一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

駒に活を入れる手

2013-03-01 00:04:00 | 大野教室
2月16日(土)に「大野教室」にお邪魔した際、大野八一雄七段に直近の対局を解説していただいたので、そのときの模様を補足しておく。

このブログでも再三書いているが、将棋の上達法の最たるものは、プロ棋士の自戦を解説してもらうことだと思う。一見どうということのない指し手の裏に膨大な量の読みが秘められており、プロの技能の奥深さに触れることができる。詰将棋や次の一手とは違って「受け身」なのがアレだが、大いに勉強になること受け合いである。
夕方に時間が空いたので、2月14日に指された田村康介六段との王将戦を解説いただいた。戦形は▲大野七段の横歩取り・△田村六段の△8五飛戦法となった。大野七段は矢倉党である。しかしあまりにも当たり前のことを書くが、さすがはプロで、どんな戦形でも指しこなす。
田村六段は△5五飛の松尾流から、△5四飛~△4五桂▲同桂△4六角。
角筋に飛びこむ△5五飛、先に桂損する△4五桂など、知らなければ指せない手の連続だ。私は田村六段側に座っているので、よけいにその感を強くする。
大野七段は5七の地点を受けて▲4八金。ふつうは▲5八金だが、気分を変えたようだ。ここが実戦のおもしろいところである。
その後虚実の応酬を経て、大野七段が優勢になったらしい。一段落して、▲3八銀・4八金、△3九角の局面。さあ、▲4八金取りをどう受けるか。
ここで大野七段の指した手が、本局で最も悔やまれる一手となった。
――▲4九歩。
何とも覇気のない手で、これを大野七段は、「カスのような手」と吐き捨てた。
実戦は以下△1七角成~△3五馬となったが、このとき▲4六歩と受けることができず、劣勢となった。
▲4九歩では▲3七銀と立つ手が、駒に活を入れてこの一手だったという。そして△3六歩~△3七歩成~△4八角成が来る前に後手玉を仕留めるのだ。
プロの解説は高度で全部は消化できないが、▲4九歩より▲3七銀のほうが将棋の手だ、という感覚は大いに唸る。大山康晴十五世名人は大局観だけで指している、と言ったのは青野照市九段だったか。▲3七銀も、この類の手である。それは理屈ではない。コンピュータがどんなに強くなっても、この感覚は人間のみが感じるものではないだろうか。
大野七段の主張は、おぼろげながら私にも分かる気がした。
実戦は大野七段が投了。今期は勝ち星なしの9敗となった。
もう掛ける言葉がないが、2月1日に指された竜王戦・滝誠一郎七段との一戦ではいいところなく敗れただけに、本局はまだ救いがある。
まだ時間があるので、その竜王戦の前、1月18日に行われた、棋王戦・石田直裕四段との一局も教えていただく。
この将棋、噂では大野七段が必勝形を落としたらしい。掛ける言葉がない、と言いながら、私もサドっ気があるのだ。
将棋は相矢倉。先手石田四段の猛攻を大野七段が受ける。
しかし気がつけば、大野玉は金銀数枚に囲まれて、鉄壁だ。△2三玉と立った形は角落ちの上手を思わせる。昇級を決めた加藤一二三九段との竜王戦を彷彿とさせた。しかしここから大野七段は負けるのだ。
石田四段は▲2九香だが、△2七とがあるので、ほとんど利いていない。ここからどうして負けるのだろう。
大野七段、何か指したが、ここでは△3六歩と指し、現在△2四にある玉を、3五に逃がせるようしておくのがよかったという。
石田四段、一閃▲2六香! と金の裏側から2枚目の香を打つ手があった。これで後手玉はどうやっても捕まっている。以下数手で大野七段投了。大野陣の金銀は何の守りにもならず、玉の退路を塞ぐ、ただの厚い壁になっていた。
「この将棋を負ける人いますかねえ。ふたり掛かりだもんねえ」
大野七段が呆れたように言う。
たしかにそうで、この将棋を負けては勝つ将棋がない。
この日もプロの自戦解説は大いに勉強になった。大野七段にはここで改めて、御礼を申し上げる次第である。

さて、大野七段は現在10敗。負け数が増えていたから、次回NHK杯予選で敗退したのだろう。
いずれにしても大野七段、今期はもうダメである。完全に勝ち運に見放されている。
今月はどこかでお祓いをして、来期は思う存分暴れていただきたい。
コメント
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