髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

切迫流産の危機

2013-01-18 | 妊娠、出産
2012年11月の半ばのこと。

里帰り出産を希望する嫁さんと一緒に、嫁さんの実家がある千葉に、産院の見学に行った。
一通り見学を終えていざ帰ろうかと思ったところ、トイレに立ち寄った嫁さんが一言「ちょっと出血した」と。
ちょうど産院にいるので、検査してもらったところ

「切迫流産」(せっぱくりゅうざん)

との診断を受けた。
これは、流産したことではなく、流産の一歩手前、ということだ。

「切迫流産」…。

この名前だけでも恐ろしい。
妊娠していない自分でも恐ろしく感じるのだから、嫁さんが感じる不安感は半端ないものだろう…。
医者からは「ともかく安静に」と言われたので(安静にしている以外の対処法はないらしい)、嫁さんはそのまま実家に帰り(その週の仕事は休みにしてもらった)、私は自宅に帰った。
冬らしくない大雨の夜に、考えたくもない事が次から次へと湧いてきて、お互いにとてつもなくどんよりとした気分だった。

嫁さんが里帰りしたら、久しぶりの1人暮らしを満喫しようかとワクワクしていたのだが、思わぬ展開で1人暮らしが始まってしまった。とりあえず、嫁さんの出血は最初の一日だけで、後は何事もなく過ごせたようだ。
心配で仕方がなかったが何も出来ずにモヤモヤする一週間だった。

そして、切迫流産の診断を受けてからの初めての検診に、地元の産院に向かう。
この日から、私も嫁さんと一緒に診察室に入ることにした。
嫁さんは医者に詳細を説明してからベッドに。
早速エコー(?)の器具をお腹に当てると…ちっこい人間型の物体が元気に動いているぞ!!!
「うぉぉぉ!うおう!」
医者も嫁さんも看護師さんも無表情の中、私だけが感動して興奮状態になる。
心臓もしっかり動いていた!すげえ!
まだ嫁さんは胎動を感じたりはしないので、お腹の中の赤ちゃんがちゃんと育っているかどうかは、こうやって健診の時に実際に見てみるしかない。

出血は一度だけで、特に痛みなどもなかったので、「安静」から通常の生活に戻っても良い、との診断が下された。
流産の一歩手前の状態である「切迫流産」の危機は乗り越えた。
嫁さんはホッと安堵の表情でとても喜んでいた。もちろん私も安心した。

しかし一難去ってまた一難。
血液検査の結果、嫁さんは風疹の抗体がないことが判明した(今まで風疹にかかった事がないという事)。
医者にワザワザ「風疹の抗体がありません」と言われたので、帰ってからクグってみると、妊娠20週までは風疹にかかると胎児に影響があるらしい。

嫁さんは16週。
あと一ヶ月は風疹から逃げ切らなくてはならない。
しかも今年は風疹が過去最高の盛り上がりをしているそうだ。
もちろん嫁さんは予防接種を受ける事はできないので、手洗いうがい、マスクや加湿器で予防するしかない。
私も風疹にならないように通勤時はマスクを着用!

ノロウイルスも大流行する世の中、何とかかんとか乗り越えて20週まで逃げ切ることができた。
とは言え、これから先も風邪をひかないように注意し、体調も整えておかなければならない。

結論。
かしゆか好きっス!
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眠りづわりと食事

2013-01-11 | 妊娠、出産
現在は安定期に入り、辛い「つわり」の時期を抜けたが、今になって振り返ると、そこそこハードな「つわり」の日々だったのかもしれない(嫁さんは「ラクだった」と述べているが)。

色々と調べてみると「つわり」と言っても千差万別で、立ち上がれないほどの辛さがある人や、それほど変化がない人など、妊婦の数だけ「つわり」があるようだ。
私の嫁さんは「眠りづわり」になったらしく、妊娠が発覚してから、ひたすらに眠るようになった。
元々寝ることが大好きな人なので、仕事から帰ってきて食事をしたら、もうずっと布団の中。
また、とても疲れやすくなり、休日などは一緒に出かけると、帰宅後に真っ先に横倒しになって眠る。
「眠る人と暮らしている」といった印象だ。

そして、一番辛そうなのが「吐き気」だった。
夜になると、空腹とは関係なく気持ち悪いみたいだ。
おおっぴらに不満を述べないタチなので、何も言わないが、時おり深いため息をつくので、心配ながらも何もすることはできない。

妊娠した嫁さんに対して自分が出来ることと言えば、家事。
嫁さんは家に帰ったら食事と休息だけに専念出来るようにするために、掃除や洗濯は週にまとめて休日にガッツリやり、平日もこまめに掃除をして「家事をやってない感」を払拭した。
食事は色々と調べて、鉄分やら葉酸やらカルシウムやらが多い食材を選んで料理。

しかし、せっかく作った料理を嫁さんが少ししか食べてくれない。
空腹になると気持ち悪くなるため、ちょこちょこと小刻みにお菓子やパンなどを食べて、私のように「1日3食」ではないためだ。
そして、妊娠前には好んで食べていた味にも変化があり、つい数週間前まではパクパク食べていた料理も食べられなくなったりしている。しかし、食べる時には食べるので、作る量が難しい。
少なめに作ればあっという間に食べる時もあるし、しっかり2人ぶん作ると一口二口で残し、丸々と私が平らげる時もある。

作った本人を目の前にして「食べたくない」とは言いにくいので、何が食べられなくなったのかは、本人に聞くか推測するしかない。

まあ妊娠初期は好き嫌いして、食べたいものだけ食べればいいようなので、気楽に考えるように切り替えた。
とある本には「妊婦のママに合わせて栄養のある食事にして、パパも健康になっちゃおう♪」と書いてあったが、嫁さんはどんどんと体重を落として、私だけ栄養を着々と蓄えている状況だった。

妊娠22週を抜けた現在では、あのつわりの時期がウソだったかのように食べる量が増えた。
そろそろ食べる量が私と逆転しそうな勢いである…!

結論。
かしゆか好きっス!
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子宝に恵まれて

2013-01-05 | 妊娠、出産
ずっとPerfume専用で書き続けてきた「髑髏フラワー」だが、実はけっこうこのブログ自体の歴史は古い。
7年ほど前に開設して、下北沢でゴミクズのような煌めく一人暮らしをしていた頃は、毎日のネタを書くために使っていた。
当時働いていた職場にこのブログの存在がバレたりして、色々と鬱陶しいので記事をすべて消去してしばらく別の場所にブログを書くようになり、そしてある日にPerfume専用としてこの「髑髏フラワー」は復活した。
仕事をしていても食事をしていても寝てても脳内の8割はPerfumeのことを考えている「パフュ脳」状態で、ここまでの「髑髏フラワー」は書き綴られてきた(時にバイクの記事を挟みながら)。

しかし、昨年(2012年)の9月ごろから、この「パフュ脳」に陰りが出てきたのである。
別にPerfumeに興味が無くなったとか、別のアイドルが好きになった…などと言うことではない。

ついに自分も「父親」になる予定が立った。
昨年に結婚した嫁さんとの間に、初めての子供が出来たのだ。
現在の生活は、妊娠した嫁さんと、新しく増える家族と、これからの人生設計を考えることが中心になっている。

2012年9月の終わりごろ、嫁さんが真夜中に「妊娠したかも」と、妊娠検査薬を取り出してチェック。
どうやら検査薬の表示は妊娠を示しているらしい。
ずっと前から「生理が来ない」と言っていたので、冗談で「おめでとう!」などと言っていたのだが、かなりびっくりした。
その数日後、嫁さんと一緒に地元の産婦人科に行き、雑誌を手に取りパラパラしながら診察室に入った嫁さんを待っているとすぐに戻り「妊娠してた!」と告げられた。

子作りに関しては、早々と産みたい願望を持った嫁さんと、経済的な不安を抱えた私とで、展望の相違があった。
「出来ちまえば後はどうにでもなるんだよ!細けえこたぁ~心配すんな!」という男らしい嫁さんと「いや…後々を考えるとお金がまだ足りないんじゃ…」とナヨナヨした私。

結果から言えば、嫁さんが妊娠して良かったと思う。
私のようにいつまでもナヨナヨと考えていれば、あっという間に時間は過ぎ去ると思う。
もう現段階では迷ったり考えたりしている時間はないのだ。
前へ進むしかない。

すぐに本屋に行き、妊娠関係の本を買い、その晩から熟読した。
当たり前の事だけど、まったく知らない情報だらけで頭がパンパンになる。
自分がこれから父親になる実感はまったくない。
ハッキリと分かることは、夫である私の身体には何一つ変化はないが、嫁さんのほうは、ホルモンバランスが崩れ、肉体も精神もガラッと変わってしまう、ということだった。

自分に出来ることは、家事を積極的にすることくらいしかない。

「これからどうなるんだ?」という不安が大きくて、嬉しいとか、おめでたい気分とか、晴々した気持ちなどはあまり感じなかった。

これから大事を迎えるだろう嫁さんが、ただただ愛おしく感じるだけだった。

2007年に、ひょんなことからPerfumeに出会った。
ずっと応援し続けていたら、同じPerfumeファンの女性と出会い、結婚した。
その結婚を、Perfumeの3人に直接祝福もされた。
2012年に、その女性との間に子供の種を宿すことになった。

自分の人生の伴侶を、広島から夢を持って東京に出てきた、Perfumeという3人の女性が連れて来てくれた。
それだけでなく、一生を以って愛する家族を、3人は連れて来てくれたのだ。
まるで、このタイミングを狙ったかのように、Perfumeは海外ツアーに出かけて、新作の発表もない(この文章を書いているのは11月の半ば)。

2012年はJPNツアーで北海道から沖縄まで飛んでって楽しんだ夫婦だったが、今年2013年はいったいどうなることやら…!

2008年の頭に肺炎を患い、数日間の危篤状態に陥り(私の家族には「最悪の事態を想定するように」と告げられていた)、人生を終了する予定だったが、それから数年後には子孫を残そうとしているのだから、人が生きる道には何があるか分からないものだ。

これからしばらくは、Perfume以外のカテゴリーを増やし、嫁さんの妊娠についての記述が多くなります。
Perfume大好きな40歳のおっさんの、出産サポート、育児奮闘ブログになる予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
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