叶任高氏の医案については今回初めてご紹介します。2003年の学報ですから、今までのループス腎炎の医案より新しいものであることを期待しています。
叶任高氏(1932??2003)の肩書きは、衛生部重点実験室主任;中国中西医結合学会腎専門全国主任委員;中南六省主任委員;美国中医学院原内科教授;中山医一院原腎科主任であり、米国での西洋医学にも接し、実験医学にも携わった人物です。
患者:?某 28歳 女性
病歴:
患者は2001年1月明らかな誘引が無く発熱、顔面部の紅斑および双上肢の皮疹が出現、関節痛、脱毛、全身浮腫を併発し、当地の某病院で検査し、抗Sm抗体(+)、ANA抗体(+)、尿蛋白(3+)、24時間尿蛋白定量3.2g、ループス腎炎と診断された。プレドニゾン50mg内服(一日一回)、シクロフォスファミド注射液200mgを隔日点滴し、治療1月余、浮腫は消退し、尿蛋白(3+)、その後、連日シクロフォスファミド1000mgのパルス療方を6回、ステロイドは減量、治療効果は欠佳。系統的な治療を求め、氏の外来を受診した。
初診時所見:
満月様顔貌、顔面に依然として紅斑あり、関節痛はあったり無かったりの状態、双下肢に中等度の浮腫、舌質紅、苔糙黄、裂紋あり、六脈弦数。
中医弁証と治則:証は熱毒熾盛に属し、清熱解毒、涼血活血を治則とする。
処方:叶氏狼瘡方
白花蛇舌草30g 半枝蓮15g 紫草10g 丹参12g 全蝎2g 水牛角粉10g(冲服) 魚腥草15g
シクロフォスファミド600mg、800mgの2回のパルス療方を併用し、プレドニゾンは増量して50mgとした。
経過:
上方服薬10剤で紅斑消失、浮腫消失。24時間尿蛋白定量0.28g。
上方より水牛角、魚腥草を去り、女貞子15g 旱蓮草15gを加味し、シクロフォスファミドを毎月1000mgのパルス療方を6回行い、尿検査で異常なく、諸症消失、臨床的に治癒となった。
評析:
狼瘡性腎炎は中医の水腫、陰陽毒等の範疇に属し、弁証は一般に熱毒熾盛、瘀血内阻等に属する。叶氏の狼瘡方中、白花蛇舌草、半枝蓮、紫草等は清熱涼血の剤を選択し、丹参、全蝎の活血の品を以って補佐として、病機に緊密に的中しており効力が力強い。現代薬理学の研究によれば、白花蛇舌草は細網内皮系を刺激し、白血球の貪食機能を増強することや、丹参の薬理研究ではヒト腎の繊維細胞の成長を抑制し、その細胞死を促進することが提示され、腎臓炎症を消除し、腎糸球体繊維化と終末期腎臓病へ発展するのを防止する;同時にステロイドを配合し、治療効果を増強し、ステロイドの副作用を減少せしめ、重大な臨床的意義を有する。
ドクター康仁の印象
非常に簡潔な内容ですが、押さえどころがきちんとしている医案です。SLEに特異的な抗Sm抗体(細胞核のRNA-蛋白質に対する抗体)が陽性、蛍光抗体法での抗核抗体が陽性であれば、その他の現症を合わせて全身性エリテマトーデス(SLE)の診断基準を満たしています。抗Sm抗体のSLEでの陽性率は30%以下ですが、SLE特異性と腎炎発症率と正の相関性があるらしいのです。
アメリカリウマチ学会:1997年全身性エリテマトーデス診断基準を記載します。
1、顔面(頬)紅斑 2、円盤状紅斑(ディスコイド疹) 3、日光過敏症
4、口腔内潰瘍(無痛性の場合が多い)
5、関節(2箇所以上)に、関節の痛みや腫れがある。
6、胸膜炎または心膜炎
7、腎障害(0.5g/日以上の持続性蛋白尿、または細胞性円柱の出現)
8、神経障害(けいれん、または精神症状)
9、血液異常
a)溶血性貧血
b)4000/mm3 以下の白血球減少
c)1500/mm3以下のリンパ球減少、または、
d)10万/mm3 以下の血小板減少
10、免疫異常
a)抗二本鎖DNA抗体陽性
b)抗Sm抗体陽性、または
c)抗リン脂質抗体陽性(①lgGまたは lgM抗カルジオリピン抗体の異常値
②ルーブス抗凝固因子陽性 ③梅毒血清反応生物学的擬陽性、
のいずれか)
11、抗核抗体陽性
経過観察中に同時あるいは経時的に11項目中いずれかの4項目以上が該当すれば、全身性エリテマトーデスと診断するというものです。
従ってSLE、ループス腎炎の診断に間違いはありません。
叶氏狼瘡方について伝統的な中薬学で性味を付記すると、
先ず全蝎(さそり)を除き、涼~微寒 寒薬となっています。
炎症の熱毒熾盛という弁証に対して、清熱涼血解毒、熱邪による瘀血内阻に対して涼血活血となり、涼~微寒 寒の性質は目的にかなうものです。犀角はワシントン条約で取引禁止になっており、代用品として水牛角が用いられています。
冲服とは、水牛角以外の薬剤は煎じ薬ですから、水牛角の粉を、煎じ薬を服用する際に、煎じ薬と一緒に粉をそのまま飲むという意味です。
白花蛇舌草30g 半枝蓮15g 紫草10g 丹参12g 全蝎2g 水牛角粉10g(冲服) 魚腥草15g
白花蛇舌草や半枝蓮は、漢方抗癌生薬として有名です。
私の医院でもよく使用します。本稿は「漢方ガン治療」ではなく「腎病の漢方治療」ですから、腎病に絞ってお話をします。
白花蛇舌草 半枝蓮 魚腥草は清熱解毒薬に分類されます。前二者は(利湿)抗がん作用があるとされます。魚腥草は別名十薬でドクダミのことです。細かく功能を調べてみると利尿作用が共通です。
水牛角