私は最近、出身大学院の指導教官だった先生が主催する研究会に参加させていただいている。主催している先生が著名な先生であり、参加している先生方も大御所の先生が多く、研究会での議論だけでなく、その後の会話でも非常に勉強になる話を伺うことができる。
これは少し前の話になるのだが、蔵書の寄贈について話題になったことがあった。昨今の大学図書館は、所蔵書の増加に伴って、場所の問題から、そうした寄贈を受け入れてくれるところは少なくなったという話だった。
私はこれまでいくつかの大学で非常勤をさせていただいてきたが、ある大学の図書館は戦中戦後に活躍した著名な学者の蔵書を文庫として所収しているのだが、その寄贈書の全てを自分の大学の分類に「整理」して配架してしまっていた。
本来は、著名な方の蔵書を引き受ける場合は、その方の蔵書の「分類」が重要であって、ほんの並びを見ることでその人の思索を辿ることができる。
これは仏の話だが、アルチュセールの蔵書をどの図書館に寄贈するかの問題になった際、アルチュセールの弟子達は、彼の出身校で最後の在職先だったエコール・ノルマルに寄贈することを主張したのだが、それだと場所の問題で(専用のスペースがとれないため)、彼の蔵書が一般の本の中に拡散して配架されてしまい、意味がないという反対意見が出たようである。結果、彼の蔵書はIMECという比較的新しい機関に寄贈された。
私が現在非常勤をさせていただいている大学には、丸山真男から寄贈された蔵書の文庫があって、公開されている蔵書はすべて、丸山の分類を踏襲して配架されている。公開されている本そのものは、丸山に贈呈された本がほとんどで、私が少し見た限りでは、丸山自身が読んだ形跡はないものばかりである。が、その分類=配架が興味深く、天皇制の研究本のすぐ横に小田実の本がセットのように並べられていて、おもしろかった。これは私の邪推に過ぎないが、なにか「お札」のように(天皇制へのアンチとして)添えられているようだった(笑)。無論、両者を同根として理解していたのかもしれないが。
そして、これは私がお世話になっていて、数年前に亡くなられた先生の話である。これは伝聞に過ぎないのだが、亡くなられた先生に近しい方がご自宅を弔問された時のこと。その先生の書棚を眺めていたところ、亡くなられた先生のご夫人が(その方も研究者なのだが)、「あの人はいつも資料をあちこちに散らかしっぱなしで、私がいつも整理をしていて、あとになっていつも、あの資料はどこに行ったっけと探し回っていた」という旨の生前のエピソードを語ってくれたらしい。
亡くなられた先生らしい話で、その本がそのままの配架で大学図書館に寄贈されたらどうなっただろうと、弔問された方と一緒に、思い出話として話題になったのだった。
そのお世話になって先生とは、いろいろ話をさせていただきたいことがあったのだが、それができずに残念である。また、まだ遅々として進まない私の博士論文についても、先生に読んでもらえなかったのは、自分の怠慢を反省することしきりである。
なお、丸山真男文庫については、草稿類がデジタルアーカイブ化されて、ネット上でも草稿などを閲覧することができる→丸山真男文庫草稿類デジタルアーカイブ
これは少し前の話になるのだが、蔵書の寄贈について話題になったことがあった。昨今の大学図書館は、所蔵書の増加に伴って、場所の問題から、そうした寄贈を受け入れてくれるところは少なくなったという話だった。
私はこれまでいくつかの大学で非常勤をさせていただいてきたが、ある大学の図書館は戦中戦後に活躍した著名な学者の蔵書を文庫として所収しているのだが、その寄贈書の全てを自分の大学の分類に「整理」して配架してしまっていた。
本来は、著名な方の蔵書を引き受ける場合は、その方の蔵書の「分類」が重要であって、ほんの並びを見ることでその人の思索を辿ることができる。
これは仏の話だが、アルチュセールの蔵書をどの図書館に寄贈するかの問題になった際、アルチュセールの弟子達は、彼の出身校で最後の在職先だったエコール・ノルマルに寄贈することを主張したのだが、それだと場所の問題で(専用のスペースがとれないため)、彼の蔵書が一般の本の中に拡散して配架されてしまい、意味がないという反対意見が出たようである。結果、彼の蔵書はIMECという比較的新しい機関に寄贈された。
私が現在非常勤をさせていただいている大学には、丸山真男から寄贈された蔵書の文庫があって、公開されている蔵書はすべて、丸山の分類を踏襲して配架されている。公開されている本そのものは、丸山に贈呈された本がほとんどで、私が少し見た限りでは、丸山自身が読んだ形跡はないものばかりである。が、その分類=配架が興味深く、天皇制の研究本のすぐ横に小田実の本がセットのように並べられていて、おもしろかった。これは私の邪推に過ぎないが、なにか「お札」のように(天皇制へのアンチとして)添えられているようだった(笑)。無論、両者を同根として理解していたのかもしれないが。
そして、これは私がお世話になっていて、数年前に亡くなられた先生の話である。これは伝聞に過ぎないのだが、亡くなられた先生に近しい方がご自宅を弔問された時のこと。その先生の書棚を眺めていたところ、亡くなられた先生のご夫人が(その方も研究者なのだが)、「あの人はいつも資料をあちこちに散らかしっぱなしで、私がいつも整理をしていて、あとになっていつも、あの資料はどこに行ったっけと探し回っていた」という旨の生前のエピソードを語ってくれたらしい。
亡くなられた先生らしい話で、その本がそのままの配架で大学図書館に寄贈されたらどうなっただろうと、弔問された方と一緒に、思い出話として話題になったのだった。
そのお世話になって先生とは、いろいろ話をさせていただきたいことがあったのだが、それができずに残念である。また、まだ遅々として進まない私の博士論文についても、先生に読んでもらえなかったのは、自分の怠慢を反省することしきりである。
なお、丸山真男文庫については、草稿類がデジタルアーカイブ化されて、ネット上でも草稿などを閲覧することができる→丸山真男文庫草稿類デジタルアーカイブ