三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「とんび」

2022年04月11日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「とんび」を観た。
映画『とんび』公式サイト

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重松 清 永遠のベストセラー「とんび」親子の絆を描く感涙の名作、待望の初映画化!大ヒット上映中

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 阿部寛の演じる市川安男は、暴れん坊の大男だが普段は真面目でよく働く。キレやすいから要注意だが、そこが面白くてからかう仲間もいる。何度も騒動になるが、安男が人を怪我させたりしないことは、みんなわかっている。

 瀬々監督と阿部寛は前作の「護られなかった者たちへ」に続くコンビで、相性がとてもいいようだ。無理のない演出で自然な演技ができる。そのおかげだろうか、男の優しさや誠実さが、無口でぶっきらぼうな態度の中に滲み出る。そこにじんわりとした感動がある。

 俳優陣は概ね好演で、照雲さんを演じた安田顕が特によかった。安男があまり歳を取らないのに対して、照雲さんは徐々に老けていく。見た目もそうだが、歳を取るにつれて人柄が丸くなっていくのは、演出というよりも安田顕の演技力だろう。

 ハイライトは息子の入社試験の作文を読む場面だ。二十歳の誕生日に和尚の手紙を読み、父の本当の優しさに触れたことで、旭は人間的にひと回り成長する。二十歳の誕生祝にこれほど素晴らしい手紙はない。旭は安男だけの子供ではない。照雲さんの言う通り、街のみんなの子供なのだ。たしかに戦後の昭和はそういう時代だった。
 それがいい時代だったのかどうかはわからない。善意もあったが、欲望や差別が剥き出しだった時代でもある。それに対して、今は欲望や差別を隠蔽する時代だ。そして匿名の悪意が猖獗を極めている。男の優しさなど、どこかに消えてしまった。

 しかし人は優しさを取り戻すことができる。別れが照れくさくて便所にこもっていた安男も、これが旭との今生の別れになるかもしれないことに気づく。そして追いかけて手を振る。どうか達者でいてくれ、息子よ。阿部寛の渾身の演技に泣かされる。素晴らしい作品だ。

映画「今はちょっと、ついてないだけ」

2022年04月11日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「今はちょっと、ついてないだけ」を観た。
映画『今はちょっと、ついてないだけ』 公式サイト

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出演:玉山鉄二、音尾琢真、深川麻衣、団長安田、高橋和也 監督/脚本:柴山健次 原作:伊吹有喜「今はちょっと、ついてないだけ」(光文社文庫 刊) 2022年4月 全国順次ロ...

映画『今はちょっと、ついてないだけ』 公式サイト

 味わいのある群像劇だ。玉山鉄二演じる主人公立花浩樹を取り巻く登場人物それぞれにエピソードがある。どれも煮詰められて短く纏まっていて、なかなかいい。

 音尾琢真の宮川良和は、バブル期の売り手市場でテレビ局に就職できた平凡な男で、努力もせずにぼんやりとバブルに乗っかって生きてきた。そしてバブル後に不景気の波が来たときに左遷されてしまうのだが、クズ嫁に人格を全否定されてしまって、生きる意味を失ってしまう。音尾琢真はとても上手い。

 立花浩樹が借金を完済後に住んだシェアハウスの住人セトッチこと深川麻衣が演じた瀬戸寛子は、美容師の資格を持ちながら、皮膚が弱いことで美容院勤めが出来ない。そのことで美容師を目指してきたこれまでの人生が否定されているように感じている。
 それにしても深川麻衣は、2021年の映画「おもいで写真」では表情に乏しい演技で作品全体を台なしにしていたのに、本作品では伸び伸びと表情豊かにセトッチを演じていた。
 監督の演出の差なのか、監督との相性なのか、「おもいで写真」は主演で肩に力が入っていたのか、それとも女優としての急激な成長なのか、当方には分からないが、本作品ではセトッチの人間的な魅力が十分に感じられた。

 背負った借金を個人で返済するのは大変だ。少ない収入から必要最低限の金額を除いて、残りの全額を返済に当てたとしても高がしれている。だから完済には長い年月を要することになる。
 幸運な人は銀行や資産家から借金をして事業を始めることができる。事業収入は個人の収入とは桁が違うから、返済に時間はかからない。しかしそういう人は稀で、大抵は一生懸命に返済するか、自己破産をしてしまうかのどちらかだ。
 死語かもしれないが、個人から借りた借金を踏み倒すことを「不義理」といって、不義理の相手の家には行きづらいことを「敷居が高い」といっていた。敷居が高い状態には、誰もなりたくないものである。その分だけ精神の自由が狭まるからだ。
 借金には保証人や連帯保証人を求められることがあって、連帯保証人となると、借主と一体と見做される。借主が自己破産などでお手上げしたら、自動的に返済義務が生じる。

 立花浩樹が自分で借金したのか、それとも連帯保証人だったのかは定かではないが、話の流れからすると連帯保証人だったように思える。事務所の社長に一杯食わされたのだ。15年かかっても、完済したのは立派である。世間を狭くしないで済んだ。それからは自由に生きられるのだ。
 本作品のテーマはまさにそこにあって、宮川もセトッチも立花も、背負った重荷を気にするあまり狭量な考えになってしまっていたが、何かをきっかけにして、つまらないこだわりやプライドを捨ててしまって自由に生きられるようになった。立花にとっては母親の「今はちょっと、ついてないだけ」という言葉がきっかけになった。根拠のない励ましであることはわかっているが、応援してくれる母の気持ちが立花の心を解きほぐす。いいタイトルだ。