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ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

高梁で救急救命士ら手話講習 条例施行 緊急時スムーズに意思疎通

2017年05月21日 11時42分57秒 | 障害者の自立

 高梁市は今年4月に「市手話言語条例」が施行されたのを受け、救急救命士、警察官らを対象にした手話講習を始めた。条例制定後、最初の具体的な取り組みで、救急搬送や事件・事故といった緊急時にろう者と意思疎通がスムーズに図れるよう基本を習得する。

 講習は、岡山県聴覚障害者福祉協会(岡山市北区)の手話通訳士やろう者を講師に9月まで計8回(1回2時間)実施。高梁市消防署の救急救命士や消防士、高梁署員ら計39人が、数字や時間の表現、症状の伝え方など現場で想定される手話を中心に学ぶ。ろう者を傷病者に見立てた模擬訓練も行う。

 初回講義は10日、市消防本部(横町)であり、同協会の手話通訳士井上宏美さんとろう者の佐藤美恵子理事が講師を務めた。2人はろう者との接し方、手話による自己紹介や数字の数え方などを指導しながら「ろう者は口の動きでも話している内容を読み取る。マスクを外して声に出しながら手話を使ってほしい」と説明した。

 救急救命士の男性(45)は「しっかりとマスターして、いざという時に生かせれば」、佐藤理事は「高梁の動きが周辺自治体にも広がってろう者も暮らしやすい地域になってほしい」と話していた。

 条例は市が県内自治体として初めて制定した。手話を言語と認め、ろう者と共生できる社会の実現に向けた自治体や市民らの役割などを示している。市福祉課は「小中学校での講習も検討しており、手話の普及につなげたい」としている。

 

手話を練習する参加者

2017年05月19日   山陽新聞


飲みもって食べもって 寄付メニュー拡大

2017年05月21日 11時34分23秒 | 障害者の自立

 ◇「おきゃく」中 27社に増加 NPO通じ福祉団体へ

 高知市などの飲食店で、福祉団体などへの寄付金を代金に含んだ飲食メニューを提供し、客が注文する度に寄付が集まる取り組み「飲みもって 食べもって 『寄付ぎふと』」への参加が広がりつつある。飲食イベント「土佐のおきゃく」に合わせ、毎年3月に実施しているが、年間を通じて取り組む店も出てきた。発案した「NPO高知市民会議」(高知市)の矢田正江チーフは「取り組みを通じて寄付への意識が高まれば」としている。(吉田清均)

 「寄付ぎふと」は、外食を楽しむ高知の県民性に沿った形で気軽に寄付できる取り組みとして同会議が企画。賛同する店舗を募り、参加店舗が寄付付きメニューを提供。集まった寄付金は同会議が毎年選んだ県内の福祉団体に贈られる。

 「土佐のおきゃく」期間中に協力する企業は2012年の8社から17年には27社まで増加。今年は18万5440円が集まり、子育て支援や高齢者や障害者の生活支援などに取り組む県内のNPO法人など6団体に等分された。

 16、17年に寄付金を受け取った「こども支援ネット みんなのひろっぱ」(高知市)は、高知弁護士会に所属する有志の弁護士と、地域住民らが運営するNPO団体。家庭での養育が難しいなどの事情がある子どもたちの居場所作りに取り組んでいる。子どもたちがホワイトボードに絵を描いたり、料理をしたりと、自由に遊べる場所を提供しており、日常の消耗品に費用がかかる。

 運営にあたる中島香織弁護士は「経済的に厳しい家庭の子は、お金の出どころを気にする。寄付なら『みんなを応援している大人たちがいるんだよ』と説明できるし、子どもの自己肯定感にもつながる」と喜ぶ。

 取り組みは「おきゃく」の期間以外にも広がりつつある。今年から参加した飲食店「菊寿司(きくずし)」の倉橋敬輔専務取締役は「従業員が取り組みの説明をすることで、お客様とのコミュニケーションも取れ、店舗の活性化にもつながる。今後も続けていきたい」と話す。同社では今年1年間、にぎり寿司などの寄付付きメニューを提供する予定だ。

 同会議の浦井理恵副理事長は「今後は、飲食に限らず、スポーツなどを楽しみながら寄付ができる取り組みを増やしていきたい」としている。

 

2017年05月20日 Copyright © The Yomiuri Shimbun

虐待と向き合う児童相談所の葛藤 #1

2017年05月21日 11時26分26秒 | 障害者の自立

世間、保護者、当の子供たち――さまざまな人の批判にさらされる児童相談所。虐待の凄惨さや課題・問題はときおりメディアで報じられるが、本稿ではそうした社会問題ではなく、“東京で働く人々の日常の1コマ”として児相の現実に迫る。
(出典:文藝春秋2017年5月号・全3回)

 日暮里・舎人(とねり)ライナーの「江北」駅を降り、車の往来が多い道を10分ほど歩く。

 道沿いの学校の近くで路地に入ると、それまでの喧騒が嘘のように辺りは静かになった。そんな閑静な町の一角に、目的地である赤レンガ風の2階建ての建物・東京都足立児童相談所はあった。

 東京都には全部で11の児童相談所があるが、そのなかで足立児童相談所は東部の足立区・葛飾区を管轄している。貧困や中高生の非行に端を発する相談、子供が3人以上いる多子家庭における虐待の事例が比較的目立つ地域だという。

■最長二ヶ月、帰れない子供たちの「一時保護所」

 施設内に入ってすぐ、ロビーの壁に並べて貼られていた子供たちの絵日記に目を引かれた。

〈今日、クリスマス会で一番面白かったことは、所長さんと係長さんがへんなおしばいをしたことです〉

〈チョコレートタワーを使ったましゅまろとかチョコバナナやチョコリンゴがおいしかったです〉

 などの1枚1枚に、印象に残ったシーンが描かれている。

 この相談所の2階には、小学生から高校生までの子供たちを預かる「一時保護所」がある。

 相談所には虐待や養育の困難な家庭の子供に対して、所長による「職権保護」が認められている。例えば殴られた傷の痕や痣があり、虐待の疑いが濃厚な場合、彼らは子供を保護する。その上で家庭が子供を帰せる状態にあるかどうか、そうでなければ児童養護施設や里親の元へ行くかなど、両親との話し合いが始まる。子供たちは行き先が決まるまで、最長で2か月間をこの保護所で過ごすことになる。

 ロビーに貼られていた絵日記は、そうして一時保護された子供たちの手によるものだった。全て前年のクリスマス会の模様で、所長と保護係長の2人羽織、中学生のハンドベル、小学生たちのダンス――と様々な催し物があったようだ。その日は食事も特別で、チョコレートフォンデュも楽しんだという。

「あの2人羽織はクリスマスに3年連続でやっているんです」

 相談所の所長を務める大浦俊哉が、少しテレ臭そうに言った。

「着物を被って、私はからし一杯の蕎麦、係長はタバスコ入りのスパゲティを食べました。辛かったけれど、大盛り上がりだったんですよ」

■世間、保護者、子供たち―板挟みになる児相

 数多ある国や都の行政機関の中で、児童相談所は批判にさらされることの多い組織だろう。彼らの仕事は虐待死事件が起これば「児相はなぜ気づけなかったのか」と世間から非難され、一時保護をすれば「子供を拉致した」と保護者から詰(なじ)られる。そして当の子供たちもまた、ルールの厳しい一時保護所での日々を、後に嫌な思い出だったと振り返ることが多いのである。

 児童相談所では所長を筆頭に、様々な相談に応じるケースワーカーである児童福祉司、子供たちの心理判定を行う児童心理司などが働いている。足立児童相談所には33名の児童福祉司がおり、社会福祉士、心理司やケアワーカー、調理職員がさらに32名、他にも精神科医や小児科医、弁護士、警察OBといった非常勤の職員がかかわっている。

 その取り組みはメディアでもときおり報じられるが、多くは家庭での虐待の凄惨さや、児童相談所の抱える課題や問題を描いたものだ。この「ずばり東京」の依頼を受けたとき、私は彼らの仕事を「社会問題」としてではなく、東京で働く人々の日常の1コマとして書いてみたいと思った。そうして話を聞く中で出会った1人が、足立児童相談所の所長である大浦であった。

■深夜に鳴る携帯電話「一時保護よろしいですか?」

 彼によれば近年、特に頭を悩ませているのは、夜間に警察官に保護されてやってくる子供が、連日のようにいることだ。

 すでに辺りが寝静まった深夜、大浦の公用の携帯電話には、夜間の虐待通告を受け付けている「東京都児童相談センター」(北新宿)から日常的に着信がある。そのほとんどが「一時保護よろしいですか?」というものだ。

 センターの担当者から伝えられる内容は様々だ。

 家から閉め出された本人が交番に来た、東京都の外からの家出、親との関係が上手くいかず、家庭内暴力を恐れた父親が家の戸を閉ざしている……。

「警察の方も一度は自宅に行って保護者と話したのですが、家には入れないと拒否されたそうです」

 話を聞いて妥当と判断した場合、彼は所長権限で保護を許可するのである。

■学校にも通えない、宙ぶらりんな子供たち

 保護所での子供たちの1日は次のようなものだ。

 6:45 起床と掃除
 7:30 朝食
 9:30 朝会、学習
 11:45 昼食
 13:30 運動
 16:40 入浴
 17:45 夕食
 21:00 日記記入
 21:30 就床

 地域社会から「一時保護」という形で引きはがされた彼らは、学校に通うこともできないまま、しばらくこのような日課に従って暮らす。

 だが、児相が通告を受けて子供を保護すると、保護者と激しい対立関係が生じることも当然ながら多い。話し合いが長引けば長引くほど、子供たちは宙ぶらりんの状況に置かれてしまう。先行きが分からないまま不安な日々を送るのは当の子供たちである。

「確かに彼らにしてみれば、全く自由なところから生活に制限のある保護所に来るわけですから、『保護所はきつかった』という感想は正直なところでしょう」と大浦は言った。

「でも、私としては、それでもいろんな多様な体験や成功体験を、一つでもいいからここにいる間にさせてあげたいんです。食育を取り入れたり、クリスマス会をしたりというのもその試行錯誤の一つでして」

■“相談”から“介入”へ――変わる児相の仕事

 大浦は1978年、18歳で都庁へ事務職として入庁した。法政大学法学部の夜間部に通いながら、障害者の就労支援を行う福祉作業所に勤務。以後、児童養護施設の管理係や女性相談センターを経て、日野養護園の園長、立川児童相談所長といったキャリアを歩んできた。足立児童相談所長になったのは2013年の4月からである。

「なんというか、ずっと社会の歪みの部分を見続けてきた、という思いがあります」

 東京の児童相談所は、終戦直後の浮浪児対策に始まり、障害を持った子供たちと親への支援、1980年代の非行少年・少女への対応と、都市における子供の課題を時代ごとに映し出してきた存在でもある。

 大浦が初めて勤め出した頃はまだ、18歳未満の知的障害の判定(愛の手帳)、養育困難の家庭や不登校、非行などの相談を、やって来た保護者から受け付けるのが主たる仕事だった。

 しかし、2000年に児童虐待防止法が制定されて以来、彼らの仕事は近隣住民や警察、学校などからの「虐待通告」を受理し、積極的に家族への“介入”を行うものへと変わった。

■増え続ける通告、追い付かぬ職員数

 日本社会が児童虐待という問題を「発見」したのは、1990年代のことだと言われる。川崎二三彦著『児童虐待』によれば、児童虐待防止協会の発足と「子どもの虐待ホットライン」が開設されたのが1990年。翌年には東京で「子どもの虐待防止センター」が設立され、電話での相談を受け付けるようになった。この時期から相談の中の「児童虐待」の割合は、年を追うごとに増していく。「虐待」の定義や社会の受け止め方が変化し、これまで見えなかった問題が可視化されたからである。

 児童虐待防止法の改正の度にその傾向は加速し、いくつもの虐待死事件の報道も相まって、「虐待が疑われるケース」での通告も勧められるようになった。2000年度は1940件だった東京都の被虐待の相談受理件数は、2015年度には1万619件と5倍以上になっていまも増え続けている。

 彼らは厚労省の通達によって、通告があった際は48時間以内に子供の無事を確認する必要がある。東京都の市区町村には子ども家庭支援センターという相談機関もあるが、結局は多くの通告が児相に持ち込まれているのが現状だ。

 足立児童相談所には2015年度、1197件の虐待通告があった。

「昨年度から虐待への対応に特化した『初動班』も作りましたが、増え続ける通告に職員の数が追い付いていません。昔のように子供というのは地域が見守るもので、児相は言葉通りの相談所という時代が懐かしいです」

 と、大浦は話す。

■母親にしがみつく小さい子―迫られる一時保護の判断

 隣近所で幼児の泣き声が聞こえるという「泣き声通告」、児童に傷や痣があるという学校からの連絡。夜間の置き去りや多子家庭における父親の暴力。子供の前での激しい夫婦喧嘩(面前DV)……。

 ゴミの山の中に赤ちゃんがいて間違えば踏んづけてしまいそうな家があれば、動物の糞尿だらけの部屋に寝ている子供もいる。隣の部屋から泣き声が聞こえると言うので向かってみると、7、8歳の子供がベビーシッターのように幼児の世話をしていた例も1度や2度ではなかった。

「私たちも保護をしたくて保護をするわけではありません。なるべくなら、親のもとで育てさせたい。でも、その子の命が危険に晒されていると判断すれば、やはり1度は切り離して安全を確保し、保護者と話をしなければならない」

 一時保護の現場では、「小さい子はかわいそうです」と、彼は続ける。

「子供が母親にしがみついているのを、引き離さないといけない時もあります。保護が必要な小さなお子さんの家庭は、普段から親御さんがいないことが多いので、我々が行くと彼らはかえって強くしがみつく。親に見捨てられたら困る、という気持ちが伝わってくるんです」

 果たしていま一時保護を行うことが、その子にとって正しい選択なのかどうか。そんな迷いが心に生じる瞬間である。

 2017年05月20日   文春オンライン


第23回夏季デフリンピック競技大会サムスン2017日本代表選手として所属選手3名が出場決定!

2017年05月21日 11時11分21秒 | 障害者の自立

 2017年7月18日から30日までトルコのサムスンで開催される「第23回夏季デフリンピック競技大会サムスン2017」 に、当社所属のチャレンジド・アスリート 3名の出場が決まりましたので、下記のとおりお知らせいたします。  デフリンピックとは、 4年に 1度開催される国際ろう者スポーツ委員会が主催する、ろう者の国際スポーツ大会です。 当社では2010 年より聴覚障がいのアスリート支援を積極的に行っており、現在3名の選手が所属しています。 

 

現在 32 歳。東京都出身。デフリンピック3 大会連続出場。400 メートルハー ドルの日本記録保持者。 

●主な戦績
2016 年 第13 回日本聴覚障害者陸上競技選手権大会 400m ハードル 1位
2013 年 第22 回デフリンピック(ブルガリア) 400m ハードル 7位入賞 

●競技日程
400m ハードル 7月26日~27 日/4×400m リレー 7月28 日~29 日  
 ●コメント
2009 年台北デフリンピック、2013 年ソフィアデフリンピックを経て、三度目のデフリンピック出場です。これまで国際 大会ではアジア大会と世界選手権ではメダル獲得を達成していますが、デフリンピックのメダルと世界一の称号だけは まだ獲得できていません。今大会では、三度目の正直ということで、世界一になることにこだわりたいと思っています。 持ち味の前半のスピードを活かして、最後の最後まで逃げ切りたいと思います。応援よろしくお願い致します。 

三枝浩基(陸上)

●主な戦績
2016 年 第13 回日本聴覚障害者陸上競技選手権大会 100m 3位
2013 年 第22 回ソフィア夏季デフリンピック大会 100m 8位入賞、 4×100mリレー 6位入賞 

●競技日程
4×100m リレー 7月28 日~29 日  

●コメント
2 大会連続のデフリンピック出場となりますが、個人種目の 100m は残念ながら参加標準記録には届かず、4×100m リレ ーとして出場することになりました。今大会では、前回よりハイレベルな激戦になるかと思いますので、メダル獲得を 目指し、万全な状態で臨めるよう、頑張ります。  
第23回夏季デフリンピック競技大会サムスン2017 日本代表選手として所属選手3名が出場決定!

現在 23 歳。佐賀県出身。デフリンピック2大会連続出場 50m 背泳ぎの世界記録保持者で前回デフリンピックの金メダリスト。 

●主な戦績
2016 年 2016 ジャパンパラ水泳競技大会 50m 自由形 日本新記録、 100m 自由形 日本新記録、100m 背泳ぎ 大会新記録、 200m 個人メドレー 大会新記録 2013 年 第22 回夏季デフリンピック競技大会 50m 背泳ぎ 金メダル 100m背泳ぎ 銀メダル、200m背泳ぎ 銀メダル  
 
●競技日程
50m 背泳ぎ 7月20 日 /100m背泳ぎ 7月25 日 /200m背泳ぎ 7月22 日 /4×200mフリーリレー 7月21 日  4×100mメドレーリレー 7月24 日 /4×100m フリーリレー 7月26 日 
 
●コメント
今回で 2回目のデフリンピックに出場させてもらう事になりました。前回のデフリンピックでは、初出場で独特な雰囲 気がある中で、世界ろう新記録を更新し金メダルを獲得することができました。今回のデフリンピックは、前回の成果 によって周りからの期待と応援の声が増え、より一層プレッシャーを感じています。今回も世界ろう新記録を更新し、 金メダルを獲得します。応援よろしくお願いします。  

■デフリンピックとは
身体障害者のオリンピック「パラリンピック」に対し「デフリンピック(Deaflympics)」は、ろう者のオリンピックと して、夏季大会は1924 年にフランスで、冬季大会は1949 年にオーストリアで初めて開催されています。 なお、デフリンピックへの参加資格は、音声の聞き取りを補助するために装用する補聴器や人工内耳の体外パーツ等(以 下「補聴器等」という)をはずした裸耳状態で、聴力損失が55 デシベルを超えている聴覚障害者で、各国のろう者スポ ーツ協会に登録している者とされています。また、競技会場に入ったら練習時間か試合時間かは関係なく、補聴器等を 装用することは禁止されています。 

全日本ろうあ連盟スポーツ委員会 デフリンピック啓発サイト https://www.jfd.or.jp/deaflympics/index.php  

■エイベックスの障がい者アスリートへの取り組み
エイベックス・グループは障がいがありながらもトップアスリートとして世界で活躍する選手たちを積極的に、雇用・ 支援しています。車いすテニスを始め、車いす陸上、柔道、水泳、スキー、を含む計9つの競技で現在12名+1チーム の選手がエイベックス・チャレンジド・アスリートとして活躍しています。 所属選手、出場大会などの詳細はこちらをご覧ください。 URL:http://www.avex-athlete.jp/ 
 
2017年5月19日   PR TIMES (プレスリリース)

特別支援教育でのICT活用にマイクラも…つくば市立春日学園

2017年05月21日 11時01分58秒 | 障害者の自立

 5月17日から3日間、東京ビッグサイトで行われている教育分野日本最大の専門展「第8回 教育ITソリューションEXPO(通称、EDIX:エディックス)」。企業、団体が製品を展示すると同時に、会場では文部科学省や教育関係者らが登壇する講演や専門セミナーも行われている。

 18日午後3時から行われた教育ITソリューション専門セミナーの小中高校コースでは、つくば市立春日学園義務教育学校教諭・特別支援教育コーディネーターの山口禎恵教諭が登壇。「ICT活用でひとりひとりに合う学びを実現~児童・生徒の出来る!を引き出す~」というテーマで、同校での特別支援教育におけるICT活用の事例とその効果について語った。

◆マイクロソフト認定 教育イノベーターに選出

 春日学園義務教育学校は、施設一体型小中一貫校として平成24年度に開校。平成28年度より春日学園義務教育学校という名称になった。「Microsoft Showcase Schools 2016」に日本代表3校のうちの1校に選ばれ、平成28年7月には文科省より情報教育推進校(IE-School)にも選ばれるなど、ICT活用において先進的な公立小中一貫校だ。

 特別支援教育でのICTに関わる研究においては、平成26年度から27年度にDO-It Japanアクセシブルテストプログラム実証研究、平成27年度にはWindows クラスルーム 協議会のICTを活用した合理的配慮実証研究を実施。山口教諭は、平成28年から29年度「Microsoft Innovative Educator Experts(マイクロソフト認定 教育イノベーター)」に選ばれ、平成28年度には「Minecraft Education Edition」を使用した授業を公開するなど、特別支援教育でのICT活用に積極的に取り組んでいる。

◆読み、書き、不安、場面緘黙…個々の困り感はさまざま

 山口教諭は、支援学級の生徒がかかえる「困り感」は多岐にわたり、「読み」「書き」「算数」での困難から不安を感じ、登校渋りや場面緘黙(かんもく)、問題行動などが見られるケースがあるという。さまざまな「困り感」が重なった生徒たちであるとし、支援学級ではどのようなICT活用ができるかを考え、ひとりひとりの特性によって、どのような手立てをしてきたかを「オーダーメイドのICT活用事例」として、5名の生徒を例に実際に使用した教材を紹介しながら説明した。

◆「読みの困難」Aさんのオーダーメイド例…聞いて覚える

 「読みの困難」が見られるAさんは、読み書き障害の疑いと自閉症スペクトラムの特性があり「100点がとれないならテストを受けない」と、2年生からテストを拒否するようになったという。読みは苦手だが、聞いて覚える力があることから、山口教諭がPowerPointで音声読み上げテストを作成し、タブレットを用いた音声読み上げのテストで取り組んだ。読むテストでは20~30点だったところ、60点以上をキープしたという。国語が得意科目になった、と生徒自身も話すようになり、成果を得ることができたと説明した。

◆「書きの困難」Bさん、Cさんのオーダーメイド例…視覚から情報、答えを話させて代筆

 「書きの困難」が見られるBさんは、想像力が豊かなことから、漢字を書かずに覚えられる方法を考案。漢字を覚えるための「お話しづくり」を行い、PowerPointのアニメーション機能で復習も行えることから漢字テストの点数が上昇傾向になったと成果を説明した。

 同じ「書きの困難」が見られるCさんは、書字障害の疑いと自閉の特性もあり、書くことに時間がかかるという理由から授業や宿題への取り組み意欲が低下、授業中に腹痛を訴えることが多くなり、徐々に学校へ来ることを渋るようになったという。CさんはWISC(知能検査)の結果などからも耳で聴くよりも視覚からの情報の方が入りやすいことがわかり、書かなくても取り組みやすい型をPowerPointで作成。国語の文章作りでは、生徒には口頭で説明してもらい、教師が代筆し直接パソコンでPowerPointの型に打ち込んだ。その他、生徒に絵文字を書かせて説明させるなど、構造化を図ることで1日の流れや見通しを持てるようになり、不安愁訴が激減し、毎日登校することができるようになったと話した。

◆「場面緘黙」Dさん、Eさんのオーダーメイド例…読み上げ音声や好きなマイクラで自立活動

 「場面緘黙」が見られるDさんは少人数の支援学級では活発に話すが、自閉症の特性もあり、場所が変わっても同じクラスの子がいる場合は話さない、というこだわりがあった。人と関わりたい思いは強いことから、コミュニケーションアプリ「たすくボイス」を使用し、読み上げ音声で自分の意見を伝えられるよう手立てを講じた。2年間継続した現在は朝礼などで先生に呼びかけられたときに、アプリを使って返事ができるようになったと説明した。

 同じ「場面緘黙」が見られるEさんは、教室では挨拶のみで、話したいことがあるときはノートに筆談する状態だった。支援学級にも入っておらず、話したいのに話せないストレスからか、家では親にあたるなど、家以外に安心できる場がなかったことから、好きなゲームを通じ、支援学級で心を許せる仲間をつくる手立てを講じた。

 Minecraftが得意な異学年の少人数グループを特別支援学級でつくり、Minecraft Education Editionを使った自立活動に取り組んだところ、Eさんは筆談や定型文の読み上げ音声を利用し、「手伝ってほしい」「駅がつくりたい」「もっと線路をのばしたい」などと自己主張をするようになったと説明した。

◆通常学級では恥ずかしさを感じる生徒も

 「書きの困難」なBさんは、通常学級でも書くことを軽減し学習に集中できるよう、黒板の板書を撮影・印刷しノートに貼るという手立てを講じたところテスト点数も上がったが、「みんなと違うことが恥ずかしい」と撮影をしなくなったという。「みんなに障害者だと思われるからいやだ」と通常学級でのタブレット利用に抵抗が強い生徒もいることから、通常学級で他の生徒たちもタブレットを持たせたところ、自分だけが特別ではないと認識し、タブレットの利用を受け入れるようになったと話した。

◆今後の課題はユニバーサルな環境づくり

 山口教諭は、ひとりひとりの「困り感」に合わせてオーダーメイドのICT活用を継続するためには、支援学級担任が変わっても同じ支援を継続できる体制づくり、どんな先生でも使えるICTが必要と話した。また、支援もずっと同じものではなく、成長に合わせて柔軟に変化させていくこと、家庭でも使えるように、指導者から保護者にもICT活用についてこまめに連絡を取り合うこと等を課題にあげた。小学校から中学校、高校へと進学する際にも、合理的配慮の取り組みの成果を、学校と家庭で共有し、引き継いでいくことが重要と話した。

 山口教諭は、子どもひとりひとりの特性を受け入れ、「目が悪い子どもが眼鏡をかけることと同じように、この子にはタブレットが必要」と共感できるユニバーサルな環境づくりが、通常学級や学校で大切なこと、と締めくくった。

2017.5.19    リセマム