髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

私はいつから3人に憧れるようになったのだろうか?

2011-05-31 | Perfume
先日、東京タワーの根元に近い港区のビルの屋上で、Perfumeの「氷結」の大きな広告を張り出す作業をしている所を見た。
その光景を見た瞬間に私は「シークレットシークレット」のPVで、3人が変装しながら自分たちの出演している巨大広告をこっそりと眺めるシーンを思い出した。
そのシーンが、「氷結」の広告でついに現実になったのだ。


画像は、6月19日に撮影したもの。「神宮前交差点」(原宿)から見上げたものです!

「マカロニ」のPVで、河原で手をつないで走っていた3人も、ずいぶんと遠くまで来たものだと、考え深く感じた。

先日、2009年5月に代々木体育館で開催された「ディスコ!ディスコ!ディスコ!」での「代々木ディスコMIX」を久しぶりに見直してみた。武道館公演を大成功に収めた後の、3人の新たな挑戦のステージだった。
そのステージングの素晴らしさに、改めて感動した。
映像で見ても楽しいが、リアルタイムで見ていた私は、楽しすぎて頭がおかしくなるかと思ったものだ。
その後のステージ上であ~ちゃんはこう言った。
「青春。青春をね…ホンマコレに費やしてきたけんね…ウチらPerfumeしかないんよ。青春の思い出。だからね、コレがダメになるとホンマに悲しいんよ(中略)これからも頑張るけん…みんな、見捨てんでね」

あれだけの完璧なステージングを見せつけておいてからのこの発言である。

私が何度もPerfumeのライブに参加しに行くのは、見る度に新しい感動を受けるからだ。
いつでも3人は全身全霊で、客席の端から端までの観客を楽しませようとしてくれる。
同じ曲を何度見ても、新しい価値観を提供してくれるし、まるで初めて見たかのような鮮度を今でも保っている。
もう、言うまでもなくそれは「歴史」が証明していると思う。


泥酔しながら乗った京王線の車内にて。

キリンさんの「氷結」の広告は、日々大勢の人が乗り合わせる電車の中にも広告が貼られる。
この結果は、3人が着実に創り上げてきた「信頼」がもたらしたものだと感じる。

信頼は、失うのは一瞬だが、創り上げるにはとてつもない時間がかかる。
一歩一歩、着実で誠実なステップを上がり続けてきたから、3人はここまでの高みに登れた。

私のようなおっさんがPerfumeの魅力に取り憑かれるのは、誠実な仕事を一歩ずつ着実にこなして、下がることはなく、ゆっくりと階段を上がって歴史を創り上げて行く姿に「理想」のようなものを感じ取るからだと思う。
そしてその歴史を築くにあたり、強大なバックアップなどに頼らずに、3人が並々ならぬ努力をしている部分に激しく心をつかまれる。

Perfumeに対する「憧れ」が強く作用しているのだと思う。
3人より16年も長く生きているが、3人に対する尊敬の念が堪えない。

Perfumeは、私の「憧れ」です。

結論。
かしゆか好きっス!
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「レーザービーム/微かなカオリ」を聴いたよかしゆか

2011-05-23 | Perfume
※5月23日現在、どちらの曲もPVを一度も見ていません。何と言いますか…そういった「プレイ」になっております…。もちろん貼ってある動画も再生しておりません!

5月18日発売のPerfumeシングル「レーザービーム/微かなカオリ」を聴いた。

2009年の「ワンルーム・ディスコ」から続いているプレイなのだが、今回も私はフラゲ日(正式な発売日の前日に購入する「フライングゲット」の日)まで新曲を聴かないで過ごした。
実際には数々の妨害工作などでイントロの3秒ほどは聴いてしまったが。
お陰さまで、公式の情報や新曲のキャンペーンなどはすべてスルーしたので、今現在でもPerfumeの情報はほとんど追えていない状況だ。

フラゲ日である5月17日は、東京では雨が降ったり止んだりのあいにくの天候になった。
今回は、店頭での予約で、特典としてポスターが付属する。そのポスターが雨に濡れてしまわないかが心配な一日となった。

私は吉祥寺のタワーレコードさんで予約をした(予約の時に聞いたのだが、今回も新曲の予約のスピードが速いらしく、店頭在庫はまだあるが、ネットなどでは売り切れが出ていたようだ)。
当日の仕事をいい加減に片付けて、夕方前に吉祥寺に向かった。
雨は相変わらずに降ったり止んだりを繰り返している。

夕方前なので、まだ空いている吉祥寺タワレコさんで、無事に初回限定盤をゲットした。
私が何も言わないのに、スタッフさんはポスターをビニールに入れて、さらに大きめの袋に入れてくれた。
地味だが確実に光る、とても良いサービスレベルだと感じた。
こういった小さな一歩が積み重なってブランドへの信頼に繋がって行く。


ここまでしてくれた吉祥寺タワレコさん。


吉祥寺タワレコさんのPerfumeコーナー。


こちらは今や「聖地」になりつつある渋谷タワレコさん。今回も巨大パネルが入り口を占拠!


そして渋谷タワレコさんの「ファンノート」に…また…描いてしまいました。


その「ファンノート」の6月上旬の状況です…。(画像撮影、提供@soramithmさん)

すぐに聴きたいので、めったに使わない武空術を使って帰宅した(ウソ)。

初回限定盤のジャケットは、黒い衣装に身を包み、指からレーザービームを発射する「大人な」3人の姿。
通常盤のジャケットは、白い衣装に身を包み、家具(日常?)に囲まれた「等身大(?)」な3人の姿。


初回限定盤は、紙のジャケットから中身を引き出すと、いきなり「レーザービーム」で打ち抜かれる!

Perfumeの魅力の大きな部分に「ギャップ」「二面性」(喋り始めると急激に個性を発揮するあ~ちゃん、「カッコいい」と「可愛い」を激しく行き来するかしゆか、ステージ上ではカッコいいが、ステージを降りると残念なのっち)というものがあるが、それをそのまま具現化したようなジャケットだ。

対照的で素晴らしい。
数年前までは某所で「性欲減退ユニット」などと失礼な呼び方で呼ばれていたものだが、本当に3人とも美しくなった…。
このままどこまで美しくなるのだろうかと心配になるレベルだ。

そして、毎度おなじみの「儀式」を執り行い、シルクハットと蝶ネクタイをビシッと決めて、ちゃぶ台の上に正座をし、目を閉じながら聴き入った。

「レーザービーム」

[PV] Perfume 「レーザービーム」 2011.5.18発売!


この楽曲は、以前の「氷結」のCMに出演したとき、YouTubeに上がっていたのを2回ほど見ただけで、それ以来一度も聴かなかった。
なので、ほぼ完全に忘れることができて、新鮮な気持ちで聴くことができた。
実は、CMの音源を聴いた時にはあんまり期待はしていなかった。

しかし、イントロからしっかりと上がり腐ることができた!
中田ヤスタカ氏お気に入りの(というか打ち込み系では必須の?)「ハイハットの裏打ち」は今回は排除され、それでも裏を感じてガシガシ踊れるリズムを作り出している。
最近の楽曲の中では圧力のあるキック音と、相変わらずのブリブリベースに天空をくるくると回るような高音。
この曲がライブハウスでパフォーマンスされたら…と考えるだけで恐ろしい!

「キリンチューハイ 氷結」のCMソングに使われるだけあって、「ストレイト」や「シュワリ」などという歌詞も含まれていて、中田ヤスタカ氏の仕事のクオリティの高さも伺える。
早いところライブで聴きながら暴れたい!


ちなみに、キリンのサイトもまだ見ていない…何プレイと名付ければ良いのだろうか?

「微かなカオリ」

[PV] Perfume「微かなカオリ」2011.5.18 発売!

こちらも6月29日からキリンのCMで使用されます!

まず「微かな」を「わずかな」と読んでいたことを正直に告白しよう。
正解は「かすかな」だ。情報解禁の時に涙目で読み方を検索したのは内緒にしていただきたい。
この楽曲に対して、色々な場所で衝撃だと言う感想を見たが、私も初聴で戸惑いを覚えた。
パッと聴いた感じでは「なんて優しい(軟弱な?)曲なんだ!」という印象だった。
しばらく繰り返して聴いているうちに、今までの感覚と違う何かを感じて、すぐに歌詞カードを見てみた。
いつもは歌詞カードは見ないのだが(未だに何と歌っているのか分からない曲もある)、この楽曲から立ち上がるのは、確実に「香り」だと思ったのだ。

サビの部分を一部引用。


「微かなカオリ」 作詞・作曲 中田ヤスタカ

ねぇ ふわっと香る ヒミツの恋に
キミは気づいてくれたかな?
好きだよ さりげないこと だけしか伝えられないけど
やさしいキミの ホントのキモチ
知りたいんだけどこわいから
隠してしまうんだよ 恋してる微かなカオリ


男性に想いを寄せる女性の気持ちを、「香り」に託している。
どれだけ音楽を聴いても、決して伝わらない「香り」を歌詞のテーマに持ってくる中田ヤスタカ氏のセンスの素晴らしさに驚いた。もちろん「Perfume(香水)」というグループ名も意識してのことなんだと思う。

視覚や聴覚の瞬間最大情報量と違い、嗅覚は目に見ることができず、情報量がとても少ない(クサイのは除く)。
しかし、「香り」というものは確実に脳裏に刻み込まれる深い情報が詰め込まれている。

このシングルは、東日本大震災がなければ、4月20日に発売される予定だった。
たった一ヶ月後ろにズレただけだが、本来ならば「春の香り」に満たされた季節を過ぎたばかりにリリースされるはずだった。
そうすれば、もっとガッチリと「季節」とリンクしていたと思う。

誰もが感じることだと思うが、「香り」に季節を見いだすことは多い。
夜に窓を開けた時に、フッと「春の香り」がしてきたり、朝の目覚めに「夏の匂い」を感じたりして胸が締め付けられるようなことがあると思う。
特に「春の香り」は、樹々に新芽が吹き出してくる景色と共に記憶に優しく張り付いている。

毎日毎日感じたり思うことではないが、「香り」は遠く離れることはなく脳内や胸の中に残っているものだ。

そんな、優しくて儚い恋の気持ちを「カオリ」という言葉を使って歌っている。

この楽曲で感じられる「優しさ」が、実にPerfumeに、あ~ちゃん、かしゆか、のっちにピッタリなイメージだと思った。
ゴリゴリに押してくる「恋」ではなく、遠慮がちにそっと置いてくる「恋」。
春の訪れと共に、楽しくもあり苦しくもある、恋愛が一番輝いている一瞬の気持ちを、相手には決して見せずにふわっと香らせる。

かつては「名前だけでも覚えて帰ってください!」と観客に懇願していた3人だが、ジャケットの写真のように美しく成長した3人の「余裕」のようなものが感じられて、ホッとする感じだ。
微かに香るだけで、十分に魅力が伝わる三人娘になったと思う。

中田ヤスタカ氏の本業であるcapsuleを知らない人であれば、ギョッとしてしまう楽曲かも知れないが、着実にcapsuleで築いてきた作詞技術が、ここで活かされていると思った。
中田ヤスタカ氏の中には、しっかりとした「乙女」が住んでいるのだ。

今回の「レーザービーム/微かなカオリ」は、じっくりと歌詞を読みながら聴きたい楽曲だと感じた。

結論。
かしゆか好きっス!
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Baby cruising Love~♪東京~広島往復地獄のツーリング!(後編)

2011-05-18 | ツーリング
5月3日、広島で開催される「ひろしまフラワーフェスティバル」に行ってきた。
目的はもちろん、私が愛して止まないPerfumeのステージを見に行くためだ。

826キロを19時間かけて走った「前編」はこちら

5月4日。6時半ごろにホテルで目覚めた。
前日のオフ会は一次会で帰り、しっかり睡眠を取って休んだので、若干の疲労感はあるが体調はまずまず。
往路は予想外に時間がかかり、体力気力共に削られたが、復路は始めから茨の道だと覚悟ができている。

友人とお好み村に行き、Perfumeゆかりの「あとむ」さんに行ってしっかり栄養補給をし、かしゆかの出身小学校を拝み、あ~ちゃんが幼い頃に遊んだ神社で一服して、昼過ぎに広島インターから山陽道に乗った。

帰りは細かなスケジュールは組まなかった。ここまで来るのに19時間もかかったので、帰りはボンヤリと24時間くらいかかるだろうと予測。翌日の昼過ぎに東京に戻れれば御の字だ。

天候は良好。5月らしい暖かさになった。
上下の防寒着はリアフェンダーにくくり付けて走り出した。
前日には激しく渋滞していた上下線とも、今日は空いている。
距離が稼げそうな予感を胸に走り出すと、すぐに猛烈な眠気に襲われた。
しっかり眠ったはずなのに、あっという間にセンターラインが二重に見えるほどにまぶたが重くなる。

危険を感じたので、すぐに小谷SAで休憩した。

15時

広島から94キロ。
のっちの故郷福山SAに到着。給油。

少しだけ目が覚めたが、身体の芯から眠気が抜けないので、思い切って寝ることにした。
コーヒーやガムや、目の覚める飲料などでどうにかなる眠気ではなかった。
この眠気を覚ますには、寝るしかない。
また、昼寝が大好きなPerfumeのっちの故郷福山なので、寝るにはピッタリだ。
バイクを停めて、フラフラと芝生の広場に向かい、垣根のそばで横になった瞬間に眠った。

ハッと気がつくと17時になっていた。

疲労感はやや残っていたが、頭の中はスッキリとクリアになった。
後になって振り返ると、暖かいうちにここで睡眠を取ったのは賢明な判断だったと思う。

そこからはトロトロと進んだ。
乗り始めてすぐに肩が痛くなる。
いよいよ激しい渋滞に出会うようになってきた。

18時半

広島から157キロ。
吉備SAに到着。
再び寒さが厳しくなってきた。
どうしてもすぐに肩が痛くなる。しかし逆に考えれば肩しか痛くならない。
ここではコーヒーを飲んだだけでパッと再び走り出した。

20時

広島から223キロ。
龍野西SAに到着。食事をした。
どこのJCTだったか忘れたが、激しい渋滞を抜けた。この先はすべてのJCTで渋滞を味わうのだろう。
相変わらず渋滞の情報が分からなかったが、Twitterのフォロワーさんに、渋滞情報を簡単に把握出来るアプリを教えてもらって、それでずいぶん情報がつかめるようになった。
往路の反省を活かして、iPhoneの電源は切りながら走っていたが、やはり通信をすると激しくバッテリーを消費する。

21時

広島から273キロ。
三木SAに到着。給油。
SAの中をウロウロしていると「ハイウェイオフィス」というコーナーを見つけた。
そこに、夢にまで見た「コンセント」があるではないか!
そこでiPhoneをフルに充電した。そして備え付けのPCで、高速道路各所の渋滞をチェックした。
自分が到達するのはまだまだ先だろうが、東名も中央道も渋滞で真っ赤っかになっているのを確認。
その前に神戸JCTが盛り上がっているようだ…。



22時半

広島から307キロ。
西宮名塩SAに到着。
渋滞渋滞で疲労する。
SAの入り口まで大渋滞している。
トイレが我慢出来ない子供を引き連れて親子がクルマから降りて走っていたりした。
それらの行列を飛び越えてバイクは進入できる。交通誘導員もバイクは先に行かせてくれる。
ほんのちょっとだけバイクの優越感を感じるひとときだ。

「バイクは渋滞していても関係ないでしょう?」と言われることがあるが、私の場合は大いに関係ある。
以前にも書いたが、自転車でクルマの横を走り抜けた時にドアを開けられて、ドアに激突した経験がある。
ドアの角の部分が首に当たり、一時間ぐらい起き上がることができなくなった。
それがトラウマになっていて、クルマとクルマの間を走り抜けるのがとてつもなく怖い。
静止しているクルマの間を80キロくらいで走り抜けるライダーがいるが、私にはそんな真似はできない。
クルマの方を悪く言うつもりはないが、バイクに乗っている人間を嫌う人もいる。
今回のツーリングでも、すり抜けをしているバイクを見つけると、サッとクルマを寄せてきてすり抜けさせないようにするドライバーはたくさんいた。逆にバイクのすり抜けを見つけると譲る(ぶつけられたくない?)ようにクルマを離す人もいる。
「陰険だな」とは思わない。
たぶんそれが正常な「世間」なんだと思う。

とりあえず草津まで走ってみようと思った。

0時

広島から381キロ。
草津PAに到着した。

途中の京滋バイパスが恐怖だった。
渋滞のストレスが溜まっているのか、周りのクルマは140キロオーバーで飛ばしている。
自分も流れに乗らなくては危険だと思ったが、数十分つき合うだけで十分に怖さを覚えてあきらめた。
道もそれほど知らない先が見えないコーナーに、このスピードで突っ込むことはできない。
それほどの運転の自信もない。

ここに大きな電光掲示板があり、この先の渋滞情報が確認出来た。

草津PAから東名高速を目指して豊田JCTまで行けば170分。約3時間。
草津PAから中央高速を目指して小牧JCTまで行けば110分。約2時間。

「どちらがラクな道か?」と問われれば、それは間違いなく東名高速だ。
中央高速はアップダウンやカーブが多いので、クルマで走っていても疲れやすい。
それに、標高が高いので、バイクだと寒さをモロに受けてしまう。
しかし、中央高速は調布のインターを降りればすぐに自宅に帰ることが出来る。
もうほとんど考えることが出来なくなった頭で考えて、中央高速を選ぶことにした。
後々に、この選択が正しかったことになる。
ゆっくり休んで、それから出発した。

2時

広島から430キロ。
多賀SAに到着した。食事と給油。
琵琶湖に到達して、まだ琵琶湖にいる。
あまりの寒さと疲労と眠気で、ここで眠ることにした。
往路と同じく、眠る場所を探したが、中々見つからなかった。
屋根さえあれば大丈夫だと考え、閉店しているスターバックスの横のひさしの下に寝転んだ。
さすがに疲れきっているので、すぐにウトウトしてきたが、やはり寒さがジワジワと染み込んでくる。
ハッと気がつくと、タバコをくわえた若者がすぐそばに立っていたので「わっ!」と声を出してしまった。
その若者も「わっ!」と声を出して走り去って行った。
なんだったんだろうか…?

時計を見ると、3~40分くらいはうつらうつらしていたようだ。

「でもやるんだよ」って、誰の言葉だったっけ?
などと思いながら、再び走る用意をした。やらなければ帰れない。
もう何度確認したか忘れたが、服装の確認。
チャックをアゴまで引く。
ポケットの中身とボタンを確認する。
ETCのカード挿入を確認。
ヘルメットをかぶってアゴヒモをきちんと締める。
グローブをはめる。
ヘルメットのシールドを上げて角度の確認。
たすきがけしているウエストバッグのチャック確認。

「失っている物はなにも無いね?」

と自分に問いかけてからエンジンを回す。

長旅にも関わらず、私のXL883Nは快調にエンジンを回してくれる。
けっきょくここには4時ごろまで滞在していた。

5時

広島から518キロ。
内津峠PAに到着。
やっと…広島を出て17時間が経過して中央道に入ることができた。
しかし、寒過ぎて走ることが出来なくなった。
ハーレーと言えば聞こえは良いが、カウルも何もないバイクだ。
風を真正面に受け続けて走っていると、服の隙間からジワリと風が入り込んできて寒さを蓄える。
空が徐々に明るくなってきたので、太陽のパワーに期待するしかない。
コーヒーを飲んで気合いを入れた。


たぶんこの辺りで撮った写真。帰りも写真を撮る余裕はありませんでした♪

電光掲示板を見ると、中央道の渋滞は解消されていたが、この時間でも東名の渋滞は解消されていなかった。
確か事故渋滞だったと思う。

6時半

広島から597キロ。
阿知PAに到着した。
日が登り、中央道ならではの周囲の樹々の景色を見ながら気持ちよく走れた。
久しぶりに(?)、早朝らしく自分以外誰もいない高速道路を楽しめた。
「明るい」と言うだけで、勇気が増幅された気がした。
名古屋方面から中央道で東京へ帰ると言えば、楽しみなイベントは「恵那山トンネルの通過」だと思う。
恵那山トンネル」は、全長が約8キロもあるトンネルだ。

極端に低速走行になるし、トンネル内は車線変更禁止なので、右車線にシフトしてトンネルに入った。
予想通り左車線はノロノロ運転になり、私は快適に走っていたのだが、真ん中辺りで突然にトラックが私の前に車線変更してきて肝を冷やした。

そこからは空いている中央道を気持ち良く走れた。
景色は東名よりも中央道のほうがキレイだ。

9時

広島から741キロ。
双葉SAに到着した。たぶん給油した。
やはりバイクを降りると自分がゼイゼイ肩で息をしているのが分かる。心臓の動悸も早い。

今回のツーリングに向けて、たったの一ヶ月ほどだが、だいたい毎日ランニングをして身体を鍛えた。
また、長距離ツーリングの後は風圧とヘルメットの重さで必ず首が痛くなるので、首も鍛えてみた。
若干の効果はあったと思う。

10時

距離数メモなし。
談合坂SAに到着した。
どこかのトンネルの入り口で出来立てホヤホヤの事故を通過してきた。
正直に書くと、渋滞を引き起こす前に通過出来たので嬉しい。
いよいよここで最後の休憩になった。目がかすんで来た。
電光掲示板を見ると、八王子の手前で新しい渋滞が形成されているようだったので、気分が落ち込む。
行きも帰りも渋滞に悩まされたが、最後の最後まで渋滞がついて回る。
落ち込んでも渋滞は縮まないので、ここでゆっくりと食事をすることにした。

今回の旅は、広島の食事以外、特に美味しいものは食べなかったと思う。写真にすら撮っていない。
SAやPAの食事は、小さめのところが美味しいのだが(おばちゃんがちゃんと料理をする)、給油の関係でガソリンスタンドのある大型のSAやPAに立ち寄ってばかりだったので、無表情でラーメンやらうどんやらを食べていた。

さて。最後の渋滞に突入だ。

11時52分13秒

広島から857キロ。
無事に自宅に到着した。

装備を脱ぎ捨てて、そのまま倒れ込むように眠った。

ずいぶん前に兄に「どうしてお前は『想像する』だけで済まさないんだ?どうして実際に行動してしまうんだ?バカなのか?」と怒られたことがあった。
「どうなんだろう?」と想像してしまうと、どうしてもそれをやりたくなってしまう。
今回も「1000キロを走ったらどれくらい疲れるんだろう?」と想像してからこの旅は始まった。
「成長するのかな?」と想像したが、5月18日現在、成長の感覚は一切してこない。

まあそんなモンだと思う。
唯一分かったのは「自分は凄まじく臆病者だ」ということくらいだろうか。
ガタガタだった身体の疲れも脳みそのグチャグチャ感も翌日にはキレイに消えてしまった。


往復で1683キロ。走行時間43時間(休憩含む)。


それが分かっただけでも、いい時間が過ごせたと思う。


楽しい旅に私を導いてくれたPerfumeと、愛車XL883Nに感謝をしたい。

無事に帰って来れて良かった!ありがとう!

今度は北に行くぞ!
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Baby cruising Love~♪東京~広島往復地獄のツーリング!(前編)

2011-05-12 | ツーリング
5月3日、広島で開催される「ひろしまフラワーフェスティバル」に行ってきた。
目的はもちろん、私が愛して止まないPerfumeのステージを見に行くためだ。

私は以前にもPerfumeを追いかけて東京から高知までバイクで駆けつけた。
行きはフェリーにバイクを積んで、帰りは800キロを13時間かけて走り抜けた。

その経験から「次は1000キロを走ってみたいな」と言う願望が湧いていたので、Perfumeが「ひろしまフラワーフェスティバル」に出演すると聞いた数日後には広島のホテルを押さえていた。

結論から述べると、かなり無謀な旅だった。
高知までの遠征がそれほど苦しくなかったし、大阪まではクルマで何度も行っているので、甘く考えていた。
今現在でもよくもあの地獄から生還できたものだと思う。
東京から広島までは19時間もかかり、広島から東京までは、なんと24時間もかかった。
往路と復路に分けて、二つの記事を書こうと思う。

一番頭を悩ませたのが装備だった。
日中は汗ばむほどの陽気だが、朝晩はかなり冷え込む。
往復共に深夜にかけて走る予定なので、冬用の装備にした。
近所を走るのであれば確実に過剰装備だ。しかも、もし暑かった場合はそのまま冬の装備が大きな荷物になる。

結果、それでもまったく足りなく、足止めを食らうほどに寒い思いをした。

また、本州の西の方面は吹田までしか行ったことがないので、ルートの確認にも気を使った。
今になって振り返れば簡単なルートだが、高速道路で道を間違えると痛い。
Googleマップでシュミレーションをしても、何故か大阪で道を間違える。

事前にブログなどで東京~広島を往復した人を探して学習しようとしたが、どなたも途中で宿泊されていて、参考になるらものはなかった。

今回の旅は、正直に言って不安だった。
眠気でブラインドコーナーの先の渋滞に気づかずに最後尾に突っ込むイメージが何度も脳裏に浮かび上がって、夜中に起きてしまうこともあった。
なので、普段は神頼みなどしないのだが、生きて再び地元に帰ってこれるように、実家近くの深大寺に祈りを捧げてお守りを買ってざる蕎麦を食べた。



また、身体の負担を減らすために、見た目は悪いがクルマ用の「お尻痛くないシート」(750円で効果絶大!)を敷いて行くことにした。


こちらは「スロットルアシスト」。効果はあったと思う。

行程は

5月2日の21時出発
5月3日の12時到着(15時間見積もり)

5月4日の昼ごろ出発
5月5日の未明に到着

と設計した。

が、5月2日の仕事中に「高速道路は空いている」という情報を得て、少しでもコマを進めてから休んだほうが良いのかと思い、突如計画を変更して21時出発の予定を16時半出発に変更した。
持ち物リストでチェックが入ってないのは携帯とiPhoneと充電器と財布くらい。それらを上着のポケットに入れて、リストにチェックを入れて、家を出た。

モンベルのドライコンテナに入れたバッグをリアフェンダーに固定して、16時半に出発した。

17時半

自宅から13キロ。
毎度立ち寄る東名川崎入り口そばのセブンイレブン。
これからだ!と言うところで夕方の渋滞にハマって気が滅入るが、一服した後に東名に乗った。
山の向こうに沈んで行く夕陽を追いかけるように西へ西へ進んで行く。
山を越えるたびに何度も夕陽が現れる。
混んでいるわけではないが、そこそこクルマが多いので、あまりスピードは出せない。

18時43分

自宅から90キロ。
足柄SAに到着。給油。
日が暮れると、予想以上に寒くなった。
今回の旅は「寒さとの戦い」も大きな部分を占めた。
まだ出発したばかりなのに、この時点で装備の薄さに気づいた。
寒さをこらえるだけで体力を奪われるので、ここでオーバーパンツを履き、インナーにもう一枚シャツを着た。

20時05分

自宅から166キロ。
日本平PAに到着。
大型トラックが多く、80キロ、90キロほどで巡航しているので、やはり思うようにスピードは出せない。
80キロで走行している大型トラックを、90キロで巡航している大型トラックが追い抜く際に平行して2車線を潰すので、その後ろが渋滞気味になる。
結局この「大型トラック問題」は広島に行くまでついて回った…。

20時45分

自宅から205キロ。
牧之原SAに到着。給油をして、ゆっくりと食事。
沼津で謎の渋滞にはまり、ここで体力を削られた。
SAは人で溢れ返っていて、落ち着く場所がない。
ここで気づいたが、私以外のバイクをほとんど見かけなかった。

23時10分

自宅から329キロ。
愛知県伊勢湾岸道に入り、刈谷PAに到着。たぶん給油した。
覚悟はしていたが、豊田JCTの手前でそこそこの渋滞に捕まった。
この辺りからケツが痛くなってきた。
行く前から伊勢湾岸道の強風を恐れていたが、幸いにも風はほとんど感じること無く通過出来た。
ただ、高所恐怖症の私にはスリリングな道だった。

今回のツーリングでしみじみと思ったのは「自分は車間距離を多く取り過ぎている」ということだった。
逆に「他の車両が車間距離を詰め過ぎている」と言いたいところだが、往復1600キロを走って、他の車両よりも、自分のほうが特異だと分かった。
そこそこ流れている高速道路で、常にブレーキランプをチカチカさせながら前のクルマにピッタリと追従しているクルマばかりだった。

個人的な感想としては、頭が狂っているとしか思えない。

10台くらい前のクルマまで見通せたり、低速であればまだ理解出来るが、2、3台前しか先が見えないのに、よくもここまで接近して走れると思う。
トラブルが起きた場合には、絶対に回避できない距離だ。
前のクルマを運転している人間を、どうしてここまで信頼できるのだろうか?
「居眠りしていて、中央分離帯にぶつかるかもしれない」などという想像力はないのだろうか?

私はバイクだし、クルマほど速度を急激に落とすことはできないので、いつでも大型トラックがラクに入れるくらいの車間距離を取っていたが、それがイライラするらしく、常に背後にピッタリとつけられて煽られた。
煽った後に急激に前に割り込まれることも何度もあった。
それでイライラしたり怒ったりすることはまったくないのだが、夜間の高速道路で後ろのクルマのライトが大きくバックミラーに映り続けるのはそれなりのストレスにはなる。

1時

自宅から410キロ。
新名神の土山SAに到着。
この時点で予定よりも2時間押していた。ともかくスピードを出すことが出来なかった。
もう眠る時間だったが、何としても大阪は越えてから眠りたい。
この辺りから「暗い」ということに恐怖を覚え始めた。
あとは、意識がはっきりとせずに走りながらボーッとすることも多くなった。
ここで大きな失敗に気づいた。
iPhoneや携帯の電源を切らずに走っていたので、バッテリーがかなり少なくなってきたのだ。
ブースターパックも使い切り、SAなどにはコンセントが見つからなかったので、iPhoneをフルに使うことが困難になってきた。
「なんでコンセントがないんだ?」と疑問に感じたが、クルマの人には必要ない…。

2時53分

自宅から521キロ。
京滋バイパス、吹田を抜けて中国道西宮名塩SAに到着。
前日に起床してから22時間ほど過ぎていたので、疲労も溜まり、恐怖心も満タンになってきた。そして寒さも我慢するのが苦痛に。
吹田JCTを抜けた辺りで、走り屋のクルマが私と右車線のクルマの間を、恐らく160キロくらいのスピードで駆け抜けて行った。
そのクルマがかすっただけでも私は死ぬ。
あまりの恐怖にヘルメットの中で絶叫し、そこで心が完全に折れた。
自分の運転技術にも自信が持てなくなってきたので、ここで眠ることにした。

過去の大阪遠征で、バイクにくくりつけていた荷物をすべて盗まれたことがあるので、リアフェンダーの荷物をすべて持って休むことにした。「他人を信用するな」というのがそのときの教訓だ。
眠るに適した場所を探したが見つからなかったので、芝生の広場にあるベンチに横になる。
その時に、自分がゼイゼイと肩で息をしていることに気づいた。
心臓の動悸も早く、全力疾走した後のように呼吸が荒くなっていた。
ずっと気を張りつめていたのだと理解した。

寝る、と言っても眠るための装備は何も持っていない。
そのままベンチにごろんと転がって、着ていたN3-Bのフードをかぶり、チャックを鼻のところまで上げる。
星を見ながら呼吸が落ち着いてくるのを待つ。
さすがに走っている時のような寒さは感じない。
深夜にも関わらず、周囲は長距離トラックのエンジン音や人がバタバタと歩き回る音が絶えずに、落ち着くことはできなかった。
寂しくなったら誰かと電話で話すかTwitterで紛らわそうと考えていたが、バッテリー不足のためにそれも出来ない。

しばらく目を閉じていたが、眠れそうにもなかったので、コーヒーを飲みながら空が白くなるのを待った。

5時半

明るくなってきて、若干の勇気らしきものを感じたので、再び出発することにした。
あとたったの250キロくらいで到着する!

6時半

自宅から649キロ。
山陽道瀬戸PAに到着。
日が出てきて寒さ地獄から解放されると思っていたのだが、どこまでも曇天でとてつもなく寒い。
バイクで走っていなければ過ごしやすい日だと思う。
ここで気づいたのは、自分とバイクの「汚れ方」だった。
うっすらと白い粉のような汚れが自分の服の前面に出ていた。
バイクも同じく、白い粉がたくさんついていた。
地元のライダーさんたちの爽やかな集合場所にボロボロの姿で入り込む快感。
どこだったか忘れたが、カップルのライダーがちゅーをしているところに割り込んで、ちゅーの延長を阻止できたのが嬉しかった。


たぶんこの辺りで撮った画像。今回のツーリングでは写真を撮る心の余裕はほとんどなかった。クルマ用の「お尻痛くないシート」を敷いています。

8時半

自宅から735キロ。
福山SAに到着。給油とかしたと思う。食事もしたかな?
この先のどこかで25キロの渋滞が発生しているようだが、それがどこなのかが分からない。
バッテリー残量の少ないiPhoneで調べてみるが、広島の手前辺りが赤くなっていることしか分からなかった。
SAには、東名高速のような電光掲示板はなかった。
スイスイと進んでいるのであれば自分の疲労具合と相談して駒を進められるが、渋滞に遭遇してしまうと次の休憩場所まで必死になってすり抜けをしなければならない。
もうすり抜けはこりごりだった。

10時半

奥屋PAに到着。距離数不明。
ガチガチに動かない渋滞を抜けて走って、疲労のピークに差しかかった。
もう目の前が広島なのに、ここで体力の限界を感じる。
この渋滞がどこまで続いているのかが分からない。
気が細くなってホテルに電話をするが、「よく分かりません」との返答だった…。寂しい。
もしも目指す広島まで続いているのであれば、私はもう走ることは出来ないと感じた。
もちろん引き返すことも出来ない。
楽しみにしていたPerfumeのLiveと、その後のオフ会の辞退も脳裏によぎる。
何をしにここまで来たのかが分からなくなるが、前へ進まなくてはならない。
チラッとTwitterを見てみると、もう会場に場所取りをしている人がいるようだった。
会場まではまだ100キロほどの距離がある。
「もう今夜は広島のホテルで眠れれば良い」
という所まで希望のランクを下げて、再び走り出した。
後で分かったことだが、ここで私は30キロ渋滞をすり抜けしていた。

そして走り出すと、しばらくして「事故渋滞」との掲示板の情報が入った。
そして車線が一つ潰されて、渋滞がさらに酷くなる…。
と思いきや、車線規制はあっという間に解除されて、10分くらいの渋滞でその先はガラガラに変わった。

Twitterのポストより。

うぉぉぉぉぉぉあ!かしぃぃぃゆかぁぁぁぁぁあ!まっっっってろよぉぉぉぉ!!!
posted at 12:10:28

これは、渋滞の終わりを走り抜けて、広島高速に入ったところでポストしたものだ。
たぶん、ヘルメットの中でゲラゲラ笑っていたと思う。穴と言う穴からアドレナリンが吹き出す感覚。
深海の底から突如宇宙空間に飛び上がるような展開だった。
もうPerfumeのLiveも、企画したオフ会も何もかもあきらめて絶望していたのに、いきなり目の前に希望がひょっこりと顔を出した。

12時47分

自宅から826キロ。
本来は途中で5時間程度睡眠を取る予定だったが、ほぼ予定通りの時間にホテルに到着することができた。
無事に到着できた喜びで、それまでの苦しさはすべて吹き飛んだ。

私を安全に運んでくれたXL883Nよ!ありがとう!

「後編」につづく)
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第35回 ひろしまフラワーフェスティバルに行ってきた!

2011-05-10 | ライヴレポート
5月3日、広島で開催される「ひろしまフラワーフェスティバル」に行ってきた。
目的はもちろん、私が愛して止まないPerfumeのステージを見に行くためだ。

今回のステージはたった30分の予定だが、この30分にはとても大きな意味がある。
広島出身の彼女たちが中学生の頃に上京し、長い長い下積みの期間を経て夢をつかみ、武道館、紅白歌合戦、全国ツアーや東京ドーム公演などの大成功を収めての「凱旋公演」だからだ。
会場で私の後ろにいた地元の大学生男子グループは、小学校の頃の3人を良く知っていたそうだ。
話しを聞くと、Perfumeの3人は広島ではもちろん有名だったが、「ああ、あのパフュームさん(笑)」といったニュアンスの存在だったようだ。
そんな「パフュームさん(笑)」が東京に行き、時間はかかったが全国区の人気者になって地元に帰って来るのだ。
今ではPerfumeの熱烈なファンである彼らにしてみれば、とても感慨深いことなんだろうと思う。

その30分のステージを見るために、私は東京からバイクを19時間も飛ばして駆けつけた。
まったくの計算外で、前日の朝5時から34時間も眠らずにPerfumeの凱旋公演を楽しむことになった(この地獄ツーリングに関しては別にブログに書きます)。

Perfumeの出演時間は16時。なんとか12時過ぎにホテルに到着した私は、急いでiPhoneと携帯の充電を開始してからシャワーを浴びて用意を始めた。言うまでもなく「LSG11」(Perfumeを応援するための戦闘服)に着替えた。
時間に余裕があるのに急いでいるのは、友人が私の場所を確保してくれているためだ。
今回のフェスティバルは、チケットなどはない。
「場所取り」は禁止だったようだが、それとなくそこに待機している人を完全に排除することはむずかしいのだろう。後になって分かったことだが、最前列の人たちは前日から場所を確保していたようだ。
時間が押せば圧縮してきて場所の確保もむずかしくなると考えていたので、慌ててホテルを飛び出して目の前を走る路面電車に飛び乗った(降りかたは乗りながら理解した)。
だいたいこの辺だろうな、と思われる場所で路面電車を降りて、iPhoneのマップを見ながら会場を目指す(本当に便利な世の中になったと思う!)。

ジワジワと歩いて行くと、大きな川の向こうに音楽が聴こえて大勢の人だかりが見えてきた。
東京でもこんな人だかりが出来るのは花火大会くらいだろうか…というほどの人、人、人…!
そこに行き着くまでは肌寒かったのだが、人ごみに紛れると一気に体温が上がった。暑い!
Perfumeが出演する「カーネーションステージ」を遠目に確認した私は、友人に電話して迎えに来てもらった。

ステージは「ここにPerfumeが出るのか?」と思うほどに簡素な舞台で、そこの前方に「座りゾーン(アリーナ?)」があり、その周りが柵で仕切られている。
驚くべきことに、友人は「座りゾーン」のかなりいい位置に場所を確保していた。


画像提供なきゆかさんより

元々は後方で見る覚悟だったので、ペコペコ頭を下げながら前へ前へ進んでステージの手前10メートルほどの距離に座った。
ぐるっと会場を見渡すと、所々に「LSG11」のまばゆい緑色が目立っている。
なるほどコレを着ていれば3人から見ても認識しやすい色なんだと分かった。

約一時間ほど待ち、いよいよ16時の開演時間となった。いつものワンマン公演と同じく、会場には3人を呼ぶ手拍子が始まる。ステージの上もいつものように何もない平面で、3人の出力を待っている。
きっとあ~ちゃんはこの手拍子を聞いているはずだ。

いよいよ会場のボルテージが最高潮に差し掛かったときに、再三会場に注意を促していた司会者が再び登場して全体のテンションが下がる。
開演前にもしつこいくらいに注意を促していた。それくらいに多くの人が押し寄せてきた、ということなのだろう。私のいる「座りゾーン」はいたって平和な雰囲気だったが。

そして再度注意事項を説明された後、いよいよPerfumeのための舞台が出来上がった!

SET LIST
SE FAKE IT
M01 ワンルーム・ディスコ
-MC-
M02 メドレー(不自然なガール・VOICE・ねぇ)
P.T.A.のコーナー
M03 チョコレイト・ディスコ
M04 ポリリズム

さすがに前のほうなので、音圧もまずまずだった。FAKE ITの出囃子に乗って三人が登場した。
私にとっては2月の「オンタマカーニバル」以来の「生Perfume」だ。
私たちは座ったまま麻原彰晃のように空中浮遊して三人を迎える。
「ココロの粒子」を浴びれば修行などせずとも空中浮遊など朝めし前である。
腕を振り上げながらガンガンに座ったままバウンドする。


あ~ちゃんの右手首のあたりで頭が切れているのが私です♪

M01 ワンルーム・ディスコ

あ~ちゃんが満面の笑みで「ひぃぃろぉぉしぃぃまぁぁぁ!」と叫ぶ。
それに絶叫で応える座りゾーン!
多くの人差し指が広島の曇天を突き刺す!

こんなに近距離で3人を見るのは、スタンディングを除いて、直角二等辺三角形ツアーの仙台公演以来だろうか。
3人の表情までしっかりと見える。
その時にも思ったのだが、至近距離で見る3人のパフォーマンスは、やはり切れ味が鋭く、本当のプロだけが持つ、恐怖のような感覚を覚えた。
ゾッとするようなシンクロのダンスをニコニコと笑顔でこなすのだから凄い。

曲が終わってMCに入る。
3人の最初の挨拶のときに、あまりの声援の大きさに、かしゆかの顔が一瞬だけ歪んだのを私は見逃さなかった。
そしてあ~ちゃんは広島に帰ってきたことを、泣きながら報告してくれた。
恐らく3人がいるステージからは、家族や古い友人や、お世話になった恩師などか駆けつけてくれたのが見えたのだと思う。
地元のファンの方も感慨ひとしおだとは思うが、長い間故郷広島を離れて3人だけで東京に揉まれてきたのだから、そこから見える風景は特別なものだったんだと思う。
あ~ちゃんの「ただいま~!」に対して、地元ではないが全力で「お帰り~!」と叫んだ。

「今日はなるべく多くの曲をやりたいので、MCは何も考えていません!」

との嬉しい(?)言葉もあり、次は新曲を中心としたメドレーが始まる。

M02 メドレー(不自然なガール・VOICE・ねぇ)

「不自然なガール」のイントロの美しい腕の動きを脳内に録画する。
この振り付けは、指の先まで神経を行き渡らせていないと出来ないダンスだと思う。
それと3人の「姿勢の良さ」が合わさって、本当に本当に美しく見える。
「ねぇ」の「高速ステップ」も目の前で見れて嬉しかった。もちろんあ~ちゃんは満面の笑みで披露してくれた。

P.T.A.のコーナー

ファンにとっては毎度おなじみのコーナーだが、分からない人にはまったく分からないコーナーだ。
個人的な希望としては、屋内でファン以外の人がいない場所でやってくれてもいいんだよあ~ちゃん。
しかし「歯みがきじょうずかな」をパーフェクトにこなした。
「次で最後の曲です!」
とここで言っていたと思う。

M03 チョコレイト・ディスコ

「ディスココール」が出来ることの幸せ。
かしゆかが目の前にいることの喜び。
ここで気づいたのは、かしゆかの視線がはるか遠くを見つめている、ということだ。
3人とも、視線の射程距離が遠い。
それこそ文字通り「レーザービーム」のようにはるか先にまで視線が届いていたと思う。
また、笑顔の射程距離も遠い。
パッと3人で広がったときの、なんとも言えない存在感。圧力。
やはり東京ドームの「GAME」で一人当たり1・7万人を相手にした3人組だと思った。
かつては「大舞台」だったカーネーションステージを狭く見せてしまう姿に、さすがに東京ドームを埋めるアーティストだと感心した。
素晴らしい。

あ~ちゃんの軽やかさ。
「あ~ちゃんは天使!」と言う言い回しがあるが、生で見るあ~ちゃんは、本当に背中に羽でも生えているのではないか?と思わせるほどに軽やかだ。
こればっかりは、本当に生で見ないと分からないと思う。

のっちメンバーは八の字眉毛がさらに進化していた。
至近距離で見ると、「八」を通り越してほとんど「11」に近い。これは、セブンイレブンのCMに出演するというのっちメンバーのリークだと信じたい。

M04 ポリリズム

東京ドームの最後の曲がこの「ポリリズム」だった、という意味と同じ気持ちが込められているのだと感じた。
あ~ちゃんの頬には涙が流れているのがしっかりと見えた。
この曲で3人はチャンスをつかんだ。
2000年の春以来、特に誰にも見向きもされなかった3人の姿を、この曲がつなぎ止めてくれた。
中学三年生で上京して幾多の試練を積み、この曲をもって全国区の足がかりをつかんだ。
広島の空に「ポリリズム」が鳴り響く。これが「凱旋」でなければ、何が「凱旋」だろうか。
「ひろしまフラワーフェスティバル」は今回で35回目だそうだか、今回の人出は169万2千人で、歴代3位だったそうだ。にわかには信じがたいが、Perfumeの出演時には5万人もの人が詰めかけたらしい。


Perfumeが始まってすぐにヘリが上空を旋回していたが、そこからの撮影だろうか?所々に見える緑色の点々が「LSG11」を着たPerfume戦士だッ!


5万人かどうか分かりませんが、数万人はいます!一番右端がステージ!!

「Perfumeのパフォーマンスを座って見る」という、他では味わえない経験ができて、本当に良かったと思う。

その後は、Twitterの関西クラスタの皆さんと軽く飲み、東京で計画を練って企画したオフ会(遠く九州、北海道、さらにはスイスから来てくれた方もいらっしゃいました!)に参加して、地元の美味しい食事とお酒を楽しんで、二次会を辞退して40時間ぶりに眠りについて広島の夜を迎えた。


オフ会を開いたのはこちらのお店!料理もお酒も文句なく美味しかった♪

翌日はさっそく「お好み村」に行き、3人のサインが飾ってある「あとむ」さんに行った。
開店と同時に店に入ったにも関わらず、すでに3人のPerfumeファンが席についていた!


小食な私にはボリュームたっぷり!あとむのお好み焼き「シーフード」!!もちろん美味しかった!


お店に向かって左側に3人のサインがあります。う~ん。ちょうど私がPerfumeにはまった頃のサインだな~。

その後はバイク移動でかしゆかの出身小学校「牛田小学校」に行き、かしゆかの地元を堪能しつつ学校の校門を素早くペロペロと舐めた。


私の出身小学校のほうが田舎なんですけど…。

そして次は、あ~ちゃんが幼い頃に遊んだと言われる「安神社」のジャングルジムをベロベロと舐めに。


牛田小学校から近いです。まさに「地元」という雰囲気。

安神社がとても気持ちのいい空間だったのでしばらくそこで休み、そのまま山陽道に乗って広島を後にした。

ここには書いていない前後のツーリングで地獄をたっぷり味わったが楽しかった。
最高の休暇を本当にありがとうPerfume!
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