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グルジア渡航 -驚きと発見の旅― その2

2012年08月10日 | Inbound Exchange

   6月21日(木)無事1週間のホームステイを終え、いつもの共和国広場でホストファミリーと最後の別れを惜しんだ。いよいよ、これからオプショナルツアーの始まりである。

初日は先ずバスでトビリシから約2時間のところにあるウプリシケ(Uplistsikhe)洞窟都市を訪問しました。紀元前7世紀ごろには約1万人の人々が住んでいたと言われている。

 

 その後、スターリンの出身地であるゴーリの町を訪問した。この町には、ソ連軍に攻め落とされた城砦跡や南オセチア紛争の時に逃れてきた7万人とも言われる人達の難民キャンプがありました。スターリン博物館はありますが、グルジアの人達には余り好かれていないようであった。

 

ロシア軍と闘ったグルジア兵士達の像。手が切り落とされたりしている。

夜はブクリアニと言う標高2000mの高地にあるゲストハウス(民宿)に2泊した。

翌22日はボルジョミ カラガウリ国立自然公園を訪問した。南に小コーカサス山脈が聳える雄大な自然公園で世界でも3番目の規模とのことであった。午後にはGreen monasteryと言う11世紀のキリスト教の修道院を訪れた。ここで弾圧を受けた多くの僧侶達の首が小川に流され、その時に流れた夥しい血の痕跡が未だに川の石に赤く染み付いていると言われており、その石を見た時はぞっとした。

 

Green Monasteryの前で

6月23日(土)午前中はアツクリと言う古い村で10世紀頃オスマントルコ軍と戦い押し返したと言う古い城砦跡を見学。その真下に流れる川にはジョージアで最も古いといわれる橋が架かっており、今では自動車も通れるようになっていた。

 

古い橋と要塞跡

午後はジョージアの2番目の都市クタイシを訪問。この町には今週国会議事堂がトリビシから移転する事になっており、新しい議事堂が完成間近であった。ここで、ユネスコの世界文化遺産に指定されているバグラッティ寺院を見学した。夜はこの町のゲストハウスに宿泊。民宿にしては、素晴らしい夜景を楽しめる立派な施設であった。

6月24日(日)午前中クタイシから10kmほどのところにあるサタプリアと言う丘陵地帯を訪問した。ここには巨大な恐竜の足跡が200も残っており、国の保護地区に指定されている。

 

恐竜公園

午後、トルコ国境に近い黒海沿岸のバツミと言うリゾート地に到着した。延々と続く砂浜が印象的であった。バツミの町は港町だけに他のグルジアの地方都市に比べてより国際色が強いと感じた。ここではホテルに宿泊し、2日間のんびりと過ごした。

 

黒海で海水浴を楽しむ美女達

バツミの植物園では倒れた木が生きたまま橋になっていた。逞しい樹木です。

6月26日(火)午後バツミを出発し、半日かかってトビリシの北にあるジョージア軍用道路を通って、大コーカサス山脈の中腹にあるグダウリと言う標高2000mのスキーリゾートのゲストハウスに到着。

6月27日(水)グダウリからロシアとの国境近くにあるカズベキと言う町を訪問した。今まで見た事もないような素晴らしい景色にすっかり魅了された。

 

後ろは大コーカサス山脈

山頂の古い教会

60才代の妊婦達。ジョージアの奇跡?

カズベキ村の人々は親切でした。焼きたてのパンを恵んでくれました。

ロシアとの国境近くに新しくグルジア正教会の立派な寺院が建設されていた。グルジアの意地?

ロシアとグルジアを結ぶ軍用道路は毎年氷河に削り取られるので、年中舗装をしなければならない

この国では勿論自動車より羊や牛が優先です

 

6月28日(木)午後 いよいよジョージアを去る時が来た。空港にはお世話になったホストファミリーの人達も見送りに来てくれていた。皆仕事を持っている人達ばかりである。感動した。やはり涙涙のお別れ。再会を約束して、一路イスタンブールへと旅立った。

 6月29日(金)イスタンブール市内観光。いつもの事ながら、交換を終えた後のアンバサダー達は実にリラックスして、伸び伸びしていた。やはり、交換期間中は緊張していたんだろうか?

ボスポラス海峡を背にリラックスした我が仲間達

 6月30日(土)長旅を終え、18:00頃無事関西空港に到着。お疲れ様でした。

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グルジア渡航 その1 ― 驚きと発見の旅 ―

2012年08月02日 | Outbound Exchange

   去る6月13日から30日の17日間、FF奈良の会員18名がグルジアに渡航して来ました。最初の1週間はホームステイ、後の1週間はグルジア国内をバスで旅するオプショナルツアーでした。

   この旅行での好奇心溢れる経験のいくつかを写真と共にご紹介しましょう。ちなみに、グルジアと言うのはロシア語の発音から来ている呼び方で、今では世界的にジョージア(Georgia)と呼ばれています。

    先ずは、6月13日の深夜に関空から飛び立ち、トルコのイスタンブール空港を経由して、翌日の夕方にグルジアの首都トビリシに到着しました。空港ではトビリシクラブの会長兼ED(交換委員長)の出迎えを受けて、一路バスにてホストファミリーの待つRepublic Square(共和国広場)へ。この広場は、その後毎日全員が集合するお馴染みの場所となりました。

 これは、その広場でのホストファミリーと共に撮影した記念写真

ホストファミリーのほとんどは20代から30代。前もって連絡はもらっていたものの、今まで経験した事のない若いホスト達に我々一行は期待と不安で一杯であった。最初の3日間は週末であったので、公式行事はなく、ホストファミリーとだけ過ごす自由な時間となった。勿論夫々にユニークな経験をした事は言うまでもありません。

 

これは、グルジア正教の聖地のある東部の町「シグナギ」の夕方の風景です。おとぎの国に来たような幻想的な眺めでしばしうっとりとさせられました。

 

別所さんと浅田さんのホストMaiaが田舎の実家に連れて行ってくれました

 

濱田さんと松本さんは小結「栃の心」のお母さんと出会いました。

 

 ジョージアは地下水が豊富で、田舎ではあちこちに湧き水があり、土地の人達が日常の飲料水として利用しています。

ジョージアでは音楽家の著作権が法律で守られていないとかで、この美人シンガーソングライターが作詞作曲した歌はテレビなどで広く歌われているにも拘わらず、彼女にはお金が一切入ってこないとの事。大変気の毒です。そこで、彼女は最近自分の曲を自分で歌うようになったそうです。近々、有名人になるかも?

 

 トビリシの町を丘の上から見下ろした風景です。トビリシは人口約130万人でジョージアの首都であり、全国民の4分の一の人達が住んでいます。

 

 トビリシは温泉があり、その昔はローマの浴場として、その後トルコ風呂に変わりました。今でも利用されています。

 

 トビリシの町の大通りで露天のみやげもの店がずらりと並んでおりました。大変安く興味深いものも沢山ありましたが、大き過ぎて持ち帰る事が出来ない物が多く、残念でした。

 

 国会議事堂を案内してもらいました。モデルのようなすらっとした美人がきれいな英語で説明してくれましたが、ソ連邦時代からの圧制から開放されたせいか、驚くほど率直に自らの意見をとうとうと述べるのには、びっくりしました。これは、議長席で撮った写真です。

 

 恵まれない子供達のためのチャリティーイベントに参加し、寄付をしました。

 

 トビリシ近郊にあるビール工場(トルコの会社との合弁)を見学しました。

 

 やはり、トビリシ近郊にあるジョージア最初の首都ムシュケッタの町を訪問しました。素晴らしくきれいな町でした。

 

 感謝デー(ホストファミリーに我々がお礼の食事をご馳走する日)。これは大統領が毎晩食事に来るという有名なレストランで素晴らしい夜景にうっとりとしました。お値段も立派でしたが、日本に比べれば比較的安いので、一応満足。ほとんどの仲間も同じような経験をしたようです。

 

 ホームステイの最後の日は町の中心街で民族舞踊を披露する有名なレストランでサヨナラ パーティーをしてくれました。我々ゲスト(アンバサダーと言います)の為に、「大変良きアンバサダーでした」と言う証明書を頂きました。素晴らしい民族舞踊と郷土料理を楽しみ、みんなでダンスも楽しみました。我々一行が用意して行ったハッピは大人気で、関係のない他所の国の人達も交じり合い、大いに国際交流を深めました。

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