「青い山脈」「若い人」は、昭和の人気作家石坂洋次郎の代表作である。
映画化もされた。
しかし、そのころ、風子ばあさんは、太宰治にかぶれていた。
♪ 若く明るい歌声にぃ ♪
には、そっぽを向き、にきび面で暗~い顔をして人間失格に没頭していた。
つまり、せっかく「高校生の石坂洋次郎宅訪問」に指名されても、
石坂洋次郎の小説はまったく読んでいなかったのである。
そういう生徒のところに話をもってきた教師も教師だが、
はいはいと承知した生徒も生徒である。
もう暗くなりかけた夕方、心きいた母親が言った。
「いくらなんでも、何か一冊くらい読んでから行ったほうがよくない?」
それから、近くの小さな書店に走った。
石坂洋次郎の本は「くちづけ」というのが一冊だけしかおいてなかった。
その夜、あわてて読んで、翌日、母のすすめにしたがいそれを持参して、サインしてもらった。
ちょっと恥ずかしかった。
大作家と何を話したのか、とんと覚えはないが、
その様子は記事になり、旺文社の高校時代という雑誌に写真いりで掲載された。
サインいりの「くちづけ」とともに 今も本棚のどこかにしまってあるはずである。