テアトル新宿で『海辺のリア』を観る。「リア」とはもちろん「リア王」である。だが、仲代さん自身は舞台でシェイクスピアの『リア王』をやっていないのではないか? (記憶違いだとしたら失礼)
しかし、戦国版『リア王』といわれる黒澤明監督の映画『乱』に主演しているので、「リア」とまったく縁がないわけではない。
──この映画の脚本は仲代さんをモデルに小林(政広)監督が書かれたと思うのですが、最初に読んだ印象は?
「小林監督とは『春との旅』、『日本の悲劇』に続いて3作目になるんです。ただ非情に親しくはしているんですが、あまりしゃべったことはなくて、今度もいきなりポンと脚本が来たんです。〝作れるかどうかわからないけれど、読んでみてください〟と。読んでまず感じたのは、これは僕のために書いてくれたんだなということです」(パンッフレットより)
役者として一世を風靡した桑畑兆吉(仲代)は認知症が進み、家族の顔さえも判別できない。離婚調停中の長女夫婦(原田美枝子・阿部寛)は、以前兆吉に邪険にされた経験があるものの、遺産と保険金目当で縁を切ることもできない。しかし面倒を見たくない長女は、高級老人ホームに兆吉を送り込む。兆吉はそこが気に入らず、逃げだして荒野ならぬ海辺をさまよう。
偶然、家族の絆を断ち切られ、生きる術のすべてを失って海辺をさまよっていた娘の伸子(黒木華)に出会う。伸子はかつて、兆吉がかつてひどい仕打ちをして、家族ぐるみ追い出した末娘である。しかし、自分の娘であることがわからず、食べ物をねだり弁当を買いに行かせる兆吉を、伸子はなぜか無視できずに、時に罵声を浴びせかけながらも、認知症になった父との距離が縮まるのを感じていく。
それでも、兆吉の目には娘としての伸子は写っていない。
「おまえはコーディーリアだな」
「ずっとあなたを恨んでいた。私たちを家から追い出したあなたを。殺してやりたいと思ってた。でも私はコーディーリアじゃない」
(パンフレット「完成台本」より)
絶望した伸子は、海を起きに向かって歩いていく。
エンディングは、『リア王』とは似て非なるもの。いや、非なるものであってほっとした。
脚本がそうできていたのか、仲代さんが手を加えたのかわからないが、台詞に舞台色が強く出ている。最初は違和感を覚えたが、これは『リア王』なのだと思ったときに、スッと入り込むことができた。
仲代達矢、84歳現役。高齢社会と、高齢者と家族のかかわり方をコミカルに描いた秀作である。
映像の美しさと、仲代さんはもちろんのことだが、黒木華の熱演は必見。