60年前の中学校、英語授業のことである。
新一年生の教室では、線のある帳面で、
大文字、小文字、筆記体のアルファベットの練習をしていた。
今の中学生なら、
「なんだよう、今ごろ、ABCなんて、冗談じゃねえや」
というところだろう。
なにしろ終戦直後のことである。
英語教師本人が、外国なんか一度も行ったことがないのが当たり前。
今なら子供でも、もう少しましな発音の イット イズ ペン がやっとのレベルである。
中に、トッポイ生徒が一人いて、手を上げた。
「先生、キッス オブ ファイヤーってどんな意味ですか」
先生は顔を真っ赤にして、家に帰ってご両親にお聞きなさい、と言った。
ふうん、と思って帰宅した風子は、
母ではわからないだろうからと、父の帰宅を待って、
「ねえ、キッス オブ ファイヤーってなんて意味?」
と真顔で聞いた。
父は真っ赤になって、そんなことは学校で聞け! と怒鳴った。
若い人には、作り話のように聞こえるだろうが、
キッスって何をするのか? 知らないのがふつうの子供たちだった。
昭和20年代の実話である。
嘘と思うなら、ジイサン、バアサンに聞いてみなさい。
ジイサン、バアサンは、今でもきっと顔を赤くするよ。