犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

岡林俊夫著 『払いすぎた借金を取り戻すならこの一冊』

2010-02-16 00:47:34 | 読書感想文
P.60~

 引直し計算の結果、過払い金が生じていたという場合には、経験のある弁護士は、ただちに、サラ金に対して、過払い金の返還請求をします。この際、元本だけでなく、利息(5%)までも請求するのはあたりまえのことです。そして、この利息は、債権者が過払い金を返せるであろう時期までの利息を含めて算出します。この利息も含めて請求しない法律事務所や、元本を一部減額して請求する法律事務所もあって、同業者として嘆かわしい限りです。そんな弱気でどうするのかと言いたいです。

 以上のような厳しい請求をしても、サラ金業者はまず自発的に払ってこようとはしません。また、サラ金業者が法律事務所に連絡する場合には、見苦しい減額交渉のお願いであることが多いのです。経験ある法律事務所の場合、このような減額交渉には簡単には応じません。その場合には、やむを得ず(というか、自動的に)地方裁判所に訴えを起こすことになります。このように過払い金の返還請求は、決して妥協することなく、1円でも多く請求し続け、徹底的に提訴をすることで満額回収の道が開けると、私は確信しています。ニーチェの言葉を借りれば、「顧慮することなく嘲笑的で荒々しくあれ」というわけです。


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 法曹人口の増加に伴って「法曹の質の低下」の議論が盛り上がっていますが、ここ数年の「裁判の質の低下」をもたらしているのは、間違いなくサラ金業者に対する過払い訴訟の増加だと思います。
 最初の頃は、多重債務者の人生の立て直しに何とか助力したい、借金に追われて自殺するほどつまらないことはないという純粋な動機もあったように思います。ところが近年は、サラ金業者は最高裁の判例の一部分を継ぎはぎして屁理屈をこね、弁護士・司法書士もそれに負けじと反論の屁理屈をこね、裁判所も巻き込んだ精神的消耗戦が主流になってきました。
 弁護士・司法書士は書類の数字を操作して報酬を水増し請求し、依頼者の側も和解額の低さを弁護過誤として責任追及するなどし、登場人物全員が金の亡者になってきた感もあります。

 この傾向によってとばっちりを受けているのが、司法権が本来取り組むべき民事訴訟だと思われます。その中でも生死に関わる裁判、すなわち医療事故、交通事故、いじめ自殺、過労自殺などの裁判です。
 裁判所が多忙となれば、弁論や証拠調べの期日はどんどん先送りとなり、当事者の苦悩や負担などそっちのけになります。また、弁護士のほうも、上記のようにサラ金に対する徹底抗戦を行っている状態では、本来の民事訴訟への頭の切り替えができません。精神的な消耗戦は、じっくりと問題に取り組む試行錯誤の過程とは対極にあるからです。
 自らの金銭欲に振り回され、他人の金銭欲にも振り回されている限り、人の生死に関する裁判の準備書面は空疎となり、依頼者への電話対応に心がこもらなくなるのも当然のことと思います。ここでニーチェの名が出てくるのは皮肉です。

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