犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

ヒラメ裁判官と裁判員は衝突する

2008-11-02 18:16:45 | 実存・心理・宗教
「ヒラメ裁判官」という俗語がある。これは、最高裁を頂点とするキャリアシステムに組み込まれている裁判官が、判事補→判事→総括判事→地裁所長→高裁長官→最高裁判事というエリートコースからの脱落を恐れるあまり、上級審の動向ばかりを気にしている状況を揶揄するものである。すなわち、視線が目の前の当事者のほうを向いておらず、最高裁事務総局のほうばかりを向いている。そして、苦しんでいる人々を救済したり、社会正義を発見するといった意欲もなく、何よりも自らの保身を第一とし、自分の得になることしか考えない。さらには、人事異動の時期には、そちらが気になって裁判にも身が入らない。これは、霞ヶ関のキャリア官僚制度と同じであり、一度きりの人生を賭けた仁義なき出世レースである。このような裁判官の世界に、来年5月からは全く異質の裁判員が入り込むのであるから、事態はなかなか大変なことになりそうである。

裁判官が出世コースから外れないための最低条件は、手際よく事件を右から左へと処理し、赤字を出さないことである(起訴を受理した件数よりも判決を出した件数が多ければ黒字、少なければ赤字である)。赤字を出さないためには、当事者に情を移してはならず、丹念に証人の話を聞いて迷ってはいけない。事件の処理件数がそのまま勤務成績に結びつくからである。そして、エリートコースを外れれば大都市に戻れず、地方の支部をいつまでも点々とする羽目になる。これは、家族の生活や子供の学校のことを考えると、非常に大きな違いである。いつ転勤があるかわからなければマイホームも買えず、官舎暮らしから抜けれらない。また、出世のできない裁判官の子供は、転勤に付き合わされて転校ばかりさせられるか、単身赴任でなかなか親とほとんど会えないか、どちらかの道を選択せざるを得なくなる。かくして「ヒラメ裁判官」への批判は多いものの、例によってなかなか本音と建前が一致することはない。

裁判員制度は、このような官僚システムの問題点を打破するものとして、一般市民の司法参加という趣旨で導入されることになった。すなわち、専門家でない一般の国民が参加することによって、一人ひとりの感覚や経験に根ざした新鮮で多様な視点が裁判にもたらされるという建前である。もちろん、これは抽象的な理念としては立派なことである。しかしながら、実際に人間と人間が顔を突き合わせて話を始めるとなると、事態はそう簡単にはいかなくなる。地裁の「ヒラメ裁判官」は、これまでは自分の行動だけに気をつけていれば済んでいたが、今後は裁判員によって影響を受けることになる。特定の裁判員のせいで裁判が無用に長引き、それが裁判官の統率力のなさであると評価され、出世コースから外れる原因となれば泣くに泣けない。また、地裁の判事にとっては、その判決が高裁でひっくり返されることは、勤務評定の上で大きなマイナスである。裁判員制度が始まってみると、「ヒラメ裁判官」にとっては、この辺も頭が痛い問題になってくるはずである。

「ヒラメ裁判官」は、キャリア官僚の典型として、上の人間に対してはひたすらペコペコするが、下の人間に対しては高圧的である。この辺りも、裁判員との激しい衝突が予想されるところである。裁判官はもともと、狭い社会の論理の中だけで物事を判断しなければならず、外部の言うことに耳を傾けてはならない。また、裁判官は司法の担い手として権威のある存在でなければならず、他人に簡単に頭を下げてはならない。裁判官が世間ズレしていると揶揄される所以である。「自分の言うことはすべて正しく、相手の言うことはすべて間違っている」といった全能感は、通常の人間であれば、世の中で揉まれて成長する中において次第に消えてゆく。ところが、子供の頃からエリート街道を突っ走ってきた「ヒラメ裁判官」は、むしろこの全能感を支えに生きている。普段は事務官と書記官のイェスマンに周りを固められている裁判官が、裁判員の率直な物言いによってエリート意識を傷つけられて激怒する。裁判員のほうも、一般社会にはあまりいないタイプの人種を見て驚かされる。裁判員制度は色々な意味で、予想もつかない衝突を起こしそうである。

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2 コメント

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なるほど (異邦人)
2008-11-07 15:50:02
そ~だったのか‥
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あまり信用しないで下さい。 (某Y.ike)
2008-11-07 23:32:14
まだ始まっていないので、何とも言えないと思います(笑)
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