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p.53~
クログスタット(法律代理人): 法律は動機のいかんを問いません。
ノラ(主人公・弁護士の妻): そうすると、その法律はよっぽど悪い法律にちがいありませんわ。
クログスタット: 悪かろうと、悪くなかろうと、わたしがこの書類を裁判所に持ちだせば、あなたは法律によって処分されるんですよ。
ノラ: そんなこと、信じるものですか。娘たるものに、年取って死にかけている父親の心配や苦労を省いてやる権利はないものでしょうか? 夫の命を救う権利が、妻たるものにはないのでしょうか? あたし、法律のことはよく存じません。でも、そういうことを許す個条がどこかにあるにちがいないと思います。あなた、それをご存じないんですの、法律代理人のくせに? クログスタットさん、あなたはきっとろくでもない法律家なのね。
p.143~
ノラ: 法律というものが今まであたしの考えていたのとはまるで違ったものであるということも、こんど初めて知りました。でもその法律が正しいとは、あたしにはどうしてもうなずくことができません。女には、死にかけている年とった父親をいたわったり、夫の命を救ったりする権利がないというではありませんか! そんなこと、あたしには信じられません。
ヘルメル(ノラの夫・弁護士): お前はまるで子供のような事を言う。お前には自分の住んでいる社会というものがまるでわかっていないんだ。
ノラ: はい、わかってはおりません。でもこれからはよくわかるように、社会の中へはいって行ってみたいと思います。その上で、いったいどちらが正しいのか、社会が正しいのか、あたしが正しいのかをはっきり知りたいと思います。
ヘルメル: お前は病気だよ、ノラ。熱があるんだ。気が変になったにちがいない。
ノラ: あたしは今夜ほど意識がはっきりして確かなことはございません。
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「法律家が有り難がられる社会はあまり望ましいものではない」という感覚を持つことが大人なのか、あるいはこれを失うことが大人なのかという対立軸で考えるとき、そこで語られる「大人」と「子供」に託している意味は異なります。前者の「大人」とは内的倫理に従って善悪を判断する自律的な人間のことであり、後者の「大人」とは世間擦れして世故に長けた人間のことです。
人は幼稚っぽいと言われるとプライドが傷つくものであり、世間知らずと言われれば敗北感を感じるものであり、この心の動きに抗うことは困難であると思います。しかしながら、このようにして世間を知った者が「いい年をした大人」であるならば、そのような人間が集まった社会はあまり品の良いものではない気がします。『人形の家』は女性の権利と自立の物語である、との解釈で括るのは勿体ないと思います。