ひまわり博士のウンチク

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吉永小百合の『伊豆の踊子』

2012年06月19日 | 映画
 「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思ふ頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追つて来た。」

 この有名な出だしで始まる近代日本文学の代表とも言えるこの小説は、岩波文庫(1952年版)でわずか33ページの短編である。
 この小説を、教科書で読んだという人も少なくないだろう。しかし、この作品には、男女差別をにおわせる表現が含まれており、それは時代背景からすれば不自然ではないのだが、教科書の掲載に際してはその部分が削除されている。
 たとえば、岩清水を踊子たちは飲まずに学生が来るのを待っている。「さあお先にお飲みなさいまし。手を入れると濁るし、女の後は汚いだらうと思つて。」と踊子の「おふくろ」が語るところだ。
 
Izunoodoriko
 
 作者の川端康成は、自らの実体験であるこの短編小説を書くのに、伊豆湯ヶ島温泉に4年以上もの長逗留をしている。旅館の一室を長期占領し、宿賃の支払いはしていないという言い伝えがあって、それがどこまで真実かわからないが、そんな話が伝えられるほど豪放磊落な人柄だったのである。また、この小説を書くことだけのために、4年以上も伊豆の温泉場で費やしたのかどうか、そこのところもわからない。ただ、短編とは言いながら、言葉の一つ一つ、仮名と漢字のバランスなど、実に細かな点に気が配られた超一級品の文章が、一晩や二晩のひらめきで出来上がろうはずがない。そうとうに練り込んだ、推敲に推敲を重ねた作品であろうことは想像に難くない。
 
Sayuri_odoriko
 (スチルはモノクロだが映画はカラー作品)
 
 録画してあった、吉永小百合、高橋英樹の『伊豆の踊子』を何十年かぶりで見た。
 
 『伊豆の踊子』はこれまでに6回映画化されている。
 最初は1933年の松竹作品で、このときのタイトルは『恋の花咲く伊豆の踊子』。踊子は田中絹代で無声映画。まさに、作品にも登場する「活動」つまり活動写真である。
 小説での主役は学生の「私」だが、映画においては概ね踊り子が主役で、しかもその時代のトップスターが演じている。つまり、『伊豆の踊子』で踊子の役を与えられたということは、スターのお墨付きをもらったということになる。
 1954年、美空ひばり。(モノクロ作品)
 1960年、鰐淵晴子。(以降カラー作品)
 1963年、吉永小百合。
 1967年、内藤洋子。
 1974年、山口百恵。
 という具合である。
 このほかにテレビドラマやアニメ、ラジオドラマに舞台など、たびたび脚本化されている。
 残念なことに、鰐淵晴子以前の「踊子」は見ていない。
 
 『伊豆の踊子』のときの吉永小百合は18歳。ニキビのあるやや下膨れの顔立ちは、決してことさらの美人とは言い難い。しかし、卓越した演技と明るい表情で多くのファンを得た。自分もその一人である。
 日活当時、吉永小百合の映画はほとんど映画館で見ていて、しかし、似たようなシチュエーションとストーリーの青春映画ばかりで、映画そのものが印象に残っているのは数えるほどしかない。
 実際、日活時代の吉永小百合が出演した作品は無数にあるが、傑作といえるものはそうたくさんない。『キューポラのある街』『伊豆の踊子』そして『泥だらけの純情』がベストスリーと思っている。
 大人になってからの吉永小百合は、また別の魅力を持った女優である。
 
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