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三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

カトリック三浦海岸教会

2012年05月09日 | 神奈川のカトリック教会
カトリック三浦海岸教会(教会堂名:聖マルコ)
創立:1993年 ◇ 住所:神奈川県三浦南下浦町上宮田3082-1

京急久里浜線の三浦海岸駅で下車。今は閑散としている駅前も、夏は海水浴客で賑わうのだろう。「相模の三浦半島には、(源頼朝の)父祖いらいの家人で、大きな勢力のある三浦氏がいる。この軍とはやく合流しなければ、あぶない。頼朝の挙兵はたいへんな綱渡りだったのだ」(「ジュニア 日本の歴史」より)。頼朝が驕る平家に反旗を翻して以来、三浦一族は源氏の有力な御家人だった。 横須賀の衣笠山公園の近くに、今も三浦氏の城址が残っている。

三浦海岸教会に着いた。民家風の佇まいだが、聖堂は木の温もりが感じられる内装。公式サイトによれば、三浦海岸教会の創立は1993年と新しいが、それ以前は司祭が常駐しない「三浦カトリックの家(布教所)」としての歴史があった。今はアイドル犬も「常駐」している。犬種は柴だが、教会でイヌが飼われているのを見たのは初めてだ。最初、私は「怪しい男!何しに来た」と吠えられたが、近づくとおとなしくなった。ちなみに、我が家の愛犬も柴である。

ところで、聖書に登場するイヌは、まさに「犬畜生」である。「イヌという名は、臆病で、怠惰で、不潔で、不忠実で、卑しむべきすべてのものを意味し、最もひどい侮辱の言葉であった」(「聖書動物事典」より)。もちろん、私は野田首相を「犬どもの頭(かしら)!」と罵倒しない(イヌが可哀相)。さて、私は教会を辞し、帰路に就いた。ふり返ると、例のワンコが見送っている。やはり、柴は優秀な犬種だ。 かくして、私は「三浦半島のカトリック教会巡り」の旅を終えた。


現聖堂献堂:1993年


カトリック三浦海岸教会のアイドル犬(?)
“ イエスさまがいちばんだワン! ”

◆主な参考文献など:
「ジュニア 日本の歴史 第3巻・武士の実力」 永原慶二、五味文彦、田沼睦著(小学館・1978年)
「聖書動物事典」 ピーター・フランス著、平松良夫訳(教文館・1992年)
コメント (2)
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カトリック横須賀大津教会

2012年05月03日 | 神奈川のカトリック教会
カトリック横須賀大津教会(教会堂名:聖モニカ)
創立:1951年 ◇ 住所:神奈川県横須賀市大津町2-14-22

京急久里浜線の「新大津駅」で下車したが、何だか街の様子がおかしい。地図で確認すると、横須賀大津教会の最寄駅は「京急大津」だった。「ああ、勘違い!」。再び堀ノ内駅まで戻り、そこから浦賀行きの京急本線に乗り換えた。その「新大津」と「京急大津」の中間に位置する信楽寺には、坂本龍馬の妻・龍子(おりょう)の墓がある。最近は橋下徹(及びその支持層のテレビ中毒者)のチンプな「龍馬ごっこ」に、おりょうも草葉の陰で泣いているに違いない。

横須賀大津教会の沿革をおさらい。「1951年、畑田善助師は、戦後の厳しい状態の中で、横須賀市内中里にあった戦前からの教会(現・横須賀三笠教会)を守っていたが、ようやく信徒も増してきたためと、先にあった三笠教会所属の大津地区の信徒の便宜も考えて、横須賀市内大津に住宅を入手し、当時、横須賀に在留していた米海軍のカトリック信者の協力も得て、教会として改造し、晩年まで宣教に努めていた」(「横浜教区設立50周年記念誌」より)。

駅から徒歩1分ほどで、横須賀大津教会に到着。十字架のタワー(鐘楼?)が無ければ、公民館のように見える。聖堂内に入ると、正面左側にアリ・シェフェール作の「聖モニカと聖アウグスティヌス」をモチーフとしたステンドグラスが見える。大津教会の保護聖人である聖モニカは、「告白」の著者として有名な聖アウグスティヌスの母。私も回心しない放蕩息子だから、聖モニカの御取次を祈願した。さて、次は今回の巡礼の最終点、三浦海岸教会を訪ねよう。


現聖堂献堂:1986年

◆主な参考文献など:
「横浜教区設立50周年記念誌」 横浜教区設立50周年記念誌編集委員会編(カトリック横浜司教区・1988年)
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カトリック横須賀三笠教会

2012年04月27日 | 神奈川のカトリック教会
カトリック横須賀三笠教会(教会堂名:被昇天の聖母)
創立:1948年? ◇ 住所:神奈川県横須賀市稲岡町82

京急本線の横須賀中央駅で下車。いきなり、横須賀名物「海軍カレー」を盆に戴せたカモメの水兵のマスコットがお出迎え。戦前の横須賀は海軍工廠(軍艦の造船所)などの施設があったが、現在はアメリカ海軍の横須賀基地がある。中央大通りを歩くと、映画「錨を上げて」(1945年)に出てくるような、セーラー服姿のヤンキー水兵の一団を見かけた。さらに、NHKのテレビドラマ「坂の上の雲」のポスターが随所に目立つ。今なお横須賀は「軍港の街」である。

アメリカ海軍横須賀基地のメイン・ゲート(正門)を一瞥して、横須賀三笠教会に到着。モダンな聖堂だが、この教会の歴史は幕末に遡るという。1866年、江戸幕府がフランスに製鉄所の建設を依頼し、そこで働くフランス人のためにチャペル(聖ルイ聖堂)が献堂された。明治「維新」後、製鉄所は造船所(海軍工廠の前身)となり、聖堂は横須賀市内を移転。1948年、現在地で「横須賀三笠」と改称した。 教会の周辺には、カトリック系の聖ヨゼフ病院がある。

教会から徒歩数分の三笠公園を訪ねた。東京湾に面した岸壁に、戦艦「三笠」が保存されている。意外に小さい。1905年、三笠は「日本海海戦で先頭に立って勇敢に戦い、歴史上例を見ない圧倒的な勝利」に貢献したという。だが、それを機に日本は傲慢な帝国となって、軍部が暴走したのではないか。破滅するまで省みない愚挙は、今の野田政権にも継承されているが。さて、私は東郷元帥の銅像に見送られながら、次は横須賀大津教会を訪ねることにした。


現聖堂献堂:1974年


石原慎太郎が泣いて喜ぶ戦艦「三笠」の雄姿

◆主な参考文献など:
・「横浜教区設立50周年記念誌」 横浜教区設立50周年記念誌編集委員会編(カトリック横浜司教区・1988年)
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カトリック逗子教会

2012年04月25日 | 神奈川のカトリック教会
カトリック逗子教会(教会堂名:キリスト信者の扶助なる聖母)
創立:1950年 ◇ 住所:神奈川県逗子市逗子6-8-7

JR横須賀線の逗子駅で降りる。逗子といえば、私は「真白き富士の根」という唱歌が思い浮かぶ。1910年、ボートに乗った逗子開成中学校の生徒12人が、七里ヶ浜沖の転覆事故で亡くなった。その哀悼歌が「真白き富士の根」で、アメリカの作曲家ジェレマイア・インガルス(注)の旋律をもとに、鎌倉女学校教師の三角錫子が作詞。明治期の愛唱歌として広く知られる。子どもの頃、私はこの哀歌をラジオで聴いたが、今も忘れられない調べとなっている。

逗子教会の沿革をおさらい。「1948年、オーストラリアから山手聖心教会に派遣されて外国人信徒司牧に協力していたカリネン師は、鎌倉大町教会(現由比ガ浜教会)に所属している逗子に、新たに教会を建設する為に移転し、かつて日本政界の最元老として活躍した西園寺公望公爵家の閑静な住宅を提供され、逗子教会の基礎を作ることとなった。1950年8月15日、聖母被昇天の大祝日に献堂式が行われた」(「横浜教区設立50周年記念誌」より)。

閑静な住宅街を歩くこと数分、逗子教会に着いた。教会に隣接して、カトリック系の聖マリア幼稚園・小学校がある。ここもまた、ジョン・ネイル・カリネン神父が逗子教会と共に創立した。階段を昇って聖堂に入ると、天井の高さに驚く。広い聖堂内は静ひつの空間そのものだ。時々、トンビの声が聞こえてくる。教会からは逗子海岸、1903年創立の逗子開成中学校・高等学校も近い。さて、私は新逗子駅で京急逗子線に乗車。次は横須賀三笠教会を訪ねよう。


現聖堂献堂:?年

(注):Jeremiah Ingalls(1764-1828年)。アメリカの作曲家、教会の聖歌隊長として活躍。インガルスのファースト・ネーム「Jeremiah」は、旧約の預言者「エレミヤ」と同じ。なお、「真白き富士の根(七里ヶ浜の哀歌)」の由来につき、逗子開成中学・高校の関連サイトを参照。

◆主な参考文献など:
「横浜教区設立50周年記念誌」 横浜教区設立50周年記念誌編集委員会編(カトリック横浜司教区・1988年)
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カトリック大船教会

2012年04月21日 | 神奈川のカトリック教会
カトリック大船教会(教会堂名:聖アンナ)
創立:1950年 ◇ 住所:神奈川県鎌倉市大船2-1-34

「JR大船駅に近づくと、車窓から真っ白な大船観音(全長約25m)が望まれる。大船は鎌倉への玄関口、いつも私達に優しい微笑で迎えてくれる大船観音。完成までには30年もの歳月が費やされている」(大船観音寺サイトより)。JR横須賀線の大船駅で下車。観音像の慈悲に包まれながら(?)、私はカトリック教会へ。大船といえば、有名な「松竹大船撮影所」があったことで知られる。現在、その跡地は鎌倉芸術館、鎌倉女子大学などが建っている。

蒲田教会の記事でも触れたが、私の邦画に対する第一印象は最悪であった。物心がついた頃、角川映画などを通して、邦画といえば「野蛮、内容空疎」としか思えなかった。洋画一辺倒の私が、邦画の魅力に開眼したのは、衛星放送で小津安二郎監督の作品を見てからだ。晩年の傑作「秋日和」「秋刀魚の味」などは、大船で製作された。最近の邦画は「さあ、泣け!感動しろ!」の絶叫で閉口する。小津監督が最も嫌った「感情過多」な演出が鼻につく。

大船教会に到着。「1950年、レデンプトール修道会が、大船教会を聖アンナの祝日を期して設立した」(「横浜教区設立50周年記念誌」より)。聖アンナは、聖母マリアの母。ダ・ヴィンチの名画「聖母子と聖アンナ」をご存じの方も多いと思う。聖ヨアキムと共に、外典の「ヤコブ原福音書」が聖母の両親の名を伝えている。大船教会の近くには、レデンプトール会が創立した保育園「聖アンナの園」もある。 さて、私は再び横須賀線に乗車。次は逗子教会を訪ねよう。


現聖堂献堂:1998年

◆主な参考文献など:
・「小津安二郎新発見」 松竹編(講談社+α文庫・2002年)
・「新約聖書外典」 荒井献編(講談社文芸文庫・1997年)
・「横浜教区設立50周年記念誌」 横浜教区設立50周年記念誌編集委員会編(カトリック横浜司教区・1988年)

<付記>
今回より「三浦半島のカトリック教会巡り・全5回」を不定期で連載いたします。大船から逗子、横須賀(三笠・大津)を経て、三浦海岸までのカトリック教会を巡ります。
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