「ここにサトウ・ハチロウの詩集はありますか?」
ひとりの詩人が、詩集ばかり集めた古本屋に入ってきた。
「あいにく、その本は置いていません。切らしてしまったのです。
そのかわり、一つの単語だけならありますよ。ほら!」
詩人が見ると、古い本がいまにも崩れ落ちてきそうに積み重ねられており、
下の方の本はもう潰れて紙が腐っているのか、
本の中から文字や単語がボロボロとこぼれ落ちてきているのが見えた。
店員はうず高く積み上がった本の柱と柱の間から詩人を見ると言った。
「どうですか? お気に召されましたか?」
詩人は応えた。
「あそことあそこの間に入れるとまさにぴったりくる単語ですね。
いいですね。いただきましょう。
ついでに・・今度はもっと難しい漢字の単語を一つください。
それにぴったりの一文を今度は私がこしらえてごらんに入れましょう。
それは今日の天気のようになるにちがいありませんよ。」
「そこいらに転がっている単語でご満足なさらないようでしたら、
あなた(どうも詩人にようにお見受けいたしますが・・)に私が単語を一つ呈示させてください。
あなたはこれで詩をつくりますか? どうです?
『凪』という単語ではいかがですか?」
「凪という単語ですね。よろしい。ぴったりです。」
山風と海風がつり合って沈黙したとき
凪の海を渡るもの
それは見えざる高周波の耳鳴り
それを聞いた者は全員
言葉を失って微笑み
平和に暮らす方便を得る
「ところで私はまだ別の詩人の詩集を探しているところでした。」
「なんかいいやつですね」と店員は言った。
「そうです。いい詩人の書いた大きな本はありませんか?
ところどころ挿絵なんかが入っているやつ。」
それを聞いて店員は言いました。
「詩人さん、詩人さん。誰かの詩集を捜すのではなく、
あなたが御自分で詩集をお書きになったらどうですか?
ついでに挿絵も描くといいにちがいありませんよ。」
「それは気づかなかった。やってみましょう。」
詩人は即興ですぐにひとつの詩をうたった。
議員が全員辞職して
詩人が政治家になってごらん
呪文を一つ言うだけで
どんな平和な世界でも
つくれるようになるから
2014.1.16