monologue
夜明けに向けて
 



阿鼻の冠を受けた者よ 聞くが良い
お前の待ち望んでいた力は 狭い井戸には無い
黄泉のかまどにも無い
日々 お前の足下に虐げられて 涙を落としている
お前の言う「忌むべき者達」の中にある

預言というものはどんなに難解でもいつか解かれなければ発する意味がない。
この部分も発表当時はやはり難解で歯が立たなかったけれど時代は進んでこのブログをお読みのみなさんにはもうわかる時が来たのだろう。
では先を急ごう。
「黄泉のかまど」とはなにか。
かまどを漢字 にすると「竃」である。大修館の漢和辞典によると
竃は「1かまど、へっつい、かまどの神またその祭り。
旧暦十二月二十三日に上天の上帝にその家のことを告げ除夜に降りるといわれ家ごとに送迎の祭りを行う、竃君。」とある。
竃君(そうくん)は中国の道教の竃(かまど)の神で1年ごとに玉皇にそれぞれの家の行いを報告する神。 「竃」はソウと読みこの字をよく見ると玄亀によく似ている。
玄亀といえば黄泉大神となったイザナミ。
「黄泉のかまど」にはイザナミがかまどでなにかを煮炊きしているようなイメージがあるがかの女は伊邪那岐命が迎えに来たとき黄泉の国の食べ物を食べたから帰れないと拒否した。そしてイザナギが地上に戻って「上つ瀬は瀬速し、下つ瀬は瀬弱し」と言い、中の瀬に下りて禊祓いをして八十禍津日神(瀬織津姫)が誕生した。
この瀬織(ソウ)津姫が「竃(ソウ)神」イザナミの新たに生まれ変わった姿であった。
つまり「黄泉のかまど」とはイザナミということになる。
funio


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