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土蜘蛛塚


学問の神様で知られる菅原道真の母を祭った=伴氏霊廟があるのが、天神さんのすぐ南側にある、東向観音寺。

このお寺さんには、伴氏霊廟の他にもう一つ変わった史跡があります。

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「鬼退治」で知られる源頼光には、もう一つ有名な「土蜘蛛退治」のお話があります。
平安中期のことです…『ある夜、悪病にとりつかれた頼光の枕元に法師が現れ、縄で頼光を縛ろうとしました。頼光は、枕元にあった名刀で法師を一刀両断に斬りつけ、辺り一面には赤い血が点々としていましたが、法師は見当たりません。
頼光は家来に探索を命じ、血痕をたどると北野天満宮の北側の塚まで続いており、家来が塚を掘り返したところ、土の中から人の背丈もあろうかという黒い蜘蛛がうごめいていたとか。
家来がこの土蜘蛛を退治し、加茂川に晒したところ、頼光にとりついていた悪病も、みるみる快方に向かった』と伝わります。

この「土蜘蛛」と云う言葉は、大和朝廷以来の先住民、土着民の蔑称として、記紀、風土記などには記されており、時の権力が手を焼いていたことを示すものでしょうか?

この高札にも、「明治年間にこの遺物(火袋=灯籠)を庭に置いていたところ、『土蜘蛛の祟り』で家運が傾き、現在の寺に奉納した」との縁起が書かれています。

写真ではチョッとしか写っていませんが、このオドロオドロしい謂れの塚のすぐ裏に、フツ~のアパートが立ち並び、洗濯物が干されている日常とが同居するあたりが京都の「怖さ」ですかね?
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