February 9, 2014
2月7日(金)
近くの映画館「アルテリアシネマ」で、話題の映画「ハンナ・アーレント」を上映するというので、友人を誘って出かけることにした。12:25からの開演、わが家で軽い昼食を食べてから出かけた。ところが、ホールにいつもは30人ほどの人が集まっているだけなのに、あふれるほどの人だ。急いで券を購入しようとしたら、もう満席だと言われた。この映画館は、岩波映画などで上映された芸術性の高い映画を上映する映画館なので、1日に同じ映画が続けて上映されない。次は17:20とのこと、あきらめるほかない。わざわざ東京から来てくださった友人には本当に申し訳なかったが、駅前の喫茶室で久しぶりにゆっくりお話が出来たことが、うれしかった。私は友人に恵まれていると、しみじみ思う。前回このブログで書いた「老後の生活」には、心許せる友人の存在も、大きいと思う。
2月8,9日(土、日)
土曜日は朝から集中して、手元にある2ヵ所からの点訳の校正をすべて終わらせた。200枚近いものを校正するのはかなり疲れるものの、やっとこのボランテイアの世界が見えてきて、私も考えがまとまったので、やるべきことは早く片付けたかった。仕上がったものを、メール便で2個口送りたかったが、昨日からの大雪で、5,6分の所にある「ファミリーマート」まででも無理をしたくない。明日送ることにした。今日は「東京都知事選」、私は神奈川県人で投票権はないが、いつも東京をむいて生活しているため、関心はある。風穴があかない1党独裁の「安倍政権」に、強いインパクトを与えるような候補者の当選を願っているが、案外自民党が推す候補者が当選したりして、もっと窮屈になることも恐れている。
東北大震災の時に原発を逃れて故郷を後にせざるを得なかった人たちが、まだまだたくさんいて、原発そのものも何ら解決していないのに、「東京オリンピック」と騒いでいることが、私はおかしいと思う。しかしこういうことを声高にいうことが憚れるのが世間だ。読み終わった乙川優三郎『武家用心集』では、この短篇集のどの物語も、作者の筆のさえもあるが、説教ではなく、人間社会の真実を語っている。江戸時代でも、現代でも、人の根幹の姿は変わらない。どこかにいるともしれない賢い(?)統治者を頼る前に、自分が賢くなって、身辺のおかしいなと思うことに小さくても声を上げることが大切だとも思う。
画像は、福寿草。適当な写真がなくて、かなり前に撮ったものを使った。
2月7日(金)
近くの映画館「アルテリアシネマ」で、話題の映画「ハンナ・アーレント」を上映するというので、友人を誘って出かけることにした。12:25からの開演、わが家で軽い昼食を食べてから出かけた。ところが、ホールにいつもは30人ほどの人が集まっているだけなのに、あふれるほどの人だ。急いで券を購入しようとしたら、もう満席だと言われた。この映画館は、岩波映画などで上映された芸術性の高い映画を上映する映画館なので、1日に同じ映画が続けて上映されない。次は17:20とのこと、あきらめるほかない。わざわざ東京から来てくださった友人には本当に申し訳なかったが、駅前の喫茶室で久しぶりにゆっくりお話が出来たことが、うれしかった。私は友人に恵まれていると、しみじみ思う。前回このブログで書いた「老後の生活」には、心許せる友人の存在も、大きいと思う。
2月8,9日(土、日)
土曜日は朝から集中して、手元にある2ヵ所からの点訳の校正をすべて終わらせた。200枚近いものを校正するのはかなり疲れるものの、やっとこのボランテイアの世界が見えてきて、私も考えがまとまったので、やるべきことは早く片付けたかった。仕上がったものを、メール便で2個口送りたかったが、昨日からの大雪で、5,6分の所にある「ファミリーマート」まででも無理をしたくない。明日送ることにした。今日は「東京都知事選」、私は神奈川県人で投票権はないが、いつも東京をむいて生活しているため、関心はある。風穴があかない1党独裁の「安倍政権」に、強いインパクトを与えるような候補者の当選を願っているが、案外自民党が推す候補者が当選したりして、もっと窮屈になることも恐れている。
東北大震災の時に原発を逃れて故郷を後にせざるを得なかった人たちが、まだまだたくさんいて、原発そのものも何ら解決していないのに、「東京オリンピック」と騒いでいることが、私はおかしいと思う。しかしこういうことを声高にいうことが憚れるのが世間だ。読み終わった乙川優三郎『武家用心集』では、この短篇集のどの物語も、作者の筆のさえもあるが、説教ではなく、人間社会の真実を語っている。江戸時代でも、現代でも、人の根幹の姿は変わらない。どこかにいるともしれない賢い(?)統治者を頼る前に、自分が賢くなって、身辺のおかしいなと思うことに小さくても声を上げることが大切だとも思う。
画像は、福寿草。適当な写真がなくて、かなり前に撮ったものを使った。