西川長夫先生から著作を頂いた。
仏では68年の五月革命に関する著作が最近多く公刊されている。日本でも68年もしくは69年の著作が多く出ている。
その中でもこの著作の秀逸な点は、より広い視点から五月革命を捉えていると同時に、それを自らの視点から位置づけていることである。
前半部は68年の五月革命が起きる事実関係の経過をおっている。仏の他の著作と比しても、それは正確だと個人的には思われる。例えば、この出来事は当初3月22日運動と呼ばれていたこと、また、日本では「革命」の名が付されているが、それには議論の余地があること(ただし仏でも、そうした議論があった上で、やはり革命と関連づけられる出来事であること)が説明されている。
後半は、この事件に対する知識人たちの関係が、西川先生自身の体験とともに論じられている。バルトやル・フェーブル、アルチュセールなどが言及されているが、それだけでなく、森有正と加藤周一も論じられ、彼らの立場が「西洋なるもの」と如何に関係していることを批判的に検証している。それに関連して、加藤の関心としてプラハの春も言及されている。この点などは、日本で現在注目されている著作で、しかし運動の世界的な波及に触れていないものもあることを考えると、この著作の意義は明かである。
その上で、現在の問題、仏での暴動などの問題も論は及ぶ。その広い視野に感心する。
ただ、仏や今夏の英の暴動と、かつての学生運動の関連については、私は少し異なった考えを持っているが。
というのも、68年と現在の状況には、少なからず差異があるからである。それについては、この運動を同時代として体験し、その後の社会のあり方を社会学的に分析したボデローとエスタブレの著作で分析されているようである。
Avoir 30 ans en 1968 et en 1998
「ようである」というのは、上のこの著作、仏でも日本でも手に入らないから(+_+)。日本の図書館にはない模様。
68年時と98年時に30歳であること、は、どのように違いがあるのか、その30年を隔てた状況の比較をしている。
これは現在日本でも問題になっている若年層の問題でもある。この点でも、暴動問題を68年論と関連づけて考察する西川先生の視点の正しさを表していると言えるだろう。(ただし、エスタブレらが68年を扱いつつも、対象が30歳の人々だったと考えると、学生運動に直接関わったかどうかは留保が必要だが)。
いずれにしても、西川先生の体験に即して論じラテいるこの著作は、読んでいて引き込まれる非常に興味深い本である。是非皆さんも一読を。
パリ五月革命 私論-転換点としての68年 (平凡社新書595) | |
クリエーター情報なし | |
平凡社 |
仏では68年の五月革命に関する著作が最近多く公刊されている。日本でも68年もしくは69年の著作が多く出ている。
その中でもこの著作の秀逸な点は、より広い視点から五月革命を捉えていると同時に、それを自らの視点から位置づけていることである。
前半部は68年の五月革命が起きる事実関係の経過をおっている。仏の他の著作と比しても、それは正確だと個人的には思われる。例えば、この出来事は当初3月22日運動と呼ばれていたこと、また、日本では「革命」の名が付されているが、それには議論の余地があること(ただし仏でも、そうした議論があった上で、やはり革命と関連づけられる出来事であること)が説明されている。
後半は、この事件に対する知識人たちの関係が、西川先生自身の体験とともに論じられている。バルトやル・フェーブル、アルチュセールなどが言及されているが、それだけでなく、森有正と加藤周一も論じられ、彼らの立場が「西洋なるもの」と如何に関係していることを批判的に検証している。それに関連して、加藤の関心としてプラハの春も言及されている。この点などは、日本で現在注目されている著作で、しかし運動の世界的な波及に触れていないものもあることを考えると、この著作の意義は明かである。
その上で、現在の問題、仏での暴動などの問題も論は及ぶ。その広い視野に感心する。
ただ、仏や今夏の英の暴動と、かつての学生運動の関連については、私は少し異なった考えを持っているが。
というのも、68年と現在の状況には、少なからず差異があるからである。それについては、この運動を同時代として体験し、その後の社会のあり方を社会学的に分析したボデローとエスタブレの著作で分析されているようである。
Avoir 30 ans en 1968 et en 1998
「ようである」というのは、上のこの著作、仏でも日本でも手に入らないから(+_+)。日本の図書館にはない模様。
68年時と98年時に30歳であること、は、どのように違いがあるのか、その30年を隔てた状況の比較をしている。
これは現在日本でも問題になっている若年層の問題でもある。この点でも、暴動問題を68年論と関連づけて考察する西川先生の視点の正しさを表していると言えるだろう。(ただし、エスタブレらが68年を扱いつつも、対象が30歳の人々だったと考えると、学生運動に直接関わったかどうかは留保が必要だが)。
いずれにしても、西川先生の体験に即して論じラテいるこの著作は、読んでいて引き込まれる非常に興味深い本である。是非皆さんも一読を。
立命館大学院生の大野光明です。アルチュセール・マラソン・セッション以来ですが、お元気でしょうか。
西川さんの新刊について、合評会を企画しております。
http://www.arsvi.com/2010/20111118.htm
ご都合があえば、ぜひぜひお越しください。
また、ご友人・知人に、お知らせいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。