入れるらけるかどうかだろう。現在では1000万円から2000万円が相場でその二倍以上の“超高額”スタジアムだ。
 「8万人」の観客動員が期待できるコンサートなどのイベントは、「年間12日」もあるのか?という疑問も大きい。観客席に空席が目立つとコンサートの“熱気”が生まれない。コンサートを成功させるには、観客席は“満員状態”にする必要があるのである。
 コンサートなどのイベント会場として首都圏で有名なのは、「武道館」(収容能力:約1万4千人)と「横浜アリーナ」(収容能力:1万7千人)である。「武道館」は、1964年東京五輪の柔道競技会場だったが、1966年のビートルズ来日公演で一躍有名となった。以来、日本のミュージシャンにとって憧れのコンサート会場となり、「武道館コンサート」はステータス・シンボルになっている。
 「横浜アリーナ」はアイススケートリンクだが、立地の良さからコンサートやイベント会場として人気がある。
 また最近では、「五大ドームツアー」が人気ミュージシャンの新しいステータス・シンボルになっている。「武道館」に比べて収容人数は倍以上の4万人から5万人規模、観客動員数を誇る“人気度”のバロメーターとなっている。
 「五大ドーム」とは、「札幌ドーム」(5万5千人)、「東京ドーム」(5万5千人)、「ナゴヤドーム」(4万人)、「京セラドーム大阪」(3万7千人)、「福岡ドーム」(3万8千人)である。いずれも屋根付きのドーム型の野球場である。
 新国立競技場は、「8万人」の収容能力を武器にイベント会場争奪戦に参入しても果たしてどれだけ“勝算”があるのだろうか。「8万人」はとにかく巨大である。
 また新国立競技場は、コンサートの開催を目的に建設した施設ではないので、音響効果はコンサートホールに比べて良くない。良好な音質で音楽を観客に聴かせるのは無理である。舞台や照明・音響設備は別途、設営しなければならないので開催経費が膨らみ、観客動員数の確保に自信がないコンサートの開催は事実上不可能だろう。次に前述したが、イベント開催に必須の“遮音装置・屋根”はない。
 2015年7月7日、日本スポーツ振興センター(JSC)は「有識者会議」を開き、新国立競技場の改築費は、当初よりも「900億円」多い「2520億円」になることを承認した。スタンド工区が「1570億円」、屋根工区が「950億」としている。膨大な建設費に批判が集まるなか、屋根設置は見送り、5年後に向けて設置計画を進めるとした。(その後、安倍首相が“白紙撤回”した建設計画)。
 しかし、グランド上部の可動式“屋根”の工費は「168億円」かかるとした。 わずか「年間12日、6億円」の収入のために「168億円」追加投資するのである。しかも、単に先送りしただけで一体誰が負担するのか、まったく展望はない。あまりにも杜撰な計画であった。


イベント「年間12日」は“天然芝”をぼろぼろにする!
 スタジアムでコンサートを開催する時は、ピッチの“天然芝”の上に保護用パネルを敷きつめて、パイプいすを並べて、観客席を仮設する。準備も含めて、2日間は“天然芝”はパネルで覆われ日照はない。さらに夏の期間は、“天然芝”の表面温度が50度に達し、芝には過酷な環境となる。
 「収支の改善にはコンサート」と言われるが、“天然芝”への負担が大き過ぎ、開催回数は極力少なくするというのが関係者の常識である。
 2008年5月、味の素スタジアムでは、「X-JAPAN」のギタリストhideさんの追悼イベントが開かれた。味の素スタジアムをホームグランドとしている東京FCは、重要な試合の直前にイベントを開催されると、「芝生が荒れ試合にならない」と“激怒”したとされている。結局、スタジアム側は、5~6千万円かけて芝生を張り直したという。
 日産スタジアムでは年4日程度、味の素スタジアムは年3日、埼玉スタジアムは、“天然芝”を保護するためにコンサートは開催しない。
 仮に「年間12日」のコンサートを新国立競技場で開催したら、“天然芝”は悲惨な状態になり、サッカーの開催は不可能になるだろう。
 繰り返しにはなるが、野球場ではこうした問題は起こらない。“人工芝”だからである。
 陸上競技、サッカー、ラグビー、そしてコンサートを開催する「多機能スタジアム」、聞こえはいいが、実際は問題山積なのである。


破綻した“多機能スタジアム”
 新国立競技場はコンセプトを固める初期段階で、機能を詰め込み過ぎて失敗したのであろう。
“スポーツの聖地”、“文化の聖地”、“レガシー”(未来への遺産)、「理想」と「夢」が、2020年東京オリンピック・パラリンピックのシンボルとなる新国立競技場に集まった。
 その結果、五輪の招致の切り札になる「斬新なデザイン」、全天候型の“屋根”付きスタジアム、イベントも可能にする「開閉式遮音装置(屋根)」、ピッチサイドにせり出す「可動式観客席」、真夏での観戦を快適にする「座席空調」、豪華さを演出する「VIP席やVIP専用エリア」、天然芝の維持管理のための「芝育成システム」、地震対策の「免震装置」、博物館、レストラン、プレゼンルームなど、考えられる機能はほとんどすべて計画に盛り込んだ。
 そして、総工費が「3000億円」に膨れ上がり、計画の度重なる縮小に追い込まれ、ついに“白紙撤回”となった。
 最新鋭の“多機能”スタジアムは、とにかく経費が膨れ上がるのである。
 新国立競技場の建設計画は、“仕切り直し”になって、現在、急ピッチで新たな建設計画策定に向けて作業が進められている。
 筆者の提案のキーワードは「コンパクト」、“世界で一番”を目指すのはもう止めよう。総工費が膨れ上げる原因となっているキールアーチ構造は見直し、可動式屋根や遮音装置、VIPエリア、可動式観客席は中止する。イベント開催はあきらめる。デザインは旧国立競技場のようなシンプルな陸上競技場のデザインでよいのではないか。
 収容能力も「8万人」規模が五輪開催時に必要なら仮設席も含めて対応し、五輪後は、5万人クラスのスタジアムに縮小する。
 その代わり、“神宮の森”の再開発に投資をして、新国立競技場を中心に、明治神宮球場、軟式野球場、秩父宮ラグビー場、テニスコート、ジョギングコース、サイクリングコース、公園などを充実させ、市民が日常的に利用する新しい“スポーツの聖地”を考えたらどうか? 大都市東京にとってよほど意義深いと思うが…。
  “箱もの”至上主義の幻想から抜け出せない弊害だろう。高度成長、社会資本建設に奔走していた1964年の東京五輪の時代と2020年では明らかに時代は変わっている。



(旧国立競技場 出典 日本スポーツ振興センター[JSC])

キーワードは“五輪後”どうする? “負のレガシー”(負の遺産)にはするな!
 2020年東京大会のキャッチフレーズは「DiscoverTomorrow(未来をつかむ)」、そしてそのコンセプトは「コンパクト」、繰り返し強調しているキーワードである。過去からの資産を大切にしながら明日に向かって進んでいく都市の姿を世界に伝えていくとしている。
 2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会での2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致演説は何だったのだろうか。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催期間は、オリンピックで17日(サッカーの予選は除く)、パラリンピックで13日、わずか30日である。重要なのは、大会終了後、50年以上使い続ける社会資本にしなければならないことだ。
 一過性でなく、確実に後年度負担が生まれる社会資本の新規投資には、それなりの“覚悟”が必要である。キーワードは 「持続可能な開発」(Sustainable Development)。
新国立競技場は、“レガシー”(未来への遺産)にしなければならない。 毎年巨額の“赤字”を後世に負担させる“負のレガシー”(負の遺産)にしてはならない。







東京オリンピック ボランティア タダ働き やりがい搾取 動員 ボランティアは「タダ働き」の労働力ではない!
“もったいない” 五輪開催費用「3兆円」 小池都知事の“五輪行革に暗雲
東京オリンピック 競技会場最新情報(上) 膨張する開催経費 どこへいった競技開催理念 “世界一コンパクト”
東京オリンピック 競技会場最新情報(下) 競技会場の全貌
マラソン水泳・トライアスロン 水質汚染深刻 お台場海浜公園
江の島セーリング会場 シラス漁に影響 ヨットの移設や津波対策に懸念
北朝鮮五輪参加で2020東京オリンピックは“混迷”必至
“迷走”海の森水上競技場 負の遺産シンボル
“陸の孤島” 東京五輪施設 “頓挫”する交通インフラ整備 臨海副都心
東京オリンピック レガシー(未来への遺産) 次世代に何を残すのか
相次いだ撤退 迷走!2024年夏季五輪開催都市





国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)






2015年8月4日
Copyright (C) 2015 IMSSR




******************************************************
廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
(IMSSR)
President
E-mail thiroya@r03.itscom.net  /  imssr@a09.itscom.net
URL http://blog.goo.ne.jp/imssr_media_2015
******************************************************

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 新国立競技場 検証報告 迷... | トップ | 2018FIFAワールドカップ BBC... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿