髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

3歳次男 想定外の成長

2019-10-01 | 3歳児
6歳になると保育園での人間関係も色々あるようだ。

保育園に行きたくないと訴える6歳長男の話を真剣に聞き、内容を保育園に伝え対応をお願いし、こちらも日々の出来事を長男と先生から聞く。
私と嫁さんも連夜の夫婦会議を開催し、今後大人はどのようなスタンスで介入していく、もしくは介入していかないかを相談する。

単純に子供たちの表面だけを見れば白黒簡単に塗り分けられそうな人間関係でも、その中を探っていくと、その他の人間関係も絡んでいたりと根は深かったりする。

嫁さんは静観派で私は介入派だったのだけど、結果的には一時的な感情のもつれによる問題だったようで、一週間ほどで保育園イヤ期間は終了し現在は静かになった。

静観派の嫁さんいわく、人間関係による悩みは長男がこれから小学校に上がればまだまだ出てくるので、長男自身による自己解決の成功例を身につけて欲しいとのことであった。
さすが私の嫁さんである。
かっこいい。

この期間、毎朝深刻な表情で支度をする長男に対して、悩みゼロの、底抜けに明るい3歳次男の存在がとても救いになった。
暗い顔で着替えるお兄ちゃんに対し、オムツ一丁で踊りながら

おならぷー!
おならぷー!
おならぷー!
おならぷー!
おならぷー!

と叫んでケツをこすりつけてお兄ちゃんに殴られて泣いて私に抱きついてきたりした。
この弟の存在がどれだけ兄の心を柔らかくしただろうか。

そして先ほど殴られたことを忘れた次男は、今度は抱っこされたまま父親を殴り始める。
そんなに痛いことしないでー!パパ好き好きチュッチュッチューしてー!と次男にお願いすると、不敵な笑みを浮かべて
「イヤだね。パパ大嫌いチュッチュッチュー」
と、チュッチュッチューは残してくれる。
この次男の存在がどれだけパパの心を柔らかくしてくれただろうか。

もちろんママの心も柔らかくしてくれる次男。
6歳お兄ちゃんも成長していれば、3歳弟もしっかり成長している。
この先もいろいろなことがあるだろうけど、現時点では次男の底抜けの明るさに家族全員が救われている。
嬉しい想定外だ。

コメント

6歳長男 想定外の成長。

2019-09-06 | 6歳児
子育ては苦労の連続だ。
「試練」と書かれたハードルが次から次へと休みなく目の前にやってきてはよいしょよいしょとそのハードルを乗り越えていく。
時にはハードルを倒してしまうこともあるが、それを振り返る余裕もなく次のハードルが現れる。


体力だけで力任せに飛び越えられるハードルも多いが、中には体力、知力を結集しないと乗り越えられないハードルも出てくる。
私は40歳を過ぎてから父親になったので、この日々のハードル越えが地味にキツい。
しかも第三子のことを考えると、これからまだ20年以上、還暦を過ぎてもハードル越えが続く。


なんと果てしない物語だろうか。。。


などと絶望してしまいそうだったが、ここ最近になってそのハードルがググッと低くなる現象が頻発している。


それは「長男の成長」である。


6歳長男がしっかりお兄ちゃんらしく育ってきており、3歳弟の遊び相手になってくれたり(これが最大で最高の成長)、食後の片付けやその他諸々のお手伝いをしてくれることが多くなり、本当に助かっている(最近は兄弟でお風呂にも入っている)。
この長男の成長のおかげで、息子たちは息子たちで行動できるようになり、自宅であれば目を離しても安心できるようになったので、家事を進めるスピードがグンと上がった。


毎日のハードル越えに忙しくしていて、長男が成長することによってこんなに嬉しい副産物ができるなどとは想定していなかった。


そんなお兄ちゃんの姿を見ているので、自然に次男もお兄ちゃんの真似をして着替えをしたりおもちゃを片付けたりするようになったので、棚からぼた餅、もしくは一石二鳥の成長ぶり。


このまま行けば10年後くらいには家事のすべてを任せることが出来そうだ。
嫁さんと「これはちょっと報酬を与えても良いのでは…?」という事態になっている(言うまでもなく一番の功労者は嫁さんである)。


この調子で子供たちが成長してくれるのであれば、まだまだ自分もハードルをガンガン飛び越えていけそうだと勇気をもらった。


今現在はパパが子供たちを抱えて寝室へ連れて行っているが、早く長男に抱えてもらってパパが寝室に連れて行ってもらえるようになりたい。



今年の夏は海だ山だプールだキャンプだとたくさん遊ぶことができた。来年の夏は0歳
児と一緒なので大人しく…はしないだろうなあ。
コメント

高尾山から景信山を経て陣馬山を越えて熊を見たお話し

2019-07-13 | アウトドア
2019年6月13日(木)

ずーっとやりたい行きたいと思っていた

「高尾山~景信山~陣馬山」

の縦走をしてきた。
「縦走」と書いたが一瞬も走ることはなくすべて歩いている。時には四つん這いになりながら。

合計で18キロ、8時間ほどの行程になるので、まるっと一日のお休みを頂けないと行くことが出来ない。
この日は夕方の長男の習い事がお休みで、保育園のお迎えを嫁さんにお願いできたし、梅雨の中の晴れ間と、千載一遇のチャンスになったので実行に移した。
あらかじめエバーノートに行程表を作っておいて時間を記入したり、持ち物のチェックリストを作っておいたので、準備は前日の夜にちゃちゃっと終えられた。

ざっくりした計画は

保育園送り
8:30
高尾山口(京王線)
10:00
高尾山山頂
11:00
一丁平
12:00
城山
12:20
小仏峠
12:40
影信山
13:10
明王峠
15:20
陣場山
16:00
陣馬高原下
17:00
高尾山口(京王線)
18:00

結論から言うと、ほぼこの行程どおりに進むことは出来たが、体力的にはかなり厳しかった。
この日はしばらく20度前半の日が続いた後に来た久しぶりの夏日超え(最高気温26.4度)だった。
登りが続く場面で汗だくになり、身体がまだ暑さに順応していなかったために熱中症のような状態に陥り、初めての長時間行動でペース配分もできずに後半はかなりバテた。
そして陣馬山から陣馬高原下のバス停に向かう途中で熊を見てしまったために動揺して慌てて下りたので、さらに体力気力も奪われてしまい、なかなか過酷な山行となった。

では時系列で記録していく。

9:40
高尾山口の改札を抜けてケーブルカー清滝駅へ。



前日までの雨続きが嘘のように気持ちよく晴れた。
駅の周囲には小学生や幼稚園生などの集団が数百人規模で整列していた。自分も小学生の集団に囲まれてスタート。他は老人が多かった。
さすがは世界で一番登山客の多い山である。

登山道は6号路を使った。京王線の改札を抜けてまだ3~40分しか歩いていないのに、周囲は静かで木々の美しい景色に変わり、運動が始まって少し体温の上がった身体にひんやりした空気が気持ち良い。







今年4度目なので気持ち的にも余裕があったからか、最後の200段の階段は苦痛の表情でぜえぜえ言って泣きそうになりながら登れた。
何度登っても苦しい。

10:42
高尾山山頂へ。
下の駅の混雑に比べれば全然人がいなくて拍子抜けした。
天気は晴れだが周囲はもやっていて雲も多く、富士山を見ることはできなかった。
水をがぶ飲みしてバターロールパン2個を体内に吸収。
10分ほど休憩して出発。





11:22
一丁平へ。



高尾山からここまでの道のりが一番好きかも知れない。
先ほどまではざわざわ人がいたのに、奥高尾へ入るとほとんど人に会うことがない。
道は平坦で息が上がらないので、五感をフルに使って自然を堪能できる。
まずは左に富士山を見つつじっくり景色が楽しめる(この日は残念ながら富士山は見えなかったけど)。
葉っぱといえばひと言で終わるけど、ほぼ無限と思われるほどの緑色の種類と、数えきれないくらいの様々な形があって、こんな美しいグラデーションを無料で楽しんでしまっていいの?という気分になる。



そして静寂と鳥の鳴き声。
どこかにスピーカーが設置されていて、有線で「ウグイスの声」を流しているんじゃないか?と思えるほどに大きく鮮明に聴こえる。

一丁平で休憩の予定はなかったけど、あまりにも空気が美味しいのでしばし腰をかけて休んだ。
この日はいたるところでやたらと白い蝶々がたくさん飛んでいて、なんとなく天国っぽい演出であった。
もしかしたら知らないうちに自分は死んでいて、天国に着いてしまったのか?なんて妄想もした。
帰宅してから白い蝶々のことを調べたら、蝶々ではなく黄脚毒蛾(キアシドクガ)であった。
天国どころか地獄のような名前だが、毒はもっていないらしい。



毎度のパターンになっているが、 景信山の手前の登りで汗だくになり、ずいぶんと体力を奪われた。
休みなく足を動かし身体を上へ上へと押し上げていく動作で、身体中のカロリーがすごいスピードで減っていくのがなんとなく分かる。
そしてここでの無理が祟ったか、軽い熱中症のような状態になり頭痛が始まってしまった。
後になって思えば、ここで身体を冷やすために休憩を取ればよかったかも知れない。

12:30
景信山山頂へ。



ここでお昼ご飯。マルタイの棒ラーメンとビール。
アマゾンのポイントで交換したSOTOのバーナー「アミカス」を初めて使ってみた。
強風というほどではないが時折風が吹く環境で、風防なしで5分くらい?でラーメン用のお湯が沸いた。





頭痛もあったので13:50までのんびりした。

ここからは未体験ゾーンなので、少しどきどきしながら進んだが、これまでのような急登はなく、ひたすら気持ちのいい稜線歩きができた。



15:00
明王峠へ。



ペース的に余裕があったのでしっかり腰を下ろして水分補給とスニッカーズでエネルギー補給。
エネルギー源として他には柿ピーも持ってきたが暑さで喉が乾くためか食べる気にはならなかった。



16:00
陣馬山山頂へ。



ネットでよく見ていたあの白い馬をやっとこの目で見ることができた。



と感激して喜びたかったが、体力の消耗が激しく、また頭痛も治らなかったために、ひとまずベンチで横になって寝た。
この時に、なんとなく気になって自分の顔を携帯のカメラで見てみたら、しかめっ面が張り付いたというか、苦悩が顔面に張り付いたような顔をしていた。たぶん体力的な限界を3回くらいは超えていたかと思う。極限とまでは言わないが、過酷な環境にさらされると私はこんな顔になるんだなと参考になった。写真に撮っておけばよかった…!
平日であるし時間も遅いからか、陣馬山山頂には私を含めて3人しかいなかった。
10分くらい眠り、それでかなり体力気力は復活した。

16:30ごろ
下りは「新ハイキングコース」を選んだ。
登山道40分、舗装公道20分のコースだ。
その登山道の中盤くらいだろうか。

道は平坦であった。
前方で突然ガサガサ!という音がしたので前を見ると、自分の目の前を横切り、左前方から右下の谷へ向かって、真っ黒な生物が四つんばいで走り去っていった。
距離にして約30~40メートルほど先だっただろうか。
大きさは自分と同じか少し小さいくらいか。しかし胴体や手足の太さはすごく大きい。

熊だ。

あれ?俺はここで熊に襲われる予定?
え?俺の人生はここで終了するの?
一瞬の間に家族の顔も脳内に流れる。
正直、この瞬間まで熊のことなど少しも考えたことはなかった。
勉強不足でこの界隈に熊がいることを知らなかったのだ。

スピードはとてつもなく速かった。
なんで山の中をあんなスピードで動けるんだよ、と思うほど早かった。
あれがこちらに向かってきたら絶対に逃げきれない。
完全にこちら側がアウェイだ。

まずは自分の身には何も起きていないし熊は横切っただけなので、落ち着こうと深呼吸。
今まで観てきた映画や漫画や小説でも、冷静さを失った者が命を落とす場面が多かった。

自分の進行方向に対して90度の角度で谷の下へ向かったのなら、あのスピードだったらたとえ数分でも熊との距離は十分に離れるはずだ。
自分の現在地は分からないが、下り登山道の半分以上は過ぎているはずなので、もうしばらく進めば車の走る公道へ出る。
慌てて怪我でもして動けなくなったら最後だ。

呼吸を整えて周囲を警戒しながら山を下った。

「新ハイキングコース」で陣馬山に行ったことがある方ならご存知だと思うが、かなり傾斜がきつい。



滑り落ちないように踏ん張っていないと尻もちをつきそうになる。
調子よくリズミカルに傾斜を下っていくと、登山道はどんどん右に曲がり、先ほど熊が急降下していった谷の方向に向かっていった。

ほほう!あの熊は先回りして私を待ち伏せするために走っていったのか♪

ここまでは少なくとも自分の前方だけに注意を払っていたが、ここからは全方位に警戒が必要になった。
感覚としては、自分の現在地がちょうど熊が走り去っていった場所になり、もう熊がどこにいるのかはさっぱり分からない。

自分では慎重に進んでいるつもりだがやはり慌てているのだろう。
ここからは足を滑らせて尻もちを3回はついた。
そのたびに「いやね!もう!」とか「あらあら!困るわね!」などとオネエ言葉が頻出し始めた。
命の危機を感じ、本能がむき出しになってオネエ化したのか、生命の終わりに今までの人生がフラッシュバックし、小さな頃に熟読して影響を受けた「マカロニほうれん荘」のきんどーさんが出てきたのかも知れない。

気がつけば登山道は沢沿いの道になり、ますます熊が飛び出してきそうな雰囲気になる。
まだ16時台とはいえ、木々が生い茂っているので周囲は薄暗くなってきた。
武器になるのはザックに入っているモーラナイフ1本のみ。
念のために手に持って歩くか迷ったが、それでさらに怪我をしてしまいそうだったのでザックに入れたままにした。

「あん!いやん!」などと叫び、なかば小走りで滑り落ちるように下っていき(体感は1時間くらいだったが、20分くらい)、ようやく舗装された公道が見えた。

ここで携帯を取り出し、この界隈で熊が出現する可能性があることを知り、自分が見た熊が「ツキノワグマ」だったことが分かった。

17:00
陣馬高原下バス停に到着。

19:00ごろ
地元駅の交番に立ち寄り、神奈川県警につないでもらって熊の目撃情報を通報。
翌日に相模原市役所から目撃の時間、位置の確認の電話が来て対応した。

バス停に着いた頃には「ああ~しばらく山に行くのは止めようかな~」なんて思っていたが、翌日には「熊鈴買わないとな…」と前向きになっていた(今回の山行でも熊鈴を付けている人を何人か見た。景信山くらいならまだ無くても大丈夫かもしれないけど、陣馬山まで来るなら必要だと思った)。

そこから一週間は、今まで体験したことがないほどのガチガチな筋肉痛に襲われた。
身体が「あれは無謀だった。お前は無理をし過ぎた」と語りかけてくる。
あーくそーまだ今の自分には早かったかーなどと思いつつも「あの場所でスローダウンしてあの場所で小休止すればまだ体力は持ったかな」とか「今度は始発で出て時間に余裕をもって行けば筋肉痛も半分くらいで治まるかな」などと次回へ向けてのチャレンジ精神が湧いてくる。

学生時代はずっと帰宅部で体育会的な精神は1ミリも持ち合わせていないが、こんなにも辛いことをまた何度もやってみたいと思わせるのは山の魔力なんだろうか。
次回は逆コースで、陣馬高原下のバス停から攻め上がりたい。

最高の小旅行であった。
コメント

初夏のワンオペキャンプに行ってきた

2019-06-27 | アウトドア
2019年5月26日(日)から一泊で、山梨県道志村の「山伏オートキャンプ場」へキャンプをしに行った。



急に決まった連休だったので嫁さんのスケジュール調整が間に合わず、46歳私と6歳お兄ちゃん、3歳弟の男子チームで行くこととなり、ワンオペとなったのでテーマは「極力作業を端折るアウトドア活動」ということになった。
特に一番手間のかかる食事については缶詰を多用して、手間も冷却もカットするようにした。

十分に時間をとって出発したのだが、山中湖のマラソン大会?の都合で山中湖周辺が通行止めになっていた関係で到着が1時間以上遅れ(迂回路だと思って誘導されるままに走るとどんどん遠くに離されるというけっこうな罠だった)、どこかのレストランで食事してからキャンプ場へ…という予定が、コンビニで食事を調達して13時を回ってからキャンプ場へ…という結果に。



キャンプ場へ到着、案内されたサイトへ車を止めてさあご飯食べようぜ…と息子たちに言ってもすでに手遅れ。
目の前の川に興奮して突進し3歳児は早くもオムツまでびしょにしょにしている。
まあそりゃそうなるよね。。と仕方なく自分だけご飯を食べて、ひとまず目の前の川を偵察。





さすが日曜日の昼過ぎ。帰り支度を始めている人たちが多くキャンプ場はガラガラ。
キャンプ場のご主人が子連れだからと気を利かせてくれたのか、我々は川のすぐそばのサイトに案内されて、周囲のキャンパーさんたちとも適度に離れていたのでこちらの騒ぐ音もあちらの視線なども気にならなくて良かった。

今回、この「山伏オートキャンプ場」に決めたのは、「川の浅さ」が理由だった(ちゃんとリサーチしたのではなく勘で「この辺は浅いだろうな」と思っただけでしたけど)。
川に深い場所があれば、親の常時監視が必要になるが、ここは子供が流されたりするような深い流れはなかったので、溺れる心配はしないで済んだ(もちろん転倒すれば危ないし、高い場所からの落下も危険)。
親の手がふさがっていても子供たちを川で遊ばせることができるので、小さな子供がいる家庭ではこれは大きなポイントになると思う。

この1泊2日のワンオペキャンプで一番に苦労した点は
「親一人でのキャンプ地の設営、撤収」だった。
設営と撤収、合わせて2時間強くらいの時間、わーわー騒ぐ子供たちの監視をしながら、時には一緒に遊んだりしながら車から荷物を降ろして展開し、テントを組み立てて内外の設備を整える。
まあここを端折るならバンガローに行けよ、という話になってしまうので一生懸命に頑張った。
主に設営や食事の準備で私の手がふさがっている時だったが、子供たちが

・ノコギリでテントを切ろうとする
・ペグ打ちのハンマーで車を引っ掻く
・焚き火から火を移した枝で落ち葉に火をつける

などなど、次から次に「絶対やるな案件」を繰り出してくるので、その静止で声を張り上げてばかりでかなり生命力を奪われた。

16時前にようやく焚き火を立ち上げた頃にはすっかりクタクタに疲れていた。





今回持っていったテントはコールマンのタフドーム/3025。
長男に手伝ってもらおうと思っていたが、なんだかんだで1人で設営することができた。
大人1人と子供2人では十分すぎる広さ。



すっかり設営が終わってから川でビールを冷やし、自分も子供たちと一緒に川に入って遊んだ。



バイクツーリングの時から感じていたが、5月って本当の本当に外が気持ち良い季節だ。
4月だとまだ肌寒いし、これが6月になると湿気が入ってきてしんどくなる。
ここ最近は人間を痛めつけるような気象が多いが、5月だけは人間を歓迎してくれているように感じる。
森の中で座っているだけで自分が充電されていくような貴重な季節だと思う。

ちっちゃな魚を捕まえてしばらく飼育ケージの中に入れて観察した。



普段の暮らしでは味わえない不安定な足場、足を入れれば脳天まで突き刺さるような冷たさの川の水。
子供たちはこれを味わって、少しでも記憶の片隅に入れてもらえれば良いなあと思った。

晩ごはんは市販トマトソースと缶詰ウインナーのペンネ。



正直、あんまり美味しくなかったが、子供たちは焚き火を見ながらもりもりと食べてくれた。
そこからは焼き鳥缶(子供たちに人気)、イナバのバターチキンカレーとミックスビーンズを混ぜたものをつまみに私は酒盛り。



当初の予定通り、下ごしらえを省いて簡単に食べられるもので腹を満たした。
子供たちはテントの中で戦いをして遊んでいた。
手間取ったキャンプ地設営に比べると、缶詰中心のレシピはやっぱり簡単で、小さな子供がいる場合はこっちのほうがラク。



暗くなってからキャンプ場の探検に出かけて、しっかり時計は見ていなかったが、たぶん20時くらいにはみんなで横になって寝たと思う。



しかしそこからが過酷であった。

寒い。

ガタガタ震えるほどの寒さではないが、とりあえず眠れないくらいの寒さ。

長男は私の寝袋に入っていたのでたぶん大丈夫。
次男も厚手の毛布にくるんでいたのでこちらもたぶん大丈夫。
しかし、ネルシャツと短パンの私はほとんど寝ることが出来なかった。

仕方なく1人で起きて荷物の片付けなどをしていた。
外は切れ込むような寒さ。
テントだけでもずいぶん寒さをしのいでくれるんだな、と分かった。


少し横になってうつらうつらしていたら朝になっていた。

子供たちは快眠できたのかすぐに起き出して焚き火を囲む。
朝食はホットサンドとコーンスープ。



撤収後は道志キャンプでの定番コースとなっている石割の湯で温泉につかり(前日はお風呂に入っていなかったので格別であった。しかもここは小学生未満は無料なので大人800円のみで入ることができる。)、
大広間でコーヒー牛乳を飲み、ゆっくり食事をしてから帰路に着いた。
自分が小さかった頃は温泉などまったく興味がなかったし、そもそもお風呂も楽しくなかったような記憶があるが、我が息子たち2名は温泉を完全に楽しんでいた。

すごーく楽しめた小旅行であった。
コメント

第3子の心拍確認

2019-05-02 | 妊娠、出産
今年も花水木の花が咲き始めてきた。


毎年この花を見ると、長男が生まれた6年前の春を思い出す。


2013年5月


喜びも大きかったが、自分が父親になるという実感が湧かず、その責任の大きさに不安ばかりが募っていた。
自分のようないいかげんな大人が父親になっても本当に大丈夫なんだろうか?
生まれてきた子供は、私が父親と知ったら落胆するんじゃないだろうか?
自分自身の人生すらまともにコントロールできなかったのに、子供の人生を背負うことなんてできるのだろうか?


つい最近までは寒かったのに、気がつけば空の青さが色濃くなって穏やかな風が吹く季節。
うきうきするような気分とこれからがどうなるのかうまく想像できない不安。


嫁さんがずいぶん長い期間、苦しみながら命をかけて新しい生命を胎内で育ててきたのに、いざ出産という段階になってそのことを不安に思ってしまう自分の小ささと臆病さが情けなかった。


やめなきゃやめなきゃと思いつつやめられないタバコに火をつけて、駅前の花水木を見ていた。


結果的にはそこでタバコは止めて6年の月日が過ぎて次男も生まれて、まあなんとか自分は「父親」になれたような気がする。
子供たちに比べると実に遅い成長だ。


嫁さんの身体の中には、今2つの心臓が動いている。
まだ3センチにも満たない第3子は、この世に生まれてこようと一生懸命に栄養を吸収している。


前回の妊娠の時も書いたように思うけど、嫁さんに
「今の私はグーダラしているように見えるが、腹の中では壮大な作業を行っているのだ。お前がやっている家事などはすでに形骸である。あえて言おう、カスであると!」
と言われれば
「そうですね」
と答えるしかない。


毎度のことだけど、私は身体も精神も何も変化がないので家事にまい進するしかない。


長男次男と春の生まれなので、君たちの誕生日が近づくと花水木が咲くんだよと教えたが、第3子は秋の深まる頃に生まれる。
どんな花が咲いていたのか、物心つく頃になったら教えてやりたい。


コメント