犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

東野圭吾著 『流星の絆』

2008-04-29 15:14:02 | 読書感想文
作家の東野圭吾には、直木賞を受賞した『容疑者Xの献身』を初めとして、犯罪に関する小説が多い。しかも、犯罪者の心理だけでなく、捜査官の心理、さらには犯罪被害者遺族の心理までもが瞬間的に言語によって描写されている。人間社会における犯罪の不条理さを語る場面において、小説家の言語感覚の鋭敏さは、専門用語に束縛されている学者をはるかに凌駕する。「被害者遺族の取調べによる二次的被害」といった思考パターンにはまって動けなくなったときには、小説家が思わぬ言葉を提供してくれる。


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● 警察官(萩村刑事)の心理描写

p.60 
ある時、疲れて戻ってきた県捜査一課の刑事が、壁に貼られた似顔絵を見て、吐き捨てるように言った。「この絵、本当に似てるのかよ」
それを聞いた瞬間、萩村は嫌な予感を抱いたのだ。この事件は永久に解決しないのではないか――。

P.253
弟や妹たちとは会っていないらしい。施設を出る時期がばらばらだったし、自分一人で生きていくだけでも精一杯だったから、というのが功一の説明だ。
萩村の脳裏に、子供だった頃の三兄妹の姿が浮かんだ。励まし合い、手を取り合って生きていってくれたらと念じた覚えがある。現実はそれほど甘くなかったのだな、と胸に痛みを感じた。

p.304 
刑事にとっては辛い質問だった。萩村としては、被害者の遺族に捜査の進捗状況を話してやりたいとは思う。だがその遺族が絶対に他言しないという保証はないのだ。その情報を目当てにマスコミが接近してくるのも、彼等にとって幸せなことだとは思えなかった。また、容疑者を推察した遺族が暴走することも防がねばならなかった。

p.309
萩村の脳裏に、幼い3人の姿が浮かんだ。何が起きたのかを把握しない少女、ショックのあまり口がきけなくなった少年、その2人に弱いところを見せまいと懸命に涙を堪えていた長男――
彼等が失ったものの大きさを考えると、事件を風化させるわけにはいかないし、時効成立などという馬鹿げた結末には絶対させるものかという思いがこみあげてくる。


● 被害者遺族(有明功一・泰輔)の心理描写

p.28
話しているうちに、突如胸の内側が燃えるように熱くなってくるのを功一は感じた。静奈の寝顔を思い浮かべたからだった。両親が殺されたという事実以上に、そのことを彼女に教えなければならないということに、彼の心は激しく揺さぶられた。どうしていいかわからなくなり、絶望的な気分になった。

p.135
「俺はさ、悔しくてしょうがなかったんだ。顔を見ていながら、何も出来なかったことがさ。あの顔だけは、死んでも忘れない。忘れようとしても、無理なんだ。あの顔を思い出さない日はない。夢に出てくることだってある。だから、記憶が変わったなんてことはない。絶対にない」

p.391
「過去の事件に、いつまでも縛られているのは、君にとってあまりいいことだとは思えないな。若いんだから、もっと将来のことを考えるべきじゃないか。こんなことをいっても無理かもしれないが」
「おっしゃる通りですよ」と功一は答えた。「そんなことを言われても無理です。将来のことを考えるのは、すべてに決着をつけてからです」

p.469
功一は唇を噛んだ。やりきれなさが増大したような気がした。博打や女性関係で作ってしまった借金を返済するため、という理由のほうが、まだましと思った。今はただ、犯人を憎むことに徹したかったのだ。

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