<鼻歌で散歩>

くも膜下出血で受け死にかけました。鼻歌を歌って散歩しながら体力つけて100まで生きるつもりです。

メダカはぼうふらを食べるのだろうか?

2005-10-12 09:36:23 | ガルマルの鼻歌で散歩
私の場合、庭仕事は春先に限られます。ハナモモとか、ウメの剪定やキュウリやトマトを植え付けたらお終いです。夏は、ほとんど手入れをしません。今年の夏で言えば、キュウリ、トマト、枝豆、ニガウリを収穫するために庭に出るくらいでした。

もちろん、暑さのせいもあるのですが、本当の理由は蚊です。蚊があまりにも多くて庭に出る気がなくなるのです。朝だと、両足に何十匹も来ます。まさにウンカのごとくです。家の中にもどると、足だけで数十ヶ所が蚊にやられています。西ナイルウイルスのこともあってあまり気持ちのいいものではありません。そんなこともあって、夏は庭に出ることが少なくなります。

子供たちはメダカを飼っている池のせいだといいます。池に、たくさんぼうふらが湧くから蚊が出てくるといいます。確かに、そうかも知れません。メカかを飼う前は、あんまり蚊がいなかったような気がします。

餌はほとんどあげていませんが、メダカは毎年子供を産んで増えていきます。かといって、どこかに逃がそうと思ってもメダカの安心して済める場所は近所にはありません。でも、これ以上、蚊に悩まされるのもごめんです。メダカをどうするか思案中なのです。

今日の鼻歌はごくうのだいぼうけんで

2005-10-11 13:25:54 | ガルマルの鼻歌で散歩
そおおんなやっつがごっくうのだいぼうけんおー
みったならばあ


というわけで、今日の散歩をしながらの鼻歌は、ごくうのだいぼうけんです。でも、日本人は孫悟空が大好きですよね。というより、シルクロードが好きなのかな。

つうきのお さあばあくおお
はあるう ばあるうとお
たあびのらくうだがあ
いいきいまあした

中央アジアの砂漠にもあこがれがありますね。これは、私が彝族の子孫ということに関係があるかも知れません。たぶん、砂漠とか草原というのは、日本の湿った気候に比べると過ごしやすいのではないでしょうか。そんな故郷の思い出が、シルクロードとか、砂漠好きに繋がるのかも知れません。

そんなわけで、今日の散歩は、しっかり歩き5442歩で、42分でした。129歩/分です。

パキスタンで地震が起きた

2005-10-11 08:36:54 | ガルマルの鼻歌で散歩
パキスタン北部で地震です。昨日、WOWOWでガンジーを見たこともあって人事ではありません。

5000万年前にインド亜大陸がユーラシア大陸にぶつかったらしいのです。その結果できたのが、ヒマラヤ山脈をはじめとする高い山です。雲南省やラオスの山岳地帯もその影響なのでしょう。たしかに、ラオスにも、サンゴ礁が起源だろうと思われる石灰岩があります。これは、インド亜大陸がぶつかった時は、ラオスのような内陸の国でも海岸沿いにあった証拠だと思います。5000万年前の衝突が今でも、パキスタンの地震を引き起こしていると思うと、人間を超えたはるかな歴史に思いを馳せてしまいます。

地震の多いパキスタンの建築基準は地震の少ないイギリスのものをそのまま使っているのだそうです。そんなことが、大惨事になったと思います。イギリスは宗主国として、パキスタンの地震による大惨事の責任があると思いますね。

ところで、話は変わりますが、WOWOWで映画「ガンジー」を見ながら思ったのですが、インド、パキスタンの独立の時の宗主国がイギリスで良かったですよね。理屈が通じますから。ロシア、アメリカ、中国だったらいきなり爆撃されていたかも知れませんね。最近のイラクの状態を思うと、ガンジーのような高潔な人の存在が必要だと思います。

朝からガンジー

2005-10-10 11:15:39 | ガルマルの鼻歌で散歩
今日は朝からWOWOWのガンジーを見てしまいました。ガンジーのことは色々ニュースなどで聞いていたはずなのに、知らないことがたくさんありました。ガンジーが生きていたら、今のインドをどう思うのかなと勝手な夢想をしてしまいました。

私は、中国の現実主義より、インドの夢想的なところが好きです。そういえば、子供のころ、インドがはやっていました。ビートルズを初めとするロックミュージシャンも、インドにはまっていたことがありました。ジェファーソン・エアプレインに代表されるサイケデリックというのは、インドの影響をもろに受けていたと思います。

でも、今のインドは思想大国をやめたのでしょうか。インチキそうな思想家がたくさん出たあと、IT国家に変貌していくのでしょうか。中国の栄華は長く続かずにインドに移っていくのでしょうか。私としては、インドの時代が早く来ると面白いなと思っています。インドが現在の閉塞感の突破口になって欲しいと思います。

テロがなくなるために

2005-10-09 22:23:10 | ガルマルの鼻歌で散歩
岩波新書の「サウジアラビア」という本を昨日、シーテックに向う列車の中で読みました。たとえば、サウジアラビアの女性は車の運転ができないそうです。車の運転をして一人で外に出かけると、自分の夫以外の男と出会う機会が増えることがいけないのだそうです。サウジアラビアで行われている教育では、異教徒は撲滅すべきもので、さらに同じイスラム教徒でも自分たちと違う宗派は撲滅すべきものになります。自分たちと違う人間に対する許容度が極端に低いのです。

たとえば、東南アジアのイスラム教は、全く違います。インドネシア、マレイシア、ブルネイが主なイスラムの国ですが、どの国も異教徒の存在を認めています。女性が車を運転することも問題ありません。女性が車を運転することを禁止したら、暴動が起きるでしょう。

この三国の中で一番、イスラム教の戒律が厳しいブルネイでさえ、異教徒がアルコールを飲むのは許されています。もちろん、ブルネイではホテルをはじめ、公共的なところではアルコールを飲むことはできないし、アルコールを売っている店も国内にないので、飲もうと思っても簡単なことではないのですけれど。

この「サウジアラビア」という本を読んで一番に感じたのは、先進国が石油に対する依存を少なくする必要があるのではないかということです。この国が石油という不労所得で存続しているうちは、本当の幸せは来ないのではないかという気がします。

シーテックへ行ってきたのです

2005-10-08 19:51:49 | ガルマルの鼻歌で散歩
武蔵野線から京葉線に乗り換えて幕張メッセで開催中のシーテックに行ってきました。ちょうど、ロッテと西武のプレーオフのお客さんもいて、海浜幕張駅は大混雑でした。

シーテックは家電メーカーの見本市みたいなものでソニー、パナソニック、シャープ、東芝といった主要なメーカーがブースを作って色々なプレゼンをやっていました。特に、ハイビジョンに各メーカーが力を入れていました。次世代DVDも二つに分かれて展示していました。

それにしても、血圧を薬なしで下げる家電なんてできないのでしょうかね。もう、少し生活感のある家電も見たかったな。

大きな息をすると血圧が下る?

2005-10-07 09:45:45 | ガルマルの鼻歌で散歩
「高血圧は薬で下げるな! 」という本を昨日、紹介しました。よっぽど高い血圧の人以外は、生活習慣を改めるだけでいいという内容の本です。

その本の著者が勧める生活習慣の改善の中には、大きい息をするというのがあります。確かに、血液は酸素を身体の隅々に届ける役割があります。だから、少ししか息をしないと、一回でたくさんの血液を送る必要があります。そこで、必然的に小さい息しかしない人は血圧が高くなる傾向があるんでしょう。

ちなみに、私は肺活量が5000CCあります。大人としては大きいほうなので、あまり大きな息をしていませんでした。いつも、小さくしか息をしなかったので、酸素が身体の隅々まで届かなかったのかも知れません。それで、血圧が高くなっていたのかも知れないなあと反省しています。この頃は意識的に背中を伸ばして大きな息をするようにしています。おかげで、少しは血圧も下ってきました。

家で測ると低くても、病院に行くと高くなるんですよね。それ見たことかって、医者はすぐに薬を飲ませようとします。「高血圧は薬で下げるな! 」の著者によると、日本では、昔から使われていた信頼性の高い薬は安くて、新しい信頼性に問題のある薬は高いのだそうです。まあ、そんなわけで昨今の医者は儲けの多い最近の薬を飲ませようとするんでしょうね。

ただ、私は思うのですが、自分の身体に責任があるのは自分なんです。医者じゃないんです。医者から欲しいのは、「大丈夫ですよ」の一言です。そんな簡単なことでいいのです。

血圧が高いから薬を飲めと高圧的にしゃべる医者には本当に辟易します。そんな医者の相手をするだけで、血圧は20も30も上がります。そうすると、「ほら、お前の態度が悪いから血圧が上がるんだ。俺の勧める薬を飲め」てな感じで威張りくさる医者の多いこと。

京都大学の先生と話す機会があったのですが、一昔前は理学部に多かったノーベル賞候補は、今は医学部に多いそうです。なぜかというと、医学部の偏差値は理学部よりも高いので、全国の秀才が医学部を目指すようになったからだそうです。医者としての適性よりも、受験生としての適性のほうが優先されるのです。だからといって、受験勉強を否定するわけではありません。受験勉強のできる人は、ノーベル賞がもらえる研究ができるくらい優れているのだと思います。

ただ、医学的知識の少ない私たち患者にできることは医者というものをきちんと認識することです。つまり、医者は受験勉強の勝者だということです。その辺の自尊心をうまく刺激しながら、降圧剤をもらわないで済むようにしなければいけないのでしょう。病院は医者にとっては、唯一、わがままのいえる場所なのですが、患者にとっては自己鍛練の場と思わねばなりません。もう、中年の私も、まだまだ、未熟者です。傲慢な医者に会うと、つい生意気なことを言ってしまいます。反省しなければいけません。これからは、病院を精神修業の場とすることにしましょう。そんな医者が現れても、我慢して最後は自分の主張を通すようにしなければいけないと思うのです。

健康とは何か?

2005-10-06 09:02:31 | ガルマルの鼻歌で散歩
健康を定義するというのは難しいと思います。広辞苑には「 身体に悪いところがなく心身がすこやかなこと」とあります。まあ、病気でなければ健康ということでしょうか。でも、本当は、病気と健康の境なんて、はっきりしないのではないのでしょうか。

たとえば、最近の研究では、少し肥満のほうが長生きできることがわかっています。そういえば、長生きしている人は、何となく太っていますね。がりがりに痩せている人なんて、あまりいないかも知れない。少し肥満の人って、おいしいものを食べて幸せなのかも知れない。それに、多少、なんかの病気があるほうが長生きできるのかも知れないのです。

今は、家庭で測った血圧が最高120以上で、最低が80以上だと高血圧にされます。でも、多少、高血圧の人のほうが長生きできるのかも知れない。

そうなると、健康であるということが、長生きできることと、必ずしも同じではないということです。となると、健康であることと、長生きすることと、人生において、どちらを優先したらいいのかということになります。

私は、多少、不健康でもいいから、長生きするほうがいいなと思うこの頃です。

血圧計を飼い馴らそう

2005-10-06 08:47:24 | ガルマルの鼻歌で散歩
最近、読んだ本に「高血圧は薬で下げるな! 」というのがあります。医者から高血圧を指摘されて悩んでいる人はぜひ、読むといいと思います。この頃の医者は高血圧の基準をどんどん下げています。それで、日本国民のほとんどを病気にして薬をどんどん売ろうという魂胆です。揚げ句の果てに、家庭で測った時は、最高120以上、最低80以上ならば高血圧になってしまいました。これでは、大半の日本人は高血圧です。

ところが、この本の著者は最高160、最低95を超えない限り薬は降圧剤は飲むべきではないといいます。生活習慣病に気をつけることで血圧を下げるべきだといいます。

これを、読んで私もほっとしたわけです。会社の産業医によればすぐにでも降圧剤を飲まなければ死んでしまうぞと脅かされていたのです。おかげで、医者の前で血圧を測るとどんどん血圧が上がってしまいます。ひどい時は最高が170を超えたことがありました。

この本のおかげで、私の血圧も下りはじめました。私が所持している血圧計が、この頃、ちゃんということをきくようになったのです。測る時の気分がいい時は低い値で出るようになりました。血圧計を飼い馴らすことが重要だということです。本を読んだだけで血圧が下るのだなと実感しました。まあ、病は気から、というのは本当のことなのですね。

年金は支えあう心?

2005-10-05 08:31:21 | ガルマルの鼻歌で散歩
日本の首相の国会答弁です。年金について聞かれて、「年金とは支えあう心」と答えていました。

この人の心の中には、「貧乏な人は年金で支えあってね、僕たちお金持ちは自分たちで何とかするから。だから、僕、年金なんて全然真剣に改革する気がないの」って、書いてあるような気がしました。

資本主義が持つプロパガンダですからしょうがないとはいえ、なんだか、お金があれば何でも決めていいという感じですね。お金を使って民衆の心さえ買うことができる時代なんですね。まるで、アメリカや中国みたいな国に日本もなっていくのでしょう。

まあ、政府に騙されないように、老後の蓄えをしとかなくちゃ。年金なんかに使うお金はないぞってか。

バリ島のような自爆テロはいつまで続くのだろう?

2005-10-04 11:49:02 | ガルマルの鼻歌で散歩
そういえば、何年か前にマル金、マル貧という本が流行りましたね。細かいことは忘れましたが、東京の金持ちというのはこういう生活をしているんだということを、東京以外に住む人間に教えてくれました。あの本は、まだ、金持ちにも貧乏人にも愛情が注がれていました。金持ちになるのも、貧乏になるのも、偶然なんですよね。たまたま、なった職業、住んだところでマル金とマル貧の差が出てくるんだと思ったものです。

ところが、この頃は勝ち組は金持ち、負け組は貧乏人と決められてしまいました。なんというか、負け組の人は何を言っても信用されないという感じですよね。

最近のマスコミも、小泉さんや小泉チルドレンといわれる気持ちの悪い集団に対して攻撃をしませんよね。勝ち組には手が出せない世の中になってきたのでしょうか。いわゆる閉塞感があります。なにをやっても、変わらない、何も変化は起きないぞという閉塞感です。

閉塞感を打ち破るために東京オリンピックを呼ぶんだという人がいましたが、あの石原さん自体が閉塞感を作っている人じゃないですか。金持ちのボンボンに生まれて才能豊かで作家になって、政治家になってしかも子供は全員、俳優や政治家になっている。勝ち組はやっぱり勝ち組になるんだという事実を見せつけてくれます。それが、他の平凡な人にとっては閉塞感になります。負け組は何をやっても負け組にしかなれないと思うのではないでしょうか。

田中角栄さんは中学卒業でも、首相になれるという夢を運んだと思います。ところが、小泉さんは政治家の息子に生まれ、大学も慶応を出て、しかも、政治家になるためのつなぎで仕事をしなくてもいい会社に勤めて首相にまでなった人です。だれでも、勝ち組しか勝ち組になれないんだという閉塞感を持ってしまう人です。良くいえば、安定しているのでしょう。勝ち組が勝ち組のままいられて、負け組は負け組のままいるという安定感が、いま、求められているのかも知れません。小泉さんの自民党が今度の選挙で圧勝したのも、みんなが安定を求めていたのでしょうか。

まわりに目を向けても、世界中が、安定という名の閉塞感に包まれてしまったような気がします。自爆テロも、あるいは、空気銃で人を撃って喜んでいるヤツも、殺人請け負いサイトを運営するヤツも、そんな閉塞感を打ち破るために間違った手段を使っているとしか思えません。1番の勝ち組であるアメリカも、負け組であるイスラム教徒に目にもの見せてやるとばかりに、アフガニスタンやイラクを攻撃しています。アメリカの考える安定を実現するためなのでしょう。

じゃあ、どうするんだ、ということになります。チェ・ゲバラのように革命を起こしますか。でも、あれだけ、自信を持っておこした革命で今でもうまくやっている国なんて少ないじゃないですか。ロシアも、中国も、北朝鮮も、革命という観点から見ると堕落した国になっています。革命というのは、「かくめえ、かくめえ、もうかくめえ、と思いつつ、つい股間に手が伸びる」千摺りみたいなものです。かきおわった時の虚脱感はむなしいものです。

じゃあ、革命以外にどうすればいいのだ。負け組が反乱を起こす時は来るのでしょうか。どうすれば、負け組がいじけずに済む世の中になるのか。私には、全然わからないのです。これは、閉塞感が蔓延している弊害かも知れません。もう少し考えたいと思います。

バリ島のは、やっぱり自爆テロだった

2005-10-03 09:20:26 | ガルマルの鼻歌で散歩
バリ島のテロは自爆テロだそうです。殺されたの異教徒か、堕落したイスラム教徒ですから、殺しても自爆犯の罪にはならないと思っているのでしょうか。あるいは、罪にならないとテロ組織の偉い人に言われたのでしょうか。日本でも、浅間山荘の時の赤軍はひどいことをしていました。あれと、似たようなものなのかも知れません。

インドネシアは第二次世界大戦後、宗主国のオランダ相手に独立戦争を戦い、独立を自力で勝ち取りました。だから、周囲の国に対しても優越感がありました。その証拠に、マレイシアのサバ州が独立する時も、サバはインドネシア領だといって軍隊を送っています。それくらい、強い国でした。

ところが、どうでしょう。今は、シンガポールはもとより、タイやマレイシアにも追い抜かれ、ASEANでも後ろのほうになってしまいました。以前の栄華は過去のものとなってしまいました。スハルト大統領の頃は軍隊が民衆を押さえ込んでいましたが、今は、そんな力はありません。

インドネシア、ブラジル、インド、面積の大きい国はどうしてもまわりの国々に対して、帝国主義者のように振る舞います。それは、アメリカが世界に対して帝国主義的な支配を行っていることの地域縮小版のようなものでしょう。そんな大きい国だというプライドをもっているのに、国の力がなくなったインドネシアは、これからも低迷を続けるのでしょうか。

民衆は他との違いを強調して分裂したがります。それが、アイデンティティというものに繋がります。スマップの曲でいう「No.1よりOnly1」です。この分裂する力を抑えて一つの大きな国を維持するには、帝国主義的な力が必要です。アメリカ然りロシア然りです。もちろん、インドネシアもです。さて、インドネシアのように、帝国主義的な力が衰えた国はどうなるのでしょうか。ちょっと、心配になります。

追伸 バリ島ではないものの12月にインドネシアに行かされそうなんだよな。どうやって断ろうかな。

バリ島でテロ

2005-10-02 17:34:26 | ガルマルの鼻歌で散歩
また、バリ島でテロだそうです。二ヶ所のうち一ヶ所はクタビーチでした。写真はクタビーチの夕焼けです。15年前の家族旅行の時に撮りました。写真の右下にいる人はトップレスで歩いているおねいさんです。娘といたのでちょっと困りました。

私たちは、にぎやかなクタビーチの反対側のサヌールビーチに泊まりました。それにしても、インドネシアというイスラム教の国にトップレスのおねいさんがいたりして、なんてふしだらなと思った覚えがあります。

ご存知のように、バリ島は最大のイスラム国であるインドネシアに属するものの、ヒンズー教徒の多い島です。イスラム教徒にとっては、異教徒は人間ではないので、バリ島の人間を殺すと神が喜ぶと思うのでしょうか。そうであれば、いままでテロを実行した人間達がみな、神の祝福を受けるのではなく地獄へ行っているのをみせるべきでしょう。

仏教の経典に「怒りは怒りしか生まない」とあります。怒りを持って対抗してもその怒りは自分に向ってくるだけなのです。私も、彼らがアメリカに代表される異教徒に怒りを感じるのは少しは理解できます。でも、それを爆弾で解決しようというのはアメリカと同じことをしているだけだと思います。アメリカとは異なる解決法をアジアの人間は示すべきだと思います。

ふー、今日は、まじめなことを書いてしまった。おかげで、体温が37度を超えてしまった。

ただのマーケット?

2005-10-01 11:54:44 | ガルマルの鼻歌で散歩
散歩中に見つけたチラシです。公園の木に貼り付けてありました。英語しかわからない人がこのチラシを見たら大急ぎで駆けつけるでしょうね。そんで、売っているものをただだと思って持っていこうとすると思います。こういう古典的な間違いはほほえましいですよね。

もちろん、このチラシを書いた人はただのつもりはなくて、きっと、蚤の市のつもりだったんだと思います。日本語はRとLの違いがほとんどないので便利なこともあります。だから、日本語でフリーマーケットと書けば問題なかったのです。でも、英語で書いてしまったので大変なことになったのだと思います。

FreeとFleaの違いなんですよね。どちらも日本語にすればフリーですが、英語では違いがあって、ただとノミになってしまいます。

でも、ひょっとしたらただで売っているマーケットかも知れないから行ってみようっと。