徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百三十七話 天命 )

2008-08-03 17:29:17 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 自動ドアが朝からひっきりなしに開いたり閉じたり…を繰り返している…。
壊れたわけではない…。
客の出入りがそれだけ頻繁なのだ…。
買い物客より立ち読み客の方が多い…と噂の駅前谷川書店にしては珍しい光景…。
谷川店長とパートの吉井さん、亮やノエルの後に入った何代目かのアルバイトくんも、いつもとは違う店の盛況ぶりに目を回している。

原因はこれ…滝川恭介の新しい写真集と西沢のイラスト集…。
同時発売なのは…勿論…相乗効果を見込んでの出版社の意図的な操作だ…。

 少し前に西沢は或るドラマの初回にちょい役でゲスト出演したのだが、何故かそれが大当たり…。
ただの運転手役だったのに、いきなり謎の運転手役に格上げされて、ほんの1~2シーンながら、そのままレギュラー出演することに…。
本業に専念して静かに暮らしたい西沢が頭を抱えたことは言うまでもないが、玲人の顔を立てるために不本意ながらも引き受けてしまった。

まったくもう…ど素人に演技なんかできるわけねぇだろ…。
視聴者怒らせても知らねぇからな…。

台詞を唇から吐き出すたびに…胸の中でそう呟く…。

なぁに…すぐに…お払い箱になるさ…。
けど…役者さんたちには迷惑かけないようにしなきゃなぁ…。
引き受けたからには…逃げるわけにもいかんしね…。
なんにしても…頼むから早いとこ見限ってくれ~…。

それが…お払い箱どころかドル箱に変身するとは…当の本人はおろか誰も予想だにしていなかったに違いない…。

 モデル出身の実力派イラストレーターで…そこそこ売れてるエッセイスト…。
それだけなら御呼びはかからないかも知れないが…コメンテーターなどでちょこちょこTVにも出ているから…ファンも全く居ないわけじゃない…。
所謂…芸能人ではないが…大富豪の次男坊で超美形のクォーターとくれば…付加価値がついて余りある…。

 話題性は十分にあろうから、最初はちょっとした視聴者寄せの招き猫のつもりでゲストに選んだのだろうが、今や主人公に迫る勢いで人気上昇中…。
2匹目のドジョウを狙って…ここぞとばかりに写真だのイラストだのの依頼が…。

だからさぁ…本業に専念したいつってるだろうがぁ…!
そりゃぁ…イラストの御依頼は有り難く承りますよ…それが僕の飯の種だし…。
けど…モデルはやんねぇ…。

 そうは言いつつも…滝川のおねだりには弱い西沢…。
依頼主もそこのところをよく弁えているらしく…滝川を使うと前置きしてきた…。
とうとう写真まで撮る破目に…。

言っとくけど…僕は妻子持ちの中年男だよ…。
そんなオヤジの写真…誰が買うんだよ…。
撮るだけ無駄だ…無駄…。

 そんなこんなで…ここのところ西沢の唇から溜息の途切れる暇もない…。
それとは裏腹に滝川の方はホクホク顔…。
永遠のテーマと決めた被写体西沢の写真を…その最高の瞬間を手に入れるチャンスがまた廻ってきた…。

オヤジだろうがコモチだろうが関係ねぇんだ…。
納得の一枚を撮るのが…僕のライフワークだからな…。
う~ん…たまんねぇ…その喉の曲線…。

 実際には…西沢は未だにオヤジと呼ぶには相応しくない存在だった…。
まるで時が止まってしまったかのように…むしろ…逆行してしまったとしか思えないほどに…。
皮膚も体型も何ひとつ変わらず…二十代のままだ…。
それが世間を驚かせ…不思議がらせる…。

当然さ…。

滝川は秘かにほくそ笑む…。

紫苑の生命エナジーの基盤はノエルが新しく生み出したもの…。
まだすべてが幼くて…せいぜい小学生くらい…新鮮なエナジーなんだ…。

 新しい生命エナジーの基盤は西沢の命の基となっただけでなく、年齢相応の老化をストップさせ、さらには若返らせた…。
見る者を驚嘆させるほどの奇跡ではあっても…西沢にとって…それがメリットなのか…デメリットなのか…それは誰にも分からない…。
西沢はただ…太極によって再び与えられた命を…静かに全うするしかない…。




 「それじゃあ…紫苑さんはみんなよりずっと長生きするの…?
200歳くらいまで生きたりして…。 」

新しい写真集を繰りながらノエルが驚いたようにそう問いかけた…。
すぐ脇から子供たちが興味深げに覗き込んでいる…。

こぇはぁ…チオンとうたん…と慧勠が写真集の西沢を指す…。
そうだよ…と吾蘭が頷いて…それに答えてやっている…。

「そいつは無理だな…。 」

そう答えながら滝川は…西沢と顔を見合わせて笑った…。

「むしろ…普通の人より早いかも知れないよ…。
大きな力を持つということは…それだけ自分を支え保っていく力も必要なんだ…。
見かけは若くても自分自身の力に喰われて早死にする者も多い…。
紫苑は並外れた能力者だから…ケアも十二分にしてやらないとな…。 」

そう言って…さも愛しげに西沢を見る…。
それが自分に与えられた天命…と…滝川は信じて疑わない…。

そんなぁ…。

ノエルは不安げに西沢を見た…。
早世の予測など気にする様子もなく…西沢は穏やかに微笑んでみせた…。

「心配しなさんな…ノエル…。
紫苑の場合は生命力も並外れてるんだから…そんなに簡単に死んだりしないよ…。
早いったって…今日明日ってわけじゃないんだ…。
人生が80年のこの時代なら…それより少し早いかも…って話で…。 」

それに…と滝川は続けた…。

「100歳越えて長生きした能力者だって居ないわけじゃない…。
ひょっとしたら…ノエルよりずっと長く生きるかもしれないぜ…。 」

 そう言われても…ノエルの不安は消えない…。
エナジー相手の戦いで西沢の命の火が今まさに消えていこうとした時の…その手の冷たさを…ノエルは未だに忘れては居ない…。
不覚にもぽろっと涙がこぼれ落ちた…。

 子供たちが訝しげな目でノエルの顔を覗き込み…それぞれの手がノエルの衣服をぎゅっと掴む…。
母であり父であるノエルの涙は、幼い子供たちに少なからず動揺を与えた…。

「ノエル…大丈夫だってば…僕はそう簡単にはくたばりゃしないよ…。
きみが産んでくれた命じゃないか…。
きっと…誰のものより頑強で長持ちだ…そうだろ…? 」

西沢がそっとノエルの髪を撫でた…。
それ以上…要らぬ涙がこぼれぬように下唇をきゅっと噛み締めながら…ノエルはうんうんと頷いた…。



 後ろのカット具合はこれで宜しいですか…と美容師が訊ねる…。
何気なく鏡の中の自分を見て…ちょっとした肌の翳りにはっとする…。
鏡の向こうから覗く顔…。

 いったい幾つになったっていうのかしら…と輝は嘆く…。
何処がどう変わったというわけではないのだけれど…少しばかりくすみが出てきたような…。

嫌だ…まだそんな齢じゃないわよ…。

溜息混じりに礼を言って…輝は美容室を後にした…。

 通りすがりのショウウィンドウに映る自分の姿を…立ち止まって少しだけ眺めてみる…。
母親になっても衰えない容貌…同年代の知人からはいつも羨ましがられる…。
けれど…間近にノエルを見ていると…それも虚しい…。
輝よりもずっと若くて魅力的…とても男の子三人産んだとは思えない…。
手放すのを躊躇う紫苑の気持ちが…悔しいけれど…十二分に分かる…。

半分だけ…のくせに…紫苑の心をがっちり捉えて放さないのよね…。

それでもあとの半分は…と…昨日の夜を振り返ってみる…。

輝さんがさぁ…うんっ…と言ってくれたら…すぐに籍入れるんだけどなぁ…。
だって…僕等ずいぶん長い付き合いだしさ~…ケントも大きくなってきたし…。
そろそろ…僕の嫁さん…してくんないかなぁ…。

なんて…変なプロポーズ…。
分かってるわよ…恋愛感情じゃないことは…。
それなのに…考えとくわ…なんて気を持たせるようなこと…言ってしまった…。

籍なんか入れたら…紫苑はどう思うかしら…?
紫苑の再三再四のプロポーズをすげなく断っておきながら…今さらノエルと…。
そう…半分だけ紫苑の奥さん…ノエルと…よ…。

馬鹿ね…まるでまた…紫苑に意地悪しているみたいじゃないの…。
あてつけがましく…ノエルの子供を産んだだけでも…紫苑は好い気がしなかったでしょうよ…。
その上に…ノエルまで…まぁ私にとっては…妻じゃなくて夫ってことになるんだけど…奪い取っちゃったら…ショックで寝込んじゃうかも…。

そうなったら…あ~ぁ…また恭介が煩いわねぇ…。
紫苑命の御馬鹿さん…あんたがしゃしゃり出てきたら紫苑は余計に寝込むわよ…。

天を仰ぐ紫苑の顔を思いうかべて…輝は思わずクスッと笑った…。

…それでも…恭介が必要なのよね…紫苑…。
誰よりも…大好きなのよね…。

大丈夫よ…紫苑…そこまで意地悪じゃないわ…。
だって…今でも…。




 仕事部屋のドアが勢いよく開かれ…蒼ざめた西沢が飛び出してきた…。
居間のソファにゆったりと身体を預けて雑誌をめくっていた滝川と、子供たちを昼寝させながら半分うとうとしていたノエルは、そのただならぬ様子に驚いて身を起こした。

「今…輝の声が聴こえた…!
僕を呼ぶ声…何かあったんだ…! 」

西沢の表情から…容易ならざる事態だということが察せられた…。
他の者が言うことなら空耳で済ませられるが…西沢の場合はそうはいかない…。

ノエルはすぐに携帯を手にした。
鼓膜に呼び出し音だけが虚しく響く…。
 
「だめ…美容室の方に連絡入れてみるよ…。 」

美容室とはすぐに繋がったが…輝はすでに店を出た後だった…。
もう工房に戻っているかも知れない…と…ノエルはまた別の番号を押し始めた…。

「輝の工房に行ってくる…。
店を出たのなら…輝は工房へ向かったはずだから…。 」

西沢がそう言うと…滝川はだめだと言うように首を横に振った…。

「ここに居ろ…紫苑…分かっているんだろう…?
多分…すぐに連絡が来る…それを待て…。
今…おまえが出てったところで…事態は変わらん…。
行き違いになるだけだ…。 」

滝川の悲しげな眼が…宥めるように西沢を見つめた…。
自分を納得させるように何度か小さく頷いて…西沢は思いとどまった…。

「工房にも居ないみたいだよ…。
仕事切り上げて…直接…こちらへ向かっているのかなぁ…? 」

何も知らないノエルが希望に満ちたことを言う…。
とにかく外部からの連絡を待とう…と…見合わせた滝川の眼が頷いた…。

「そうだと…いいなぁ…ノエル…。 」

西沢はかろうじて…笑みを浮かべた…。

 






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