髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

この日の花のように

2018-06-13 | 5歳児
先日、息子たちと近所の公園で遊んでいたら、5歳長男が「家で留守番しているママにお花をプレゼントしたい」と言うので、帰る直前に原っぱで花を摘むことになった。

そこは何度も遊びに来ていた公園だったけど、ハルジオンがたくさん咲く時期には来たことがなかった。
いつもの原っぱにたくさんのお花が咲いていたから、長男はピンときたのだろう。
5歳にして女性に花を贈るなんて、なんて男前なんだ君は…と思いながら花を選ぶ長男を待った。


真剣に花を選ぶ長男。
5歳にして、もう立派なお花屋さんのようだった。

花をプレゼントしようと思いついて、それから一生懸命に花を選び、引っこ抜いて束ねて、さあしおれる前に早く帰って水に入れろとそわそわする長男。

「好きな人に好意を伝える」

という行為が、これ以上はないと思えるくらいにシンプルに表現されていた。

ただ束ねただけの花束が、すごく特別なものに見えた。

こんな素敵な花束ができたんだから、これは絶対にママに届けなきゃな、と私も思い、急いで自転車をこいで帰宅し、牛乳ビンを洗って水をためて、ふわっと活けてみた。




長男と揃って、すごく良いね!と自画自賛した。

飾った期間は一週間くらいだっただろうか。
玄関脇の小さな窓枠に飾ると、ずっと見ている訳ではないけど、朝も夜も必ずその花を見る。
それを見るたびに心の中に「ほわん」とした気持ちが芽生える。
大声で「好きだー!」と叫ぶのではなく、静かにそこにあって、ふと見るとこちらに語りかけてくるような存在。

手抜きではなく真剣にやってるんだけど、難しいことはしない。
私はそういったデザインが好きだ。

贅や技巧を凝らした物には心がこもっていない、とは言わないが、贅や技巧を凝らしたものは、ついついその「贅沢さ」や「技巧」に目がいってしまい、その奥にある心のようなものが見えにくいような気がする。

逆にシンプルな方法で作られた物には、そこに込められた心が見えてくるような気がする。
心に近い、とでも言えばいいのだろうか。

この先、長男も色々な表現活動をすると思うけど、この日の花のように、シンプルに気持ちを伝えられるように育って欲しい。
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ひらがな読みの習得

2018-05-01 | 5歳児
ひとりうんちもマスターしたので、すっかり一人前の男に成長したと安心していた5歳長男だが、再び新たな壁が彼の前に立ちふさがった。

「ひらがな」である。

保育園のお友達がすらすらとひらがなを読んでいるのを見て、もう読めるんだ!と少し驚いてしまった。
話し言葉と同じく、放っておいても勝手に覚えるものだと思っていたので、やや盲点だった。

長男もほんのりと淡いやる気を見せていた(このへんが自分によく似ている)ので、夜は嫁さんとひらがな練習帳を読み、朝は私と保育園の献立を音読みする、というトレーニングを開始した。
とは言えどもほんのお遊び程度。それだけでは読めるようにはならないだろうな~と思っていたら…

2ヶ月くらい過ぎたら、ちょっとずつ読めるようになってきた!
覚えるよりも忘れるスピードのほうが圧倒的に早いパパの脳とは大違いで、4年しか生きていない脳は覚えるスピードが早い。

面白いもので、読めるようになると長男も楽しいらしく、周囲にひらがなを見つけると読み上げるようになった。
もちろんまだすらすらとは読めず、一文字一文字しっかり確認してから声に出す。
しかも、よく耳を澄まして聞いてみると、例えば「く」はお友達の「たくと君」の「く」と覚えているらしく、「く」を読む前に口を隠してすんごく小さな声で「(た…く…)…く!」と発音する。
「う」を読むときも、あ行で覚えているらしく「(あ…い…)う!」と発音する。

もうこれがなんとも言えず可愛いし、知能が育つ音が聴こえてくるようで嬉しい。




鯉のぼりを掲げているうちに、長男は5歳になり次男は2歳になりました。
ここまで大きな事故や怪我がなく過ごせていることに本当に感謝です。


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