人間の、究極の幸せとは何なのか。知的障害者の雇用に取り組み、ベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』やトーク・ドキュメンタリー番組『カンブリア宮殿』で注目されたリーダーの哲学が、「幸せ=経済成長」ではないことを教えてくれる。
--『カンブリア宮殿』の放送(2008年11月)後、大きな反響があったそうですね
「私が大切にしてきた『人間の究極の幸せ』=表=についてお話ししたら、放送直後から500通ものメールが会社に届きました。半数以上が現役サラリーマンの方で、『元気が出ました』といった感想が多かったです。((1)以外の(2)~(4)は)働くことで得られるため、実際に働いてる世代には特に響いたのでしょう」
--4つの幸せは、いつから大切にされているのでしょうか
「1960(昭和35)年に知的障害者の雇用を始めてまもなくの頃、禅のお坊さんから教わりました。最初は『働くことを知らずに施設で一生を終えるのはかわいそう』という同情で始めた障害者雇用でした。でも、この言葉を知ってから、『チョーク屋ではたいした会社になれっこないから、多くの障害者が働けるために頑張ってみようか』と考え直したのです」
--字が読めない知的障害者を生産ラインで活用するのは大変なことです
「字が読めなくても、ものを判断できるのはどんなときか考えました。たまたま交通信号を渡る姿をみて、色の区別はできると分かった。そこで、材料の計量を色で区別できるようにしました」
--どのように?
「てんびんで計量するとき『○・○キロにしなさい』といっても目盛りが読めないからできない。そこで、材料を量る缶を赤や青に塗り、赤の缶なら赤のおもり、青の缶なら青のおもりで釣り合わせるようにしたのです。持っている理解力に合わせて作業を組み立てれば、従業員は安心です。安心だから余計に集中できる。そうすると、健常者よりも飽きずに集中して打ち込み、その姿は、周囲に訴えかけるものすらあります」
--大学は法学部でした
「日本国憲法も学びましたが、その中に、『すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う』とあります。一人前に働けないから働かなくていいよ、というわけではない。誰もが、幸せのもとになる働く義務がある。『働』という字は人偏に動ですから、『人のために動く』と読めます。誰もが、人のために動く義務があり、そのなかで幸せを得ていくのです」
--これからの経営戦略は?
「ホワイトボードの普及や映像機器の多用により、チョークの消費が減りました。そこで開発したのが、家庭で子供が遊べるよう、ガラス窓に描けて拭けば簡単に消えるチョーク『キットパス』。窓外の木々や小鳥を直接みながら描けば五感を強く刺激され、3歳児までの教育にとてもいいそうです」
--各家庭をターゲットにすればかえって商圏は広がります
「そう。それと、商品名のゴロがいい。『きっと、パス(合格)する』とかけて験(げん)を担ぎ、受験生にプレゼントする方も徐々に増えています。これから『キットパス』を主力商品にしていきたいですね」 (久保木善浩)
【会社メモ】文房具製造。1937年創業。本社は川崎市高津区。資本金2000万円。2010年12月期は売上高約5億7500万円。従業員数74人で、うち55人が知的障害者。主力商品は、ホタテの貝殻を再利用した粉の出ない「ダストレスチョーク」。小中学校などで使われ、国内トップのシェア30%を占める。
■おおやま・やすひろ 1932年11月15日生まれ、78歳。東京都出身。中央大法学部卒業後、病身の父を継ぐため日本理化学工業に入り、専務として実質的経営に携わる。養護学校から2人の知的障害者の就業体験を受け入れたことをきっかけに、60年から本格的な障害者雇用に取り組む。74年、社長に就任。75年、労働省(当時)の融資を受け、日本初の知的障害者多数雇用モデル工場を建設した。2008年に会長。著書に『利他のすすめ』(WAVE出版)など。
■人間の究極の幸せ
(1)人に愛されること
(2)人に褒められること
(3)人の役に立つこと
(4)人から必要とされること
【趣味】ゴルフ。ハンディは最高で14。20代後半から続け、「自分ひとりの責任ででき、結果も自分の責任、というところが好き」。
【家族】妻と長女、次女、長男(現社長の隆久氏)
【お酒】学生時代はビールをグラス1杯で真っ赤になったが、社長就任後、地方出張の機会が増え各地の地酒を飲むうちに慣れていった。「アルコールを入れると気分転換ができ、疲れも多少とれてよく眠れる。お酒が好きになってよかったな、と思っています」
【“仲人”は富士山!?】知人の紹介で付き合っていた彼女と富士山登山に。頑張って登る姿をみて、「これなら一緒にやっていけるかな」と思い、62年に結婚。富士山は思い出の地ということもあり、お酒はウイスキー『富士山麓』を好んで飲む。
【睡眠時間】二度寝を含めて合計で6~7時間。夜中の1時半ごろに必ず目が覚めるため、ウイスキーを軽く飲みながら書類の整理などをする。「ウイスキーと一緒に飲む水がとてもおいしく感じます。夜中のウイスキーはかえって頭が冴え、考えごとをすると結構なひらめき、気付きがある。そのうちにまたウトウトと眠くなって布団に戻ります」
【心に残った一冊】壺井栄の名作『二十四の瞳』。若い頃、学校の先生になりたいと思わせた本だった。「『教育者は心の芸術者』という言葉に心を打たれました。芸術者として人間の心を美しくする。そういう人になれたらいいな、と思ったのです」
【尊敬する人物】日本資本主義の父といわれる渋沢栄一。09年、健全な企業活動と社会貢献を行っている全国の企業経営者に贈られる「渋沢栄一賞(第7回)」を受賞している。
【健康法】ぬるめのシャワーによる皮膚の刺激。湯船より5度低いシャワーを1分浴び、再び湯船で1分という手順を3回繰り返す。「皮膚に刺激を与えて皮膚を若返らせると、いい酸素を全身で吸い込める。もう30年以上やっていますが、おかげでカゼもひきません」
【「究極の幸せ」を解釈】「4つの幸せを言い換えると、人間は皆、愛されることを求めているのだと思う。愛されるために、まず、周囲に褒められる存在となり、人の役に立ち、必要とされるまで努力しなさい。そうすれば必ず愛されますよ、ということでしょう。じっと待っていても愛されはしません。自分から働きかけなければいけないのです」
【「共感脳」に注目】「脳のお医者さんによると、人間はみな、グループの中で役に立つと心地よさ、やすらぎを覚える『共感脳』を持っているそうです。これを前提に考えれば、人間の生き方、社会の仕組みも変わってくるのではないでしょうか」
日本理化学工業 大山泰弘会長
2011.11.15 ZAKZAK