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『一週間』
井上ひさし 著
新潮社 発行
「最後の長編小説」、「『吉里吉里人』に比肩する面白さ!」というキャッチコピーに誘われて購入し、500ページを超える長篇を仕事の合間に、まさに「一週間」かけて読んだ。
今年4月に亡くなった井上ひさしさんの最後の小説である。
『吉里吉里人』の舞台は東北だったが、『一週間』ではシベリアの捕虜収容所が舞台である。
物語は敗戦間もない昭和21年早春に起きた、わずか6日間の出来事である。(最後の日曜日はおまけ)
満州でソ連極東赤軍の捕虜になった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に送られる。
ロシア語に堪能であったために、収容所内で発行される日本語のソ連宣伝紙の編集部で、脱走防止のパンフレット作りを依頼される。
脱走に失敗した軍医、入江一郎の手記をまとめさせ、脱走することがいかに辛く無意味なものかを知らしめるのが意図である。
ところが、入江から聞いた脱走体験は、辛いどころかバラ色だった。
堂々と列車に乗って移動し、行く先々で女性にもてる。「いいかげんにしろ!」と言いたくなるような「楽しい」逃避行だった。
その「ばかばかしい」脱走体験の途中で入江は、レーニンの友人と称する老人の世話になり、ついでにその娘からは夜の世話になり、さらについでに、若き日のレーニンの手紙を見せられる。
その手紙には、革命ソヴィエトからすれば、神とも崇められる(唯物主義のソ連に神はいないが)レーニンの権威を、根底から覆す内容のものだった。
というよりは、スターリン政権を脅かすものだったのである。
手紙を借り受けた入江は、せっかくの逃避行を放棄し、越境寸前で赤軍兵士に確保される。
小松と同じハバロフスクの収容所に送られた入江は、そこで小松から手記執筆のための取材を受ける。
そこで手紙は、入江から小松の手に渡ることとなった。
ソ連にとってはまさに爆弾を抱えたに等しい。
しかしそこには、日本語がわからないはずの若い衛兵が同席していた。
入江から手紙を託された小松は、その手紙をネタに日本への帰国を認めさせることを画策する。
しかし、ソ連の将校たちも一筋縄でいかない。
様々な手段で手紙を隠す小松に対し、脅したりなだめたり、果ては色仕掛けまで……。
そうして、レーニンのたった一枚の手紙は、ソ連の赤軍を大慌てさせる大事件に発展する。
そこここに井上ひさしらしい冗談とユーモアを交えながら、シベリア抑留所という暗いテーマの物語を軽快に進めていく。
主人公の小松修吉は元非合法政党の工作員で、そうとうな策士なのだが、ピリピリ、カリカリしたところが感じられず、ふつうのノホホーンとした「おじさん」にみえるところが「井上ワールド」なのだろう。
分厚さのわりには手軽に楽しめるが、「『吉里吉里人』に比肩する面白さ!」とはいささか言い過ぎだ。
『吉里吉里人』のような作品は、そうそう世に出るものではない。
しかし、井上作品のベストファイブに入ることは間違いないので、お薦めできる。
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