憩う、楽しむ 広島・湯来通信 

広島市中心部から1時間。新たな交流・体験エリアである湯来地区の最新情報。天然温泉と豊かな自然が皆様をお待ちしています。

明日は、8月6日「原爆の日」

2008年08月05日 08時17分20秒 | イベント
8/5(火)23℃


 明日は「広島原爆の日」

 昭和20年8月6日、人類初の「原子力爆弾」が広島に投下され、痛み・苦しみ・悲惨な思い出が今もなお人々の心底に暗い影を落としています。


 勿論、私は生まれてませんから、今日は母から聞いた「8月6日」を書いてみようと思います。

 母から聞いた話だと、62年前のあの日も暑い朝だったようです。
 戦時中は日頃から飛行機の音が聞こえたら森木の中に隠れるんだと先生からいつも言われてたようです。そしてあの時間、授業前に校庭で遊んでいると「ピカッ」と光ったかと思うと大きな音が聞こえてきたそうです。先生に、そのことを伝えに行くと、すぐに森木の中に非難しなかったのがいけないと怒られたそうです。
 いつもよりも違うことを悟られた先生から気をつけて家に帰るよう言われ、自宅に同級生達と数人で歩いて帰ったそうです。学校から約2キロの帰路を帰っているとあたりが急に暗くなり、突然に雨が降りだし、近くにある家の軒下に走り込んだそうです。今から思えば、これが「黒い雨」だったんだろうなぁとのことでした。にわか雨が上がると、原爆で吹き飛ばされたお寺の物と思えるお経本の一部がひらひらと空から降り注いだそうです。
 年々年取る母が、毎年この次期になると口癖のように同じことを言っています。一昨日の夜、原爆投下の当事者(飛行機パイロット)がどんな思いで原子爆弾を投下するに至ったか、当時のことを回想しながらドキュメンタリー番組が放送されてました。こういう番組を見ると必ず思うことがあって、「後悔」するようなことはどんな理由があるにせよ、やってはいけないことだと思うんです。
 激しい熱線、爆風、放射線。一瞬で命を失った人、生きて死の苦しみを味わった人、今に至るまで後遺症にさいなまれる人々。数十万に及ぶ死傷者の大半が普通の市民や子供だったことを考えると、「過ちを繰り返してはいけません」のメッセージを今すぐにでも発信したい心境です。

 皆さんは、どうお考えになりますか?


 広島市内中心部にある「湯来」って知ってますか?
 1957(昭和32)年、広島市に「緑化推進本部」が設置され、各地から、平和大通り、平和公園などに7,000本の苗木が平和の願いを込めて贈られてきたそうです。
 湯来町からも平和の願いを込め1957(昭和32)年-1958(昭和33)年に樫、桜、樅、椿など400余本が贈られ、1958(昭和33)4月に平和大通りに「湯来の森」が設けられ200余本植樹されたそうで、その記念碑が今も建立されています。
 場所は100m道路沿い、中国新聞本社の反対側の緑地(広島市中区河原町側平和大通り緑地帯)で、石碑に刻まれた「湯来の森」という文字が見られます。植樹されて50年が経っている今、木々も大きくなり、森と呼べるようになってきていると思っています。
 お近くを通り過ぎることがありましたら、湯来の森で「涼」を満喫してみてはいかがでしょうか?


 日中は暑いですから、熱中症対策をお忘れなく
コメント
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