monologue
夜明けに向けて
 

解答  


一八、 神の名を呼ぶとき 等しく黄泉をも
    影が呼んでいると 常に
    心に止めおく様に
    天秤の左右 どちらかが重くなった時に
    真に求めている者の名を
    知るということを覚えておく様に
「光の黙示録」より


それでは真に求めている者の名」を解いてゆこう。
「真」はシンと読むのだろうか。まずわたしたちの伝家の宝刀「音霊逆転法」を試してみよう。sinあるいはshinを逆にしてもnisまたはnihsでまだ意味をなさない。ということはマコト。makotoを逆にすればotokamで以前みたように音神である。音は立ての日で横の日と重なったとき「田」を形成する。すなわち霊的精神的な日神ということになる。つぎに「求めている」であるがこの求は「モト」とも「キュウ」とも読む。
そこで思い出すのがニギハヤヒの持つ数「九」である。かれは憲法九条の精神や旧事本紀のキュウに関わりが深い。そして「者」は土の日でありこのプログ「monologue」のmonoであって大物主(AUMの主)を指している。
こうして「真に求めている者の名」は立日の神で元(モト)神でもあり九の数を持つ大物主、天照国照彦天火明奇甕玉饒速日尊(ニギハヤヒ)であると判明した。
fumio


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