しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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朝の露 Ⅱペテロ2章 <さばきの日まで>

2020-02-21 | 2ペテロ書

むらさき

「主はこのようにされたのですから、敬虔な者たちを誘惑から救い出し、正しくない者たちを処罰し、さばきの日まで閉じ込めておくことを、心得ておられるのです。」(Ⅱペテロ2:9新改訳)

この世では犯罪を犯し、逮捕されると、最終的な刑が決まるまで拘置されるが、見えない世界でもこれと同じである。▼ペテロによれば、罪を犯した御使いたちや人間は、さばきの日(最後の審判)まで、地獄とかハデスとよばれる暗闇の場所に鎖につながれて幽閉される。人がもし、この冷厳な事実に目が開かれれば、泣いて救いを求めるにちがいない。そこは後悔と涙が昼も夜も満ちている場所であり、もし私たちが今それを目撃したとすれば、狂気のように、ハデスへ落ちないため何でもするだろう。また、誰に反対されても伝道することを絶対にやめないであろう、特に家族や愛する人たちに対しては・・・。▼人は霊の世界に対し盲目だから平然と構えて人生を送れるのだ。そして悪魔は、信じない人々を罪と快楽の奴隷にし、気がつかないうちに地獄へ連行している。何という悲劇か。もし私たちキリスト者の心の目が聖霊によって開かれ、世界の本当の有様が見えたとしたら、そこは枯れたる骨が満ち、滅びの坂を転げ落ちつつある人々の悲惨極まりない叫びが絶え間なく聞こえるであろう。その声があなたの耳を24時間占領し、眠ることができなくなるはずである。天の御父の断腸の思い、御聖霊の呻きに同調し、人前もはばからず泣かずにいられない状態になる。▼なぜ、主が山に伏し、野にひざまずいて父に祈り、イスラエルの町や村を不眠不休で巡られたのか?その理由がわかるであろう。この世の華美はまったく偽りであり、怒涛のように暗黒の滝つぼへ落ちて行く無数の人々とその悲鳴を目の当たりにしたあなたの目から涙が滂沱と流れずにはおれない。そして怠慢と偽善の罪を恥じて悔い改め、すぐに祈りの部屋に駆け込む人とならずにはいられなくなる。◆「イエスが『おまえの名は何か』とお尋ねになると、彼は『レギオンです』と答えた。悪霊が大勢彼に入っていたからである。悪霊どもはイエスに、底知れぬ所に行けと自分たちにお命じにならないようにと懇願した。」(ルカ8:30、31同)