四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

忍城址を歩く(埼玉県行田市)

2016年12月03日 | 続日本100名城


忍城址

忍城は室町時代の文明年間の初期(15世紀後半)に成田氏により築城され、戦国時代の終わりに秀吉の関東平定に際して石田三成らにより水攻めをうけ開城しました。
家康の関東入国で家康の4男松平忠吉が入城。やがて「知恵伊豆」と称される松平伊豆守信綱が城主となります。島原の乱鎮圧の功績により信綱が川越城に移り、
老中阿部豊後守忠秋が入城。文政6年(1823)桑名城より(奥平)松平氏が移り、明治を迎えました。明治6年忍城は取り壊されましたが、
現在阿部氏が築いた三階櫓を模して櫓が再建され周囲は忍城址公園として整備されています。
(行田市立博物館パンフレットから「忍城址」の項を引用転載)

忍城跡前は何度も通っているので、つい最近、散策したような感じでいましたが、実に4年半ぶりの散策でした。
平日でしたので「忍城おもてなし甲冑隊」の皆さんにお会いすることはできませんでしたが・・・

敢えて説明するまでもないようですので、今回は写真のみを載せておきます。








一見 昔からの門のようですが近世のもの






天守にも見える模擬御三階櫓 内部は博物館




































本丸土塁



本投稿で、御三階櫓の写真を多用しましたが、模擬(復興)とはいえ御三階櫓は行田市のシンボルのひとつ。そんなことからマンホールのデザインにも使われています。
実は私、マンホールの写真を撮るのも一つの楽しみにしております(頃合いを見計らってそれらの写真を投稿しよう考えていて、それまではそんなマニアックな楽しみは
隠しておこうとしたのですが)
今回の散策でもマンホールを探しながらの散策で、御三階櫓のマンホールを見つけました。
右の新デザインのものは最近のものでまだ綺麗でした。旧デザインとの違いは2ヵ所ほどありますね。

散策日:2016(平成28)年12月2日(金) 続日本100名城選定前

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