髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

高尾山から景信山を経て陣馬山を越えて熊を見たお話し

2019-07-13 | アウトドア
2019年6月13日(木)

ずーっとやりたい行きたいと思っていた

「高尾山~景信山~陣馬山」

の縦走をしてきた。
「縦走」と書いたが一瞬も走ることはなくすべて歩いている。時には四つん這いになりながら。

合計で18キロ、8時間ほどの行程になるので、まるっと一日のお休みを頂けないと行くことが出来ない。
この日は夕方の長男の習い事がお休みで、保育園のお迎えを嫁さんにお願いできたし、梅雨の中の晴れ間と、千載一遇のチャンスになったので実行に移した。
あらかじめエバーノートに行程表を作っておいて時間を記入したり、持ち物のチェックリストを作っておいたので、準備は前日の夜にちゃちゃっと終えられた。

ざっくりした計画は

保育園送り
8:30
高尾山口(京王線)
10:00
高尾山山頂
11:00
一丁平
12:00
城山
12:20
小仏峠
12:40
影信山
13:10
明王峠
15:20
陣場山
16:00
陣馬高原下
17:00
高尾山口(京王線)
18:00

結論から言うと、ほぼこの行程どおりに進むことは出来たが、体力的にはかなり厳しかった。
この日はしばらく20度前半の日が続いた後に来た久しぶりの夏日超え(最高気温26.4度)だった。
登りが続く場面で汗だくになり、身体がまだ暑さに順応していなかったために熱中症のような状態に陥り、初めての長時間行動でペース配分もできずに後半はかなりバテた。
そして陣馬山から陣馬高原下のバス停に向かう途中で熊を見てしまったために動揺して慌てて下りたので、さらに体力気力も奪われてしまい、なかなか過酷な山行となった。

では時系列で記録していく。

9:40
高尾山口の改札を抜けてケーブルカー清滝駅へ。



前日までの雨続きが嘘のように気持ちよく晴れた。
駅の周囲には小学生や幼稚園生などの集団が数百人規模で整列していた。自分も小学生の集団に囲まれてスタート。他は老人が多かった。
さすがは世界で一番登山客の多い山である。

登山道は6号路を使った。京王線の改札を抜けてまだ3~40分しか歩いていないのに、周囲は静かで木々の美しい景色に変わり、運動が始まって少し体温の上がった身体にひんやりした空気が気持ち良い。







今年4度目なので気持ち的にも余裕があったからか、最後の200段の階段は苦痛の表情でぜえぜえ言って泣きそうになりながら登れた。
何度登っても苦しい。

10:42
高尾山山頂へ。
下の駅の混雑に比べれば全然人がいなくて拍子抜けした。
天気は晴れだが周囲はもやっていて雲も多く、富士山を見ることはできなかった。
水をがぶ飲みしてバターロールパン2個を体内に吸収。
10分ほど休憩して出発。





11:22
一丁平へ。



高尾山からここまでの道のりが一番好きかも知れない。
先ほどまではざわざわ人がいたのに、奥高尾へ入るとほとんど人に会うことがない。
道は平坦で息が上がらないので、五感をフルに使って自然を堪能できる。
まずは左に富士山を見つつじっくり景色が楽しめる(この日は残念ながら富士山は見えなかったけど)。
葉っぱといえばひと言で終わるけど、ほぼ無限と思われるほどの緑色の種類と、数えきれないくらいの様々な形があって、こんな美しいグラデーションを無料で楽しんでしまっていいの?という気分になる。



そして静寂と鳥の鳴き声。
どこかにスピーカーが設置されていて、有線で「ウグイスの声」を流しているんじゃないか?と思えるほどに大きく鮮明に聴こえる。

一丁平で休憩の予定はなかったけど、あまりにも空気が美味しいのでしばし腰をかけて休んだ。
この日はいたるところでやたらと白い蝶々がたくさん飛んでいて、なんとなく天国っぽい演出であった。
もしかしたら知らないうちに自分は死んでいて、天国に着いてしまったのか?なんて妄想もした。
帰宅してから白い蝶々のことを調べたら、蝶々ではなく黄脚毒蛾(キアシドクガ)であった。
天国どころか地獄のような名前だが、毒はもっていないらしい。



毎度のパターンになっているが、 景信山の手前の登りで汗だくになり、ずいぶんと体力を奪われた。
休みなく足を動かし身体を上へ上へと押し上げていく動作で、身体中のカロリーがすごいスピードで減っていくのがなんとなく分かる。
そしてここでの無理が祟ったか、軽い熱中症のような状態になり頭痛が始まってしまった。
後になって思えば、ここで身体を冷やすために休憩を取ればよかったかも知れない。

12:30
景信山山頂へ。



ここでお昼ご飯。マルタイの棒ラーメンとビール。
アマゾンのポイントで交換したSOTOのバーナー「アミカス」を初めて使ってみた。
強風というほどではないが時折風が吹く環境で、風防なしで5分くらい?でラーメン用のお湯が沸いた。





頭痛もあったので13:50までのんびりした。

ここからは未体験ゾーンなので、少しどきどきしながら進んだが、これまでのような急登はなく、ひたすら気持ちのいい稜線歩きができた。



15:00
明王峠へ。



ペース的に余裕があったのでしっかり腰を下ろして水分補給とスニッカーズでエネルギー補給。
エネルギー源として他には柿ピーも持ってきたが暑さで喉が乾くためか食べる気にはならなかった。



16:00
陣馬山山頂へ。



ネットでよく見ていたあの白い馬をやっとこの目で見ることができた。



と感激して喜びたかったが、体力の消耗が激しく、また頭痛も治らなかったために、ひとまずベンチで横になって寝た。
この時に、なんとなく気になって自分の顔を携帯のカメラで見てみたら、しかめっ面が張り付いたというか、苦悩が顔面に張り付いたような顔をしていた。たぶん体力的な限界を3回くらいは超えていたかと思う。極限とまでは言わないが、過酷な環境にさらされると私はこんな顔になるんだなと参考になった。写真に撮っておけばよかった…!
平日であるし時間も遅いからか、陣馬山山頂には私を含めて3人しかいなかった。
10分くらい眠り、それでかなり体力気力は復活した。

16:30ごろ
下りは「新ハイキングコース」を選んだ。
登山道40分、舗装公道20分のコースだ。
その登山道の中盤くらいだろうか。

道は平坦であった。
前方で突然ガサガサ!という音がしたので前を見ると、自分の目の前を横切り、左前方から右下の谷へ向かって、真っ黒な生物が四つんばいで走り去っていった。
距離にして約30~40メートルほど先だっただろうか。
大きさは自分と同じか少し小さいくらいか。しかし胴体や手足の太さはすごく大きい。

熊だ。

あれ?俺はここで熊に襲われる予定?
え?俺の人生はここで終了するの?
一瞬の間に家族の顔も脳内に流れる。
正直、この瞬間まで熊のことなど少しも考えたことはなかった。
勉強不足でこの界隈に熊がいることを知らなかったのだ。

スピードはとてつもなく速かった。
なんで山の中をあんなスピードで動けるんだよ、と思うほど早かった。
あれがこちらに向かってきたら絶対に逃げきれない。
完全にこちら側がアウェイだ。

まずは自分の身には何も起きていないし熊は横切っただけなので、落ち着こうと深呼吸。
今まで観てきた映画や漫画や小説でも、冷静さを失った者が命を落とす場面が多かった。

自分の進行方向に対して90度の角度で谷の下へ向かったのなら、あのスピードだったらたとえ数分でも熊との距離は十分に離れるはずだ。
自分の現在地は分からないが、下り登山道の半分以上は過ぎているはずなので、もうしばらく進めば車の走る公道へ出る。
慌てて怪我でもして動けなくなったら最後だ。

呼吸を整えて周囲を警戒しながら山を下った。

「新ハイキングコース」で陣馬山に行ったことがある方ならご存知だと思うが、かなり傾斜がきつい。



滑り落ちないように踏ん張っていないと尻もちをつきそうになる。
調子よくリズミカルに傾斜を下っていくと、登山道はどんどん右に曲がり、先ほど熊が急降下していった谷の方向に向かっていった。

ほほう!あの熊は先回りして私を待ち伏せするために走っていったのか♪

ここまでは少なくとも自分の前方だけに注意を払っていたが、ここからは全方位に警戒が必要になった。
感覚としては、自分の現在地がちょうど熊が走り去っていった場所になり、もう熊がどこにいるのかはさっぱり分からない。

自分では慎重に進んでいるつもりだがやはり慌てているのだろう。
ここからは足を滑らせて尻もちを3回はついた。
そのたびに「いやね!もう!」とか「あらあら!困るわね!」などとオネエ言葉が頻出し始めた。
命の危機を感じ、本能がむき出しになってオネエ化したのか、生命の終わりに今までの人生がフラッシュバックし、小さな頃に熟読して影響を受けた「マカロニほうれん荘」のきんどーさんが出てきたのかも知れない。

気がつけば登山道は沢沿いの道になり、ますます熊が飛び出してきそうな雰囲気になる。
まだ16時台とはいえ、木々が生い茂っているので周囲は薄暗くなってきた。
武器になるのはザックに入っているモーラナイフ1本のみ。
念のために手に持って歩くか迷ったが、それでさらに怪我をしてしまいそうだったのでザックに入れたままにした。

「あん!いやん!」などと叫び、なかば小走りで滑り落ちるように下っていき(体感は1時間くらいだったが、20分くらい)、ようやく舗装された公道が見えた。

ここで携帯を取り出し、この界隈で熊が出現する可能性があることを知り、自分が見た熊が「ツキノワグマ」だったことが分かった。

17:00
陣馬高原下バス停に到着。

19:00ごろ
地元駅の交番に立ち寄り、神奈川県警につないでもらって熊の目撃情報を通報。
翌日に相模原市役所から目撃の時間、位置の確認の電話が来て対応した。

バス停に着いた頃には「ああ~しばらく山に行くのは止めようかな~」なんて思っていたが、翌日には「熊鈴買わないとな…」と前向きになっていた(今回の山行でも熊鈴を付けている人を何人か見た。景信山くらいならまだ無くても大丈夫かもしれないけど、陣馬山まで来るなら必要だと思った)。

そこから一週間は、今まで体験したことがないほどのガチガチな筋肉痛に襲われた。
身体が「あれは無謀だった。お前は無理をし過ぎた」と語りかけてくる。
あーくそーまだ今の自分には早かったかーなどと思いつつも「あの場所でスローダウンしてあの場所で小休止すればまだ体力は持ったかな」とか「今度は始発で出て時間に余裕をもって行けば筋肉痛も半分くらいで治まるかな」などと次回へ向けてのチャレンジ精神が湧いてくる。

学生時代はずっと帰宅部で体育会的な精神は1ミリも持ち合わせていないが、こんなにも辛いことをまた何度もやってみたいと思わせるのは山の魔力なんだろうか。
次回は逆コースで、陣馬高原下のバス停から攻め上がりたい。

最高の小旅行であった。
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初夏のワンオペキャンプに行ってきた

2019-06-27 | アウトドア
2019年5月26日(日)から一泊で、山梨県道志村の「山伏オートキャンプ場」へキャンプをしに行った。



急に決まった連休だったので嫁さんのスケジュール調整が間に合わず、46歳私と6歳お兄ちゃん、3歳弟の男子チームで行くこととなり、ワンオペとなったのでテーマは「極力作業を端折るアウトドア活動」ということになった。
特に一番手間のかかる食事については缶詰を多用して、手間も冷却もカットするようにした。

十分に時間をとって出発したのだが、山中湖のマラソン大会?の都合で山中湖周辺が通行止めになっていた関係で到着が1時間以上遅れ(迂回路だと思って誘導されるままに走るとどんどん遠くに離されるというけっこうな罠だった)、どこかのレストランで食事してからキャンプ場へ…という予定が、コンビニで食事を調達して13時を回ってからキャンプ場へ…という結果に。



キャンプ場へ到着、案内されたサイトへ車を止めてさあご飯食べようぜ…と息子たちに言ってもすでに手遅れ。
目の前の川に興奮して突進し3歳児は早くもオムツまでびしょにしょにしている。
まあそりゃそうなるよね。。と仕方なく自分だけご飯を食べて、ひとまず目の前の川を偵察。





さすが日曜日の昼過ぎ。帰り支度を始めている人たちが多くキャンプ場はガラガラ。
キャンプ場のご主人が子連れだからと気を利かせてくれたのか、我々は川のすぐそばのサイトに案内されて、周囲のキャンパーさんたちとも適度に離れていたのでこちらの騒ぐ音もあちらの視線なども気にならなくて良かった。

今回、この「山伏オートキャンプ場」に決めたのは、「川の浅さ」が理由だった(ちゃんとリサーチしたのではなく勘で「この辺は浅いだろうな」と思っただけでしたけど)。
川に深い場所があれば、親の常時監視が必要になるが、ここは子供が流されたりするような深い流れはなかったので、溺れる心配はしないで済んだ(もちろん転倒すれば危ないし、高い場所からの落下も危険)。
親の手がふさがっていても子供たちを川で遊ばせることができるので、小さな子供がいる家庭ではこれは大きなポイントになると思う。

この1泊2日のワンオペキャンプで一番に苦労した点は
「親一人でのキャンプ地の設営、撤収」だった。
設営と撤収、合わせて2時間強くらいの時間、わーわー騒ぐ子供たちの監視をしながら、時には一緒に遊んだりしながら車から荷物を降ろして展開し、テントを組み立てて内外の設備を整える。
まあここを端折るならバンガローに行けよ、という話になってしまうので一生懸命に頑張った。
主に設営や食事の準備で私の手がふさがっている時だったが、子供たちが

・ノコギリでテントを切ろうとする
・ペグ打ちのハンマーで車を引っ掻く
・焚き火から火を移した枝で落ち葉に火をつける

などなど、次から次に「絶対やるな案件」を繰り出してくるので、その静止で声を張り上げてばかりでかなり生命力を奪われた。

16時前にようやく焚き火を立ち上げた頃にはすっかりクタクタに疲れていた。





今回持っていったテントはコールマンのタフドーム/3025。
長男に手伝ってもらおうと思っていたが、なんだかんだで1人で設営することができた。
大人1人と子供2人では十分すぎる広さ。



すっかり設営が終わってから川でビールを冷やし、自分も子供たちと一緒に川に入って遊んだ。



バイクツーリングの時から感じていたが、5月って本当の本当に外が気持ち良い季節だ。
4月だとまだ肌寒いし、これが6月になると湿気が入ってきてしんどくなる。
ここ最近は人間を痛めつけるような気象が多いが、5月だけは人間を歓迎してくれているように感じる。
森の中で座っているだけで自分が充電されていくような貴重な季節だと思う。

ちっちゃな魚を捕まえてしばらく飼育ケージの中に入れて観察した。



普段の暮らしでは味わえない不安定な足場、足を入れれば脳天まで突き刺さるような冷たさの川の水。
子供たちはこれを味わって、少しでも記憶の片隅に入れてもらえれば良いなあと思った。

晩ごはんは市販トマトソースと缶詰ウインナーのペンネ。



正直、あんまり美味しくなかったが、子供たちは焚き火を見ながらもりもりと食べてくれた。
そこからは焼き鳥缶(子供たちに人気)、イナバのバターチキンカレーとミックスビーンズを混ぜたものをつまみに私は酒盛り。



当初の予定通り、下ごしらえを省いて簡単に食べられるもので腹を満たした。
子供たちはテントの中で戦いをして遊んでいた。
手間取ったキャンプ地設営に比べると、缶詰中心のレシピはやっぱり簡単で、小さな子供がいる場合はこっちのほうがラク。



暗くなってからキャンプ場の探検に出かけて、しっかり時計は見ていなかったが、たぶん20時くらいにはみんなで横になって寝たと思う。



しかしそこからが過酷であった。

寒い。

ガタガタ震えるほどの寒さではないが、とりあえず眠れないくらいの寒さ。

長男は私の寝袋に入っていたのでたぶん大丈夫。
次男も厚手の毛布にくるんでいたのでこちらもたぶん大丈夫。
しかし、ネルシャツと短パンの私はほとんど寝ることが出来なかった。

仕方なく1人で起きて荷物の片付けなどをしていた。
外は切れ込むような寒さ。
テントだけでもずいぶん寒さをしのいでくれるんだな、と分かった。


少し横になってうつらうつらしていたら朝になっていた。

子供たちは快眠できたのかすぐに起き出して焚き火を囲む。
朝食はホットサンドとコーンスープ。



撤収後は道志キャンプでの定番コースとなっている石割の湯で温泉につかり(前日はお風呂に入っていなかったので格別であった。しかもここは小学生未満は無料なので大人800円のみで入ることができる。)、
大広間でコーヒー牛乳を飲み、ゆっくり食事をしてから帰路に着いた。
自分が小さかった頃は温泉などまったく興味がなかったし、そもそもお風呂も楽しくなかったような記憶があるが、我が息子たち2名は温泉を完全に楽しんでいた。

すごーく楽しめた小旅行であった。
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景信山 景信茶屋 青木さんまで蕎麦を食べに

2019-02-26 | アウトドア
2/16(土)今年3度目の高尾山に行ってきた。中々のハイペースである。


前回は高尾から景信山まで行ったので今回は高尾から陣馬山まで行きたかったのだが、午後に用事があったので、前回と同じく高尾山(599m)まで登ってから隣の景信山(かげのぶやま 727m)までを歩いた。


本日の目標は景信山頂上の「景信茶屋 青木」さんでなめこ蕎麦を食べることだ。
前回はお財布を忘れて頂上で非常食だったので、今回はお財布を5回くらい確認して臨んだ。


先に時間を記録しておく。
13時頃には帰宅したく、逆算して始発での出発となった。


高尾山口駅(06:11)
  ↓(76分)
高尾山頂 (07:27)
  ↓(42分)
一丁平 (08:09)
↓(67分)
景信山  (09:16)
  ↓(62分)
昼食休憩 (10:18)
  ↓(40分)
小仏バス停(10:58)
  ↓(15分くらい)
高尾山口駅(11:30ごろ)


当日の日の出の時刻は6時28分。
日中でも薄暗い登山口なので、もしや真っ暗な中登り始めるのか?などと緊張していたが(ヘッドランプなどの装備は揃えた)、現場についてみればそこそこ明るかった。
しかし暗闇の中の登山はすごく興味深く、災害時にも役立ちそうな技術だと思われるので、今後体験できるチャンスがあればぜひやってみたい。



朝のケーブルカー清滝駅。始発でやってきたにもかかわらず目に見える範囲で前に4人も先行している人がいた。また追い抜いていく人も3〜4人。





私は初心者らしく写真をパシャパシャ撮りながらのんびりと登った。

たぶん気持ち良いだろうなと想像しながら到着した高尾山山頂は期待以上に気持ちよく、年間270万人も来るのに5~6人くらいしか人がおらずなかなか贅沢な時間が過ごせた。



山々の間にもやがかかって水墨画のよう。



汗だくだったのでしばらく風を仰いだりしていたがさすがに2月。
すぐに急激な冷えが来る。
ここで朝食としておにぎり2個を吸収して水を一口飲んで出発。

ここからが人がグッと少なくなってとても楽しい。
1人になる時間を楽しみに来ているので落ち着く。
チラチラ見える富士山を楽しみながら歩いた。



初心者なのでよく理解していないのだが、山から山への縦走なので高低差が少ないのだろうか。下りだったり平坦な道だったりで、歩くことが辛くない。

聞こえてくる草のかすれる音から判断するに、中型の犬か人間くらいの大きさの動物が近くにいる音がするんだけど姿は見えない。猿かイノシシか人間か。
何度かそんな音が聞こえる場所があり、立ち止まって目を凝らしてみたが何も見つけられなかった。





午前中にしかない光の差し方が木肌を照らし光と陰のコントラストが美しい。



台風の影響か、こうして倒れた木が多く見られる。



自然が作り出すフィルタなのか、光に青みが入っていて、モヤが青く見えたり、葉の緑が青っぽく見えたりしてとても不思議で楽しい景色である。



上の画像に見える道路は中央高速。
ここから自分の足元の小仏トンネルに入る。
小仏トンネルは私用でも仕事でも何度も通ったが、まさか小仏トンネルの上に登山道があるとは知らなかったし、まさか自分がそこを歩くなどとは思いもしなかった。

9時少し過ぎ。
高尾山も景信山も頂上直前で苦しめられる。
ぜえぜえ息を切らしながら到着した景信山山頂は本日も素晴らしい眺めであった。
人はまばらで目に見える範囲では4~5人くらい。
やはりこの時間だとまだ反対側から登ってくる人も少ないのか。

奥高尾 景信山 景信茶屋 青木さん

まだ開店の準備をしているのか、数名の方が忙しそうに仕事をしていた。

なめこ蕎麦 500円
ビール大瓶 700円

2点を注文し、先にビールの大瓶を頂いて一番の特等席へ。

ビールの大瓶にはおつまみに野菜の煮物が付いてきて、その煮物が味がしっかりしていてビールとともに疲れた身体に染み渡る。
まだ朝の9時過ぎだが5時に起きて3時間歩き続けたのだからがぶ飲みさせてもらう。



これが最高でなかったら何が最高なんだろうか。
自分は人生の勝ち組だと断言したくなるような美味さである。

遅れてなめこ蕎麦の完成。



むちゃくちゃうまい。
巨大なめことゆずがポイントだろうか。
個人的にはちゃんと七味を付けてくれるところがとても嬉しい。
ここまで歩いてきたからこその美味さ。
はーうま、はーうま、と独り言を言いながらあっという間に完食した。
こちらも疲れた身体に染み渡るような滋味であった。



スカイツリー
埼玉とかその辺
新宿の高層ビル群
相模湖
富士山
その他色々山々



これだけの絶景付きで1200円。
大満足である。

しっかりトイレに入ってから今度は下り。

40分で一気に下りた。

少しずつ高速道路の音が大きくなって登山口に到着。
小仏バス停より帰路に着いた。

本日も素晴らしい小旅行であった。

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高尾山から景信山へ

2019-02-19 | アウトドア
2019年2月3日(日)今年2度目の高尾山へ行ってきた。
中々のハイペースだ。

今回は高尾山(599m)まで登ってから隣の景信山(かげのぶやま 727m)まで足を伸ばす。

先に時間を記録しておく。

高尾山口 (08:16)
  ↓(71分)
高尾山頂 (09:27)
  ↓(96分)
景信山  (11:03)
  ↓(49分)
昼食休憩 (11:52)
  ↓(62分)
小仏バス停(12:50)
  ↓(15分くらい)
高尾山口 (13:15すぎ)

京王線高尾山口駅から出発して高尾山頂、小仏峠を経由して景信山山頂へ。そこから小仏バス停に下りバスで再び高尾山口駅に戻ってきて、休憩を含みおおよそ5時間くらい。
距離は測っていないのでネットからの拾いだが約10キロ。

季節はずれの暖かさに加え天気は良好で、 光の具合が良くて写真をばしばし撮りながらの山行となった。

駅から登山口に向かうまでに雪が残っていて驚いた。
ちなみに高尾山は、東京都八王子市にあります。




思えば3日くらい前に東京は少しだけ降ったかも知れない。
しかし平地はまったく雪は残らず、雪が降ったことさえ忘れていたのでけっこう驚いた。
怖いなどうしようどうしようと入口でつぶやいていたお婆ちゃんはあの後どうしただろうか。。



約一ヶ月前に登ったばかりの道も、雪があるとまた違った趣があって楽しい。





高尾山山頂。
前回はここが到達点だったが今回は通過点。
富士山をぱしゃっと撮ったらサッサと移動を始めた。

ここからは未体験ゾーンに入る。



奥高尾に入ると人がいなくなる、とは聞いていたが、確かに途中は人の気配がまったくせず完全に1人で歩けて嬉しかった。
1人になるために来たということもあるし。
チラチラ見える富士山がすごく綺麗でニヤニヤしながら進んだ。



登りになれば息が上がり暑く感じ、平坦になれば呼吸も落ち着き寒さを感じる、ということを何度も繰り返し、なんと言えば良いのか分からないが、ああ俺って生きているよなあ正常だよなあという感覚が味わえた。

途中の一丁平は、一面が雪だった。



ちょっと想像すれば数日前に雪が降ったので当たり前だろ、という話になるが、平地の暮らしだと山の上の想像は難しい。
しかもその寒々しい雪景色を見ている自分は登りの暑さで汗だくになっている。
インターネットで何でも調べられる時代になっても、やはり行ってみないと分からないこと、感じられないことってたくさんあるんだろうなと理解した。
この知見を得たのが今回の山行の大きな収穫。









ぜえぜえ言いながら景信山の山頂に到着し、ずっと楽しみにしていた茶屋の蕎麦やてんぷらを食べようと財布を捜して、家に忘れてきたことを確認した。





致命的な失敗だったがあせらず慌てず、持ってきた非常食で腹を満たした。
前回に引き続きめちゃめちゃ美味しい。



ここから小仏バス停まで下山。
わりと急な下りで、汗をかいたりはしないが足裏と膝に衝撃が走り続ける。

帰りの景色もすごく楽しめた。



自然が作り出した直線と曲線が圧倒的な質量で視界に入ってくる。



木肌に当たる光、土に当たる光、葉と葉の隙間からもれてくる光、暑さで立ち上がる水蒸気に当たる光。
それらが混ざって一成に目に飛び込んでくる。



静かな景色は視覚だけではなく、鳥のさえずりや風の音、自分の足音と呼吸音、土の匂いなど、聴覚にも嗅覚にもたくさんの情報を寄せてくれるので胸がいっぱいになる。



こんなことは山登りを趣味にしている人にとっては当たり前の景色で今さら感動はしないのかも知れないけど、自分は初心者なので、見る景色のすべてが新鮮だ。
初心者であることは楽しいもんだよなあ、ということを痛感した。



数ヶ月前までは高尾山は高尾山で終わりで、隣の山と繋がっていて歩いて行けるなどとは知らなかった。
それが、隣の山どころか隣の隣の山まで歩いて行けて、バス停があって電車までのアクセスも良好。
こんなに遊べる環境が自宅の近くにあるというのは幸運なんだろうなと思う。

今回も素晴らしい小旅行であった。

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高尾山に登ってきた話

2019-01-13 | アウトドア
2019年1月4日(金)
高尾山に登ってきた。
今年の密かな目標に「山登りを始める」というものがあり、正月休みでひょいと1日空いている日があったので、京王線に揺られて高尾山口へ向かった。

46歳になって、なぜ趣味として山登りを始めるのか?
その理由をひと言で言うと

「自分の身体能力が衰えてきたんだけど子供たちはまだ幼い」

からである。

20代半ばくらいから「俺ももう歳だからさー」などと言って老化を茶化していたが、40を過ぎると身体と脳の反応が遅すぎて、うっかり躓いて受身が間に合わず頭からコンクリートに突っ込んで頭蓋を骨折するんじゃないかとか、笑い事にできないような切迫感が感じられるようになってきた。
2歳と5歳の男の子相手には、まだまだこの先20年くらいはパワフルに振舞っていなければならないので、ここで身体と脳の老化に抗ってみようと思ったのだ。

まったく身体を動かさない部署に異動してしまったので、1年くらい前から簡単な筋トレは始めていて、腕立てと腹筋、スクワットと爪先立ちで、なんとなーく身体が軽くなったような感覚はあった。
しかし、比較的簡単に強化できる上半身に比べ、下半身は筋力がついたような実感が薄く、このままの負荷で過ごせば確実に下半身の筋力の衰えを待つばかりだろうなと思っていた。
そして街中を杖をついて歩く老人を見ながら「やっぱり足腰の強化だよなー」と感じた。

だったら家の近所でジョギングでもすればいいじゃん

と言われればその通りなのだが、もう一方の趣味であるキャンプなどのアウトドア活動との相乗効果を考えると、登山の方が圧倒的にその先の広がりが大きい(山を走るトレイルランニングもすごく楽しそうだけど)。
そして、登山を趣味としていれば、普段の通勤などでもエレベーターやエスカレーターを使わずに登ったり、日々体力向上に勤しめるように思う。

「バイクでツーリングを楽しんで登山口に到着してテント担いで山に登ってキャンプ」

と書けば、だいたい自分のやりたいことは全部詰まっているので、ここにテンカラ釣りでも加えられたらもう死んでもいいかも知れない。

それともう一つの理由は

「 人工物から離れて、自然に近づきたい 」

から。

先ほどは「老化に抗ってみよう」などと書いたが、これは「老化を楽しむ」とでも言えばいいのだろうか。

この数年で自然に対して親近感を感じることが多くなった。
一つ一つの季節が大過なく過ぎ去っていく有り難みの大きさが、歳を重ねるにつれて膨らんできた。
家族が増えたことが関係しているのかはわからないが、これは自分の中では、若い頃には感受できなかった、歳を重ねたからこそ感じられるようになったアンテナだ。
自分にとって新しく芽生えたこのアンテナは、これから先も研ぎ澄ませていきたい。



そんなこんなで10時くらいに高尾山口に到着して、登山素人らしく準備運動もせずエネルギーの補給もせずすたすたと6号路を登り始めた。
服装も普段着とコンバースローカットだ。



高尾山は世界で一番登山客が多い山で、世界で登山をしている700万人のうち、260万人が高尾山に来ているそうだ。多すぎる。電車を降りてすぐに登り始められるのも人気の理由だろう。
まあ自分も高尾山に来たのは10回目くらいだろうか。小学生や中学生の頃も遠足で来たと思う。

始めはぞろぞろ遠足のように連なって歩いていたが、次第にばらけてきて孤独を楽しみながら歩く事ができた。



次々とお年寄りや子供たちに抜かれていく。
46歳にしてまだまだ「ひよっこ」というのが嬉しく感じる。


10回くらい来ている、と上に書いたが、こんな険しい道なんてあったかな?
※2019年1月15日(火)追記。後々調べてみると、2018年夏の台風による被害が大きかったようです。別の場所でも大きな倒木を見たりしました。自然の力の大きさを目の当たりにしました。

スタート時点では耳が痛くなるほどの寒さであったが、中盤を過ぎたあたりから気温と体温が上がってきて、上着をザックにしまって歩いた。



周囲から登山初心者と見抜かれないように、努めて真顔で足を交互に前へ出し続けていて、途中から息が上がって苦しくなるかと思いきや、後半まではずっと真顔で登り続けられたので、内心はニヤニヤしながら真顔を保った。

最後の階段までは。

そこからは鬼の形相で登っても登っても終わらない階段地獄が始まった(実際は200段だそう)。

自分の身体が重すぎて地面に足をついてから上へ上がるのが苦しい。
体温は上がり続けて汗だくになり、もはやTバック一枚あれば他に衣服はいらないと思えるくらいには暑くなった。
息が切れて生きる希望もなくなったので、何度も何度も休みつつ水をがぶ飲みし、人生を呪い、人を恨み、世界の終焉を願い、憎悪をたぎらせながら階段を登った先に頂上が見えた。



時刻は11時過ぎ。
登り始めから約1時間。



特に大きな達成感というものも感じず、やっと忌々しい階段が終わったか!という気持ちを抱えたまま、そそくさと山めしの準備にとりかかった。

周囲はみなさんガスバーナーを使っていて、アルコールバーナーなどという貧弱な装備は私だけだった。
まあ貧弱なだけあって、約400mlのお湯を沸かすのにずいぶんと時間が掛かった。



その時は調べなかったのだが、NISSINのカップヌードルのお湯の目安は300mlだそうだ。
これで次回からは無駄なお湯を作らずに済む。



1月の晴天の下、真っ白な富士山を見ながら食べるカップラーメンはさすがに美味しく、350mlのビールと共に、あっという間に腹の中へ消えた。

帰りは4号路、1号路と淡々と歩いて帰った。

ここ4年くらいはずっとデスクワークばかりしていて身体を動かすことがなく、正直体力が心配であったけど、 約3時間の登り下りは(忌々しい階段を除いて)余裕だった。
やはり2歳5歳の息子たちに毎日殴る蹴るの暴行を受け、それに耐え続けている事が活きているのだと思う。これからももっと暴行を受け続けたい。

朝起きて子供たちの準備をして保育園に送り届けてから高尾山頂まで登ってラーメン食べてビール飲んで下りてきて14時には帰宅できる、という貴重なデータを得ることができた。
このペースなら、高尾山からの縦走や温泉を組み込んだプランなど、色々と遊びの幅も増やすことができそうだ。


山頂の近くで人だかりができていたので尋ねてみると「霜柱の花」ができていたそうだ。
「霜柱」という植物の茎から水分がにじみ出て凍り、それが花のようになることから 「霜柱の花」というみたい。
いつでも見られるものではないそう。

素晴らしい小旅行であった。
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初のソロキャンプに行った記録

2018-10-09 | アウトドア
ようやく20年越しくらいの念願が叶ってソロキャンプに行くことができた。



実は夏の前にも計画していたのだが、仕事が忙しく行くことができなかった。
とは言うもののスケジュールはきつく、土曜日に仕事を終えてからキャンプ場に行き、夜に到着して一泊して帰る、という行程だ。

当日はキャンプ荷物をすべて持ってバイクで仕事に行って、職場から直行する。
荷物用のキャリアも何もないノーマルのKawasaki250RTなので、積載には限界があるし、先々を考えて(将来は登山もやりたいとぼんやりと考えている)なるべく身軽で行けるようになりたい。

家族でのキャンプ用に作製したチェックリストから次々と荷物を減らして身軽にしていく。
夜に到着するし現場で調達できるかが不明だったので、薪木は持っていくことにした。
まあこれがけっこう大きな荷物になるがやっぱり焚き火はやりたい。
代わりに食材や飲料はすべて現地コンビニ調達とした(味噌としょうゆだけは持参)。
実のところ、こうして荷物を削ったりあれやこれやを考えるのが楽しかったりする。
登山をする人のブログなどを読むと、グラム単位で記録して軽さへの限界に挑んでいて面白い。
「荷物を減らすことを楽しむ」趣味ってそんなにないんじゃないかなーと思う。
まあ私のザックは空荷で1,300グラムあるけど。

目指すは神奈川の「田代運動公園」という場所。
ここは管理されたキャンプ場ではなく、キャンプが可能な河原、といった場所なので、予約も必要なければ料金も無料。
都心から1時間ちょっとで来ることが出来るので、週末などはかなり混雑しているらしい。
折りしも自分が行った日は3連休の初日。何もなければ超混雑が確実な日程だけど、当日は朝から夕方までほとんどが雨。
これでデイキャンプの人たちの足は止まっただろうし、自分みたいに夜から来る人は少ないから、意外と空いてるのかなーなんて楽観して現場に着いてみたら、ほぼ隙間なく河原がテントや車で埋まっていた。


翌日の朝に撮ったのですが、こんな感じです。

いやこれはちょっとムリかな…と場内をバイクでウロウロして、ちょうど自分ひとりくらいが入れそうな隙間を発見。


時刻は20時ちょうど。

荷解きしてコールマンのエクスカーションティピー/210を張って荷物を片付けて20時45分。
初めて河原にペグを打ち込んだけど、メーカー純正のペグはふにゃふにゃと5本くらい折れ曲がってしまった。
メーカー純正のペグはクソ、みたいなレビューを読んで、みんなクチが悪いなーと感じていたが、メーカー純正のペグはクソだった。

近所のコンビニで食材とビール、水を購入して宴会を始めた。

両隣の話し声がもろに聞こえてくる中でのアウトドアは、さすがに都会だよなあと思いながらビールをがぶ飲み。

晩ごはん兼おつまみは、キムチチゲにした。



ウインナーを軽く炒めてキムチを投下。水を入れて沸騰してきたら味噌としょうゆと豆板醤で味付け。
最後に豆腐を切って投入してぐつぐつしたら完成。



ある程度食べたらラーメンを投入しようと思っていたけど、これだけで腹が膨れた。
余裕があれば野菜をたくさん入れても美味しい。



「バイクのそばにテントを張って、それを眺めながらビールを飲む」

これはずーっと前から、たぶん20年くらい前からやりたかったことだ。
その夢がついに叶ったのだとしみじみ喜びながらの晩酌だった。
仕事が終わってから高速をバイクで1時間ほど走り、下道を30分ほど走り、それから設営、買い出し、焚き火と食事作り、と休みなく遊んですっかり疲れたが、毎日のちょっとした筋トレと、息子たちとの格闘や抱っこがしっかりと自分の体力を作ってくれているな〜と実感する。
休日の買い物などは、10キロの次男をエルゴで抱っこして、5キロくらいの食材を背負ったりしているけれど、本当にいいトレーニングになる。



23時ごろに到着して設営を始める人もいて周囲はかなりにぎやか。
静かに過ごしたい人にはムリな環境だと思う。
Amazonポイントで手に入れた2000円くらいのシュラフを持って行ったが、それが必要になるほどの気温にはならなかった。

翌朝は6:30頃にすぐ隣で場所取りと思われる一家が遊び始めたので起床。


サッポロ一番味噌ラーメンを朝食とした。


リアキャリア付ければもっと行けるんだろうけど、なるべくコンパクトにまとめたい。まあ初心者にしてはまずまずか?

持参した焚き木はすべて消費したので、少しだけコンパクトに収納して圏央道の大渋滞に少しだけ巻き込まれて10:30に帰宅。
腰を下ろすと立ち上がれなくなるだろうと思ってすぐに荷解きして収納してグランドシートは洗って干してからビールをがぶ飲みした。

素晴らしい小旅行であった。
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宿泊キャンプ計画の実行

2018-07-03 | アウトドア
昨年末から計画を始めて、5月になりようやく家族でキャンプに行くことができた。




半年間あれやこれや調べ物したり道具を探したり勉強しながら夢見ていたのは、ネットや雑誌でよく目にしていた、こんな写真を自分自身で撮ることだった。


「子供たちにアウトドア活動を通して色々な経験をさせたい」と言えばかっこいいパパだけど、自分自身も初心者。
小学生か中学生の頃以来のキャンプは、やっぱり楽しかった!

ガスコンロを使った料理はたぶん何百回もやっただろうけど、焚き火を熱源とした料理は小学校の頃の飯盒炊爨くらいだろうか。
弱火も強火もない焚き火に対し、今までの料理経験を総動員して炎とフライパンの関係を探りながら進むので、焼きそばを作るだけでもとんでもない冒険気分が味わえる。



キャンプ場のかまどは大きすぎるので、基本的にはウッドストーブでこじんまりと焚き火をした。



焼きそばなんて何度も作ったことがあるけど、焚き火だと超新鮮な気分で作れる。





いい焼き色をつけてホットサンドが作れたときには、45歳にして子供たちに向かって「やった!」と叫んでしまった。



マックスブーストというウッドストーブを買った。ずいぶん安かったので大丈夫かなと思ったが、8時間ぶっ通しで燃やしても大丈夫だった。

子供たちも焚き火で遊ぶことが出来た。
5歳長男は焚き木を足して炎を維持したり、ふーっと空気を送って炎を強くしたり、枝を焼いて炭にしてコンクリートに絵を描いたりして遊んだ。2歳次男も燃焼には酸素が必要なことを学んだのか、自宅の卓上コンロの炎に対してふーっと息を吹きかけるようになった(笑)。
みんなで枝にマシュマロを刺して焼いたが、うまく焦げ目をつけられたり、焦げすぎたりしても、嬉しそうに食べていた。




そして夜はボーっと焚き火を見る時間。
これは大人も子供も関係ないようだった。
長男と2時間くらい無言で炎を見つめていた。


やってみて学んだ、というかよく分かったのは、夫婦2人いても実際に様々な作業をするのは1人だということ。
私が火を起こしたり食事の準備をしたりしている間は、嫁さんに息子たちの面倒を見てもらった。
特に見境無く走り回る2歳児には監視が必要だった。

コンクリートジャングルでの生活に疲れた…というほど都会人ではないけれど、直線や直角に囲まれた生活に心をすり減らしてしまったのかもしれない。
森の中に入っていけば、目に入る範囲は全て自然が織り成す曲線で構成されていて、人工的な直線や直角は存在しない。
夜はカエルの大合唱、昼は鳥の鳴き声と、耳に入る音も賑やかだが心地よい刺激。
5月の晴天は光がとても強く感じられて、木々の緑も輝いているような美しさで、とても気持ちが良かった。

自分でもどうしたのか?と驚くほどに心が休まった。

結論。5月の晴天の日は絶対に外に出たほうが気持ち良い。
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アウトドアを取り入れる

2018-04-12 | アウトドア
キャンプに行きたいな、という願いはたぶん20代の半ばくらいからあったと思う。
それは大勢で行くにぎやかなキャンプではなく、1人で荷物を背負い1人で設営をし、1人で調理して1人で眠るソロキャンプだ。

しかしそこから10年くらいは仕事が忙しすぎて休日になれば一日中寝てるだけの日々が続いた。

30代半ばになって少し落ち着いてきて、大型バイクも購入して、バーナーやランタンなど小さなものはちょこちょこ買ったりして、すこーしは夢に近づいたのかな、なんて思っていた。
しかし仕事がうまくいかなかったり自分が大病になったり親の介護があったりで、あっという間に5年が過ぎた。
そこからは結婚、出産、育児とめまぐるしい日々が続き、キャンプという言葉さえ忘れてしまう毎日。

しかし昨年末に、急激に「キャンプ」というキーワードが我が家に浮上した。
ああ行きたいなと願ってから20年だ。

・4歳長男がしっかりお手伝いに参加できるくらいに成長したこと
・1歳次男も生活のサイクルが安定したこと
・2人の息子たちにとって良い教育効果が見込めること
・車を購入する計画が立ったこと
・嫁さんもやる気
・早くやらないとパパの体が動かなくなる

などの条件が重なったためだ。

行ける!

そう判断してからは、この機運を逃すまいと4月の初テント張りに向けてあれこれ買うものを探したり計画をする日々。

・最終的な目標は「ソロキャンプ」なので、車への積載を基準とはせずに、装備は最小限で済むようにデザインしたい。
・長男は割と積極的に料理のお手伝いをしたがるので、これを機にキャンプにまつわる様々なことができるように教えてやりたい。
・そして自分も何もできないので勉強したい。

こんな感じで大まかな骨格を決めて、始めは練習もかねて近所のキャンプ場からのデイキャンプ、そこから道具を買い揃えてキャンプ場デビューにしようかと考えている。

テントを張って日帰りでバーベキューしよう♪

たったこれだけのことなのだが、調べること考えること学ぶことが膨大にあってびっくりする。
持っていくものや買うべきものや何を調理するのか。時間配分は?誰が何をする?自転車に積載する方法は?などなど。
45年間生きてきた経験がまったく役に立たず暗中模索することが多く、これが中々に楽しい。

「自分で考えなければ前には進まず、考えずに進めばほぼ間違いなく失敗する」

こういった経験が、子供にも良い影響を与えるのではないかな?などと思っている。

そんなこんなで追々色々なことを書きたいと思い、この「髑髏フラワー」に新しいカテゴリー「アウトドア」を追加した。

最終的には1人で山に入って静かにサッポロ一番などを食べる動画がアップできればなーなんて考えている。



過酷なアウトドア環境でサヴァイヴするために、七輪を購入して夜な夜な炭火をおこして食事をとる訓練を怠らなかった。
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