犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

【超短編小説】 司法試験受験生のお見合い話

2007-11-14 17:34:47 | その他
このたび、私の先輩がめでたく旧司法試験に合格しました。お祝いの意味を込めて(あまりお祝いになっていませんが)、その先輩をモデルとした短い三文小説を書きます。半分はフィクション、半分はノンフィクションです。


 あれは僕が26歳の時だった。親戚筋の伯母さんが、僕にお見合い話を持ってきたのである。写真を見ると清楚な美人で、自分にはもったいないくらいの女性だった。履歴書を見ると、彼女は1つ下の25歳、年齢的にも理想的だった。ご両親もしっかりとした方で、彼女の趣味は読書に絵画鑑賞、僕と話も合いそうだった。
 しかし、僕はその時司法試験受験生だった。大学を卒業しても定職に就かず、自宅と予備校の往復の毎日であった。択一試験にすら通っていなかったが、予備校の答練の成績は良いためなかなか諦めがつかず、あと数年間が勝負だと考えていた。だから、正直に言って、結婚など考えられない状態だったのである。
 それにもかかわらず、その伯母さんが言うには、彼女は僕の状況をすべて承知しているということであった。彼女は結婚願望が強かったが、周りには適齢期の男性がいなかったようである。そして、一流大学を卒業し、司法試験を目指しているというだけで、彼女は一方的に僕に興味を持ってくれたらしい。
 伯母さんの話では、彼女は僕が受験を続けている間は彼女が外で働き、公私ともに僕の受験生活を支えてくれるということであった。そして、僕が最終的に合格をするかしないかは特に問題ではないという。夢に向かって真摯に勉強をしているというその姿勢に好感を持ったということらしいのである。

 僕は非常に迷った。これ以上の話はない。今後もこんな話は転がっていないだろう。しかし、僕がこのお話を受けることは、人間として許されないと思った。僕には彼女を幸せにする自信がない。彼女の援助を受けながら、あと数年間も定職に就かずに勉強を続けるのも心苦しい。合格してから彼女を迎えに行くのが筋というものだろう。
 僕はそう思って、彼女とは一度も会わずに、その写真と履歴書を親戚筋の伯母さんに返した。もちろん、「合格したら必ず迎えに行きます。待っていてください」との言葉を添えてである。伯母さんは残念そうに写真と履歴書をしまいながら、「彼女には必ず伝えておくわ。勉強頑張って、1年でも早く合格してね」と言って帰っていった。
 それからの受験生活は苦難の連続だった。択一試験には受かるようになったが、最初の論文はG判定だった。その後、周囲からはいつ受かってもおかしくないと言われながら、あと一歩の総合A判定で落ちた。その間も、僕は彼女のことを忘れることがなかった。1年でも早く受かって彼女を迎えに行きたい。僕が苦しい勉強を続けてこられたのは、彼女に対する思いだけだったであろう。そして、10年の歳月が過ぎた。
 僕は今年、36歳になった。そして、14回目の受験でようやく合格を勝ち取った。自分の番号と名前を見た僕の心に真っ先に浮かんだものは、当然のことながら、この10年もの間ずっと忘れることのなかった彼女の姿である。彼女は今35歳になっているはずである。今、どこで何をしているのだろうか。僕のことを待っていてくれているだろうか。僕は居ても立ってもいられなくなり、最終合格発表があったその日に伯母さんに電話をした。

 伯母さんは僕の最終合格を自分ことのように喜んでくれた。そして、親戚の誇りだとほめてくれた。僕は、この10年間の苦労が報われたような気がした。しかし伯母さんは、その直後、思いがけないことを言ったのである。「次は結婚を考えなければいけない年頃ね。誰かいい人いないの? 付き合っている女性はいるの?」。
 僕は遠回しに、彼女のことを聞こうとした。しかし、伯母さんは全く覚えていないようであった。そこで僕はしびれを切らし、わざと思い出したようにこう言った。「そういえば、10年くらい前、伯母さんが僕のところにお見合い写真を持ってきてくれたことがあったじゃないですか。あの彼女は元気でやっているんですか?」
 伯母さんは彼女のことを初めて思い出したようで、電話口で笑ってこう言った。「ああ、あの彼女ね。ずいぶん前に結婚したわよ。ミレニアムとか何とか言ってたから、2000年のことじゃないかしら。今は小学生と幼稚園の女の子が2人いるわよ。2人ともお母さんに似て、とっても可愛いわよ」。
 僕は意味もなく笑ってしまった。電話を切ってもまだ笑っていた。そして、何だかホッとした。僕が10年間も苦しい受験生活を送ってこられたのは、間違いなく彼女のおかげである。それで十分であろう。僕は何を常識はずれなことを考えていたのだろうか。僕は、一度も会ったことがない彼女に向かって、心の中で勝手にお礼を言った。そして、常識はずれの時間軸で生きてきた僕の受験人生を思い返し、自分自身に大爆笑した。笑いながら、最終合格が夢ではないことを初めて実感し、自然と涙があふれた。

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