July 4, 2016
梅雨はあけていないが、毎日30度を超える真夏日である。湿度があるだけに余計暑く感じる。部屋でパソコンに向かっていると、隣の住まいの小学生が弾くピアノの音が、ベランダ越しにかすかに聞こえる。私の家は冷房をかけていないので窓は開け放しだが、多分冷房を効かせているのだろう。小学校2年生くらいだと思うが、学校へ出かける前必ず30分は練習し、帰宅後もずっと弾いている。私もこの音に啓発されて始めたキーボードだが、こちらは怠け者で一向に上達しない。それにしても、クラッシックのピアノを学んでいく様を耳にするのは、なにか勇気づけられる。たまにお母様に玄関先でお会いすると、「うるさくてすみません」とおっしゃるが、「楽しませてもらっています」という私の返事は、言葉どおりのものだ。
太田治子『石の花』(筑摩書房)を読んだ。この本を読むきっかけは前にブログに書いた。たぶんそんなことがなければ手にしなかった本だと思うが、なかなかの力作だと思う。本書の副題に「林芙美子の真実」という言葉があるが、まさにその通りの内容だった。林芙美子は『放浪記』で世に出た作家であり、又『放浪記』が菊田一夫演出、森光子主演で何度も上演されたことがその名を広く世に知らしめることにもなった。私は、読書会で取り上げた『浮雲』に感動して以来、フランス滞在中の日記ぐらいは読んだが、『放浪記』も読んでいない。太田さんの本書を読んで、『放浪記』は自叙伝の形はしているがあくまでも一つの作品であり、まして菊田一夫氏に脚色された演劇は、芙美子自身の像ではない。太田さんは、芙美子の像が間違って独り歩きしてきた現実に対して、「林芙美子の真実」として、書いてみたかったのだろう。よく知られている作品とは別に、全集に収められている短編や詩の一部が随所に紹介されている。そんな作品をぜひ読んでみたいと思っているが、これらを読んだだけでも、林芙美子がいかに才能に恵まれた作家だったかが分る。
太田治子さんは、太宰治とその愛人との間に生まれた女性として世に知られている。しかしもちろん当然のことではあるが、その経歴は今全く関係なく太田治子として羽ばたけるだけの仕事をしてきている。私はこれ1冊読んだだけだが、太田治子『星はらはらと 二葉亭四迷と明治』なども読んでみたい。物事に対する素直な目と、自分の気持ちを率直に述べる言葉が、私には新鮮に思えた。物書きになるという人はいろいろの経緯をとるが、どんな学習をしてもたどり着けない何かを生まれつき持っている人ではないかと思う。膨大な資料の分析と綿密な取材に、著者の明晰な頭脳が分るが、生い立ちの中で感じた感性の蓄積が本書の土台にあったのだろう。久しぶりに大部な本を読み終えた気持でいる。
画像は、友人のメールから、「ブーゲンビリア」。夏の花です。