5月3日、広島で開催される「ひろしまフラワーフェスティバル」に行ってきた。
目的はもちろん、私が愛して止まないPerfumeのステージを見に行くためだ。
826キロを19時間かけて走った「前編」はこちら。
5月4日。6時半ごろにホテルで目覚めた。
前日のオフ会は一次会で帰り、しっかり睡眠を取って休んだので、若干の疲労感はあるが体調はまずまず。
往路は予想外に時間がかかり、体力気力共に削られたが、復路は始めから茨の道だと覚悟ができている。
友人とお好み村に行き、Perfumeゆかりの「あとむ」さんに行ってしっかり栄養補給をし、かしゆかの出身小学校を拝み、あ~ちゃんが幼い頃に遊んだ神社で一服して、昼過ぎに広島インターから山陽道に乗った。
帰りは細かなスケジュールは組まなかった。ここまで来るのに19時間もかかったので、帰りはボンヤリと24時間くらいかかるだろうと予測。翌日の昼過ぎに東京に戻れれば御の字だ。
天候は良好。5月らしい暖かさになった。
上下の防寒着はリアフェンダーにくくり付けて走り出した。
前日には激しく渋滞していた上下線とも、今日は空いている。
距離が稼げそうな予感を胸に走り出すと、すぐに猛烈な眠気に襲われた。
しっかり眠ったはずなのに、あっという間にセンターラインが二重に見えるほどにまぶたが重くなる。
危険を感じたので、すぐに小谷SAで休憩した。
15時
広島から94キロ。
のっちの故郷福山SAに到着。給油。
少しだけ目が覚めたが、身体の芯から眠気が抜けないので、思い切って寝ることにした。
コーヒーやガムや、目の覚める飲料などでどうにかなる眠気ではなかった。
この眠気を覚ますには、寝るしかない。
また、昼寝が大好きなPerfumeのっちの故郷福山なので、寝るにはピッタリだ。
バイクを停めて、フラフラと芝生の広場に向かい、垣根のそばで横になった瞬間に眠った。
ハッと気がつくと17時になっていた。
疲労感はやや残っていたが、頭の中はスッキリとクリアになった。
後になって振り返ると、暖かいうちにここで睡眠を取ったのは賢明な判断だったと思う。
そこからはトロトロと進んだ。
乗り始めてすぐに肩が痛くなる。
いよいよ激しい渋滞に出会うようになってきた。
18時半
広島から157キロ。
吉備SAに到着。
再び寒さが厳しくなってきた。
どうしてもすぐに肩が痛くなる。しかし逆に考えれば肩しか痛くならない。
ここではコーヒーを飲んだだけでパッと再び走り出した。
20時
広島から223キロ。
龍野西SAに到着。食事をした。
どこのJCTだったか忘れたが、激しい渋滞を抜けた。この先はすべてのJCTで渋滞を味わうのだろう。
相変わらず渋滞の情報が分からなかったが、Twitterのフォロワーさんに、渋滞情報を簡単に把握出来るアプリを教えてもらって、それでずいぶん情報がつかめるようになった。
往路の反省を活かして、iPhoneの電源は切りながら走っていたが、やはり通信をすると激しくバッテリーを消費する。
21時
広島から273キロ。
三木SAに到着。給油。
SAの中をウロウロしていると「ハイウェイオフィス」というコーナーを見つけた。
そこに、夢にまで見た「コンセント」があるではないか!
そこでiPhoneをフルに充電した。そして備え付けのPCで、高速道路各所の渋滞をチェックした。
自分が到達するのはまだまだ先だろうが、東名も中央道も渋滞で真っ赤っかになっているのを確認。
その前に神戸JCTが盛り上がっているようだ…。
22時半
広島から307キロ。
西宮名塩SAに到着。
渋滞渋滞で疲労する。
SAの入り口まで大渋滞している。
トイレが我慢出来ない子供を引き連れて親子がクルマから降りて走っていたりした。
それらの行列を飛び越えてバイクは進入できる。交通誘導員もバイクは先に行かせてくれる。
ほんのちょっとだけバイクの優越感を感じるひとときだ。
「バイクは渋滞していても関係ないでしょう?」と言われることがあるが、私の場合は大いに関係ある。
以前にも書いたが、自転車でクルマの横を走り抜けた時にドアを開けられて、ドアに激突した経験がある。
ドアの角の部分が首に当たり、一時間ぐらい起き上がることができなくなった。
それがトラウマになっていて、クルマとクルマの間を走り抜けるのがとてつもなく怖い。
静止しているクルマの間を80キロくらいで走り抜けるライダーがいるが、私にはそんな真似はできない。
クルマの方を悪く言うつもりはないが、バイクに乗っている人間を嫌う人もいる。
今回のツーリングでも、すり抜けをしているバイクを見つけると、サッとクルマを寄せてきてすり抜けさせないようにするドライバーはたくさんいた。逆にバイクのすり抜けを見つけると譲る(ぶつけられたくない?)ようにクルマを離す人もいる。
「陰険だな」とは思わない。
たぶんそれが正常な「世間」なんだと思う。
とりあえず草津まで走ってみようと思った。
0時
広島から381キロ。
草津PAに到着した。
途中の京滋バイパスが恐怖だった。
渋滞のストレスが溜まっているのか、周りのクルマは140キロオーバーで飛ばしている。
自分も流れに乗らなくては危険だと思ったが、数十分つき合うだけで十分に怖さを覚えてあきらめた。
道もそれほど知らない先が見えないコーナーに、このスピードで突っ込むことはできない。
それほどの運転の自信もない。
ここに大きな電光掲示板があり、この先の渋滞情報が確認出来た。
草津PAから東名高速を目指して豊田JCTまで行けば170分。約3時間。
草津PAから中央高速を目指して小牧JCTまで行けば110分。約2時間。
「どちらがラクな道か?」と問われれば、それは間違いなく東名高速だ。
中央高速はアップダウンやカーブが多いので、クルマで走っていても疲れやすい。
それに、標高が高いので、バイクだと寒さをモロに受けてしまう。
しかし、中央高速は調布のインターを降りればすぐに自宅に帰ることが出来る。
もうほとんど考えることが出来なくなった頭で考えて、中央高速を選ぶことにした。
後々に、この選択が正しかったことになる。
ゆっくり休んで、それから出発した。
2時
広島から430キロ。
多賀SAに到着した。食事と給油。
琵琶湖に到達して、まだ琵琶湖にいる。
あまりの寒さと疲労と眠気で、ここで眠ることにした。
往路と同じく、眠る場所を探したが、中々見つからなかった。
屋根さえあれば大丈夫だと考え、閉店しているスターバックスの横のひさしの下に寝転んだ。
さすがに疲れきっているので、すぐにウトウトしてきたが、やはり寒さがジワジワと染み込んでくる。
ハッと気がつくと、タバコをくわえた若者がすぐそばに立っていたので「わっ!」と声を出してしまった。
その若者も「わっ!」と声を出して走り去って行った。
なんだったんだろうか…?
時計を見ると、3~40分くらいはうつらうつらしていたようだ。
「でもやるんだよ」って、誰の言葉だったっけ?
などと思いながら、再び走る用意をした。やらなければ帰れない。
もう何度確認したか忘れたが、服装の確認。
チャックをアゴまで引く。
ポケットの中身とボタンを確認する。
ETCのカード挿入を確認。
ヘルメットをかぶってアゴヒモをきちんと締める。
グローブをはめる。
ヘルメットのシールドを上げて角度の確認。
たすきがけしているウエストバッグのチャック確認。
「失っている物はなにも無いね?」
と自分に問いかけてからエンジンを回す。
長旅にも関わらず、私のXL883Nは快調にエンジンを回してくれる。
けっきょくここには4時ごろまで滞在していた。
5時
広島から518キロ。
内津峠PAに到着。
やっと…広島を出て17時間が経過して中央道に入ることができた。
しかし、寒過ぎて走ることが出来なくなった。
ハーレーと言えば聞こえは良いが、カウルも何もないバイクだ。
風を真正面に受け続けて走っていると、服の隙間からジワリと風が入り込んできて寒さを蓄える。
空が徐々に明るくなってきたので、太陽のパワーに期待するしかない。
コーヒーを飲んで気合いを入れた。
たぶんこの辺りで撮った写真。帰りも写真を撮る余裕はありませんでした♪
電光掲示板を見ると、中央道の渋滞は解消されていたが、この時間でも東名の渋滞は解消されていなかった。
確か事故渋滞だったと思う。
6時半
広島から597キロ。
阿知PAに到着した。
日が登り、中央道ならではの周囲の樹々の景色を見ながら気持ちよく走れた。
久しぶりに(?)、早朝らしく自分以外誰もいない高速道路を楽しめた。
「明るい」と言うだけで、勇気が増幅された気がした。
名古屋方面から中央道で東京へ帰ると言えば、楽しみなイベントは「恵那山トンネルの通過」だと思う。
「恵那山トンネル」は、全長が約8キロもあるトンネルだ。
極端に低速走行になるし、トンネル内は車線変更禁止なので、右車線にシフトしてトンネルに入った。
予想通り左車線はノロノロ運転になり、私は快適に走っていたのだが、真ん中辺りで突然にトラックが私の前に車線変更してきて肝を冷やした。
そこからは空いている中央道を気持ち良く走れた。
景色は東名よりも中央道のほうがキレイだ。
9時
広島から741キロ。
双葉SAに到着した。たぶん給油した。
やはりバイクを降りると自分がゼイゼイ肩で息をしているのが分かる。心臓の動悸も早い。
今回のツーリングに向けて、たったの一ヶ月ほどだが、だいたい毎日ランニングをして身体を鍛えた。
また、長距離ツーリングの後は風圧とヘルメットの重さで必ず首が痛くなるので、首も鍛えてみた。
若干の効果はあったと思う。
10時
距離数メモなし。
談合坂SAに到着した。
どこかのトンネルの入り口で出来立てホヤホヤの事故を通過してきた。
正直に書くと、渋滞を引き起こす前に通過出来たので嬉しい。
いよいよここで最後の休憩になった。目がかすんで来た。
電光掲示板を見ると、八王子の手前で新しい渋滞が形成されているようだったので、気分が落ち込む。
行きも帰りも渋滞に悩まされたが、最後の最後まで渋滞がついて回る。
落ち込んでも渋滞は縮まないので、ここでゆっくりと食事をすることにした。
今回の旅は、広島の食事以外、特に美味しいものは食べなかったと思う。写真にすら撮っていない。
SAやPAの食事は、小さめのところが美味しいのだが(おばちゃんがちゃんと料理をする)、給油の関係でガソリンスタンドのある大型のSAやPAに立ち寄ってばかりだったので、無表情でラーメンやらうどんやらを食べていた。
さて。最後の渋滞に突入だ。
11時52分13秒
広島から857キロ。
無事に自宅に到着した。
装備を脱ぎ捨てて、そのまま倒れ込むように眠った。
ずいぶん前に兄に「どうしてお前は『想像する』だけで済まさないんだ?どうして実際に行動してしまうんだ?バカなのか?」と怒られたことがあった。
「どうなんだろう?」と想像してしまうと、どうしてもそれをやりたくなってしまう。
今回も「1000キロを走ったらどれくらい疲れるんだろう?」と想像してからこの旅は始まった。
「成長するのかな?」と想像したが、5月18日現在、成長の感覚は一切してこない。
まあそんなモンだと思う。
唯一分かったのは「自分は凄まじく臆病者だ」ということくらいだろうか。
ガタガタだった身体の疲れも脳みそのグチャグチャ感も翌日にはキレイに消えてしまった。
往復で1683キロ。走行時間43時間(休憩含む)。
それが分かっただけでも、いい時間が過ごせたと思う。
楽しい旅に私を導いてくれたPerfumeと、愛車XL883Nに感謝をしたい。
無事に帰って来れて良かった!ありがとう!
今度は北に行くぞ!
目的はもちろん、私が愛して止まないPerfumeのステージを見に行くためだ。
826キロを19時間かけて走った「前編」はこちら。
5月4日。6時半ごろにホテルで目覚めた。
前日のオフ会は一次会で帰り、しっかり睡眠を取って休んだので、若干の疲労感はあるが体調はまずまず。
往路は予想外に時間がかかり、体力気力共に削られたが、復路は始めから茨の道だと覚悟ができている。
友人とお好み村に行き、Perfumeゆかりの「あとむ」さんに行ってしっかり栄養補給をし、かしゆかの出身小学校を拝み、あ~ちゃんが幼い頃に遊んだ神社で一服して、昼過ぎに広島インターから山陽道に乗った。
帰りは細かなスケジュールは組まなかった。ここまで来るのに19時間もかかったので、帰りはボンヤリと24時間くらいかかるだろうと予測。翌日の昼過ぎに東京に戻れれば御の字だ。
天候は良好。5月らしい暖かさになった。
上下の防寒着はリアフェンダーにくくり付けて走り出した。
前日には激しく渋滞していた上下線とも、今日は空いている。
距離が稼げそうな予感を胸に走り出すと、すぐに猛烈な眠気に襲われた。
しっかり眠ったはずなのに、あっという間にセンターラインが二重に見えるほどにまぶたが重くなる。
危険を感じたので、すぐに小谷SAで休憩した。
15時
広島から94キロ。
のっちの故郷福山SAに到着。給油。
少しだけ目が覚めたが、身体の芯から眠気が抜けないので、思い切って寝ることにした。
コーヒーやガムや、目の覚める飲料などでどうにかなる眠気ではなかった。
この眠気を覚ますには、寝るしかない。
また、昼寝が大好きなPerfumeのっちの故郷福山なので、寝るにはピッタリだ。
バイクを停めて、フラフラと芝生の広場に向かい、垣根のそばで横になった瞬間に眠った。
ハッと気がつくと17時になっていた。
疲労感はやや残っていたが、頭の中はスッキリとクリアになった。
後になって振り返ると、暖かいうちにここで睡眠を取ったのは賢明な判断だったと思う。
そこからはトロトロと進んだ。
乗り始めてすぐに肩が痛くなる。
いよいよ激しい渋滞に出会うようになってきた。
18時半
広島から157キロ。
吉備SAに到着。
再び寒さが厳しくなってきた。
どうしてもすぐに肩が痛くなる。しかし逆に考えれば肩しか痛くならない。
ここではコーヒーを飲んだだけでパッと再び走り出した。
20時
広島から223キロ。
龍野西SAに到着。食事をした。
どこのJCTだったか忘れたが、激しい渋滞を抜けた。この先はすべてのJCTで渋滞を味わうのだろう。
相変わらず渋滞の情報が分からなかったが、Twitterのフォロワーさんに、渋滞情報を簡単に把握出来るアプリを教えてもらって、それでずいぶん情報がつかめるようになった。
往路の反省を活かして、iPhoneの電源は切りながら走っていたが、やはり通信をすると激しくバッテリーを消費する。
21時
広島から273キロ。
三木SAに到着。給油。
SAの中をウロウロしていると「ハイウェイオフィス」というコーナーを見つけた。
そこに、夢にまで見た「コンセント」があるではないか!
そこでiPhoneをフルに充電した。そして備え付けのPCで、高速道路各所の渋滞をチェックした。
自分が到達するのはまだまだ先だろうが、東名も中央道も渋滞で真っ赤っかになっているのを確認。
その前に神戸JCTが盛り上がっているようだ…。
22時半
広島から307キロ。
西宮名塩SAに到着。
渋滞渋滞で疲労する。
SAの入り口まで大渋滞している。
トイレが我慢出来ない子供を引き連れて親子がクルマから降りて走っていたりした。
それらの行列を飛び越えてバイクは進入できる。交通誘導員もバイクは先に行かせてくれる。
ほんのちょっとだけバイクの優越感を感じるひとときだ。
「バイクは渋滞していても関係ないでしょう?」と言われることがあるが、私の場合は大いに関係ある。
以前にも書いたが、自転車でクルマの横を走り抜けた時にドアを開けられて、ドアに激突した経験がある。
ドアの角の部分が首に当たり、一時間ぐらい起き上がることができなくなった。
それがトラウマになっていて、クルマとクルマの間を走り抜けるのがとてつもなく怖い。
静止しているクルマの間を80キロくらいで走り抜けるライダーがいるが、私にはそんな真似はできない。
クルマの方を悪く言うつもりはないが、バイクに乗っている人間を嫌う人もいる。
今回のツーリングでも、すり抜けをしているバイクを見つけると、サッとクルマを寄せてきてすり抜けさせないようにするドライバーはたくさんいた。逆にバイクのすり抜けを見つけると譲る(ぶつけられたくない?)ようにクルマを離す人もいる。
「陰険だな」とは思わない。
たぶんそれが正常な「世間」なんだと思う。
とりあえず草津まで走ってみようと思った。
0時
広島から381キロ。
草津PAに到着した。
途中の京滋バイパスが恐怖だった。
渋滞のストレスが溜まっているのか、周りのクルマは140キロオーバーで飛ばしている。
自分も流れに乗らなくては危険だと思ったが、数十分つき合うだけで十分に怖さを覚えてあきらめた。
道もそれほど知らない先が見えないコーナーに、このスピードで突っ込むことはできない。
それほどの運転の自信もない。
ここに大きな電光掲示板があり、この先の渋滞情報が確認出来た。
草津PAから東名高速を目指して豊田JCTまで行けば170分。約3時間。
草津PAから中央高速を目指して小牧JCTまで行けば110分。約2時間。
「どちらがラクな道か?」と問われれば、それは間違いなく東名高速だ。
中央高速はアップダウンやカーブが多いので、クルマで走っていても疲れやすい。
それに、標高が高いので、バイクだと寒さをモロに受けてしまう。
しかし、中央高速は調布のインターを降りればすぐに自宅に帰ることが出来る。
もうほとんど考えることが出来なくなった頭で考えて、中央高速を選ぶことにした。
後々に、この選択が正しかったことになる。
ゆっくり休んで、それから出発した。
2時
広島から430キロ。
多賀SAに到着した。食事と給油。
琵琶湖に到達して、まだ琵琶湖にいる。
あまりの寒さと疲労と眠気で、ここで眠ることにした。
往路と同じく、眠る場所を探したが、中々見つからなかった。
屋根さえあれば大丈夫だと考え、閉店しているスターバックスの横のひさしの下に寝転んだ。
さすがに疲れきっているので、すぐにウトウトしてきたが、やはり寒さがジワジワと染み込んでくる。
ハッと気がつくと、タバコをくわえた若者がすぐそばに立っていたので「わっ!」と声を出してしまった。
その若者も「わっ!」と声を出して走り去って行った。
なんだったんだろうか…?
時計を見ると、3~40分くらいはうつらうつらしていたようだ。
「でもやるんだよ」って、誰の言葉だったっけ?
などと思いながら、再び走る用意をした。やらなければ帰れない。
もう何度確認したか忘れたが、服装の確認。
チャックをアゴまで引く。
ポケットの中身とボタンを確認する。
ETCのカード挿入を確認。
ヘルメットをかぶってアゴヒモをきちんと締める。
グローブをはめる。
ヘルメットのシールドを上げて角度の確認。
たすきがけしているウエストバッグのチャック確認。
「失っている物はなにも無いね?」
と自分に問いかけてからエンジンを回す。
長旅にも関わらず、私のXL883Nは快調にエンジンを回してくれる。
けっきょくここには4時ごろまで滞在していた。
5時
広島から518キロ。
内津峠PAに到着。
やっと…広島を出て17時間が経過して中央道に入ることができた。
しかし、寒過ぎて走ることが出来なくなった。
ハーレーと言えば聞こえは良いが、カウルも何もないバイクだ。
風を真正面に受け続けて走っていると、服の隙間からジワリと風が入り込んできて寒さを蓄える。
空が徐々に明るくなってきたので、太陽のパワーに期待するしかない。
コーヒーを飲んで気合いを入れた。
たぶんこの辺りで撮った写真。帰りも写真を撮る余裕はありませんでした♪
電光掲示板を見ると、中央道の渋滞は解消されていたが、この時間でも東名の渋滞は解消されていなかった。
確か事故渋滞だったと思う。
6時半
広島から597キロ。
阿知PAに到着した。
日が登り、中央道ならではの周囲の樹々の景色を見ながら気持ちよく走れた。
久しぶりに(?)、早朝らしく自分以外誰もいない高速道路を楽しめた。
「明るい」と言うだけで、勇気が増幅された気がした。
名古屋方面から中央道で東京へ帰ると言えば、楽しみなイベントは「恵那山トンネルの通過」だと思う。
「恵那山トンネル」は、全長が約8キロもあるトンネルだ。
極端に低速走行になるし、トンネル内は車線変更禁止なので、右車線にシフトしてトンネルに入った。
予想通り左車線はノロノロ運転になり、私は快適に走っていたのだが、真ん中辺りで突然にトラックが私の前に車線変更してきて肝を冷やした。
そこからは空いている中央道を気持ち良く走れた。
景色は東名よりも中央道のほうがキレイだ。
9時
広島から741キロ。
双葉SAに到着した。たぶん給油した。
やはりバイクを降りると自分がゼイゼイ肩で息をしているのが分かる。心臓の動悸も早い。
今回のツーリングに向けて、たったの一ヶ月ほどだが、だいたい毎日ランニングをして身体を鍛えた。
また、長距離ツーリングの後は風圧とヘルメットの重さで必ず首が痛くなるので、首も鍛えてみた。
若干の効果はあったと思う。
10時
距離数メモなし。
談合坂SAに到着した。
どこかのトンネルの入り口で出来立てホヤホヤの事故を通過してきた。
正直に書くと、渋滞を引き起こす前に通過出来たので嬉しい。
いよいよここで最後の休憩になった。目がかすんで来た。
電光掲示板を見ると、八王子の手前で新しい渋滞が形成されているようだったので、気分が落ち込む。
行きも帰りも渋滞に悩まされたが、最後の最後まで渋滞がついて回る。
落ち込んでも渋滞は縮まないので、ここでゆっくりと食事をすることにした。
今回の旅は、広島の食事以外、特に美味しいものは食べなかったと思う。写真にすら撮っていない。
SAやPAの食事は、小さめのところが美味しいのだが(おばちゃんがちゃんと料理をする)、給油の関係でガソリンスタンドのある大型のSAやPAに立ち寄ってばかりだったので、無表情でラーメンやらうどんやらを食べていた。
さて。最後の渋滞に突入だ。
11時52分13秒
広島から857キロ。
無事に自宅に到着した。
装備を脱ぎ捨てて、そのまま倒れ込むように眠った。
ずいぶん前に兄に「どうしてお前は『想像する』だけで済まさないんだ?どうして実際に行動してしまうんだ?バカなのか?」と怒られたことがあった。
「どうなんだろう?」と想像してしまうと、どうしてもそれをやりたくなってしまう。
今回も「1000キロを走ったらどれくらい疲れるんだろう?」と想像してからこの旅は始まった。
「成長するのかな?」と想像したが、5月18日現在、成長の感覚は一切してこない。
まあそんなモンだと思う。
唯一分かったのは「自分は凄まじく臆病者だ」ということくらいだろうか。
ガタガタだった身体の疲れも脳みそのグチャグチャ感も翌日にはキレイに消えてしまった。
往復で1683キロ。走行時間43時間(休憩含む)。
それが分かっただけでも、いい時間が過ごせたと思う。
楽しい旅に私を導いてくれたPerfumeと、愛車XL883Nに感謝をしたい。
無事に帰って来れて良かった!ありがとう!
今度は北に行くぞ!