「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2012年本屋大賞」となった、三浦しおん著「舟を編む」(光文社)を読んだ。ストーリー性のない小説だな、と思いながら読み進む。書店員さんが選んだ本だからな、と思っているうちに読み終えてしまった。憎しみや争いがなく、事件はほとんど何もおこらない。爽やかなストーリーが淡々と進んだ。
「辞書は言葉の海を渡る舟だ」「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし、辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかはないだろう」「海を渡るにふさわしい舟を編む」その思いを込めて「大渡海」という辞書作りに取り組むことになった、と。
常に「用例採集カード」を作成している松本先生、辞書作り一筋で退職した荒木公平、まじめな主任・馬締光也、その妻、美人の板前林香具矢、ひょうきんな先輩西岡、採用3年目の岸辺みどりなどが出てくる。玄武書房辞書編集部の常勤は馬締、佐々木、岸辺の3人だけ。
辞書の専門的な世界も少し出てきた。漢字の「正字」、辞書の印刷に使う紙の「ぬめり」感、普段使わない言葉の例として「めれん」というのがあった。「そういえば、昨夜はずいぶんめれんに見えました」(「めれん」=大いに酒に酔うこと。酩酊。)や西行の項目の解説。富士見=不死身、流れ者、西行背負いなど。
その辞書作りも15年目を迎えた。校閲の四校目で「血潮。血汐」が抜けていることが判明し事件となる。「玄武書房地獄の神保町合宿」をやり、徹底的に校閲を重ねる。専門的でコツコツとした作業が続く辞書作り15年の歳月が流れた。発刊を前にして、松本先生が亡くなるが、松本ー荒木ー馬締の三代にわたる努力が実を結んで、めでたく辞書は刊行にこぎつけたところで、物語は終わる。うっとうしい梅雨の日々に、涼しい風が吹きぬけていった。