ひまわり博士のウンチク

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日本 根拠地からの問い

2008年04月05日 | 本と雑誌
Konkyochi

日本 根拠地からの問い
姜尚中/中島岳志 著
毎日新聞社 発行
定価1600円+税


 姜尚中氏は1950年熊本県生まれの在日韓国人評論家で東京大学大学院教授。
 専門の経済学を超え、鋭い切り口の社会評論で多くの支持者を集めています。
 
 中島岳志氏は1975年大阪生まれの北海道大学准教授。昨年夏に刊行された『パール判事』(白水社)では、東京裁判(極東国際軍事裁判)において、唯一A級戦犯を無罪としたパール判決を検証し、それがけっして日本の戦争犯罪を否定するものではないことを解明しました。

 ぼくがこの本に注目したのは内容以前に装釘です。
 amazonでは横向きで紹介されていて、一瞬写真集かと思いました。ところがほかのサイトでは縦向きのために表紙がひっくり返っているのです。
 なんとまあ大胆な。こんな装釘にOKを出した毎日新聞社はスゴイ。
 デザイナーなら思いつくことですが、版元はあんまり奇抜なデザインはなかなか通してくれません。「なんで横にする必要があるの? これで売れるんならいいけど」なんていわれると、デザイナーは「絶対売れます」なんて保障はできませんから、たいてい引っ込めます。

 もうひとつ特徴的なことがあります。
 ずいぶん昔のはなしですが、田中康夫の『なんとなくクリスタル』という本があって、全体の半分近くが本文に登場するブランドの解説。ようするに小説の形を借りたブランドの解説書で、まあろくなもんじゃありませんでしたがブームに乗って大ベストセラーになりました。
 おかげで有名になった田中康夫はその後、長野県知事にまでなりましたね。
 
 で、なんでこんな話をするのかといえば、この『日本 根拠地からの問い』は、脚注がものすごく多いのです。近現代史をたどりながら対談が進められていく中で、登場する人物や出来事、特徴的な用語などのすべてに解説がついています。
 わかっている人にとってはいささかうるさいのですが、「丸山眞男」ってだれ、「ヘゲモニー」って何? という方々や、ど忘れして今更聞けない人には非常に便利です。

 中島岳志氏は若いのに微妙に古いこと(歴史と現代の狭間)をよく知ってます。姜尚中氏は中島氏の話を補いながら自らの意見を述べ、大人の発言を連ねています。
 『日本 根拠地からの問い』はこの二人による対談で構成されています。

 冒頭から右派も左派も「薄っぺらに」なりつつあると、現在の右翼とも左翼とも一線を画したものであると前置きして対談が始められます。
 対談の場は姜氏の故郷熊本に始まり、その後東京に舞台を移して、パトリ(郷土)から東京をどう見るか、どう見えているかを語り合っています。
 姜氏はオリンピック招致で熊本が東京と競い合ったことに触れ、東京が栄えれば地方も栄えるというのはフィクションだと切り捨てました。めずらしく石原知事に対し腹を立てた様子。(「変な外国人に日本のことをとやかく言われたくない、生意気だ」と言ったとか=脚注より)

 ネオリベラリズムの浸透で地方が除外されつつあることの異常さ、都市集中化の危うさがさまざまなところで表出していることに、二人はこれでいいのか、と疑問を投げかけます。

 飛びますが、「「戦争反対と言える愛国者」の話には一瞬ぎょっとし、そしてうなづきました。

 イラク戦争のときに日本の反戦集会で、海兵隊上がりのスコット・リッターっていう人が「この戦争はダメだ」と言った。なぜなら「自分はパトリオット(愛国者)だから」(中略)「自分はアメリカ合衆国を、命を賭けて愛する。だからこの戦争に反対なのだ」と。(160p)

 今の日本では「反戦」を唱えれば左翼、「愛国」といえば右翼というイメージで語られます。
 かつて戦争反対の立場から自衛隊の派兵に反対する署名活動を行っていた学生さんから聞いた話です。通りすがりのサラリーマンに「あんたは共産党かい」といわれたとか。
 やはり、今の日本は右派(保守)も左派も薄っぺらになりつつあるようです。

 第三章は戦後の文学と政治について語られます。岸信介を左翼だと言ってみたり、一部飛躍し過ぎを感じるところもありますが、「私小説」批判はうなずけるものがありました。

姜「(前略)なぜ日本では、私小説がメインストリームになったのだろう」
中島「(前略)昨今。J文学と言われているものも、徹底的に私小説的です。身近な世界で「分かる分かる」文学に読めてしまう。その「それって分かる分かる」感覚というのが、日本文学の主流ではないでしょうか。(中略)それだと勢い余って「日本人だったら分かるでしょ!」という強制にまで行き着きかねない。
 こういうのが、新自由主義と非常に結びつきやすい。だから今の状況で「泣かせてほしい」「感動させてほしい」文学がベストセラーになる。どんどん本来的な文学が、日本から失われていると思う」

 たしかに、最近の芥川賞受賞作品の薄っぺらさはいったいなんなんだ、と思ってしまいます。ベストセラーになり映画化されるような作品も、ほとんどが「私小説」。純文学を読めなくなった国民とは、かつてと比べて内部にどんな変化が起きているのか、あるいは起こされているのか考えざるを得ません。

 この、保守と右翼の思想を軸に日本近代の歴史を辿ってきた『日本 根拠地からの問い』は、いずれにしろ、ものを考えるきっかけになるヒントを豊富に含んだ便利な本です。読んだ後も書棚に入れておくことにします。

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