Dr. 鼻メガネの 「健康で行こう!」

ダンディー爺さんを目指して 日々を生き抜く
ダンジーブログ

向き合う

2006-09-21 | 医療・病気・いのち
 「私は、ここにいる。」

 孤独を愛する人でも、心の中でこう叫ぶ時はあるだろう。

 人は支え、支えられて生きている。

 進行癌となり、積極的な治療よりも症状の緩和が主体となるころ、人はますます死と向き合わなければならなくなる。そんな時、安易な慰めはいらないが、誰かそばにいて欲しい、誰か自分のことを見ていて欲しい、気にして欲しいと思うだろう。

 頭では理解しているつもりでも、患者さんが末期となるとどうもベッドサイドに近づく頻度が少なくなっていた。年を少し重ね、その分少しそばにいる時間が長くなった。肩の力を抜いて、話しが出来るようになってきた。

 でも、本当にきちっと向き合っているのだろうか。

 自信はない。

 その前に、家族や友人としっかり向き合っているのだろうか、話しを聞いているのだろうか。そもそも自分自身と向き合っているのだろうか。

 まだまだ道は遠い。

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3 コメント

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こんばんは。 (miki)
2006-09-21 19:00:51
難しい問題ですよね。

私は、治療法もままならない今、何度となく告知を受けてきました。

家族も医師達も友人も・・・、所詮は他人。代わってもらえるものでない。

そう割り切れるまで、どんな言葉をかけてもらっても、心配してもらっても、何でわかってくれないのかの繰り返しでした。

かわいそうの目、哀れみの目、私にはたまらなく辛い眼なのでした。

今、私はやはり死と向き合う以外残されていません。こんなに頑張ってきたのに、諦めなければならない事ばかりです。

だけど、わかってもらえない、と知り尽くしながらも、人を頼る以外自分は、生きられません・・・。

応援してくれている、気にかけてくれている人がいる間、もう少し頑張ってみようと思います。

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追伸 (miki)
2006-09-21 19:37:22
わたしは、ここにいるの~、と叫びたくなるときがあります。

私の場合、稀病のため、お薬の開発や認可が難しいものがあります。

数の多い癌に比べると当たり前の事ですよね。

だけど、私はここにいて、この病に苦しんでいるのです。

そんな忘れられそうな病だけど、ここに、ここにいるのよ~、と叫びたくなるときがあります。
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叫ぼう、叫ぼう (hanamegane)
2006-09-22 22:16:44
 私たち日本人の多くは、死を遠ざけて、あるいはその話題を避けて生きていくことにならされているような気がします。



 そして明日がやってくるということに、何の保証もないことに気づかないのでしょう。



 mikiさん。叫びたくなったら本当に叫びましょう。その時確かにあなたはそこにいる。
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