三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「The Last Word」(邦題「あなたの旅立ち、綴ります」)

2018年02月27日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「The Last Word」(邦題「あなたの旅立ち、綴ります」)を観た。
 http://tsuzurimasu.jp/

 アマンダ・セイフライドはミュージカル映画「レ・ミゼラブル」でとても上手な歌を披露しているのを見たのが最初だった。その後ラッセル・クロウとダブル主演した「Father and Daughter」でセックス依存症のカウンセラーという複雑な役を演じきり、和解と再生の物語を積み上げたのを見て、繊細な内面を表現できる、ハリウッドでは稀有の女優だと高く評価していた。
 本作品でもその多彩な演技力を遺憾なく発揮して、若手の物書きならさもあらんというリアリティに溢れた等身大の若い女性を演じる一方、我儘な老女を理解しようと努力する芯の強さも表現した。この強さがなければ、押しが強くて一方的な老女に潰されてしまい、作品が成立しなかっただろう。二人の間のダイナミズムがテンポよくストーリーを進めていくので気分よく鑑賞できる。
 シャーリー・マクレーンは往年の大女優というイメージが強かったが、歳を取っても現役バリバリの名女優である。自尊心と茶目っ気に溢れる困ったお婆さんを、憎めないように演じているのがなんとも素晴らしい。
 二人の女優のいずれもがこの作品に並々ならぬ愛情を注いでいることは、エグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねていることでも明らかだ。
 「あなたの旅立ち、綴ります」という邦題がややピント外れ。直訳の「最期の言葉」でよかったのではないか。まあ、それはそれとして、制作者と出演者の思い入れのあるいい作品である。


映画「今夜、ロマンス劇場で」

2018年02月24日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「今夜、ロマンス劇場で」を観た。
 http://wwws.warnerbros.co.jp/romance-gekijo/

 綾瀬はるかはいまや日本を代表するコメディエンヌである。エキセントリックというか、一風変わった女性を演じさせるとピカイチだ。
 加藤剛が思い出を振り返る設定は、物語の時間をときどき現在に引き戻して観客が疲れないようにするよくある手段だと思っていたが、ラストシーン近くになると制作者の本当の意図がわかり、その思い入れと優しさが伝わってきた。
 坂口健太郎は意外に器用な役者で本作のような純朴な役柄から悪意の塊のような役まで上手にこなす。本作の青年は夢の多かった戦後の映画界の草創期における典型で、野望がありながらも素直でどこまでも前向きだ。高慢なお姫様の相手役としてふさわしい設定のひとつである。

「カサブランカ」のイングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガートのシーンをはじめ、有名な映画の有名な場面が出てくるのも興味深いが、何より目を奪われたのが、場面が変わるたびに変化する綾瀬はるかの衣装である。映画会社においてある映画スターの衣装という設定で、色合いもコンセプトも異なる様々な衣装を次々にまとっていく。一体どれだけの人数が綾瀬はるかの衣装を担当しているのだろうか。
 数々の衣装をいずれも美しく着こなすところは、流石に女優さんだなと思うが、サイズその他を綾瀬はるかにぴったりと合わせたスタッフの努力も大変なものだ。ヒロインの衣装を見るだけでも十分に楽しい映画である。


映画「Three Billboards Outside Ebbing, Missouri」(邦題「スリー・ビルボード」)

2018年02月24日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「Three Billboards Outside Ebbing, Missouri」(邦題「スリー・ビルボード」)を観た。
 http://www.foxmovies-jp.com/threebillboards/

 アメリカはメイフラワー号での上陸以来、フロンティアスピリッツという名の先住民虐殺を経て建国し、農業のための奴隷をアフリカから大量に輸入した歴史を持つ歪んだ国である。差別と殺人がアメリカの特徴なのだ。その歪んだ国の中でも特に差別の激しい片田舎を舞台にしたのが本作品である。
 ムラというのは村八分という言葉に代表されるとおり、共同体の利益や風習に背くものを迫害する。価値観の多様性を認めず、異分子の存在を許さない一元主義なのだ。アメリカは国全体がムラである。しかも銃社会である。銃を使って異端を排除してきた歴史がアメリカの精神性に深く刻み込まれている。
 登場人物たちは根っからの悪人という訳ではないが、ムラ全体を覆う差別意識と一元主義に人格をスポイルされていて、他人を許さない人間ばかりだ。しかし物語が進んでいくと、少しずつ互いを認め合う部分が現れてくる。まだまだ希望と呼べるほどの代物ではないが、僅かながらその兆しはある。
 自分だけ得すればいい、今さえよければいいという、不寛容に満ち満ちた現代のアメリカにあって、この映画の存在価値はもしかすると大きいかもしれない。


映画「The 9th Life of Louis Drax」(邦題「ルイの9番目の人生」)

2018年02月24日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「The 9th Life of Louis Drax」(邦題「ルイの9番目の人生」)を観た。
 http://louis9.jp/

 タイトルを見た限りでは、運の悪い少年が何かのきっかけに変化していくような、いわゆる成長物語かと思っていた。しかしさにあらず。少年の運の悪さは生まれた環境にあったのだ。
 物語が進んで真実が明らかになっていくにつれ、少し怖くなってくる。少年はどうしてそんなに運が悪かったのか。人間の愛情とはそもそもどんなものなのか。
 映画の半ばで真相はほぼ明らかになるが、それでも物語への興味が失われることはない。作品は人間関係の本質に踏み込んでいく。人間は弱く、それ故に恐ろしい生き物なのだ。


 

映画「Geo Storm」

2018年02月24日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「Geo Storm」を観た。
 http://wwws.warnerbros.co.jp/geostorm/

 アメリカという国では家族が一番という世界観がマジョリティを占める。トム・クランシーやロバート・ラドラムといった世界中を飛び回る主人公の小説においても、一番大切なのは自分の家族だというフレーズが見られる。
 この映画も例外ではなく、人類に降りかかる大きな災難も家族の安全無事に収束させてしまっている。人間が気象を恣意的にコントロールできる時代は本当に来るのか、それはいいことなのか悪いことなのか、そういった反省は一切ない。主人公とその味方および友人たちさえ無事で幸福ならそれでハッピーエンドなのだ。

 そういうアメリカの価値観には違和感を覚えざるを得ないが、こういうCGを駆使した3DのSF作品は、世界観は横に置いて、映像と音を楽しむものだ。その意味では本作品は結構な迫力の映像と音響で、とてもよくできている。宇宙には行ったことがないし行くこともないが、宇宙空間ではさもありなんという介在的な体験ができる。女性のシークレットサービスがなんとも格好がよく、いかにもアメリカ人好みのヒロインだ。

 鑑賞後に残るものは何もないが、映像と音の迫力を楽しんだということで一定の評価には値すると思う。


映画「不能犯」

2018年02月24日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「不能犯」を観た。
 http://funohan.jp/sp/index.html

 松坂桃李は映画「ツナグ」やテレビドラマ「視覚探偵日暮旅人」など、特別な能力を持つ主人公を演じている印象がある。この作品でも人の心を操って死に至らせる超能力者が主人公だ。
 人を呪わば穴二つという諺は誰でも知っている。しかし詳しい意味を知る人は少ないだろう。対義語的な諺に、情けは人の為ならずというのがある。こちらは人口に膾炙していて、他人に親切にすると、巡り巡って自分に戻ってくるという意味だ。人を呪わば穴二つの意味はちょうどこの反対で、人を呪い殺そうとすると巡り巡って自分も呪い殺されるという意味だ。
 好感を持っていると相手にそれが伝わって、相手からも好感を持たれることがある。これは経験則で多くの人が知るところだろう。同様に、人を憎悪していると相手からも憎悪される。
 それがわかっていながら、人は人を殺したいほど憎む。人間はどこまでも愚かなのだ。
 そういった人間の本質的な愚かさを指摘する主張に対し、アンチテーゼとして「希望」を設定するのは議論としても平行線だし、主張としても如何にも弱い。
 愚かさに対抗しうるのは、理性もしくは知恵なのではないか。であれば強力な主人公にも対等に渡り合えたかもしれない。
 世界観としてはなんともバランスの悪い作品であったが、人々の愚かさが炙り出される場面は痛快で、それなりに見ごたえはあった。