髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

ワークライフバランス

2016-06-15 | 育児

このブログがまったく更新されなくなった大きな理由は、1年ほど前に職場での異動があったからだ。
おおよそ9時から23時頃まで毎日拘束される、社内でも一番に残業の多い部署への異動だった。

初めのうちはまあ仕方ないなと思い頑張ってはいたが(残業代はきちんと支払われるし、休日も週に2日間ある)、異動して間もなく嫁さんが妊娠して、仕事はほぼ毎日の午前帰宅。妊娠初期のつわりで苦しむ嫁さんをまったく手伝うこともできずにかなり自分も苦しんだ。

仕事自体はそれほど苦しくも辛くもなく、ただただ拘束時間が長いだけだ。繁忙期も閑散期も関係なく、ただひたすらに時間を消費する。
「終電」というシステムが存在するおかげで、仕事を打ち切ることができているようなものだ。

その前までいた部署では、自分で仕事の全量を把握できていたので、残業する日としない日を自分で決めて、メリハリのあるスケジュールを組んで家族に向き合う時間を自分で作ることができた。
しかし、現在の部署は仕事が多岐に渡り、自分一人で全量を把握することはできないので、好き勝手にスケジュールを組むことはできず、毎日上司が終電近くまでデスクに向かっているのが常態なので、ともかく先の先まで仕事を追い求めて自分も残業を重ねるしかない(この話を友人にすると「人件費とか気にしない会社なの?」と聞かれるが、人件費を気にしない会社である。ここに来るまでに何十社と会社を渡り歩いてきたが、ここまで人件費に興味のない会社は初めて)。

同じような苦労をしただろう職場の先輩に話を持ちかけてみても
「いや〜俺も昔は大変だったよわははは」
というような反応で、こちらが窮地に立たされていることが見えていないようなので参考にならない。

部署のボスに相談しても
「奥さん、妊娠で辛いなら(奥さん自身が)仕事しないで休めばいいじゃない」
と、会社側としての問題解決策は示すつもりはなさそうだった。

しかしこのままでは家族が崩壊してしまいそうだったので、ボスと直属の上司に現状を伝えて、残業を少なくしてもらうよう頼んだ。
それからしばらくは早めに切り上げて帰れるようにしてくれたが、それは数週間の話しで、再び仕事のペースは戻った。

自分がグダグダ仕事をしている間に、嫁さんが苦しんでおり、2歳の息子は遊んでくれる相手がいなくて一人でボーッとテレビを見ていたりするのだろうか…などと考えると胸が締め付けられるような思いだった(実際、24時近くに帰宅すると、嫁さんが倒れこむように寝ていて、その横で息子がテレビを見ていた、ということがあった)。

今の自分に必要なのは、お金じゃなくて時間だ(まあ、バランスはあるとは思うけど)。
多分、自分が今より10歳若ければ、仕事を辞めていたと思う。
しかしそうは簡単に事が進められない年齢になった(もっとも、若い頃に好き勝手に生きてきたから、この年齢になっても自由な時間が得られないような仕事にしか就けなかった、とも言える)。

限界かも、これが限界かも、もー限界かも、これで本当に限界かも、

などと何度も限界を感じつつも、嫁さんも落ち着いてきて、なんとか妊娠初期を乗り切った。
もちろんそこがゴールであるはずもなく、私は相変わらずずっと仕事をしているだけで、嫁さんは妊娠後期も乗り越え、出産も乗り越え、2人の息子を相手に毎日育児をがんばっている。

まだ良かったかなと思えるのは、これが第2子だという事。
第1子の時は、上にも書いたが自分で仕事のスケジュールを組めたので、子供の顔を見る日、嫁さんと話をする日をきちんと決めて、自分もしっかりと子育てに参加できていた…のではないかな?と思う。
でもこれが第1子で、初めから今の部署にいたら、子育てに参加しないまま、子育てを知らずに過ごす事になる。
それが当たり前の感覚になってしまう。

これでは嫁さんが毎日どんな事をして、どんな苦労があって、どんな楽しみや嬉しさ、辛さや悲しみがあるのかを知らずに日々を通過する事になる。何よりも、子供が知らないうちに、気づかないうちに成長してしまう。
子育ては夫婦でするものだと思っているが、現実は嫁さんに完全に任せきりだ。
父親が仕事しかしていないのでは、一人前とは言えない。半人前だ(単身赴任で頑張っているお父さんや潜水艦の乗員で数ヶ月から数年は帰宅できないお父さんなどは除く)。

初めのうちは自分たちだけでも逃げ延びようと、部署の異動願いを出そうかなどと考えていたが、それは再び自分と同じ境遇の誰かを生んでしまうだけだ。自分が踏ん張って、ジワジワと環境改善を訴えていけば少しは未来が明るくなるはずだ。

そう思い、今は1日で1ミリでもいいから労働環境が改善されるようにチマチマと事を進めている。

政府の偉い人も色々と考えてはいるんだろうが、女性が輝くとか、一億人が活躍するとか、そんなことではなく、賃金を下げない労働時間の短縮、そこをもっと深く強く追求してほしい。
それが一番の出生率上昇のポイントになると思うし、経済だって元気になる、と思う。



この子たちが成長する毎日を、ちゃんと見ていたいのです。
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親バカならぬバカ親

2016-06-05 | 3歳児
自分の休日に、3歳の息子を2度も危険な目にあわせてしまった。
幸いにも大事には至らず、息子も元気に過ごしているが、タイミングが悪ければ失明したり骨折する可能性も十分にあった。

まず初めは、自宅の寝室の掃除をしている時。
掃除機のコンセントケーブルの根元が断線しかかっていて、電源が入ったり切れたりしてても使い続けていたら、ケーブルの根元からバッと火花が上がってショートした。幸いにも息子はそばにはいなかったが、その直前まで息子がその掃除機で掃除をしていたので肝を冷やした(言い訳だが、その日を最後に掃除機は買い換えようと思っていた)。

それから数時間後。

自転車を自転車置き場(前輪を坂の上に乗せるタイプ)から引き出そうとしたら、息子が一緒に自転車を引っ張り出そうと手を添えてくれて、あっという間に車体と後退してくるペダルの間に手の甲を挟んだ。

静かに
「痛い」
とつぶやく息子。

自転車はYAMAHAのPASだが、乗った人には分かると思うが、大人の男性でも制御するには重い。

とっさに気づいてブレーキをかけて慎重に前進して息子の手を抜いた。

どちらも大事故には至らなかったが、自分の不注意が生んだ結果だ。
深く深く反省している。
この2件のケースとも、3歳の息子が自ら手伝おうとしてくれて危険な目にあった。
そこも本当に申し訳なく思う。

常日頃、子供の安全には細心の注意を払っているつもりだったけど、そんなものは親の思い込みだけであった。
安全は一瞬の気の緩みで簡単に崩れ去る。

北海道の「小学2年生置き去り」報道が話題になったが、あの親を責める気にはなれない。
親といっても完全完璧な人間ではない。
ほんの一瞬の気づきの遅さや判断の間違いで、家族を危険な状態に晒すことになる。
「痛み」を伴って覚える生き方も多いとは思うが、やはり生命と身体の安全だけはしっかり管理せねば、と感じた。
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