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ミンガラ春庭「10のパラミー・古き時代のビルマ肖像写真」

2016-04-07 00:00:01 | エッセイ、コラム
20160407
ミンガラ春庭ミャンマースーベニール>ビルマの古写真(4)十の徳目(パラミー)

 大学から春庭の宿舎に帰るとき、タクシーだとパラミー通りを通りました。パラミ通りの「MICT門」から入って、メインゲイト前で降ります。
 パラミーの意味、ミャンマーの仏教語であるパーリ語で「波羅蜜」の意味だろうと思います。(パーリ語: पारमि、Parami、 パーラミー)。仏教者が守るべき徳目を、パラミーといいます。 

 日本の大乗仏教には、六波羅蜜というものがあります。
六波羅蜜の波羅蜜とは、サンスクリット語のパーラミター、पारमिता、Paramita、の音を漢字音に写したことば。パーリ語の「パラミー」と同じ。

 大乗仏教では、求道者が実践すべき6種の完全な徳目を六波羅蜜といいます。6種とは,
(1)布施波羅蜜:施しをする完全な徳目 
(2)持戒波羅蜜:戒律を守る完全な徳目 
(3)忍辱波羅蜜:何事にも忍耐をする完全な徳目 
(4)精進波羅蜜:何事にも努力を怠らぬ完全な徳目 
(5)禅定波羅蜜:精神統一をはかる完全な徳目 
(6)般若波羅蜜:(仏教の究極目的である)悟りの智慧を持つ完全な徳目

 十波羅蜜は、上記の6種に4種を加えたもの。
(7)方便波羅蜜:巧みな手段で衆生を教導し、益すること。サンスクリット語:Upaya ウパーヤ、漢語音写:烏波野うはや。日本語訳:方便。
(8) 願波羅蜜:彼岸すなわち仏の理想世界に到達せんと立願すること。サンスクリット語:Pranidana プラニダーナ。漢語音写:波羅尼陀那はらにだな。日本語訳:願
(9)力波羅蜜:第1の解釈:一切の異論及び諸魔衆を受け付けないこと。第2の解釈:十力の行のうち、思擇力・修習力の2つを修行すること。サンスクリット語:Balaバラ。漢語音写:波羅はら。日本語訳:力
(10)智波羅蜜:受用法楽智・成熟有情智の2つを修行すること。サンスクリット語:Jñana ジュニャーナ。漢語音写:(若那)日本語訳:智。ジュナーニャ=智とは、物事を分別する知識・知恵。「万法の実相を如実に了知する智慧は、生死の此岸を渡り、涅槃の彼岸に到る船筏の如くに修行する」って、なんのことやらよくわかりませんが、とにかくありがたい教えです。

 ミャンマーの上座部仏教では、6種ではなく、10種の徳を守ることが「10のパラミー」として、子供のころから徹底して人のものの考え方感じ方にインプットされています。
 日本の十波羅蜜とミャンマーの「パラミー10の徳目」はまったく同じというわけではないかもしれませんが、基本はおなじです。日本の十波羅蜜と、ミャンマーのパラミー10の徳目の異同については、まだ把握していませんが、ビルマ仏教研究50年のボスによれば、大きな違いはない、基本は一緒、ということです。

 「10のパラーミー」は、代々の暮らしの中に刷り込まれています。
 とくに、ミャンマーの人々にとって、何をおいても第1の徳目の「布施=施し」を守ることが日常生活の基本になっています。
 毎朝、僧侶達の托鉢にご飯その他を布施する。収入の1~2割は。必ずお寺に寄進する。他者に対しては親切を施す。これらの布施パラミーを欠かしては、来世の輪廻転生がなくなりますから、みなせっせと施しを行います。私も数々の「親切」を施してもらいました。

 毎朝バスやタクシーの通勤途中で、托鉢僧の列に出会います。あわててカメラを出しますが、僧侶達の足は速くて、カメラを構えた頃には、最後の坊さんが通り過ぎたあと、ということが多い。なかなかうまい具合に托鉢僧の列をとらえることができません。

 ストランドホテルのショップで売っていたおみやげの托鉢僧人形です。


 また、(5) の精神統一も日常的に行われる「瞑想」の時間として、人々に定着しています。親切にしてくださったオン先生の父上は、毎朝3時に起きて3時間は瞑想し、それから朝の行動に入るそうです。たぶん、夜は暗くなるとともに寝てしまうのが、本来のミャンマー生活でしょう。ミャンマーでは年中、6時半日没、7時にはまっ暗。通常、夕食は5時半ごろからで、日没前には食べ終わる。

 オン先生ご自身も、瞑想の時間を出来るだけ作るようにしており、瞑想を行うと心身すっきりするそうです。
 朝でも夜でも、瞑想の時間を持つことは、ミャンマーの人々にとって、日常生活の一部です。家の中の仏壇の前で瞑想を行うか、寺に出向いて行うかは人によりけりですし、町の中の瞑想道場(Meditation house)では、外国人でも無料で宿泊し、無料の食事付きで指導を受けながら瞑想を行うことができます。食事代などは寄進によってまかなわれています。貧乏なバックパッカーは、瞑想は付け足しで、無料宿泊場所として利用する人もいるし、瞑想によって心洗われ、たっぷりと寄進する旅行者観光客もいます。

 ミャンマーの人が、みな争い事を好まない穏やかな暮らしを保っているのも、大金持ちも貧乏人でも、だれでも十のパラミーを守る生活習慣があるからかと思います。どんなに物質的に貧しくとも、瞑想によって精神統一し、心さわやかにおだやかに暮らすことが出来、仏への祈りと寄進によって、来世のよき転生を確信し、将来への不安なく生きていけるのです。

 肖像写真。「化粧品を作っている女性」
 1番目の写真は化粧品または薬を作っているところと思われます。摺り皿の上でなにやらをすりあわせています。背景に映っている壁の電話器は、通常の家庭にはない文明の利器ですから、特別なお金持ちの家または、合成の小道具ではないかと思われます。時代は、電話器によって、19世紀末あるいは20世紀初頭のビルマ女性かと思われます。

 注目してほしいのは、背景の壁。女性のうしろの壁に掲げられている額には、「パラミーの10の徳目」が書かれている、ということ。
 「この壁には、何が書かれているのですか」と、ボスに質問したら「十の徳目、パラミーです」と、教えてくれました。ビルマ学碩学への質問としては「こんなことも知らぬのか」というおたずねだったでしょうが、ボスはいつもおだやかに親切に、いろいろ教えてくれます。
 写真の女性が一般家庭の女性なのか、商家または娼家の使用人なのか、服装からは区別ができない、とのボスの説明でした。

 日本の幕末明治初期には、写真を撮る機会があったのは、上流貴顕の紳士淑女がほとんどでした。上流人物の写真は、新聞雑誌に掲載されました。一方、外国人のみやげ物「横浜写真」のモデルとして盛んに写真を撮られたのが、吉原や横浜異人街の娼家の人々。「ふるあめりかに袖は濡らさじ」の人々ですね。

 化粧品(あるいは薬)をすりあわせる作業をしている女性、やはり「モデル撮影」であり、商家・娼家などの使用人かと思います。
 「10の徳目パーラミー」を背景に出しているのは、そういう図像が求められた、ということでしょう。



 実は、上の絵はがきにも、「元ネタ写真」があるのです。元ネタには「十のパラミー」はないので、写真をもとに、パラミーを背景にくっつけて絵はがきに仕立てたのだろうと思います。



 これからのミャンマーの発展にとって、この教えはどうなんだろう、と疑問に思う徳目があります。9番目の「力波羅蜜」です。
 「一切の異論及び諸魔衆を受け付けないこと」
 お経に書かれていることをそのままに受け取り、疑念を挟んだり異論を唱えてはいけない、という解釈ができます。

 現実生活で、学生達は教師の説に異論を出すことなど、決してしません。みな素直に教師の説明に聞き入ります。「北半球で夏のとき南半球では冬であると同様に、北半球では東から登る太陽が、南半球では西から昇る」と教師が教えれば、そのまま素直に聞き入る学生が大半でしょう。(日本でこの説を信じたのは、幼い頃の私くらいだったでしょうが)

 軍政府が「大学の学部閉鎖」と命じたとき、教授達、逆らったりしませんでした。抵抗する学者はいなかったのか、と疑問を感じましたが、たぶん、逆らった人は解雇されたのでしょうし、悪くすれば反逆罪で投獄。
 基本に(9)の「一切の異論及び諸魔衆を受け付けないこと」という徳目があり、お経や政府命令にはぜったい疑念をはさまない、ということが人々の基本だったからではないかと思います。

 語学学習でも同様。教師の発声をリピートして丸暗記することが基本です。修士論文でさえ、先行研究を丸暗記して並べることで合格。博士論文も、独自の論説など出したら審査に通らない。ひたすら先人の研究を丸ごと受け入れる。日本の感覚では、オリジナリティなくしてどこがハカセ論文なんだ、と思いますけれど。

 軍の独裁政府時代は2011年に終わり、2016年3月、軍人出身のテインセイン大統領時代も終わりました。民主化の発展、現代産業発展のために、命じられたことだけ、指示待ちでやっているこれまでの仕事のやり方では、生き馬目を抜く世界の動向に遅れをとるだろうと思います。
 自ら考え、自ら行動する、これがなければ、現代世界、現代社会に参画することはできない。ミャンマーの人々、自分独自のアイディアを出していくという生活に、対応できるでしょうか。

 徳目を守ることは大事でしょうが、Balaの解釈などを変えていく必要もあるのではないか、と思います。経典解釈は、地域によって時代によって変化してきたのも事実ですから。

<つづく>


コメント (6)
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