髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

子育てをしていると、子供を通してまた人生を生き直す

2018-12-23 | 育児
子供たちに対して、しつけのために毎日あれやこれやと口うるさく言っているが、ふと自分が2歳当時だったら言うことが理解できただろうか。。5歳当時だったら言うことが聞けただろうか。。

などと考えることがある。

2歳や5歳でも理解できるように伝えるためには、自分自身が2歳や5歳の理解力まで戻らなくてはならないので、一度46歳の自分を封印して2歳や5歳レベルまで目線を下げる必要がある。
毎日そんなことを繰り返していて、46歳の人生と2歳や5歳の人生を行ったり来たりしているような不思議な感覚があった。
特に、自分が5歳だった頃はどんな子供だったのだろう?
などと記憶を掘り返すこともしばしば。
自分の親のこともよく思い出す。

先日、嫁さんと晩酌をしながら

「子育てをしていると、子供を通してまた自分の人生を生き直すような感覚があるよね」

と話していたら、嫁さんは

「私は長男が生まれたときに自分も一緒に生まれたよ」

と言っていて、ああなるほどなあと納得した。

自分も嫁さんも、長男の誕生と共にまた新しく生まれたのだ。

そう思えば、自分の内面の変化がよく理解できる。

以前にもブログに書いたが、30代までは圧倒的な革新派だったのに、結婚して子供ができたら、今度は圧倒的な保守派になった。
若い頃は兎にも角にも人が歩かないような道を選んで歩き、誰も思いつかないような新しいやり方をたくさん試し、またそれが大当たりしたり大外れしたりで毎日が刺激的だった。
しかし現在では、なるべく多くの人が歩く道を選び、その中でもさらに真ん中を歩き、どの方面から攻撃を受けても最後まで生き残れるような、刺激の少ない生活を望んでいる。
そして、自分でもびっくりするくらい「まじめ」になった。
それも「保守」の内に入るのだろうけど、ルールを守り、責任と誠意をもって事に当たり、嘘をつかず、真剣に生きようとしている。

正直、自分の中にこんな自分の姿があったとは…しかも40を過ぎてからこんなにも自分が変わるのか…!
と本当に驚いていた。
新しく生まれたがゆえに、同じ人間とは思えないほどの変化が自分に訪れた。

私の人生は、嫁さん、5歳、2歳の子供達とともに新しく始まった。いや始まっていた。
生まれたてなのでやる気と希望には満ちあふれているが、なぜか体力が枯渇している。
永遠の若さとまでは言わないので、体力だけ何とかならないものだろうか。



会社と自宅の往復だけだとどーしても身体が乾いたような感覚になってしまい、土を踏みたくなってしまうお父さんに付き合って近所の山にハイキングに付き合ってくれた子供達。
大きな落ち葉を拾ったり木に登ったり虫を見つけたりと、お金がかからない割にはけっこう遊べます。

コメント

兄弟

2018-10-06 | 育児
毎朝、嫁さんは我ら男子チームが起きるか起きないかの時間に仕事へ出てしまう。

それから5歳4ヶ月お兄ちゃんと2歳5ヶ月弟(合計28キロくらい)を抱っこして寝室からリビングに連れて行き、ピタゴラスイッチミニを見せて目覚めさせる。
2歳児と45歳児が同時に見て楽しめるテレビ番組って、これとスポンジボブくらいかな、などと考えながら朝食の準備。

朝はバタバタするのでずっとパン食だったが、長男が昼前に空腹になってしまうことが多いとの保育園からの連絡を受けて、腹持ちが良いようにご飯食に変更した。
ご飯を解凍して納豆卵かけご飯を作って味噌汁かスープを用意して…とやるのであれば、自分の朝食と弁当も作ってしまおう、ということになって、ウインナーを焼いて卵焼きも作ることにした。

この一連の朝の作業は、始める前は朝の貴重な時間を圧迫しそうで憂鬱だったが、いざ始めてみるとそれほど時間がかかる作業でもなく、子供たちがしっかり目覚める前のほんのちょっとの時間で用意ができるようになった。
納豆を全身に塗りたくりながら食べる次男を見つつ、優しく急かしながら食事を終える。

そこから長男は着替え、歯みがきを自分でする。次男はオムツの取り替え、着替えと歯みがき。
2人の準備が終わって、今度は自分の準備を超高速で終えてゴミがある日はゴミ出しをして荷物をまとめて保育園へ。

5歳兄と2歳弟。

人生で初めて兄弟の子育てをしているが、ここ最近はこの兄弟を見ていると年齢による違いがはっきりと見えてきて楽しい。
長男の成長を感じつつ、次男はこれからどうなるのだろうと思いながら自転車に乗って保育園を目指す。

長男は最近になって「死」というものを意識するようになって、朝から死についての話題をふってくる。
「死なない人はいる?」「どうなったら死ぬの?」「死んだ人はどうなるの?」「自転車も死ぬ?」「パパ腰が痛くて死ぬの?」
死に関連しているのかは不明だが、入れ歯についても興味津々だ。
「おじいちゃんはみんな入れ歯なの?」「どうしたら入れ歯になるの?」「僕も入れ歯になれる?」
その他、こちらが朝だと地球の反対側は夜だということも驚いているようだ。

朝から深淵を覗き込む長男に比べて、次男は何ひとつ悩むことはなく、ただただ生きていることが楽しそうで、見ていて本当に癒される。
次男は2歳5ヶ月を過ぎてもまだ言葉を発しようとせず、大体を「ぎ!」で済ませようとしている。
「ぎ!」「ぎ?」「ぎー!」「ぎぎっ!」「ぎ~」などと、バリエーション豊富な「ぎ」で様ざまな表現をしてくるし、こちらも読み取れるようになってきたので、ますます言葉からは遠ざかる。
そして止まらない抱っこ紐の中でのヘッドバンギング。

兄弟それぞれに対しては、親としてしっかりと、なるべくしっかりと、出来る範囲でしっかりと、在庫がある限りしっかりとした対応をしているつもりだ。
しかし、兄と弟という「兄弟間」の関係については親がどうこう介入できる部分は少なく、放置というか、2人に任せるしかない。
気づかれないようにじっくり観察しているが、優しいお兄ちゃんと、ちょっとやんちゃな弟、といった関係に見える。
おもちゃの取り合いやお菓子の奪い合いで時々お兄ちゃんが弟を殴って勝利したりするけど、しばらくすると代わりのものを与えたりと、ちゃんとお兄ちゃんはお兄ちゃんらしく育っているし、弟は「世界で一番ギャグがおもろいのはお兄ちゃんだけや!ワイのお兄ちゃんだけや!」と信じて疑わず、お兄ちゃんの一挙手一投足に爆笑している。そして意外と喧嘩が強い。

まだ5年、まだ2年の人生ながら、兄と弟の関係って親が介入しなくてもしっかり作られていくものなんだなあ、と驚く。



そんな朝、次男がいないなーと探したらここで瞑想してました。お兄ちゃんもよくここに隠れてうんち(オムツに)してました。
コメント

パパ、僕はみんなのことが大好きだよ

2018-04-15 | 育児
先日の寝かしつけで4歳11ヶ月の長男が

「パパ、僕はみんなのことが大好きだよ」

と言った。

「みんなも君のことが大好きだと思うよ」

そう返すと、安心したのかしばらくして長男はすーすーと寝息を立て始めた。

まるで恋愛中の男女のようなシーンだけど、長男は寝かしつけのときに「パパ、僕はパパのことが大好きだよ」などと愛をささやき、こちらも「パパも君のことが大好きだよ」と返し、互いに愛情を確認することが度々ある。

大人になればいろいろな経験を積んで、愛情というのは色々なカタチになって現れるんだな、と学ぶことができるけど、4歳児に対してはハッキリと言葉にしたり、抱きしめたりして「発表」しないと愛情というものは理解されない。
もちろん「心の内」なんて伝わらない。

例えばお風呂上がりなど、息子たちの身体を優先して乾かしてあげて、こっちは最後の最後まで濡れたフルチンで過ごすことがある。

鳥肌がたった濡れフルチン。

この姿を見て、大人であれば「ああ、パパは自分の寒さをこらえて子供たちを先に暖かくしてやってるんだな」と、私の愛情をヴィジュアル的に認識することができる。

しかし、すでに暖かいパジャマに着替えてAmazonプライムでアニメを見ている息子たちには、なぜいつまでも父親が股間を露出して震えているのかが理解できない。
股間を露出しつつも優しく微笑みながら「パパは君たちのことが大好きだよ」と、言葉にしないと愛情が伝わらないのだ。

正しいのか正しくないのかわからない表現だが、たぶん息子たちは愛情を「ザル」で受け取っているのだと思う。
どんなに親が愛情を注いでも、ザルで受け取るのでタンクの中はいつまでも愛情で満たされることはない。
それに自分たちも常に周囲に愛情を振りまいているので、いつでも燃料が足りなくてガス欠状態だ。
なので、一度愛情を感じてもすぐに乾きがやってきて寂しさを覚えるので、愛情の確認を求める。

「物心がつく」というのはいつ頃のことなのかよくわからないが、きっと物心がつく頃には愛情を受け取っていたザルがちゃんとした器になり、親の愛情も息子たちの方から汲み取ってくれるのではないかな、と期待している。
そしてザルからどばどばこぼしていた親の愛情も、どこかの隠しポケットにきちんと収納してくれていると願う(現に自分も親から注いでもらった愛情を30年くらい経過してから隠しポケットに見つけることがある)。

なので、今のところはザルだろうが何だろうが求められた分だけ精一杯の愛情を息子たちに降り注ぎたい。


Cargo | Finalist of Tropfest Australia 2013


この動画の存在はまったく知らなかったのですが、2013年のオーストラリアで作られた短編動画で、近く長編映画になるそうですよ。
ゾンビに噛まれて自分もゾンビ化することが避けられなくなった父親が、愛する娘を守るために命をかけて行動します。
セリフなしの7分間ですが、愛がたっぷり詰まっています。

コメント

なぜ人間には腕が2本しかないのか

2018-03-13 | 育児
嫁さんのほうが自分よりも早い時間に仕事へ出るようになったので、今年から2人の息子たちの保育園送りは自分の役割になった。

それに伴い起床時間が1時間早まり睡眠時間などやや不安な部分もあったが、運用を開始してみればそれほど大きな負担には感じなかったのでホッとしている(保育園のノートや着替えなどの準備は嫁さんがしてくれるので)。

しかし去年までと違うのは、家を出る時の荷物の多さだ。
我が家は玄関のドアと自転車置き場までの間にわずかな道がある。
歩けば数秒なのだが、朝の保育園送りでは、その数秒の道のりが茨の道となる。

今までは何も入っていない自分のカバン一つで颯爽と家を出ていたのだが、今では長男次男のカバン各1、ヘルメット各1、自転車のバッテリー、次男エルゴで抱っこ、そして月曜日には掛け布団と敷布団…とこれだけの荷物を両腕を駆使して持つようになった。

そして玄関の鍵閉めである。

この段階で第三の腕として口が登場する。

鍵を閉めるための手先を開放するためには口で荷物を持つしかない。
というか口は荷物のフックとしては優秀だと気づいた。
気をつけないと会社内でも荷物を口にくわえて移動しそうで怖い。

あと荷物を引っ掛けられるのは片足と頭頂部くらいだろうか。しかしこの段階で口にくわえた荷物と、エルゴで抱っこした次男によって足元方面の視界はゼロだし、頭頂部と片足に荷物を吊るし、ぴょんぴょん飛びながら移動すると転倒する危険がある。

人類の限界まで挑戦してたどり着いた自転車に荷物を積載し(月曜日は積載も限界)一息つくと、次男の靴を忘れたことに気づく。
もう一度玄関まで戻り鍵をあけて次男の靴を取り鍵を閉めて自転車に戻る。ここで自分の携帯を忘れたことに気づく(以下同じようなことをループ)。

ちなみに長男は手ぶらでさっさと自転車のところまで行き大声で歌を歌っている(ここ最近は父親の忘れ物があまりにも多いので「○○持った?」「○○は忘れてない?」と確認してくれるようになった。介護の始まりである)。

朝のほんの5分くらいの光景だが、私はこの5分で午前中のエネルギーの8割を消費している。

なぜ人間には腕が2本しかないのか?
他の子育て世代の方々はどうしているのだろう?

毎朝わき上がる疑問である。




家族でキャンプに行く、というのが今年の目標の一つなので、過酷なアウトドア環境でも調理ができるようにほぼ毎晩七輪で炭火をおこして肉や魚を焼いている。
本来は外でやるべきなんだろうが、外は寒いし暗いし怖いので暖房の効いたキッチンで行っている。
焼きたては口の中をやけどする恐れがあるので、冷たいビールを用意しないと危険。
コメント

イクメンではなかった

2018-02-04 | 育児
ここ最近は子供のことばかり書いているこのブログだが(このブログは特にジャンルを決めて書いていない)、特に自分が「イクメン」だとか感じたことはないし、このブログ内で自分のことを「イクメン」と書いた記憶はない(たぶん)。

しかし1歳と4歳の息子たちのことは大好きだし、毎朝保育園の送りをしているし、休みの日には食事を作り、お風呂と寝かしつけを担当しているし、仕事をしていても、息子たちが起きている間に帰宅できるように全力で作業を進めているし、息子たちの体調が悪ければサクッと休んで病院に連れて行くし、 完全に「仕事<子供(家族)」の状態であるし、 毎日脳内の8割くらいは息子たちのことを考えている。

自分は世間の水準以上には育児に参加しているんじゃないかなーと思っていたけど、ここ最近になって、これらは育児のごく小さな一部に過ぎないんだ、と気づいた(第一子のときに気づいて欲しい)。

先日嫁さんから、1歳10ヶ月の次男の歯ブラシを、幼児用から子供用に替える、という話を聞いた。

このときに、自分の脳内に「次男の歯ブラシ」に関する考えがまったく、微塵も存在しないことに気づいてしまったのだ。

歯ブラシは、そこにあるのが当たり前で、その歯ブラシの形状をどうするのか、形状を決めたところでどの歯ブラシにするのか、その前に次男の歯ブラシの使用状況、歯の生え具合など、考えることは山ほどあるのに、「そこにあるのが当たり前のもの」という認識しかなかった。

はたと気づいて自分の行動を振り返ると、上で書いた「保育園の送り」は、下着の準備やら替えのシーツの準備、ノートへの記入などは嫁さんにやってもらっているし、風呂に入れてもシャンプーや石鹸やスポンジは嫁さんが考えて選択し購入したものを使っているし、風邪などで体調が悪くなったときに飲ませる薬の管理と投薬量などは嫁さん任せだ。
長男が通っているスイミングスクールも自分の担当で、毎週自分の休日に付き添いをしているが、そのスケジュール管理も嫁さんがやっている。

「俺がやっているぞ」

と思っている大体のことは、嫁さんが仕込みをやってくれていた上で成り立っていた。

まったくもって自分は「イクメン」からは程遠い。

「イクメン」というよりも「家事メン」だ。

今日は仕事から帰宅して子供たちと遊んで食事をしてから、洗い物を片付けてキッチンを掃除してトイレを掃除して風呂に入ったついでに風呂掃除をした後にこの文章を書いている。
ビールをがぶ飲みしながら。
バッファロードーターを聴きながら。

「イクメンですか?」と問われれば、いや〜ちょっとどうかな〜と答えるが、「家事メンですか?」と問われれば「そうだが。何が知りたい?」と答える。

グーグル先生に聞いてみると、掃除も育児もどちらも「家事」の範囲に入るそうだ。
「掃除」だけでも「育児」だけでも家の中のことは回らない。
その両輪をうまく回して家族が暮らす家は前に進むのだろう。

嫁さんが育児の多くの部分を担ってくれているので、自分は掃除や洗濯に没頭できるし、掃除や洗濯の心配をしなくてもいいので、嫁さんも子供たちに向き合う時間を作れる。

ここ最近は「親が育児をすることは当たり前のことなので、それを男性に限って「イクメン」などと呼んで称賛するのはおかしい」という意見を多く目にするようになった。
自分も含め、今までやらなかった(やる機会がなかった)人たちがやろうと頑張っているんだからそんなに目くじら立てないで優しく見守ってよ…とは思うが、そりゃそうだよなと思う部分もある。

だけど、世のパパたちは無理をして育児に参加しなくとも、自分が持ってる時間の中で「家事メン」になれば、家庭の両輪がうまく回るのではないだろうか?などと思う。




迷いに迷って購入した石油ストーブ。結果的にはやっぱりハイパワー過ぎたけど、先日の大雪や記録的寒波などの際には存在感を放った。あとは電力がなくなっても暖がとれる安心感はあります。
コメント

布団寿司

2017-12-10 | 育児
連夜でアウトレイジを2作観た影響か、寝室に入って嫁さんと息子たちの寝姿を見ると、どこかの敵対勢力に襲撃されたのか?と思ってしまう今日この頃。

とても寒くなった。

我が家は寝室に布団を2組敷き、そこに親子4人が川の字になって寝ている。

次男(1歳)
嫁さん(30歳くらい)
長男(4歳)
自分(中年)

こんな並びで寝ている。

最後に自分が長男の隣に入って寝る。

長男に優しく布団をかけなおし、頬をなで、頭をなで、そっとキスをして、よい夢を見るようにと願いをかけてから自分も同じ布団に入る。
上記の描写からも読み取れるように、私は長男をとてつもなく深く愛している。

これだけは忘れないでもらいたい。

しかし、布団に入って数時間後に私は長男への愛を忘れ、自分だけを愛する性格がむき出しになり、あまりの寒さに長男と反対側へローリングすることによって布団を自身の身の回りに巻きつける「布団寿司」状態になり、心の底から安堵してヌクヌクと深い眠りに入ってしまう。

ハッと気づくと長男は寒い寝室の中でむき出しで寝ており、冷たく白くなっている。
自らの寿司状態を解除し、長男に布団をかけなおし、頬をなで、頭をなで、そっとキスをして、よい夢を見るようにと願いをかけてから自分も眠りに入る。

しかし、布団に入って数時間後に私は長男への愛を忘れ、自分だけを愛する性格がむき出しになり、あまりの寒さに長男と反対側へローリングすることによって布団を自身の身の回りに巻きつける「布団寿司」状態になり、心の底から安堵してヌクヌクと深い眠りに入ってしまう。

ハッと(以下ループ)

これがヤマアラシのジレンマというものだろう。

まあ実際はオイルヒーターを稼動させているので、ほんのり寝室は暖かいのだけど。
次の冬には2段ベッドとか買わないといけないのかなあ。



コメント

寝かしつけ

2017-12-03 | 育児
人生初の子育てを経験しているが、何が正解なのか不正解なのかもわからずに、ともかく正解らしきものを求めて暗中模索している。
日々成功と失敗、発見の連続である。

育児には「寝かしつけ」というけっこう難しい仕事がある。

「いや簡単ですよ」という方もいるかもしれないが、我が家ではまあまあのボリュームがある仕事だ。
主に嫁さんの仕事となっているが、休日は自分の担当である。

相対するのは現在4歳6ヶ月の長男と1歳7ヶ月の次男(男児だからパワーが有り余っているのかもなあ)。

次男は布団に転がすと5分後くらいには部屋の隅のほうで冷たくなっているので楽だが、長男が昔からなかなか寝付かない。
2~3歳くらいの絶頂期は布団に入ってから2時間半は目を閉じなかった。
おおよそ21時ごろには布団に入るようにしているが、23時半くらいまでは一緒に布団に入って横になっていなくてはならない。
カッ!と目を開いて天井を見つめているので、こちらもスマホを見ることもできず、ともかく静かに瞑想をするしかない。
それなりにやりたいことがたくさんあるので、1日のうちの2時間半を布団に横になって過ごすのはけっこうキツい。

現在では波があり、すぐに寝てしまうことや1時間ほどで寝付くことが多いのでその後に自由な時間をゲットして酒を浴びるように飲むこともできるが、こちらの体力が尽きてそのまま寝落ちしてしまうことも多くなった。

日曜日など、自分が休みたいからと家でゴロゴロしていれば(それをやると結果的には疲れるので出かけるが)、子供たちの体力は温存されて、夜になってもパワーが衰えずに眠らなくなり、結果寝かしつけに膨大な時間を奪われる。
なので日中から寝かしつけを視野に入れた行動が必要となる。
理想的なのは、子供だけが着実に体力を削られる遊び(虫取り網を持って蝶々を追いかけるなど)である。
こちとら40代も半ばに差し掛かったボディーなので、一緒になって走り回ると途中で血を吐いて倒れる可能性がある。
気をつけたいのは、遊園地などで遊んでパワーを使いすぎると、夕方に寝てしまい、夜にパワー満タンで復活したりするパターンがあることだ(親はグッタリをキープ)。

寝かしつけは基本的に「絵本+お話+おなかトントン」の3部構成となっている(前述したように次男は部屋の中をゴロゴロ回転移動しているうちに隅のほうで白く冷たくなっている)。

絵本はまあ良いが、ここ最近は「お話」がつらい。
求められる品質が向上してきて、同じストーリーでは飽きられるし、つまらないとクレームがくる。
そして4歳にもなると細部まで説明しないと納得しないし、矛盾があっても突っ込まれる(「さっき怪獣が火を吹いて町が火事になったけど、消防車は来たの?」とか「さっき怪獣に食べられた子は弟?僕の知ってる子?」などと細かい)。

その割には最後にうんちやおしっこだのが出てくるとウケが良い。
そしてお話を終えておなかをトントンしてやると次第に静かになっていき、バッテリーが切れる。

落ちたな。と思っても不意に復活することがあるので、しばらくスマホなどをいじりながら時間を過ごし、布団をかけなおす。

と、ここまでの作業が「寝かしつけ」の仕事である。

家族全員が無事に今日一日を過ごしたことが確認できるので、とてつもなくホッとできる時間でもある。
そして子供たちの安らかな寝顔はやっぱり一番に幸せを感じるよなあ、と思うひと時でもある。

毎度大変だよな~とは思うが、子供達が成長して、これがさっぱりなくなってしまったらそれはそれで悲しい。

コメント

パパの人間としての小ささは世界一ィィィ!

2017-08-30 | 育児
先日、4歳の長男と二人でマクドナルドへ行き、私はアイスコーヒーを飲み、長男はソフトクリームを食べていた時のこと。

長男は嬉しそうにソフトクリームをなめていたが、みるみる溶けて行くので、ほら!こっちが溶けたぞ!あっ!今度はこっちだ!ああ〜っ!下からも溶け出してきたぞ!吸え!などと言っていたら、もういらない…と残してしまった。

ハッと気づいていやいやゆっくり食べて良いよ〜と言ったが時すでに遅し。
長男のテンションはすっかり下がってしまった。

パパは海より深く反省…

どうにも長男の事を観察していると小うるさく口を挟んでしまい、長男を萎縮させてしまって後になって後悔するパターンが多い。

私の親としての器が小さいのだ。

こういった場面で、嫁さんの場合だと、ソフトクリームが溶けようが垂れようが長男の好きなように食べさせて、満足に食べ終わってから拭いてあげて片付ける。結果、ソフトクリームが幸せの記憶として長男に刻まれる。

しかし私は人間の器が小さいので、ソフトクリームを一滴も残らず摂取する計画を立て、計画通りに摂取し、尚且つ手も口の周りも汚さずに食べ終わりウエットティッシュも節約したい…などと考えてしまう。結果、ソフトクリームが苦難の記憶として長男に刻まれる。

私は小さいしセコい。

「俺はこんなにセコかったよ。これからはイワン・セコヴィッチと名乗るよ」

と嫁さんに話すと、子連れで出かけている場合、ママだけよりもパパだけのほうが色々と口やかましく怒ったりする場面を見ることが多いそうだ。

その話を聞いてから公園へ出かけ、パパたちを観察すると、なるほどパパのほうが色々とうるさい。

すべり台の上方に待機して、すべり終わった下の子がいなくなるのをじっと待ち、整列をしろ、順番を守れ、周囲の安全を確認しろ、すべり終わったら速やかに退避しろ、などと自分の子供にやかましく指示を飛ばしている。

それと比べママさんたちはにこやかに子供たちを見守っている。
怪我さえしなけりゃ好きなように遊びな!
といった構えだ。
人間としてのスケールがでかい。

たぶん、パパさんたちは公園や外へ出かけると「子供の上司」になってしまうのだろう。
部下の失態は上司の責任。
責任問題にならぬようしっかり管理して安全安心に遊び、周囲と軋轢を生まないよう配慮して、無事に遊びを終了する。
突飛な行動をして周囲に影響を与えてしまわぬようなるべく無難な線で終わらせる…

多分、パパが小うるさく指示を飛ばすのは、良くも悪くも将来、自分の子供が社会の歯車として、最低限の機能を持てるように訓練をしているのだと思う。
若いころには「社会の歯車になんかならねえぜ!」といきがってきたが、最終的には何かしらの歯車として定着していく、ということを実感してきた人生なので、私の場合はなおさらだ。

息子たちには、ママのスケールのでかさと、パパの人間的な小ささ、どちらもバランス良く学んで欲しい。



長男が描いてくれたパパの顔。現実よりも毛を多く描いてくれた。
コメント (3)

魔法だろうか

2017-08-16 | 育児
先日の朝、私を起こすために寝室へ来た長男(4歳)が「パパ!朝だよ!」と肩を叩いてきたので顔を見たら、ニコッと笑ってから私の隣にゴロンと寝転んだ。

その瞬間に気持ちを鷲づかみにされたような感覚になって
「俺は自分の一生をこの子に費やさなければ…」
と感じてしまった。
「恋に落ちる」感覚に似ているのかもしれない。
一言で言えば、「胸がキュンとなった」のだ。

魔法だろうか。
子供はみんな魔法使いなんだろうか。
こんな気持ちは、親であれば誰でも感じることなんだろうか。
44歳なのに胸キュンしてもいいのだろうか。

素直な人間が発する素直な気持ちの伝わり方を学んだ朝であった。

息子たちを見ていると、羨ましくなるほどに素直だ。

長男は嫌いなものが食卓に上がると、しっかりと「これは嫌いです」と宣言するし、1歳の次男もトマトは大好きだからバクバク食べるけど、ブロッコリーは放り投げる(正確に描写すると、ブロッコリーをゆっくりとつまみ上げて、親の目の前に晒した後に、親から目線を逸らさずにポトリと床に落とす)。

こんな素直な態度は、大人になると出来なくなる。
まあ出来なくもないんだけど、やると収入がなくなる。

日常生活で笑みを見ることは多くあれど、だいたい大人のする笑みは、笑み以外の様々な意味が含まれている。しかし、ここで長男がした笑みは、ごくごく単純な愛情表現の笑みだった。

長男だけではなく、早起きの次男も起床した私と目を合わせると、ニコッと微笑む。

これを見ただけで胸がキュンキュンして苦しくなる。

もう一度書くが、こんな気持ちは親なら誰でもしているものなんだろうか?



「ちょームカつく!」の表現も板についてきた次男。1歳4ヶ月にして急成長中。つい先日は、初めて「パパ」と言ってくれた。
コメント

母親の言葉

2017-07-12 | 育児
5年ほど前。40歳を目前にして、今勤務している会社に転職をした。
理由は嫁さんと結婚したからだ。
それまでの浮き沈みの激しい収入ではなく、先々までの給料の安定供給が必要になって転職した。
今勤務している会社は、まあまあお堅い会社で、周囲の人たちは皆さま有名な大学をご卒業なさっていて、賢い方が多い。

しかし自分はほぼ中卒に近い高卒だ。
クルクルパーである。
数学なんか中学1年くらいで止まってると思う。

そんな下郎がなぜ今の会社に転職できたのか?といえば、それは過去に勤めていた会社で作成した資料が、同業他社にコピーされるほどに有名になっていたからであり、その資料の「作者」として迎い入れられた部分が大きかった。

その資料はどんなものかと言えば、「絵」だった。

当時の会社で、自分が身につけた技術を多くのスタッフに伝えるために、絵を描いて注釈をつけて配布した。
単なる技術指導ではなく、なぜそういった手法にたどり着いたのか?という思想にまで言及していたのが新しかったかな、と思う。

15年くらい前に描いた数枚の「絵」で、40歳目前の下郎が華麗に転職に成功した。

自分の腕一本で仕事をつかんだ俺最高にかっけー!なんて思ったが、本を正せば小さい頃から自分が描いた絵を母親が「上手だねぇ」「上手いねぇ」とずっと褒めていてくれたからだ。
そのお陰で絵を描くことが好きになり、大人になっても絵で多くの人に情報を伝える面白さを知った。

つまり、私の母親は40年後くらいの私を救ってくれる言葉を、小さな頃の私に語りかけてくれていた。
そんな言葉を、自分も子供たちに語りかけることが出来るだろうか。
コメント (2)

知ってるつもり

2016-09-09 | 育児
嫁さんが資格のための試験があって出かけるとのことで、つい先日、一人で息子たち(3歳、0歳)の面倒を見ることになった。

3歳の長男と二人ならお互いに慣れたもので、公園で遊んだり駅前のお店を見たりレストランに連れて行ったりすればあっという間に時は過ぎる。しかし乳児が一緒となれば話は違う。
嫁さんのアドバイスに従い、家でじっとしていないで、私の実家に連れて行き婆ちゃんの手も借りよう、という計画となった。

そして当日。
嫁さんは早朝から出かけ、私たち男子軍団はだらだらと惰眠を貪りながら朝を迎えた。

3歳の長男は言葉でコミュニケーションが取れるのでもう放っておいても良い。
0歳4ヶ月の次男は、基本的に3時間ごとにミルクを与える。

こうして書くと簡単そうだが、ほんの朝の1〜2時間のうちにやったことは以下のことだ。

・次男が屁をこいたと同時にブリュッコブリュッコとお尻から怪音を奏でるのでオムツ替え
・長男の朝ごはんの用意。こちらから一方的に用意すると機嫌が悪くなってしまうので、丁寧に言われるままに納豆ご飯を作る
・それを一口食べただけで大げさに褒める
・一方で次男のミルクを作り飲ませる
・ママじゃないからか中々飲み始めない
・ようやく飲み始めた頃には服はミルクでべちょべちょ
・二口だけで「ごちそうさまー!」と席を立とうとする長男を言葉だけで制する(次男のミルク中なので立てない)
・ようやくミルクを飲み終えた次男は、ブリュッコブリュッコとお尻から怪音を奏でるのでオムツ替え
・そして服も全部着替えることに
・しばしげっぷ出しのため縦抱っこ。これをサボると見事に吐く
・朝食を食べ終えた長男がテーブルの下に隠れて神妙な面持ちになる(うんこ中)
・うんこが終わった長男が「パパ!トミカで遊ぼうよ!」と提案してくるので、丁寧にお断りして着替えの提案をする
・長男のオムツ替えと着替えが終わって急いでパパの食事。キッチンで立ったまま次男を監視しつつご飯にみそ汁をぶっかけて食らう
・この時点で3人とも汗だく

しかも外はこれから猛暑日になりそうな炎天。

昼前に出かけようかと思ってたけど、気温が頂点に達する前に出かけることを決意。
ベビーカーは持たず、エルゴで次男を抱え、長男の手を引き駅へ。

駅のホームでも常に長男、次男の監視。
電車内でも次男を泣かせないように静かに揺れ、長男を大人しくさせるために話題を振り、緊張感絶頂で過ごした。
ここでも嫁さんのアドバイスに従い、体力温存のため実家最寄駅に着いたら即タクシー。金で時間を買うのだ。

実家に到着した時点で疲労困憊…。
朝起きて子供たちを実家へ連れていく。
たったこれだけのことで疲れ果ててしまった。

長男の時にはそこそこ自分も育児に参加して、まずまずの「イクメン」かな…などと思っていたが、認識が甘かった。

自分の都合が合う時だけ育児に参加して、嫁さんと「二人で」(ここがポイント)見ている子供達の様子で、すべてを知ってるつもりになっていたようだ。

当たり前の話だけど、私が仕事に行っている間は、保育園を除けば嫁さんが二人の子供を見ている。
その間には、上に箇条書きにしたことなんて序の口で、もっとたくさんのてんやわんやがあることだろう。
仕事にはONもOFFもあるが、育児、特に乳児がいる場合は、OFFなぞ存在しない。24時間稼働だ。

夫婦なので、半分ずつの役割を持って生活するのが理想だけど、こと育児に関しては半分には程遠い。

「下手糞の上級者への道のりは 己が下手さを知りて一歩目」

と、スラムダンクの安西先生も仰っている。

まずは己の弱さを知るべきだ…



息子の教育のために飼い始めたメダカですが、現在は家族の関心は薄く、お父さんが頑張って世話をしています。どんどん卵を産んでは孵化するので気分はトップブリーダーです。
コメント

育児休業を取ってみた

2016-08-28 | 育児
7月の頭に「育児休業を取りたい」

と上司に申請してみた。

軽く書いているが、この言葉を発するまでに相当の勇気が必要だった。
以前に書いたが、現在の自分が所属している部署が、社内でも一番に仕事量(というか、残業)の多い部署だからだ。
全員が必死に仕事をしている環境(有給休暇すら使わないし、有給休暇を利用するにも、もっともらしい理由を述べる人が多い)の中で、自分一人だけが「お休みが欲しい」というのは中々に気が引けた。

しかし。

子供たちの成長は待った無しである。

特に0歳と3歳なので、右肩上がりで毎日が成長する日だ。

しかもボヤボヤしている間に再び仕事は繁忙期に入ってしまう…

目まぐるしく変化をしていく子供たちの姿をしっかり目に焼き付けるのは今を置いて他にはない!

と判断して、思い切って上司に申請したのだ。

結果としては、育児休業の申請は却下されて、自力で有給休暇を所得して休みなさい、ということになった
(この結果自体納得ができないものだけど、今はここで揉めている場合ではないと判断して承服した)。

そして、今年の8月は半分ほどが休みになった(しかも連続した休暇ではなく、飛び飛びである…ブツブツ…)。

お陰さまで、息子たちと

・海で思う存分遊ぶ
・二階建てのロープウェイに乗る
・水族館でイルカショーを見る
・浜辺で花火
・木陰でアイスを食べまくる
・本物の蒸気機関車を見る
・花火大会で打ち上げ花火の音にビビる
・一輪車に乗るクマを見る
・滝がしたたる鍾乳洞を探検する
・旅館の分厚い布団の上で大運動会
・足湯が熱くて怒る
・トロッコに乗って廃線を走る
・海辺でBBQを満喫する

嫁さんと二人で

・「シン・ゴジラ」を観にいく

などなど、ともかくたくさんの楽しい思い出を作ることができた。

いや、思い出なんて生易しいものではなかった。

この育児休業中に長男はオムツからパンツへ緩やかに移行した(まだうんちは道半ばだけど、おしっこはほぼパーフェクト!)。
次男は初めての「寝返り」に成功した!

この二つの偉業を目の当たりにできただけでも、この休日にとても大きな意味ができた。

欲をいえば嫁さんともっと話したかったし(子育て中って本当に話せないのです)遊びたかったが、まあそれは未来の楽しみに取っていおても良いかな、と思えた。

数ヶ月前に、Twitterのフォロワーさんで、とても尊敬している育児の先輩の方と飲んで話したときに

「会社の空気なんて読まなくて良いよ!空気なんて読まないで早く帰る!休む!そうすればだんだんと会社も理解してくれるようになるよ!」

と背中から突き落としてくれるような助言をいただいて、今回は空気を読まずに実行に移した。
ちなみに、この先輩は長男が生まれた時にも「絶対に育児休暇取った方が良いよ!一生の思い出になるから!」と強く背中を押してくれて、初めての育児休暇の所得に繋げてくれた。

お陰さまで、たった半月ほどの時間だったけど、たぶん一生忘れないであろう幸せな時間を過ごすことができた。

もし、このブログを読んでいる方で「育児休業取りたいけど…どうしようかな…」なんて思っている人がいれば、声を大にして言いたい。

「取った方が良いぞ!」と。
まあしかし会社の上司やボスからどのような評価が下されるのかは分からない。
ニュースによると、現時点での日本の育児休業所得率は2%くらいらしい。
政府は13%台を目指しているそうだが、そこにたどり着くには、根元から掘り返すくらいの改革がなければ難しいだろう。
会社からの冷ややかな視線を感じるが、家族より大切な会社なぞ存在しない。
是非是非休暇を取って子供の成長を目の当たりにしてほしい。


次男氏のアイドルショット。先輩アイドルである長男氏を隠しているところに勝負強さを感じる。
コメント

息子が楽しそうにしている写真を見てたら、なんとなく自分の父親にありがとうと言いたくなった。

2016-08-17 | 育児



先日、旅行に行った時の息子の写真を眺めていて「ああ、息子は楽しそうだ。よかった」とホッとしていたら、急に父親のことを思い出した。

私の父親も、私のことを連れて色々なところへ遊びに行ってくれた。

覚えているのは、父親の自転車の後ろに乗って、トヨタやら日産やらのディーラーを回ったことだ。
クルマが大好きな私を喜ばせようと、パンフレットをたくさんもらったり、ディーラーに展示してあるクルマに乗せてくれたりした。
新車を買う意思も金もなかったであろうに、ずいぶん頑張ってくれたよなあと、大人になってから思った。

でも、ハッと気づけば自分も父親と同じように、息子を楽しませようと頑張っているのでは…?と気づいた。

父親は、私の息子の顔を見ることなく天国へと旅立った。
あとほんの少しだけ長く生きていれば新しい孫の手を握れたのになあ、とたまに悔しくなるが、まあたぶん天国からこっちを見てニヤニヤしていることだろう。

お父さん。

私にたくさんの愛情を注いでくれてありがとう。
私もあなたと同じように、自分の息子たちに愛情を注ぎます。
年に一回も墓参りに行かないバカ息子だけど、今年は孫たちの顔を見せに行くからね。
本来は盆のうちに行くべきなんだろうけどまあ暑いし熱中症になったら大変だから、ちょっと涼しくなってからな。
コメント (2)

ワークライフバランス

2016-06-15 | 育児

このブログがまったく更新されなくなった大きな理由は、1年ほど前に職場での異動があったからだ。
おおよそ9時から23時頃まで毎日拘束される、社内でも一番に残業の多い部署への異動だった。

初めのうちはまあ仕方ないなと思い頑張ってはいたが(残業代はきちんと支払われるし、休日も週に2日間ある)、異動して間もなく嫁さんが妊娠して、仕事はほぼ毎日の午前帰宅。妊娠初期のつわりで苦しむ嫁さんをまったく手伝うこともできずにかなり自分も苦しんだ。

仕事自体はそれほど苦しくも辛くもなく、ただただ拘束時間が長いだけだ。繁忙期も閑散期も関係なく、ただひたすらに時間を消費する。
「終電」というシステムが存在するおかげで、仕事を打ち切ることができているようなものだ。

その前までいた部署では、自分で仕事の全量を把握できていたので、残業する日としない日を自分で決めて、メリハリのあるスケジュールを組んで家族に向き合う時間を自分で作ることができた。
しかし、現在の部署は仕事が多岐に渡り、自分一人で全量を把握することはできないので、好き勝手にスケジュールを組むことはできず、毎日上司が終電近くまでデスクに向かっているのが常態なので、ともかく先の先まで仕事を追い求めて自分も残業を重ねるしかない(この話を友人にすると「人件費とか気にしない会社なの?」と聞かれるが、人件費を気にしない会社である。ここに来るまでに何十社と会社を渡り歩いてきたが、ここまで人件費に興味のない会社は初めて)。

同じような苦労をしただろう職場の先輩に話を持ちかけてみても
「いや〜俺も昔は大変だったよわははは」
というような反応で、こちらが窮地に立たされていることが見えていないようなので参考にならない。

部署のボスに相談しても
「奥さん、妊娠で辛いなら(奥さん自身が)仕事しないで休めばいいじゃない」
と、会社側としての問題解決策は示すつもりはなさそうだった。

しかしこのままでは家族が崩壊してしまいそうだったので、ボスと直属の上司に現状を伝えて、残業を少なくしてもらうよう頼んだ。
それからしばらくは早めに切り上げて帰れるようにしてくれたが、それは数週間の話しで、再び仕事のペースは戻った。

自分がグダグダ仕事をしている間に、嫁さんが苦しんでおり、2歳の息子は遊んでくれる相手がいなくて一人でボーッとテレビを見ていたりするのだろうか…などと考えると胸が締め付けられるような思いだった(実際、24時近くに帰宅すると、嫁さんが倒れこむように寝ていて、その横で息子がテレビを見ていた、ということがあった)。

今の自分に必要なのは、お金じゃなくて時間だ(まあ、バランスはあるとは思うけど)。
多分、自分が今より10歳若ければ、仕事を辞めていたと思う。
しかしそうは簡単に事が進められない年齢になった(もっとも、若い頃に好き勝手に生きてきたから、この年齢になっても自由な時間が得られないような仕事にしか就けなかった、とも言える)。

限界かも、これが限界かも、もー限界かも、これで本当に限界かも、

などと何度も限界を感じつつも、嫁さんも落ち着いてきて、なんとか妊娠初期を乗り切った。
もちろんそこがゴールであるはずもなく、私は相変わらずずっと仕事をしているだけで、嫁さんは妊娠後期も乗り越え、出産も乗り越え、2人の息子を相手に毎日育児をがんばっている。

まだ良かったかなと思えるのは、これが第2子だという事。
第1子の時は、上にも書いたが自分で仕事のスケジュールを組めたので、子供の顔を見る日、嫁さんと話をする日をきちんと決めて、自分もしっかりと子育てに参加できていた…のではないかな?と思う。
でもこれが第1子で、初めから今の部署にいたら、子育てに参加しないまま、子育てを知らずに過ごす事になる。
それが当たり前の感覚になってしまう。

これでは嫁さんが毎日どんな事をして、どんな苦労があって、どんな楽しみや嬉しさ、辛さや悲しみがあるのかを知らずに日々を通過する事になる。何よりも、子供が知らないうちに、気づかないうちに成長してしまう。
子育ては夫婦でするものだと思っているが、現実は嫁さんに完全に任せきりだ。
父親が仕事しかしていないのでは、一人前とは言えない。半人前だ(単身赴任で頑張っているお父さんや潜水艦の乗員で数ヶ月から数年は帰宅できないお父さんなどは除く)。

初めのうちは自分たちだけでも逃げ延びようと、部署の異動願いを出そうかなどと考えていたが、それは再び自分と同じ境遇の誰かを生んでしまうだけだ。自分が踏ん張って、ジワジワと環境改善を訴えていけば少しは未来が明るくなるはずだ。

そう思い、今は1日で1ミリでもいいから労働環境が改善されるようにチマチマと事を進めている。

政府の偉い人も色々と考えてはいるんだろうが、女性が輝くとか、一億人が活躍するとか、そんなことではなく、賃金を下げない労働時間の短縮、そこをもっと深く強く追求してほしい。
それが一番の出生率上昇のポイントになると思うし、経済だって元気になる、と思う。



この子たちが成長する毎日を、ちゃんと見ていたいのです。
コメント

知性の入手

2014-04-20 | 育児
私の息子はとても優しい。

いつも私が起床する30分前には私の枕元に来て、素手で直接まぶたを開いて起こしてくれる。
私は毎朝、そのあまりの優しさに眼球から涙を流して息子に感謝している。
起床する30分前ってのも泣けてくる要素だ。

しかし、ここ最近になって、息子は知性を身につけたようで、起こし方に変化が現れた。

起床する30分前に枕元に来るのは同じである。

息子は、まずは私の枕元に置いてあるメガネを握りしめて、私の目をめがけて思い切りメガネを振り下ろす。
激しい痛みで起床する私を見つめながら、さらに息子はメガネを私の眼球に入れようとして押し込んでくる。

「お前はこのレンズを目の辺りにくっつければ起き上がるんだろう?」

とでも言いたげに、不思議な生物でも見るような目つきで私を見つめる息子。

それでも私が起きないと、次に息子は枕元のiPhoneを握りしめて、私の額をめがけて思い切り振り下ろす。
さすがに激痛で私はカッと目を見開いて息子を見る。

「お前やお前の嫁はこの携帯デバイスが大好きなんだろう?コレがなければ生きて行けないんだろう?さあ早く起床したまえ」」

とでも言いたげに、勝ち誇ったような目つきで私を見つめる息子。
ここで私は眠る気力を失って立ち上がる。

息子が私を毎朝痛めつける目的はただ一つだ。
寝ている私を起こして、自分を抱っこしてもらいたいからだ。

頭部の痛みをこらえながら、私は毎朝息子を抱っこして寝室のカーテンを開いている。

私の息子のお父さんはとても優しい。


先日動物園に行って、生まれて初めてゾウを見た息子の表情。
コメント