1985年と時代は古くなりますが、腎生検を早くから施行し、上海中医腎臓病学派の基礎を作りあげた龍華病院の陳以平氏の医案をご紹介します。ループス腎炎の膜性腎症(腎炎)型と、以前紹介した、陳氏の原発性膜性腎症の治療を比較してみるのも興味のあるところです。
患者:叶某 25歳 女性
病歴:
1981年関節の紅腫、顔面の蝶形紅斑が出現、1982年9月高熱後に腹水、高度な浮腫が出現し入院となった。当時の検査で抗核因子(+)、C3 0.55単位、LE細胞は検出されず、アルブミン/グロブリン11.42/2.0g%、24時間尿蛋白定量9.68g、尿FDP0.29μg/ml、Cre0.85mg%、BUN14.4mg%、内因性クレアチニンクリアランス112ml/min、総コレステロール386mg%。プレドニゾン45mg/d、硫??呤(アザチオプリン)100mg/d、ヘパリン及び中薬治療後、24時間尿蛋白定量で3.78gに下降し、C3は0.86と上昇、アルブミン/グロブリン1.35/2.2g %、水腫消退、外来治療となった。退院時毎日プレドニゾン40mg。
腎生検結果:ループス腎炎(膜性)。
中医弁証:
顔面紅斑隠隠、唇紅口干、朝起きてから顔面が火照る、耳鳴り骨痛、舌紅。苔薄黄。証は気陰両虚、虚火上炎、肝腎不足、血瘀痺阻に属する。
治法:益気養陰、清熱解毒、補益肝腎、祛風活血
処方:
炙鼈甲、何首烏、玄参各15g、生地、丹参、益母草、菝葜、白花蛇舌草各30g、党参、黄耆各20g、知母、烏梢蛇各12g
経過:
上方加減治療1年後、尿蛋白陰転、Cre0.73mg%、BUN8.7mg%、アルブミン/グロブリン4.48/2.83g、24%時間尿蛋白定量(-)、プレドニゾンは隔日20mgに減量、症状消失、随訪1年余病情穏定。
評析:
膜性腎炎は一種の免疫複合体病であり、腎生検で糸球体基底膜の上皮下に免疫複合物の沈着が認められ、腎糸球体毛細血管係蹄壁が瀰漫性に肥厚し、細胞或いはメサンギウムの増殖は極めて稀である。炎症性病変が明らかでないことから、膜性腎病と呼称される。始まりは隠匿的で、無症候性蛋白尿もあり、またネフローゼ症候群を呈することもある。血清蛋白は多くは3g%より低くなり、コレステロールが増高するが、腎機能は早期には大部分は良好で、疾病が発展すると次第に腎機能が低下することもあるが、その速度は比較的緩慢である。この病はSLEに合併することがある。本案では益気養陰、清熱解毒、補益肝腎、祛風活血の中薬の諸薬とステロイド治療により、病情を完全寛解に到達させた。その思路と治法は、更なる検討に値する。
ドクター康仁の印象
アルブミン/グロブリン値の変化を追ってみると、11.42/2.0g%(24時間尿蛋白定量9.68g)→1.35/2.29g%(24時間尿蛋白3.78g)→4.48/2.83g、24%時間尿蛋白定量(-)に違和感があります。浮腫も消え、尿蛋白も3.78g/24時間と減少して、入院治療から外来治療になっているのに、アルブミン/グロブリン比が1.35/2.29g%とは解せないのです。想像してみるに、弟子が過去のカルテから数値を抜粋する際に、間違えたのでしょう。治療前の11.42/2.0g%も数値としておかしな値です。ネフローゼ状態なのにアルブミン比率が高すぎます。これも弟子の数値抜粋のミスか誤植かのいずれかでしょう。底が浅いうっかり者の弟子だったのでしょう。その弟子が評析も行うのですからどんな評析になるのか、後ほど印象を述べます。
氏の処方内容を分析してみましょう。
炙鼈甲、何首烏、玄参各15g、生地、丹参、益母草、菝葜、白花蛇舌草各30g、党参、黄耆各20g、知母、烏梢蛇各12g
白花蛇舌草は前ブログにも有るように再度登場です。量も30gですね。ただし半枝蓮は配伍されていません。益気とくれば人参黄耆の登場です。党参は薬性が平です。もし、熱毒熾盛ともなれば、太子参の涼が適します。烏梢蛇また出てきましたね。祛風剤ですが、一般に、腎炎では徐長卿 菝葜などは祛風利湿目的に使用されますが、烏梢蛇はどうやら関節痛や骨痛に使用されるようです。鼈甲、生地、知母は青蒿鼈甲湯の発想でしょう。血分虚熱証(温病後期 邪伏陰分)に用いられる方剤です。
青蒿鼈甲湯の証は午後微熱 五心煩熱 口干咽燥 精神不振 難聴(耳聾)身体消痩、脈細虚 治則:養陰透熱(先入後出)、組成は青蒿6鼈甲15生地12知母6丹皮9となりますが、丹参、益母草は腎炎での涼血活血利水消腫の定番的なものですから、あえて牡丹皮を使用する必要は無いのでしょう。何首烏は補肝腎、玄参は血熱を意識しての涼血活血補陰というところです。
菝葜BáQiā(バッカツ)別名、土茯苓 あるいは山帰来です。といえば知っている方も多いでしょう。漢名がバーチア菝葜になるそうですが、倭寇が日本に持ち込んだと言われている梅毒の治療薬として、山帰来(サンキライ)[別名:土茯苓(ドブクリョウ)]が広く用いられました。中国から江戸時代、梅毒治療の目的で長崎に大量に輸入されていたといいます。清熱解毒薬ですが珍しく薬性が平です。
生地は、念のため生地黄(しょうじおう)のことです。「きじ」ではありません。
尿中FDPとは尿繊維蛋白降解産物 fibrinogen/fibrin degradation productsを指します。一般に腎炎で尿中に増加します。100ng/ml以下を正常域としますと、0.29μg/mlは1000倍して290ng/mlと換算しますのでやや上昇していますが、それほど高値ではありません。ヘパリン(抗凝固剤)を使用しましたので、使用根拠という目的で記載したのかと思いますが、その後の尿中FDPの記載は有りません。この辺が、中医学の不完全ないい加減なところです。
それでは、原発性膜性腎症に対する陳氏の医案を振り返ってみましょう。
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20130627
ネフローゼ症候群の漢方治療 医案30(原発性膜性腎症) 腎炎、腎不全の漢方治療158報 陳以平氏 医案 湿熱案 (腎病的弁証与弁病治療より)
上記医案では、58