高橋是清の随想録の中にインタビューが載っていて質問者に山田わかという名前がありました。随想録の中にもう一つインタビューが載っていてその質問者は石橋湛山です。高橋是清が総理大臣や大蔵大臣をしていたころ、つまり戦前の石橋湛山は東洋経済の社主で経済記者でもありますので理解ができました。さて山田わかとはいったいどんな人物なのか?調べてみますと女性評論家で社会思想家で婦人参政権運動にも関わって平塚らいてう、与謝野晶子、伊藤野枝、市川房枝とも親交があったといいます。その数奇なる生涯は18才で単身アメリカに渡り娼婦として悲惨な生活を送るも、その経験から「母性保護」の思想が強く「女性の社会的地位」の向上に身を捧げて行動したといいます。時代背景もさることながら娼婦の身から女性評論家として注目され時の大蔵大臣まで質問しています。その質問内容も国家経済と主婦という、正に女性の視点から鋭く質問しています。
現代の政治はどうでしょう。数字ばかりを追いかける経済政策や表面的なパフォーマンスばかりで庶民の中の暮らしの実態から経済を語るような議論が聞こえてこないような気がします。
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