活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

夜明けの明星3

2022年08月10日 | 法理

私たち衆生が自分自身でしている行為、即ち見る・聞く・味わう・思う等々に、なんとなく物足りなさや不満足が残るというのは、これは全て「自我」が、介在しているからです。

 

ですから「本来の自己」と、一つに成れないということなのです。

 

本当に見た・本当に聞いたと云う様子は、見たもの聞いたものが、完全に無くなった様子をいいます。

 

自分と物(主体と客体)とが、完全に距離を無くした状態をいいます。

 

その状態を「本当に見た・本当に聞いた」と言います。

 

それを仏教の言葉で、「空」と呼んでいます。


夜明けの明星2

2022年08月08日 | 法理

なあんだ、人間の迷いというものは、この「一念」に於いて迷っていたんだという事が、はっきりせられたのです。

 

それはただおシャカ様のみではなくて、おシャカ様の下に「迦葉(かしょう)」という人が居られて、そのおシャカ様の教えに従って、それを行じてその「自覚」を、得られました。

 

それが今日迄伝わって来ているのです。

 

誰でも修行すれば、それが自分にきちんと「自覚」が、出来るのです。

 

そういうはっきりした「道」を、おシャカ様はお示しになられたのです。


夜明けの明星1

2022年08月06日 | 法理

おシャカ様は自分が根底に迄、落ち込まれている時分に「夜明けの明星」をご覧になられて、悟られました。

 

一体どういう事かと申しますと、人間の見解(けんげ)らしいものも、何にも無い迄の生活に落ち切られて、その生活自体にいた時、その時ただ「夜明けの明星」が、「チカッ」と目を射したのです。

 

その途端に「ポッ」と「認識(人間従前の一念心)」が、気が付かれ起きたのです。

 

「心(認識)」というものが活動を始めたのです。

 

その始めた途端に、それ迄の見解(けんげ)から離れている世界即ち、「今の事実・今の自己の様子」に気が付いた(目醒め)のです。

 

そのまま気が付いたのです。

それで驚かれたのです。


おシャカ様のお示し5

2022年08月04日 | おシャカ様

そうして初めておシャカ様は、気が付かれたのです。

 

おシャカ様は、一体何に気が付かれたのでしょうか。

 

その事を私は「今の事実・今の自己の様子」と、皆様に提示しているのです。

 

これこそ今までかつて人間の考えた事無い、手の付けた事の無い一番必然で、当然の事である筈なのに、何故「この事(今の事実、今の自己の様子)」を捨てていたのだろうか。

 

そういうような事に気が付かれ、それに徹底せられたのです。


おシャカ様のお示し4

2022年08月02日 | おシャカ様

おシャカ様は、自分という者は本当に如何あるべきなのだろうか、如何あるべきなのが本当の様子なのかと、疑問にされてそうして出家されたのです。

 

そうして六年間「難行苦行(なんぎょうくぎょう)されたのです。

 

ところが「難行苦行」してみても、何も得る処が無かったということが「難行苦行の結論」だったのです。