独身、一人暮らしについてあれこれ考えている当欄宛てに、大阪の直美さん(37)から便りが届きました。(編集委員 森川暁子)
〈私も独身で、今年で37歳。きょうだいと一緒に親と同居して、なんとか助け合いながら暮らしております。29歳の時に発達障害だということがわかり、結婚するかしないか、今でも迷っています。
現在、アルバイトの身で、経済的に苦しい事もありますが、発達障害特有の「顔の表情が読み取れない」ことや、「気がつくと相手を怒らせてしまう」ということがあったりして、「やっぱり無理かなあ」と思ったりします〉
直美さんを訪ねました。
いつか家庭を築くものだと……
幼いころから友達の輪に入らない子だったそうです。本が好きで、友達の家に行けば、その子のことより、その家の本棚にある本のことで頭がいっぱいになりました。活字に親しんできたせいか、直美さんの文章はわかりやすく書かれています。
高校を卒業して工場に就職しましたが、製造ラインでぼんやりしてしまい、9か月で退職。その後は祖母の介護などをしていました。
発達障害(アスペルガー症候群)の診断を受けた後は、事情を理解してくれるスーパーで、カートを片づける仕事に就きました。体調を考慮した短時間のアルバイトで、障害年金を合わせて、収入は月に10万円ぐらいです。
いつか結婚して家庭を築くものだと思っていたし、親にも早く結婚をと言われていたそうですが、障害がわかってからは、どうしたらよいかわからなくなりました。
心に決めていること
〈かかりつけの精神科の先生にも相談しないといけません。(結婚するなら)同じ障害を持つ方との方がいいかなあと思ったりしますが、発達障害者専用の婚活はなかなかないもので、出会いもありません。
ただ、心に決めている事があります。気がつくと相手を放っておいて自分勝手な行動ばかりしていたり、自分一人でいる方が楽しかったり、世間の体裁をとりつくろうことや、肩書にとらわれていることがあったら、結婚はやめておこうという事です〉
直美さんは、話をしながらノートに大きな円を描き、縦線で半分に区切りました。結婚へのあこがれと、無理だと思う気持ちは半々です。
手紙には、こんな文面もありました。
「赤毛のアン」マリラおばさんって、いいな
〈人口の減少はどうしても気になりますけれど、自分の障害が原因で相手を苦しめてしまうのは、本当につらいし、いけない事です。
でなければ、このまま、同じ障害を持つきょうだいと力を合わせて「赤毛のアン」に出てくるマリラとマシューのように暮らしてゆくのもいいかもしれません。アンのような子が、うちにも来てくれるかどうかはわかりませんが〉
モンゴメリ作の「赤毛のアン」で、施設から来た少女アンを引き取って育てるマシューとマリラは、未婚の兄妹です。直美さんは子供のころ、この本をアンの視点で読みましたが、今は、結婚しないで子供を育てるマリラたちに、とても興味を引かれるそうです。実は、私も同じ事を考えたことがありました。(現実的には難しそうですが)
〈もしも、子供ができなかったら、何か一つ、「世の中の役に立つもの」を作っていきたいと思っています。それが何なのかは、自分でもまだよくわかりませんが、これからじっくり考えていくつもりです〉
ごきょうだいにも障害があり、心配事は尽きませんが、仲はとてもよいそうです。直美さんはこんな風におっしゃいました。
「乗り合わせた宇宙船みたいなもので、この乗組員でやっていくしかないのかもしれない。でも、ステップアップができるように、これまでの生活から、少しずつはみだしてみようと思います」
「お互いに、ぼちぼちいきましょうよ」。別れ際、直美さんはそう言って、私をはげましてくださいました。
◆アスペルガー症候群 人との意思疎通が苦手で、特定のことに強くこだわるなどの特徴がある。先天的な脳機能障害が原因とされる。
別文化と理解し、つきあう
早稲田大の梅永雄二教授(発達障害臨床心理)の話「定型発達(健常)の人と、あるいは障害がある人同士で結婚をして仲良くやっているケースはありますが、不安になる気持ちもよくわかります。アスペルガー症候群への理解がもっと広がることが重要です。治療すべきものではなく、いわば別の文化を持った人たちだ、という見方ができます。違って当たり前と考え、求め過ぎず、その人自身をよく観察してつきあう。実はアスペルガー症候群の人に限らず、これはあらゆる人との関係にいえることです」
何か一つ世の中の役に立つことを
前回の「パンダおばさん」へのご感想をいただいています。大阪市淀川区の住職、服部隆志さんは〈「どこの誰だか知らないけれど、誰もがみーんな知っている」は、月光仮面の主題歌です。普通のおっさん、おばちゃんが変身して誰かを救う、そんな変身願望って、あると思います〉と書いてくださいました。ありがとうございました。
本日は、お便りをもとに、発達障害がある直美さんの思いを聞きました。〈子供ができなかったら、何か一つ世の中の役に立つことを〉という言葉が胸に響きます。そんなことを考えたことがある人は、少なくないと思います。
克服すべき課題とされる「少子化」も「高い生涯未婚率」も、つぶさにみてみれば、直美さんを含めた大勢の、迷いや葛藤が積み重なった結果なのかも、と思いました。
直美さんが今後、どんな出会いをされ、どう決断なさるのかは、まだわかりません。でも、そうです、ぼちぼちまいりましょう、お互いに。
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障害者カップルが理解を深めあう日々を描いた「ボクの彼女は発達障害」。直美さんは、「この作者みたいに優しい人がいたらいいな」と(大阪市北区の「ムートンオット」で)
2016年05月26日 Copyright © The Yomiuri Shimbun