日曜日の夜は大変に寝付きが悪い。
諦めてライトのスイッチに手を伸ばし本を読んだり、リモコンぷちりとテレビをつけてF1を観たり、またまた暗闇でじっとしていたり。
ようやくうとうとし始めたのは、明け方の四時を回った頃だった。今日は小金井市にある学芸大学に行かねばならないのだ。結局五時半には布団を出て風呂に浸かり、茫とした頭を少しでもすっきりさせた。
「若いって、素晴らしい。羨ましい!」
こんなことを言うと“何を言うかまだ若輩者のくせに”とジンセイの先輩方には怒られそうだが、しかし今日一日キャンパスにいて、入学式を終えて“きらきら”と輝きながら校舎に入ってきた若者を眺めて、思わず口に出して言ってしまった。上司のイシグロさんがタハハと笑った。
夕方には芝浦に帰ってきたのだが、帰りの電車ではずっと空腹であった。昼は調理パンを食べただけだったのだ。もちろん、すぐにも部屋に直帰して風呂に浸かり、清潔で暖かい布団に横になりたかったのだけれど、そうすればきっと夜中の一時や二時に空腹で目覚めてしまうことは分かっていた。家には手早く食える食料がないし、そんな時間に食事のために外出するのはひどく面倒だろう。そこで寒風吹きすさぶなか自分にムチをくれて、改札を出てから家と反対方向に向かった。安くて美味いサイゼリアで夕食だ。
生ビール(中)を堪能していると、隣の若いカップルの会話が耳に入ってきた。ここは慶応大学が近いから、そこの学生らしい。向かい合って座り、仲むつまじくテーブルの上で手を握り合っている。しかし何だか理屈っぽい言い合いをしているようだ。もう食事は終わったのか、飲み物だけが置いてある。
「それは変よ、そこは主張させてもらう」
「でも考えてご覧。みんなそれを始めたらどうなると思う」
「それじゃあわたしは納得出来ないの」
「そこだよ、感情が入ると事態がややこしくなる。もっと冷静に客観的に考えないとだめだ」
どうやら君(男)は議論好きらしい。そして絶対に負けたくないのだ。詳しい内容は分からないのだが、彼の口調には大変冷たいものが感じられた。議論の進め方の講釈まで始まった。僕は豆料理をきれいに平らげ、リブステーキ(180g)にナイフを入れた。
「そこでもっとクールになりなよ。どうしても女は感情に走るからなあ」
「そんなんじゃバカにされるよ、きっと」
「だめだめ、話しがずれてる」
嗚呼、君はまだ分からない。恋人同士の議論ほど、虚ろで悲しいものはないのだよ。そして議論に勝っても、失うもののほうがずっと大きいんだ。
いつのまにか彼女は一言も口をきいていない。やばいぞやばいぞと思ってさりげなく見たら、ほうらやっぱり泣いてるぜ。安食堂で女の娘を泣かすなよなあ。しかしそれでも男のお喋りは止まらない。と言うよりますます絶好調である。
すでに握り合っていた手が離れているのを、君は何とも思わないのか。下らないお喋りはやめて、一言「もうやめるよ、ゴメン」と言ってあげなさい。
しかし、やはり女性は偉大であった。彼女のほうから何か一寸甘えて、男にチャンスを作ってあげたのだ。
そのあとまた手を握り合えたのか、とても気になったが、僕は食事が終わってしまった。コーヒーは家で飲むことにして、退去した。