お寺さんぽ Ver.03

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高台寺 (京都)

2006年08月18日 | お寺
のんびり気軽にさんぽがてら。
本日は京都は東山区の「高台寺」です。

前に秀吉の正妻「ねねさん」の関係でこちらの写真を掲載しましたが、お寺については(たぶん)触れていなかったと思いますんでこちらをば。

歴史の女性では北条ファンクラブ(んなのない)でもありますんで、「北条政子さま」が好きなひでるさんです。この方は伊達に「尼将軍」なーんて呼ばれているだけあって、色々な意味で歴史上最も優れていてスゴイ方だと思っているんですが、このねねさんこと「北政所さま」も、下級武士出身の女性が国のトップたる女性にまで出世したわりには、生涯生き方がまったくブレなかったという点で凄い方です。
さして政治世界には首を突っ込まなかったところも、いいところだと思います。
…なんというか、年とっても可愛らしい女性だったのではないでしょうか?
(※ちなみに、雰囲気的に北条政子さんは普段凛々しく、家で可愛い感じよ。いいなぁ

結城秀康(※徳川家康の次男)の小説で、彼はなかなか認知されなかった、縁薄い実家・徳川家から人質として豊臣家へ出されるんですが、秀吉とねねさんはまるで実子のように受け入れて、物凄く可愛がるシーンがあるんですが、実際もそんな感じであったかなと思います。
福島や加藤といった子飼いの武将らがよく懐いていた、って話もありますし。

…と、まぁた寺の説明するとか書いておきながら、いつしかねねさんの話題になっていましたので戻しますね。
鷲峰山「高台寺」は正式名称「高台聖寿禅寺」といいまして、秀吉死後にねねさんがその菩提を弔うため、出家して開創したお寺です。

慶長十年(1605)創設。
ちなみに、関ヶ原合戦は慶長五年(1600)、大坂の陣は慶長十九年(1614)でした。時代的には実に微妙な頃なんですね。
この造営に関しては、徳川家康が多大な援助をしたそうで、寺は壮麗を極めたと言われています。
ねねさん当人もわかっていたことでしょうが、この当時はマークすべき要注意人物なんですね。家康も様々な思惑などがあって気を使ったんでしょう。

ほか、茶室や化粧御殿(※写真)はなんと伏見城からわざわざ移築したもので、ねねさんはここに住んでいたようです。

寛永元年(1624)にそんなねねさん死去。
享年七十六。
その年に「建仁寺」の三江和尚を迎え、ここで初めて「高台寺」となったそうです。これはねねさん出家の際に「高台院殿湖月尼」と号していましたから、そこからとったのではないかと言われています。

以後、たびたびの火災にあって多くの堂宇を失っておりますが、残った霊屋や開山堂などは重文指定となっています。秀吉木像などいろいろあって楽しいお寺なので、ぜひ行ってみて下さい。



[住所] 高台寺 京都市東山区高台寺下河原町526


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※こんな本はどうでしょうか?
 ねねさんもいると思います。たぶん。


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